バイオインフォマティクス 第3

 基礎分子生物学2 分子細胞生物学

 

資 料

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課 題

1.組換えDNA技術を使うことで、たとえばヒト由来のタンパク質を大腸菌に作らせることができる。なぜこのように種を越えてタンパク質を合成することができるのか? 簡潔に説明せよ。

2.a. 子が親に似るのはなぜか?

b. 同じパートナーから生まれた子でも性格や見た目が異なるのはなぜか?

3.一般に、ヒトが生きている間に獲得した形質(遺伝形質)はその子孫に伝わることはない。つまり、獲得形質は遺伝しない。なぜか?

 

 

講義項目

分子細胞生物学

・体細胞と生殖細胞

・体細胞分裂と減数分裂

・受精と発生

 

遺伝情報の伝わり方

・細胞から細胞へ 体細胞分裂

・親から子へ 減数分裂と生殖

 

「獲得形質は遺伝しない」

 

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講義内容

細胞から細胞へ、親から子への遺伝情報の伝達のしくみ、多細胞生物の種内での多様性を体細胞分裂や減数分裂を通じて解説します。

 

分子細胞生物学

 ・体細胞と生殖細胞

 ・体細胞分裂と減数分裂

 ・受精と発生

 

遺伝情報の伝わり方

 ・細胞から細胞へ 体細胞分裂

 ・親から子へ 減数分裂と生殖

 

「獲得形質は遺伝しない」

 

ヒトからヒトが生まれるわけ

多細胞生物は体細胞と生殖細胞の2種類の細胞からなります。

細胞は細胞分裂で増えています。

 

体細胞と体細胞分裂

親にあたる細胞(母細胞)の中にある生体物質が娘にあたる2つの細胞に分配されます。この時、遺伝情報の本体であるDNAも分配されますが、分裂する前にDNAが複製され、ほぼ正確にコピーされたDNAが娘細胞に分配されます。つまり、母細胞と新たに誕生した2つの娘細胞の全遺伝情報・ゲノムは基本的には同じです。

 

生殖細胞と減数分裂

一方、親から子への遺伝情報の伝達は少し複雑です。

こちらは同じゲノムが伝わるわけではありません。

両親の卵子と精子が合体して受精卵となり、その遺伝情報が子のゲノムになります。

 

ゲノムから見た体細胞と生殖細胞

卵子のゲノムや精子のゲノムは母や父のゲノムとは少し異なります。

卵子や精子のような生殖細胞は減数分裂と言う過程で作られます。

その時、元のゲノムとは違ったまったく新しいゲノムが産まれるのです。

個人のゲノム、卵子ゲノム、精子ゲノムはいずれもヒトゲノムからなりますが、微妙に違います。

この違いを、遺伝情報が母細胞から娘細胞へ伝えられる体細胞分裂、親から子へ伝えられるときに介在する減数分裂について、それぞれ詳しく見ることで説明します。

まずは体細胞分裂から。

 

体細胞と体細胞分裂

ヒトは約60兆個の細胞からなり、細胞は体細胞と生殖細胞に分類できます。

体細胞は体細胞分裂で、

生殖細胞は減数分裂で

生じます。

体細胞には2セットのゲノムがあります(2倍体)。

体細胞分裂は2セットのゲノムを持つ体細胞(2倍体)から2個の体細胞(2倍体)ができる過程です。

体細胞分裂は2セットあるゲノムがすべて複製され、娘細胞に分配される過程です。

 

染色体から見た体細胞分裂

体細胞分裂の際に、母細胞の染色体が複製されて2倍になります。

染色体には1分子のDNAが含まれているので、そのDNAが複製されます。ヒトの体細胞には23対46本の染色体があるので、複製されることにより染色体は92本に倍増します。

複製されたすべての染色体は細胞の中央に並び、細胞骨格タンパク質に引っ張られて両端へ分離します。

同時に、母細胞の細胞小器官や細胞基質も分離し、中央に新しい膜ができることで母細胞が2つに分割されます。生じた娘細胞は母細胞と同じ23対46本の染色体を持っています。

染色体が対になっていることから、体細胞は2倍体と呼ばれ、染色体が複製された状態は4倍体とえいます。この4倍体が分離し、2つの2倍体細胞ができあがるわけです。

 

DNAから見た体細胞分裂 細胞周期

S期 DNA複製期

DNAが正確にコピーされます。体細胞のゲノムが2組になります。

M期 細胞分裂期

正確にコピーされたDNAが娘細胞に分配されます。同じゲノムを持つ2つの細胞ができます。

親細胞(母細胞)と2つの娘細胞は互いに同じゲノムを持ちます。

娘細胞と親細胞はお互いにクローンです。

 

生殖細胞と減数分裂

ヒトの生殖細胞には卵子と精子の2種類あります。

生殖細胞は減数分裂により生じます。

減数分裂は2セットのゲノムを持つ生殖細胞の前駆細胞から1セットのゲノムを持つ生殖細胞ができる過程です。

 

染色体から見た減数分裂

体細胞は対をなす染色体を持ち、このように対になっている染色体を相同染色体と言います。

相同染色体は第1染色体と第1染色体、X染色体とX染色体というように、形やその中に含まれているDNAの塩基配列が相似な2本の染色体の関係です。

1つの体細胞には23対46本の染色体があります。

23種類の染色体を1セットとすると、体細胞には2セットの染色体があることになります。

卵子や精子といった生殖細胞は減数分裂で生じ、生殖細胞の染色体は1セットです。

つまり、2セットの染色体を持つ体細胞から減数分裂により1セットの染色体を持つ生殖細胞になるわけです。

体細胞には2セットの染色体があり、生殖細胞は体細胞の半分の遺伝情報を持つと言えます。

半分とはいっても、対になっている相同染色体が2つの娘細胞に分離して1つになるだけで、ヒトとしての全遺伝情報は保っています。

減数分裂に伴い遺伝子が半分になると言う表現をよく見かけますが、これは間違いで、2万数千対あった遺伝子が2万数千個になります。

 

生殖細胞の多様性

生じた生殖細胞はすべて異なるゲノムを持ちます。

体細胞分裂と違って、生じた生殖細胞は互いにクローンではありません。

なぜクローンにならないかというと、相同染色体間に含まれているDNAの塩基配列は互いに0.1%強の違いがあるからです。

減数分裂の時に相同染色体のうち、どちらか1本のみが選ばれます。

減数分裂の時、相同染色体のうちどちらの染色体が選ばれるかにより、できあがる生殖細胞の遺伝情報が決まります。

その選ばれ方によって、例えば、相同染色体が2対なら生殖細胞は2の2乗の4通りできます。

ヒトの場合、23対の染色体間でこの選択がおきます。

計算上、2の23乗通り、約840万種類のゲノムを持った生殖細胞ができあがることになります。

 

減数分裂の第一分裂時に、相同染色体間で交叉が起こります。

交叉する場所や数は決まっていませんが、交叉は必ず起こります。

減数分裂時の染色体の分配や交叉は22種類の常染色体と女性のX染色体の相同染色体間で起こります。

減数分裂時の交叉などから、1人のヒトから作られる生殖細胞の種類は無限と言っていいほどの多様性が生まれます。

減数分裂により作られた生殖細胞は互いに異なるゲノムを持つため、互いにクローンである可能性はほとんどありません。

 

卵子と精子

卵子の元になる卵母細胞は胎児の時に百万個単位できあがっており、誕生後に増えません。

卵子の元になる細胞は思春期までに数十万超に減少していき、ホルモンなどで成熟後、4週に1回の割合で排卵されます。一生で排卵される卵子の数は400個程度です。

精子の元になる細胞は思春期以降に作られ、それは減数分裂により精子になります。精子の元になる細胞は無限といっていいほど分裂して増えるため、精子は年老いても作り続けます。

 

受精と胚発生

ヒトの細胞で一番大きな細胞は卵子で、一番小さな細胞は精子です。

この両者が合体することで受精が成立します。

受精は、卵子の1セットのゲノムと精子の1セットのゲノムから2セットのゲノムを持つ受精卵が誕生する過程です。

受精卵に含まれる2セットのゲノムが複製しながら細胞分裂(卵割)を繰り返し、胎盤に着床し、胎児となり、やがては赤ちゃんとして誕生し、成長します。

精子と合体した卵子は減数分裂が完了し、卵子の核と精子の核が寄り添いますが、まだ1つの細胞核になるわけではありません。

卵子の核と精子の核が複製され、1回目の卵割で2個の細胞になったとき、それぞれの細胞に細胞核が現れます。

その後、輸卵管の中で4個、8個と卵割が起こります。

桑実胚期を経て、胚盤胞になると子宮に着床します。受精から6日後です。

胚の大きさは受精卵とほとんど同じです。

すなわち、ここまでは細胞が分割するだけで、分割後ほとんど成長しません。

一般に、着床までが胚で着床後に胎児となります。

着床以降は、胎盤を通して母胎から栄養を貰い、細胞の分裂と共に細胞の成長も起こります。

すべての2倍体細胞は基本的には受精卵のクローンです。

すなわち、細胞核を持つすべての体細胞は卵子の核由来のゲノムと精子の核由来のゲノムの2セット分のゲノムを持っています。

細胞分裂の時に遺伝情報が若干変化するため、完璧なクローンと言うわけではありません。

すべての細胞核を持つ体細胞が同じゲノムを持つと言うことは、基本的には同じ遺伝情報を持ち、同じ遺伝子セットを2組持つと言うことになります。

 

獲得形質は遺伝しない

ある本を読んでいると、ヒトのABO式血液型は腸内細菌の遺伝子がヒトの腸に移動することで獲得した、と書いてありました。

ヒトのA型は腸内細菌の持つA型物質を作る性質から獲得し、B型も同様にB型物質を作る腸内細菌から得られたと主張しています。

腸内細菌の遺伝子がヒトの腸細胞のゲノムに移行すると言う話自身がおかしいのですが、ここでは眼をつぶって、それが可能だとしましょう。

それで、この性質、つまり、新たに獲得した血液型は子孫に遺伝するでしょうか?

つまり、人類に広まるでしょうか?

結論を先にいえば、遺伝しません。

新たに獲得した特定の人が死ぬと、その性質は消えてなくなります。

 

なぜでしょう?

 

血液型のような個体の持つ特徴を形質と言います。

メンデルの法則でよく出てくるエンドウの例でいえば、まめの形が丸いかしわかとか、色が黄色か緑色かとか、草丈が高いが低いかとかいった特徴も形質です。

一般的に形質といえば遺伝形質のことです。

つまり遺伝する特徴です。

「遺伝する」と言うことは、形質は遺伝子の発現に依存しており、遺伝子の遺伝情報に従って合成されたタンパク質の働きによって特徴づけられる性質だと言えます。

その遺伝情報が何らかの影響で変化し、合成されるタンパク質の構造が変わったとすると、そのタンパク質構造の変化に依存した性質の変化により形質も変化することもあるでしょう。

あるいは、今回の血液型の例のように、遺伝子を獲得することにより、新たなタンパク質を獲得するわけですから、そのタンパク質依存性の形質も獲得することになります。

このような遺伝情報の変化や新たな遺伝子の獲得が体細胞で起こると、それ以前とは異なった形質を持つことがあります。

 

例えば、タバコを吸うことで、肺細胞の遺伝情報が肺癌になるように変化し、その人が肺癌になります。

腸内細菌からABO式血液型のA型遺伝子をもらい、血液型がA型になれば(実際には起こりませんが)これも獲得形質です。

 

ちなみに、1つの形質(実はこれ自身も単純には決まりませんが)と1つの遺伝子が1対1で対応することはまれで、多くの場合1つの形質に複数の遺伝子が関与しています。

 

 

親から子へ伝えられる遺伝情報は、減数分裂で生じた生殖細胞由来のゲノムのみです。

体細胞の遺伝情報は、通常のセックスでは子孫に伝わることはありません。

 

形質と遺伝

形 質:       遺伝形質と同じ

            遺伝によって子孫に伝えられる性質

獲得形質: 生きている間に獲得した形質

体細胞の変異(獲得形質)は遺伝しない

 

読み書きの才能、言語機能は形質だろうか?

記憶は形質だろうか?

鍛えて得た筋力、学習で得た知識は形質だろうか?

練習で得た演奏力、絶対音感は形質だろうか?

 

エピジェネティクス

これまで、遺伝情報、すなわちDNAの塩基配列は親から子、母細胞から娘細胞への情報伝達の本質であるとの原則で説明してきました。

基本的には塩基配列そのものが情報伝達に重要なことは間違いないのですが、塩基配列以外の因子が遺伝子の発現に影響し、その制御情報が少なくとも母細胞から娘細胞への伝わっている現象が見つかっています。

このような遺伝情報の変化をともなわない伝達可能な情報はエピジェネティクスと言います。

動物などでこれが親から子へ本当に伝わるかどうかは、今のところ微妙です。

 

細胞内にある2万数千の遺伝子発現はそれぞれ個別に調節されています。

遺伝子発現が起こるとき、ヒストンに巻き付いたDNAがある程度ほどけ、遺伝子発現は遺伝子の近くにいる特異的な多くのタンパク質の相互作用により調節されています。

いつどのタイミングでどの程度発現するかは発現を調節する因子に依存し、それらはヒストンや遺伝子近傍の化学的な修飾のタイミングで調節されています。

 

このような遺伝子発現に関わる化学的な修飾は細胞分裂でも安定的に伝わっているようです。

このような化学的な修飾による遺伝子発現調節をエピジェネティック制御と言います。

ゲノムは単独で情報として意味を持っていますが、エピジェネティックな情報はゲノムに従属しています。

 

個体が生きている間は、このような塩基配列以外の情報(DNAやヒストンの化学的な修飾)も重要ですが、生殖細胞になるとき、DNAの化学的な修飾は、ほぼリセットされます。

したがって、エピジェネティックな情報が親から子に伝わるかどうかは微妙で、もし伝わるとしてもどのように伝わるかのしくみは今のところわかっていません。

 

生殖細胞系列で起こった遺伝情報の変化は親から子に伝わります。遺伝情報の変化を伴わない化学的な修飾による情報は体細胞分裂では伝えられますが、減数分裂と受精を経た親から子への伝達の時は良くわからず、「獲得形質が遺伝する例が見つかった」と強く言えない状態です。

 

エピジェネティックな遺伝子発現調節は広範囲で見つかっていることから、ほぼ同じゲノムを持つ一卵性双生児で、遺伝因子の影響が強い形質でも、互いに異なる形質を示す現象に説明がつきます。

しかし、それはその個体が生きている間の話で、それらの情報が遺伝するかどうかは意見が分かれています。

 

次回の講義

次回は3種類の具体的な遺伝子を取り上げ、遺伝子の基本的な構造を学び、そのうえで、生物進化、遺伝子型と病原型、翻訳後修飾といった分子生物学の基本を学びます。

 

 

説明: 説明: 説明: 説明: hr-green

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