2章 目的・解説([解説]は冊子体テキストより詳しい)

2-1. 目 的(冊子体テキストとほぼ同じ)

身近な代謝過程の1つであるアルコールの代謝に関与する、アルデヒド脱水素酵素2Aldehyde dehydrogenase 2, ALDH2, EC 1.2.1.10))の遺伝子型を、毛髪からDNAを抽出し、PCR法を用いて推定する。

また、これを通して、DNAや制限酵素の取り扱い、PCR法、DNAの電気泳動法などについて学ぶ。

なお、今回の方法での推定結果は確定的な診断ではなく、あくまでおおよその判定であることに注意し、さらに、判定が正常型ホモ接合体と予想されても、大量飲酒が可能であるなどの誤解をしないよう留意すること。

 

2-2. 解 説冊子体テキストより詳しい)

2-2-1 遺伝子と遺伝情報、遺伝子診断

遺伝子Gene)の本体がDNAであることや、DNA二重らせん構造をとっていることは今さら言うまでもないことであろう。

DNA中の連続した3塩基の配列(コドン)が1つのアミノ酸をコードすることによってタンパク質のアミノ酸配列が指定されており、これに基づいて合成されたタンパク質が機能することによって生物個体に種々の性質が表れる。

また、個体中のどこで、いつ、どのタンパク質を合成するか(あるいは合成しないか)もDNAの塩基配列により決定されている。

すなわち、DNAの塩基配列こそが遺伝情報である。

 

遺伝情報を担うDNAの塩基配列に変異Mutation)が存在すると、時には正常な機能を持たないタンパク質が発現し、遺伝病を生じることがある。

 

近年、ゲノム解析の進展や細胞生物学的研究の進歩によって、遺伝子変異と疾患との関係の解明は、かなり進んできている。

しかしながら、遺伝子診断や、遺伝子治療は倫理的な面も含めて、多くの課題を残している。

 

[参 考]

1.  遺伝子、DNA、ゲノム、遺伝情報などの基本用語は、芦田嘉之著「やさしいバイオテクノロジー カラー版」と「カラー図解でわかる高校生物超入門」にかなり詳しく解説してある。

2.  このサイトの[5-1.参考]にも若干の解説がある。

両著

 

2-2-2 PCRPolymerase Chain Reaction

PCRは、鋳型となるDNA2種類のPrimer、耐熱性DNA polymerase、およびDNAmonomerである4種のデオキシリボヌクレオチド三リン酸(dATP, dGTP, dCTP, dTTP)などを混合し、温度の上げ下げを繰り返すことによって特異的な領域のみを試験管内で効率よく増幅する技術であり、熱変性、アニーリング、伸長反応の3ステップを1サイクルとして、通常2030サイクル繰り返す。

PCR反応は通常のDNA複製過程を模しており、向かい合った一組のPrimerを使うことで、特異的領域のみ増幅することを実現している。

DNA複製に関与するDNA polymeraseは単独でDNAを合成することはできず、鋳型鎖に相補的に結合したPrimerを頭にして、鋳型鎖の塩基に相補的な塩基を結合させる形で伸長反応を触媒する。

 

PCR反応の1段階2本鎖のDNA1本鎖に分離する熱変性で、通常94から96の熱をかける。

 

2段階は、2種類の特異的Primer1本鎖になった鋳型DNAアニーリングさせる。

仮に16塩基のPrimerを用いるとすると、その塩基配列は416乗(塩基は4種類ある)=約43億通りある。Human Genomeの場合、30億塩基対の遺伝情報があることから、既知の配列情報に基づいて16塩基長のPrimerを作ると、そのPrimerは計算上Human Genomeの特定の1ヶ所とのみアニーリングすることになる。

実際にはPrimerと鋳型DNAとのアニーリングは溶液の温度や塩濃度などに依存することから、もう少し長いPrimerを設計するが(本実験では22塩基長)、理論上、適切なPrimerを設計するだけで特定の領域のみを増幅できることになる。

 

生きた細胞内のDNA合成過程では生合成されたRNA primerが使われ、複製後、RNAの部分は分解・修復されDNAに置き換えられる。PCR反応では、より安定なDNA primerを用いる。

 

3段階ではDNA polymeraseを用いて鋳型DNAと相補的なDNA鎖を合成する。

DNA polymeraseによる伸長反応1種類のPrimer20回繰り返しても、DNA20倍にしかならない。

実際にPCR反応でも、最初に反応のために加えたDNAが鋳型に使われたときは、いろいろな長さの断片がサイクル数倍合成される(図の「中途半端な鎖」)。

しかし、向かい合った2種類のPrimerを使うと、前の反応で合成されたDNA断片も鋳型になるため、20回反応するとPrimerで挟まれた領域は計算上およそ220乗倍(約106倍)に増幅されることになる。

増幅されたDNA断片はアガロースゲル電気泳動法により分子量の違いで分離し、DNAを染色して可視化することができる。通常、鋳型DNA、ふぞろいなDNAPrimer DNAは量が少ないため見えず、増幅されたDNA断片のみが可視化される。

このようなPCR法の原理は1983年に発見されていたが、当初は体温付近で働き、熱で失活する普通のDNA polymeraseKlenow fragment)を使っていたため、第2段階のアニーリングの後に新しいDNA polymerase(高価)を追加する必要があり、自動化が困難であった。

しかし幸いにも、米国イエローストーン国立公園の自噴泉に生息し、80の高温でも生育できる高度好熱菌 (Thermus aquaticus) から熱に強いDNA polymerase(この細菌の学名からTaq  DNA polymeraseと呼ばれている)が発見されており、1988年にこのTaq DNA polymeraseを用いて自動化された機器が紹介されると、PCR法はその迅速さと簡便さによって爆発的に普及した。

 

このPCR法の原理を最初に思いついたKary Banks Mullis1993年にこの「発見」でノーベル「化学賞」を受賞しているが、実際に高度好熱菌の酵素を利用してPCR法の自動化を成し遂げたのはアメリカのベンチャー企業シータス社の面々である(Mullisもシータス社の研究員だが1986年に退社していた)。

 

[ ]

1.      PCR法とアガロースゲル電気泳動法は、芦田嘉之著「やさしいバイオテクノロジー カラー版pp124-133に詳しく解説してある。

2.      PCR法についてより詳しく理解するためには、次の書籍がためになる。

ラビノウ著、渡辺政隆訳「PCRの誕生」(みすず書房)199810月刊

 

 

 

PCR反応におけるPrimerのアニーリングに関する補足説明

DNA鎖には方向があり、2本のDNA鎖は逆向きであり、DNA polymeraseが触媒する伸長反応には方向がある。

 

2本鎖DNAA鎖、B鎖とし、PCR primerabとする。A鎖にPrimer aB鎖にPrimer bがアニーリングするとする。

 

Primer bA鎖と同じ方向で、Primer aB鎖と同じ方向である。

したがって、A鎖にアニーリングするPrimer Primer aだけで、A鎖と同じ方向のPrimer bはアニーリングしない。

同様に、B鎖にはPrimer bだけがアニーリングし、Primer aはアニーリングしない(2-2)。

 

PCRの第1サイクルの時、A鎖にPrimer aがアニーリングして伸長する。新たに合成された鎖をanti-Aa鎖とする。PCR過程全体でこのanti-Aa鎖ができるのは鋳型のA鎖にPrimer aがアニーリングしたときだけのため、anti-Aa鎖はPCRのサイクル数分だけ合成される。

 

 

このanti-Aa鎖はA鎖の相補鎖でB鎖と同じ方向のため、この鎖が鋳型となったとき、Primer bだけがアニーリングする。

新たに合成された鎖をAba鎖とする。このAba鎖は鋳型DNAA鎖と同じ方向であり、Primer bからPrimer aまでの領域の断片である。

すなわちAba鎖はPrimer bの塩基配列から始まり、Primer aの相補鎖の逆配列で終わる。

 

Aba鎖はA鎖と同じ方向のため、Primer aだけがアニーリングする。

新たに合成された鎖をBab鎖とする。

このBab鎖は鋳型DNAB鎖と同じ方向であり、Primer aからPrimer bまでの領域の断片である。

すなわち、Bab鎖はPrimer aの塩基配列から始まり、Primer bの相補鎖の逆配列で終わる。

Aba鎖とBab鎖はお互いに相補的で同じ長さである。

 

 

 

次に、B鎖をみてみよう(2-3)。

PCRの第1サイクルの時、B鎖にPrimer bがアニーリングして伸長する。新たに合成された鎖をanti-Bb鎖とする。

このanti-Bb鎖も上記anti-Aa鎖の時と同じような過程でPCR反応が起こり、結果的に上記と同じAba鎖、Bab鎖が合成される。

PCR反応をn回繰り返すと、結果的に理想的にはanti-Aa鎖やanti-Bb鎖はn個合成され、2種のPrimerで挟まれた領域であるAba鎖やBab鎖は約2n乗個合成されることになる。

 

 

anti-Aa鎖やanti-Bb鎖は不揃いであるが、Aba鎖やBab鎖はすべて同じ長さである。

PCR反応の前後で鋳型のA鎖やB鎖は変化しない。

 


 

2-2-3 ヒトにおけるアルコール代謝

ヒトにおけるアルコール代謝は以下の経路によっており、毒性のあるアセトアルデヒドの代謝能力が飲酒許容量に影響している。

ヒトのアルデヒド脱水素酵素Aldehyde dehydrogenaseALDHは少なくともALDH1ALDH66種類あり、ALDH1(Km)およびALDH2(Km)2種がアルコール代謝に関与している。

 

Ethanol    → Acetaldehyde         → Acetic acid →(TCA cycle)→ CO2 + H2O

      ↑             

 alcohol dehydrogenase (ADH)    aldehyde dehydrogenase (ALDH1 or ALDH2)

 

ALDH1high Km enzyme (Km; 30μM)

ALDH2low Km enzyme (Km; 3μM)

2-5 肝臓におけるアルコール代謝

 

ALDH2欠損症では、ALDH2遺伝子のエキソン12上にある1つのコドン(遺伝子全体では487番目のコドン)が正常型(ALDH2-1)のGAAに対し、変異型(ALDH2-2)ではAAAになっているため、対応するアミノ酸がグルタミン酸から、リジンに変わっている。この1塩基置換による1アミノ酸置換の結果、アルデヒド脱水素酵素活性は劇的に消失する。

そのため、正常型と変異型のヘテロ接合体(ALDH2-1/ALDH2-2)では、ALDH2の弱い活性が存在す部分欠損となり、変異型ホモ接合体(ALDH2-2/ALDH2-2)ではALDH2活性が完全に欠損する。

 

ALDH2-1由来の酵素にアセトアルデヒド分解活性があり、ALDH2-2由来の酵素にその活性がないこと、およびALDH2-1を持つヒトの方が多いことから、一般的に上記のようにALDH2-1正常型(野生型)、ALDH2-2を変異型と呼んでいるが、この呼称は2種類の遺伝子の優劣を決めるものではない。

 

アルデヒド脱水素酵素は4量体として働く。ヘテロ接合体の場合、ALDH2-1タンパク質とALDH-2-2タンパク質が混在しているが、ALDH2-14量体にのみ酵素活性がある。

4量体のうち、1分子でもALHD2-2が含まれる場合、酵素活性はなくなる。

 

ALDH2の変異型(ALDH2-2)常染色体不完全優性遺伝を示し、東洋人に多く見られる。日本人では、完全欠損型(ALDH2-2/ALDH2-2)が約7%、部分欠損型(ALDH2-1/ALDH2-2)が約40%とALDH2-2遺伝子の頻度が高い。欧米やアフリカの人々の100%近くはALDH2-1のホモ接合体である。

 

ALDH2-1のホモ接合体の人は飲酒許容量が高いことからアルコール依存症や、アルコールが原因の多くの病気になりやすい。アルコール過飲による発病を予防できるという点では、半数近くの東洋人が持つALDH2-2遺伝子のメリットは大きい。

 

ALDH2-2を持つヒトに一気飲みなどを強要すると、急性の中毒などにより命を落とすこともある。このように、飲酒許容量は遺伝子によって決定されており、ALDH2-2ALDH2-1に突然変異する可能性もほとんどないことなどから、完全欠損型(ALDH2-2/ALDH2-2)のヒトの飲酒許容量が訓練などにより増すことはない。

 

実は、ヒトのお酒に対する許容量とALDH2タンパク質の機能との関係は、これまでに解説したほど単純ではなく、ALDH2遺伝子以外にも飲酒許容量に関与する遺伝子があるため(たとえばAlcohol dehydrogenase 1B)、ALDH2遺伝子のみで単純に飲酒許容量を説明できるわけではない。

遺伝子型と表現型は、単純に対応しているように見えるが、ある遺伝子が特定の表現型を説明できる例は意外と少なく、多くの遺伝子は単純に表現型と対応しているわけではない。

 

[ ]

1.      アルデヒド脱水素酵素遺伝子については、芦田嘉之著「やさしいバイオテクノロジー カラー版pp106-109に解説してある。

2.      対立遺伝子、遺伝子型、表現型などは同著「1-2 分子生物学の基礎と細胞生物学」、「1-3 ミクロな生物学」、pp102-103などに解説してある。

3.      アルデヒド脱水素酵素2 ALDH2について

・対立遺伝子=>ALDH2-1ALDH2-2 の2種類

対立遺伝子ALDH2-1ALDH2-2の具体的な違いは「5-1. 参考」に示してある。

・遺伝子型=>ALDH2-1/ALDH2-1ALDH2-1/ALDH2-2ALDH2-2/ALDH2-2 の3種類

・表現型=>お酒が飲める、お酒がたしなみ程度に飲める、お酒が飲めない の3種類

 

 

 

2-2-4 本実験の戦略

本実験では、各自の頭髪細胞からGenome DNAを抽出し、PCR法によるDNA型鑑定法によりアルデヒド脱水素酵素の遺伝子型を推定する。

ALDH2遺伝子は点突然変異による1塩基置換の対立遺伝子が見つかっていることから、上記のように3通りの遺伝子型・表現型があることがわかっている。

 

本実験では次の3通りの方法でALDH2遺伝子の遺伝子型を推定する。

1. 2種類のALDH2対立遺伝子間で変異している部分を3’末端とするPCR primerを利用し、PCR増幅の有無を調べることで遺伝子型を推定する。

 

2. 置換部位を含まないPrimerで増幅したALDH2遺伝子の断片を、置換部位を認識する制限酵素による切断の有無を調べることで遺伝子型を推定する。

 

3. 簡易推定法であるアルコールパッチテストで遺伝子型を推定する。

 

 

Fig2-4

 

 

[ ]

Nakamura, K. et al., Biochemistry and Molecular Biology International, 31, 439445 (1993)

PCRプライマーの設計や制限酵素実験などはこの文献を参考にした。

 

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