信仰・救い

オカルトの力はどこから?
悪霊の働きに気をつけよう

 彼女は、最初はちょっと興味を抱いただけでした。大阪府守口市のA子さんは、冗談半分に友人の手相を観ようと、掌をのぞき込みました。
 すると不思議なことに、友人の過去、現在、未来の出来事が、スーッとA子さんにわかるではありませんか。そればかりか、耳にささやくような"声"まで聞こえて来ます。
 「あなた、過去にこんなことなかった?」
 「最近こんなことあったんじゃない?」
 どれもこれも、ピタリと当たるのです。びっくりしたのは友人でした。以来、その友人は、ちょくちょく来ては占いを頼むようになりました。
 A子さんは自分の能力に驚きつつも、得意になってそれに応じるようになりました。
 彼女は小さい頃から、ときおり、不思議なカンが顔をのぞかせることがありました。たとえば銭湯に行ったようなとき、服を見ただけで服の主が誰かすぐにピンと来るといったことが、よくありました。
 しかしこの手相の件以来、うわさを聞いて、人々がつぎつぎにやって来るようになりました。
 「あの人の占いはよく当たるのよ」。
 そうしたうわさがたち、次から次へと訪問客があったのです。そして、人々を占っているうちに、A子さんの"能力"はますますエスカレートしていきました。


エスカレートする"能力"

 ある日、近所の会計事務所の婦人が尋ねてきました。A子さんがその婦人を見ると、なんと彼女の後ろに三人の像が、くっきりと、しかも憎々しげに立っているのが見えるのです。
 「奥さん、あなた、三人の人から憎まれていますね」。
 A子さんはさらに、一人一人の特徴を説明しました。婦人は顔面蒼白になって、
 「え、え、そうなんです」。
 また、近所の女の子が遊んでいました。ところがA子さんが見ていると、その女の子が駆け出すたびに、A子さんの足がキューンと痛みます。そこでA子さんはその母親に、
 「その子の太もものつけ根に、何か病気がありそうよ」
 と告げました。半信半疑の母親は不安になって、その女の子を病院に連れて行きました。
 「放っておいたら、びっこになるところでした」。
 診断した医師は、母親にそう言いました。
 さらに、こんなこともありました。夏に男の子が、川で、いかだ遊びをしていました。しかし夜になっても帰りません。警察や近所の人たちは、いくら探しても見つからないので、
 「あの人に占ってみてもらおう」
 ということになり、A子さんのところにやって来ました。A子さんは男の子の写真を見て、すぐにピンと来ました。
 「この子はもう死んでいます」。
 写真に死相が漂っていたというのです。
 そして人々と川べりに行ってみると、A子さんの足がひとりでに動きだし、ある場所でピタリと止まりました。と同時に、A子さんの足がびっこのように感じました。さらに、
 「目が痛いよォー、目が痛いよォー」
 という"声"をA子さんは聞いたといいます。その真下から引き上げられた男の子の死体は、目と足とを痛めていました。


人々と川べりに行ってみると、A子さんの
足がひとりでに動きだし・・・

 A子さんの霊能者としてのうわさは、たちまち広がって、家には毎日のように客がやってくるようになりました。多い日は日に六〜七人、なかには会社の重役のような人も含まれていました。
 すでにA子さんは、カミサマ的存在に見られていました。占いをしていた二年間でみた"客"は、千人は下らないといいます。
 A子さんの霊力は、最初は手相程度のものでしたが、しだいに幅を広げていきました。病人を見ると、病気の個所がすぐにわかる。また写真を見ると、その人のことが手にとるようにわかりました。
 道を歩いていても、気持ちが悪くなるくらい、通りすがりの人の心の中が読めるようになっていました。うわさを聞いて、ある民間テレビ局が出演依頼をしてきました。しかしA子さんは、
 「これ以上"客"が増えては困る」
 と言って断りました。


心の内面は恐怖にふるえていた

 ところで、占いをしていた頃のA子さんの心の内面は、どうだったのでしょうか。
 「それは、言葉に言えないような恐ろしい毎日でした
 とA子さんは述懐しています。
 「一日中、だれかが私の後ろで、私を見張っているみたいなんです。それがものすごく恐ろしくて、夜も毎日ほとんど眠れませんでした。
 あんまり苦しいので、大酒をするし、睡眠薬を乱用していました。そのうち、私の目はひきつり、子どもたちまで私を恐れるようになりました」。
 では、そんな占い、やめてしまえば、と思いますが、それは絶対にやめられないものだといいます。
 「自分の力でそれをやめるなんて、とても出来ません。例えば誰かに会うと、その人のことがスーッとわかります。
 それを話さないと、ものすごく自分が苦しくて、いてもたってもいられなくなるんです。そして占いをすると、自分の中から力がぬけて楽になるのです」。
 その後、A子さんの心に、ふと聖書を読みたい、との気持ちが起こりました。じつはA子さんは占いにこり出す前、聖書を読み、教会へ行ったことがあったのです。
 A子さんは、ずいぶん長い間ホコリをかぶっていた聖書を、取り出そうとしました。と同時に、A子さんの心に激しい葛藤が起こりました。
 「聖書に手を伸ばすと、その手を払いのけるような力を感じました」。
 A子さんは、内面から突き上げてくる激しい"抵抗"にさからいながら、聖書の一文字一文字を追いました。そうしてようやく、もう一度教会へ行く決心がついたのです。


悪霊の力から解放される

 教会へ行くと、牧師やその夫人が、A子さんの頭に手を置いて、神の祝福を祈り始めました。
 その時でした。A子さんの内面で、再び激しい"戦い"が起こり始めました。何物かの力が、A子さんの中で暴れ始めたのです。
 「先生!」
 A子さんは叫びました。
 「私は二年間、占いをやっていました。私は悪霊のとりこになっているんです。このままでは殺されてしまいます!」
 牧師は、A子さんの告白に驚きました。
 牧師は聖書から、占いがどんなに恐ろしい罪であり、神の忌み嫌われる行為であるかを説明し、もう一度手を置いて祈りました。
 祈り終えたとき、長い間A子さんが失っていた平安が戻りました。彼女の心は、きよい神の霊(聖霊)に満たされたのです。
 その日が、占いとの完全な決別の日となりました。以来、A子さんは、もはやあのいまわしい"影"につきまとわれていないことが、よくわかりました。
 あれほど、恐れにつきまとわれていた夜も、平安のうちに休めるようになりました。お酒もピタリとやめました。
 彼女はその喜びを、さっそく熊本の二人の姉に電話で話しました。二人とも熱心な日蓮宗の信者でしたが、
 「あのA子がクリスチャンになるんなら、キリスト教のほうが本物ね
 と、すぐにキリスト教に興味を持ちました。姉たちが偶像を焼き払い、クリスチャンとして歩み始めるのに、三か月とかかりませんでした。
 A子さんの夫も、A子さんのあまりの変わりように、姉たちに続いてクリスチャンになりました。
 A子さんはこう言っています。
 「占いやまじない、つまり悪魔から来たものに、絶対に興味を示してはいけません。興味を持てば、持った以上のエネルギーで、それに引きずり込まれます。
 とくに熱心に占いにこり出したら、大変なことになってしまいます。今、少しでも興味を持っていたら、すぐに手を引くべきです」。


悪霊の住みやすい心と住みにくい心

 以上の話は、実際にあった話です。この話は占いや、まじない、オカルトなどの力が、現実に存在していることを私たちに垣間みさせています。サタン(悪魔)とその手下である悪霊の力は、今も現実に存在しているのです。
 では、なぜある人々はこのような能力を持ち、なぜ他の人々はそれを持たないのでしょうか。
 それは、人の心には悪霊の住みやすい状態と、住みにくい状態とがあるからです。
 たとえばみなさんの今いる部屋は、目に見えずとも、多くの種類の電波が空間を行き交っています。その部屋にラジオを置いて、受信周波数をどこかに合わせると、受信した局の音声がラジオのスピーカーから聞こえてきます。
 電波はほかにもたくさん飛び交っていますが、周波数の合ったものだけが受信されて聞こえるのです。
 悪霊と人の心の関係についても、同様のことが言えます。悪霊は"霊波"といいましょうか、一種の周波数を持っていて、それに心の受信周波数を合わせている人に、影響を及ぼしてきます。
 心の受信周波数、すなわち波長の合っていない人に、影響を及ぼすことはできません。
 たとえばいつも神様を大切にしていて、キリスト様を信仰しているような人は、受信周波数が全く違うので、影響を及ぼせません。
 しかし、人がオカルトや心霊現象に興味を持ち始めると、悪霊の周波数に合ってしまい、悪霊が影響を及ぼし始めるのです。
 右に述べたA子さんも、占いに興味を持ったことから、心が悪霊の周波数に合ってしまい、悪霊が入りやすくなってしまいました。
 そして心がやがて悪霊に占領されてしまうと、その能力もエスカレートしていきました。こうなると、その状態から抜け出すのは大変です。
 しかし、さいわいにもA子さんは、占いにこり出す前に聖書を読んだことがありました。彼女は悪霊の周波数以外にも、真の神様の周波数に対する感度も、わずかながら持っていたのです。
 そのため、占いをしながらも彼女の心には、占いへの抵抗感が若干ありました。そうして彼女の心には、占いをする自分を恐ろしく思う気持ちが、まき起こったのです。
 悪霊は、その働きに抵抗する者には恐怖と苦しみを、それに順応する者には快感を与えます
 A子さんの場合、占いにこり出したころは、それがよく当たるということで、ある種の快感をおぼえました。その結果、ますます占いにのめり込んでいきました。
 しかし、彼女には過去に聖書の御言葉に触れた記憶がありました。そのため悪霊の働きに完全には順応しきれず、心に戦いが起こり、それが恐怖や苦しみとなってあらわれたのです。
 今日、日本や世界には、いわゆる"霊能者"が数多くいます。なかにはインチキの人もいますが、本当にそうした霊能力を持つ人もいると見受けられます。
 彼らの中には、そうした能力を楽しんでいるように見える人々もいます。それは悪霊が人に霊能力を与えるとき、抵抗する者には恐怖と苦しみを与えるが、順応する者には一種の快感を与えるからです。そのために、そうした人々は、ますますその能力をエスカレートさせていくのです。


悪霊の目的は人々を真の神様への関心からそらすこと

 以前、学校で「コックリさん」がはやったとき、気持ちが悪くなって倒れてしまう生徒が続出したとのことです。悪霊は、知らず知らずのうちに、子どもたちの心に忍び寄っているのです。
 悪霊は、何のために霊能力を見せるのでしょうか。それはおもに、人々を真の神様への関心から、そらすためです。
 悪霊は必ずしも、つねに人々に「不道徳」な思いを与えるわけではありません。悪霊はしばしば、単に真の神様以外のものへの興味を持たせるだけです。
 不道徳な思いを持たせずとも、真の神様への関心を失わせれば、それで悪霊の目的は充分に達成されるからです。
 悪霊は、ある国では肉体的な、あるいは精神的な病気を、よく引き起こします。インドネシアへ行ったある宣教師は、悪霊のしわざとすぐわかる肉体的・精神的病をよく見かけた、といいます。
 しかし悪霊は、別の国では、また違った働きも見せます。ある国では病気よりも、おもにオカルトや心霊現象の力となって働くのです。
 さらに、悪霊は単に「超能力」を見せるだけの場合もあります。スプーン曲げや、透視、テレパシー、予言、念写などの「超能力」は、なにか不道徳なことを人々に説くわけではありません。
 しかし、それは人々を真の神様への関心からそらすという目的を、充分に果たしています。多くの人は、それらに多分に悪霊の関与があることに気づきませんが、悪霊はこれらによって、確実に人々を真の神様から引き離しているのです。
 日本では何と多くの人が、この悪霊のたくらみに、はまっていることでしょうか。
 私たちは、とくに占いや霊媒、口寄せ等のオカルトが、悪霊の関与したものであり、神の忌み嫌われる行為であることを知らなければなりません。聖書は言っています。
 「あなた(がた)のうちに、自分の息子、娘に火の中を通らせる者があってはならない。占いをする者、卜者(占い、易をする者)、まじない師、呪術者、呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があってはならない。これらのことを行なう者はみな、主が忌み嫌われるからである」(申命一八・一〇〜一二)。
 オカルトは罪であり、それに興味を抱くことも、神が忌み嫌われることなのです。旧約聖書にこういう話が載っています。
 イスラエルの王であったサウルは、あるとき、イスラエル国内からすべての霊媒を追放する命令を出しました。「霊媒」とは、「口寄せ」とも呼ばれる者で、死者の霊を呼び出して生者との意思を通わせる人のことです。
 今日も、日本の奥羽地方や恐山には、昔から「イタコ」と呼ばれる多くの「口寄せ」、すなわち「霊媒」がいます。人々は高いお金を出して、彼らに死者の霊を呼び出してもらい、そのお告げを聞こうとやってきます。
 彼らは死者の霊が乗り移った状態になって、死者の言葉を人々に語るのです。こうした霊媒行為は、神の忌み嫌われるものであることを、イスラエルのサウル王は知っていました。
 それで彼は、すべての霊媒をイスラエルから追放するとの命令を出したのです。ところが、彼はそののち罪を犯し、王としても権威を失っていきました。
 すると、彼は自分が禁じたはずの霊媒を部下に探し出させ、そのお告げを聞こうと、自ら会いに出向きました。こう記されています。
 「サウルは自分の家来たちに言った。『霊媒をする女を捜して来い。私がその女のところに行って、その女に尋ねてみよう』。
 家来たちはサウルに言った。『エン・ドルに、霊媒をする女がいます』。
 サウルは変装して身なりを変え、ふたりの部下を連れて、夜、その女のところに行き、そして言った。『霊媒によって、私のために占い、私の名指す人を呼び出してもらいたい』。・・・・
 女は言った。『誰を呼び出しましょうか』。
 サウルは言った。『サムエル(その時すでに世を去っていた預言者)を呼び出してもらいたい』。
 この女がサムエルを見たとき、大声で叫んだ。そしてこの女は、サウルに次のように言った。『あなたはなぜ、私を欺いたのですか。あなたはサウル王ではありませんか』。
 王は彼女に言った。『恐れることはない。何が見えるのか』。この女はサウルに言った。『こうごうしい方が地(地下=よみ)から上って来られるのが見えます』。
 サウルは彼女に尋ねた。『どんな様子をしておられるか』。彼女は言った。『年老いた方が上って来られます。外套を着ておられます』。
 サウルは、その人がサムエルであることがわかって、地にひれ伏して、おじぎをした。サムエルはサウルに言った。『なぜ、私を呼び出して、私を煩わすのか』」(一サム二八・七〜一五)。


オカルトは神の忌み嫌われる行為

 サウルはこのあと、霊媒を通して現われたサムエルに、自分のその後の身の振り方を尋ねました。
 しかしサムエルは、神がサウルの罪のゆえにイスラエルを罰すること、そしてイスラエルを宿敵ペリシテ人の手に渡されることを、彼に告げました。
 この話に見られるように、聖書は、霊媒とか口寄せ、交霊など、心霊現象の存在自体は認めています。この場合は、死んだサムエルが霊媒の呼び出しに応じてサウルの前に現われ、会話を交わしたのです。
 ただ、右の話の場合、霊媒の呼び出しに応じて本物のサムエルが現われたようですが、だからといって常に霊媒の呼び出しに本物が現われるというわけではありません。
 この場合、サウルが霊媒を頼って来たので、神はサウルに或る事柄を示すために、本物のサムエルを現われさせ、サムエルに語らせることをなさいました。
 しかしこれは特殊な例であって、霊媒によって呼び出されるすべての霊が本物である、というわけではありません
 むしろ、本物の霊が現われることはほとんどなく、大部分の場合は単に悪霊が霊媒の口を通して語っているに過ぎない、と見たほうがよいでしょう。死者と生者の間の通信手段というものは、本来存在しないからです。
 それはともかく、サウル王はこのことによって、自分の罪に上塗りをしました。すなわち彼は、自分の禁じた霊媒に尋ねることによって、自分の罪を重ねたのです。彼は、霊媒は神の忌み嫌われるものであることを知っていながら、それに頼りました。


サウルは、霊媒の言うことに耳を傾けた。
霊媒は、神の忌み嫌うこととされている。

 私たちは、自分の心が神から離れると、オカルトの力に頼りたくなる誘惑を受けます。しかし、私たちはサウルのような過ちを犯してはならないのです。


現代の七つの悪霊

 聖書に、主イエスに「七つの悪霊を追い出してもらった」(ルカ八・二)マグダラのマリヤ、という女性が出てきます。この「七つの悪霊」が具体的に何であったかは、今日知るよしもありません。
 しかし、私たちは現代において、少なくとも次の七つの悪霊にとくに気をつけるべきでしょう。
 第一に、「占いの霊」(使徒一六・一六)です。手相や星占い等の占いだけでなく、霊視や、真の神を説かない予言等、神からのものでないすべての未来予知なども、悪霊からのものです。
 悪霊は、人の過去を言い当てることができます。また、未来のことを知っています。悪霊は自分の滅びの日のことも知って、おののいているのです(マタ八・二九)。
 ですから、悪霊はしばしば"周波数"の合う人に、人の過去を言い当てる能力や、未来予知能力を与えます。
 しかし、悪霊はそのような能力を見せても、真の神を拝すべきことを説きません。悪霊は未来予知等によって人々を引きつけ、また福音を説かないことによって、人々を真の神から遠ざけるのです。
 第二に、口寄せの霊です。すなわち死者の霊を呼び出して、生者にその言葉を伝える霊です。
 今日では昔ながらの口寄せだけではなく、最近のある新興宗教の教祖のように、自分が昔の有名な宗教の教祖と対話したかのように言う者がいます。これなども、口寄せの霊によるものです。
 また、霊界通信なども口寄せの霊の一種です。死者の霊を呼び出したり、あるいはそれにうかがいを立てたりすることは神の忌み嫌われる行為であることを、私たちは心に明記しなければなりません。
 第三に、その他の"超能力"の霊です。テレパシー、スプーン曲げ、透視、念写、その他の"超能力"は、じつはタネのあるただの「手品」であることもありますが、悪霊の力による場合もあるので、注意しなければなりません。
 これら超能力は、何か不道徳なことを説くわけではありません。しかし、真の神をあがめず、福音に結びつけないという点で、悪霊が関与している場合も多いのです。
 第四に、憎しみの霊です。悪霊はしばしば人を憎しみにさそい、罪を犯させて、人を滅ぼそうとします。
 悪霊は、しばしばアンプ(アンプリファイアー=増幅器)と同じ役目をします。レコードやCDの微弱な信号を、アンプが増幅して耳に聞こえる大きな音にするように、悪霊は人の心に起こる微弱な憎しみの思いを増幅して、それを心の支配的な思いとし、行動にまで発展させるのです。
 憎しみは、殺人と同じように神の御前に大きな罪であり(一ヨハ三・一五)、悪霊はその罪に誘おうと人に近づいてくるのです。
 第五は、「淫行の霊」(ホセ四・一二)です。淫行の霊または姦淫の霊は、いつの時代にも、人々に働きかけてきます。
 淫行の霊は、人々の快楽への欲を契機として、人の心を支配しようとします。聖書が言っているように、
 「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです」(ヤコ一・一四)。
 悪霊は、人々の欲という機会をとらえて誘惑し、人に罪を犯させるのです。
 第六は、疑いの霊です。悪霊は様々の機会をとらえて、人々を疑いに誘い込み、信仰から遠ざけようとします。
 たとえば進化論や、無神論、唯物論、UFO、その他の機会をとらえて、信仰を失わせようとします。これらがそのまま悪霊の働きだということでなく、悪霊がこれらの機会をとらえて人々に働きかけてくるのです。
 進化論は、かつてはその「証拠」とされたものが、今日ではみな証拠としての価値がないことが明らかにされ、科学としての根拠を失っています。しかし、悪霊はこのようなものをも利用して、疑いの袋小路に人を誘い込むのです。
 さらに、第七のものとして"不従順の霊"(エペ二・二参照)があります。神の教えに対する不従順な心を生ませる霊です。
 たとえば、「聖書を学んだが、その教えに従って生きたくない」というような心を起こさせます。また、「聖書の知識はよく持っているが、神の教えに従って生きていない」という人々は、この霊に捕らえられていると言えます。
 信仰の本質は、神の御教えに対する従順です。つまり、服従です。それなくしては、たとえ神への「信頼」があっても、真の信仰とは呼べません。
 悪霊は、最も大切な神への従順を失わせようと、人々にあらゆる機会をとらえて働きかけてくるのです。


悪霊への対処法

 これら七つの悪霊以外にも、様々の悪霊が、電波のようにあなたの周囲に存在し、徘徊しています。
 では最後に、私たちはこのような悪霊の力から、どのようにして身を守ることができるのでしょうか。
 その第一は、悪霊に、つけいるスキを与えないことです。つまり、悪霊の"周波数"に対する感度を持たないこと、その周波数に心を合わせないことです。


神の御言葉をいつも思っている人は、
悪霊の”周波数”に合わないので、
その支配下に入ることはない。

 悪霊は電波のように多く周囲に存在していますが、私たちの心がその"周波数"に合わない限り、私たちに影響を及ぼせません。私たちの心の"受信機"が、悪霊に対する感度を持たない限り、何の心配もないのです。
 具体的には、悪霊につけいられるような欲や、オカルトへの興味を持たないこと、またオカルトをする者と親しくしないことです。
 第二に、霊の世界について正しい認識を持つために、聖書を学ぶことです。聖書は、霊の世界について、私たちに必要かつ充分な事実を教えています。
 そして第三に――これが最も大切なことですが、真の神とその救い主キリストの光のもとを歩み、聖霊に満たされて歩むことです。
 キリストを自分の救い主としてあがめ、その教えに従って歩む者に、悪霊は何の影響を与えることも出来ません。光に対して、暗闇は何の力もないのです。
 読者の方々が、悪霊に対する正しい認識を持ち、その影響下に入ることなく、つねに聖霊に満たされて、神の光のもとを歩まれるよう、主イエス・キリストの御名によって祝福いたします。
                                 久保有政(レムナント1993年8月号より)

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