同様の記述が「やさしいバイオテクノロジー」(サイエンス・アイ新書)に書いてあります。

見やすいイラスト入りでわかりやすいです。参考にしてください。

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ビーケーワン e-hon  本やタウン netdirect

 

 

1−3.授業をはじめる前に

 

「安全」と「安心」 リスク管理

 

○遺伝子組換え食品の現状

 

 日本植物細胞分子生物学会が翻訳発行したパンフレット

遺伝子組換え食品について知ってください

 

を回覧します。このパンフレットの原著はカリフォルニア州サンジエゴにあるサンジエゴ分子農業センターが作成したもので、アメリカにおける遺伝子組換え作物にかんする見解が書かれています。

日本の実情にも合うように、訳注が施されています。20061月に第4版が出ていますが、入手しにくい。

 

 また、2005年、日本植物生理学会など日本の6学会が合同で次のような提言を発表しています。

提言:「遺伝子組換え植物の社会における適切な受容を進める体制を求む」

 

 一見してわかるように、日本のマスコミ等で報道されている内容とはかなりかけ離れた内容です。

どちらの主張が正しいか、あるいは科学的かは今後の授業で明らかになるでしょう。

遺伝子組換え技術に関しては、前期にも若干ふれますが、後期の授業のとき、基本的な原理、作り方、および安全性や環境への影響について3回ほど取りあげる予定です。

 

 

 

○「安全」と「安心」

 

 近年の日本における遺伝子組換え作物に対するバッシングは常軌を逸している感があります。

食品一般の安全性の議論に関しては科学の力で説明可能です。

ところが、マスコミや世論では科学的な根拠をあげた上での安全性の議論は全くといっていいほどなされておらず、ただひたすら「安心」にかんする話のみです。

「安心」議論は感情的かつ政治的な話であり、科学はいっさい関与できません。

食品の安全性を議論するのであれば、科学的根拠を検討することになりますが、そのとき科学的な基礎知識は当然必要になります。

基本用語の理解から技術にかんする内容の理解が必要で、それなしには議論することはできません。

 

 遺伝子組換え作物の対極として、有機農法が盛んに宣伝されるようになりました。

世界の食料事情を考えると、この農法が本当に理想なのかどうか明らかでしょう。

有機農法や無農薬農法により効率よく栽培するのは大変難しい。

通常農法では種子の段階で農薬により殺菌処理してから栽培を始めますが、この時点で農薬を使わなければ感染した種子から栽培を始めることになります。

収穫量は当然激減しますし、労力も増えコストも高くなります。

栽培中にも昆虫や寄生虫、ウイルスなどに感染しやすくなります。

サラダとして生食もできなくなります。

 

 植物はその生育場所から動けないため、さまざまなストレスに対して動けないなりに防御機構を発達させています。

植物の茎や葉を食べる昆虫類に対しても防御機構があり、おもに昆虫類を殺す殺虫毒素を作ることで対応しています。

このような毒素は昆虫だけでなく、動物一般に害になることが多い。

これらの防御物質は、通常の植物には必要ないため、ストレス時にのみ作るような機構も発達させています。

たとえば、昆虫に食べられたとき、このキズストレスを認識し、殺虫毒素に変換します。

サラダなどを生食したときに感じる苦みはこの新たに作られた毒素のせいです。

 

 野菜類の品種は、人にも影響のあるこの防御物質(毒素)を減らす方向に改良されました。

その結果、野菜類の作る防御物質が減り、人が生食するには有効ですが、当然、植物自身が防御毒素をつくる量を減らしたため、害虫などに感染しやすい品種にもなりました。

そのため、感染源を殺すため農薬が使われます。

このときの農薬は当然感染源には有効ですが、人には有害でないもの、植物が本来持っている毒素と比べても比較的安全性の高い農薬が使われます。

 

 有機農法や無農薬農法が危険なのは、農薬を使わないのため、感染しにくい品種に改良する工夫が必要になります。

つまり、今まで行ってきた品種改良を逆行させ、野生化の方向に改良することになります。

そのため、当然品種改良により減らしていた危険物質が増えることになります。

植物は昆虫には有効だが人には無効といった都合のいい毒素は作ってくれません。

逆に人は昆虫には有効だが人には無効といった都合のいい化学物質を作る能力を持っています。

それが現在の先進国などで使われている農薬です。

 

 有機農法や無農薬農法とは、コストをかけて、収穫の労力を増やして、収穫量を減らして、種々の微生物に感染させて、危険な毒素を多くする農法のことです。

30年ぐらい前までサラダを生食する習慣はありませんでした。

生食することを知らなかったわけではなく、当時の農法で収穫された野菜は生食に耐えられなかったからです。

なぜ今多くの野菜が生食できるのか、その理由を考えれば、理想的な農法がなにかおのずと答えは出るでしょう。

 

 

 

○企業の論理

 

 食品添加物に関して、面白い記事が掲載されました。

        朝日新聞 2004414

        コンビニ各社「削減」を競う 食品添加物が気になる

        参考:安全・安心・健康(ローソン)

 

 コンビニ大手ローソンが食品添加物の中で総菜などのオリジナル商品に合成保存料と合成着色料を使わないことにした、との記事です。

この記事の中で国政モニターに対する意識調査結果が載っており、「食品の安全性の観点から不安なのは」との問に84%が「食品添加物」との結果でした。

農薬はさらに多いとのこと。

「発癌の可能性の高いと感じる要因は」との問にも77%が食品添加物をあげています。

その実態を解説するはずの記事ですが、しかし、その内容は消費者の不安をあおっているだけです。

 

 ローソンの戦略は当然ながら「安心」重視です。

「安全」を考えてのことであれば、合成保存料を使って食中毒を防止した方がいいに決まっています。

 

 食品添加物を使わずに食中毒を防止させようとすれば、流通経路を短縮し、賞味期限も短くし、食品の回転をよくしないといけません。

当然、残飯はより多量に出ます。

企業にとってはイメージが大切でしょうから、科学的な根拠はとりあえずおいて、「安心」イメージを売り込む必要があります。

 

 これは悪いことではなく、企業として当然の戦略です。

しかし、それを紹介する新聞記事としては「安全」も検証する必要があるはずで、残念ながら本記事ではそれが不充分でした。

 

 

 

○鳥インフルエンザ騒ぎ

 

 「安全」と「安心」の問題は、鳥インフルエンザ騒ぎのときにも見られました。

        神戸新聞 200439

        給食の安全チラシ配布拒否 慎重派の市町反発

 

 山口、大分についで3番目に騒ぎの起こった京都府の件で、近隣の兵庫県教育委員会と自治体との見解のちがいで混乱しました。

学校給食から鶏肉と鶏卵の排除を実施した自治体に対し、県教委は実質的な「安全宣言」を行いました。

見解の全く異なるチラシを受け取った保護者が混乱するといった内容です。

 

 高感染性鳥インフルエンザ騒ぎが起こったとき、鶏やその製品の移動禁止措置が取られましたが、それは発病した鶏から周辺の鳥類などへの新たな感染防止のためであって、鶏肉や鶏卵から鳥インフルエンザの人への感染や人がそれらを食べたときの安全性に問題があるからとられた措置ではありません。

 

 この情報や、そもそもウイルスの生態の理解があるならば、つまり、ウイルスがどのようにして増えるのか、どのように感染するのか、どうすれば殺せるのか、といった情報があれば、混乱することなく保護者への通知も1通ですんだはずです。

 

 自治体のとった「学校給食から鶏肉と鶏卵の排除」という措置は、住民の不安や混乱を増幅させるだけであり、決してやってはいけない行為でした。

自治体の「確実に安全とはいえない」からとったとのいいわけには、リスク・ゼロ信仰がうかがえます。

同様のリスク・ゼロ信仰が保護者側にもあったのでしょう。

自治体が先手をとって鶏卵や鶏肉の給食からの排除措置ととったのは、おそらく保護者からの突き上げも懸念したからと考えられます。

 

 2005年になって、日本国内での鳥インフルエンザ騒ぎは沈静化しました。

しかし、高感染性鳥インフルエンザそのものの脅威はなくなったわけではありません。

むしろ前年に比べて深刻化しています。

人への感染能力を持った高病原性の新しいウイルスが発生したときの人類全体に与える影響は寛大です。単なるお祭り騒ぎの報道も困りますが、上記の点を矮小化して報道するのも問題が大きい。

 

 

記事の一部引用

 鳥インフルエンザ問題で、学校給食から鶏肉や鶏卵を外す動きに対し、兵庫県教委が、「加熱すればウイルスは死ぬ」などとするチラシを、全保護者に配布するよう市町などに求めたところ、鶏肉などを使わないメニューに変更した複数の自治体が、「(変更の)判断に矛盾する」として、配布を拒んでいることが、九日までに分かった。県教委は「(鶏を)食べないことが風評被害につながる。再検討を願いたい」としている。

 県教委のチラシは「鶏肉や鶏卵を食べて人が感染した例はない」などと安全を強調。「学校給食で使用されていてもまったく心配はいらないので、安心を」とし、五日までに各市町教委などに渡した。

 ところが、伊丹市は「情報の錯そうが続く中、確実に安全といえず、配れない」との姿勢。京都府から感染した鶏が運ばれた処理場のある兵庫県多可郡八千代町は「安全や安心をうたう内容に地元との温度差を感じる」とし、篠山市は「カラスからもウイルスが検出され、状況はまだまだ深刻。いま配っても説得力がない」と話している。

 

 

 

○トンデモな新聞記事

 

 遺伝子組換え作物にかんする特集記事が中国新聞に載りました。

中国新聞 2004422日、23日、24日、25

迷走する遺伝子組み換え14

 

 この時期になぜこのようなトンデモ記事を4日間も特集するのか、疑問に思った記事です。

同様の内容をたとえば5年前に掲載したのであれば、まだ情報が混乱していた時期でもあり、しかたがない面もありますが、2004年の時点でこの記事の内容はいただけません。

 

 この授業ではマスコミ等で報道される記事を正しく理解することも目標のひとつにしています。

この特集には、科学的に事実に反する内容がかなりあるため、その教材としては最適です。

2004年の記事としては情けないですが、まちがい探しをするという点ではこれ以上の教材はありません。

この特集記事の中から、いくつまちがいを見つけることができるかで、バイオテクノロジーにかんする知識のチェックもできます。

逆にいえば、この時点で複数のまちがいを指摘できるのであれば、この授業は退屈なものになるかもしれません。

 

 今の時点では、この記事の何がまちがっているか詳しくは解説をしませんが、学習を進めるに従ってまちがいが明らかになるでしょう。

おりにふれてこのトンデモ記事を読んで欲しい。

 

 この記事は、きちんとした取材をしないと大恥をかくという典型でもあります。

おそらくメールなどのやりとりやWebを読んだだけで、直接会っての取材はしていないと思われます。

なぜなら、記事に書いてある内容や言い回しは、文字情報として以前から頻繁に目にするものばかりだからです。

 

 記事には遺伝子を操作すること自体を嫌悪し、遺伝子を操作すること自体を禁止する論調もみられます。

人は神の領域を侵すべきでない、といった記述もあります。

もしこれが正論なのであれば、今食べている野菜・果物・家畜はほぼ全滅です。

人間が「遺伝子を操作」していない栽培作物や家畜はありません。

遺伝子を操作すること自体を禁じるのであれば、完全な野生動植物の狩猟生活に戻るしかありません。

 

 ブタはイノシシから改良したものであるし、乳牛も肉牛も改良品であるし、ニワトリも含め、家畜はすべて人間が作り出したものであり、自然に誕生したものではありません。

多種多様な犬の品種もすべて!人間が作り出したものです。

自然に進化して誕生した犬は一匹もいません。

人間が遺伝子操作しなければ、イヌもブタも野菜も果物も、この世には決して存在し得ないものです。

 

 遺伝子の正確な知識を持った上での、冷静な判断力が欲しい。

 

 最近発売された本の中にもおもしろい記載があります。

たとえば、「遺伝子組み換え」食品いらないキャンペーンをはっている天笠啓祐氏による「遺伝子組み換え作物はいらない!」(家の光協会 20064月刊)。

いろいろ突っ込みどころがあって楽しい本です。

「遺伝子組み換え」作物がなぜ危険であるかといった肝心の記載はありません。

ただひたすら、「遺伝子組み換え」いらないキャンペーンをはっているだけです。

本書のあとがきに欧州の環境保護グループの人たちによる次のような遺伝子組換え作物の栽培に対する懸念の声明が書いてあります。

もちろん筆者は好意的に引用しています。

 

 「生きとし生けるものがその体内に秘めている遺伝子を、今日の産業文明を蝕んでいる経済の論理にかなうように設計し直すことは、許されてよいだろうか。いま私たちの前には、これまで直面したことがない環境と人間の健康への脅威が出現している。この脅威は一過性のものではなく、一地域に限定したものでもない」

 

 このような声明は、あらゆるところで見ることができます。

一見正しいように見えます。

しかし、先にみたように、われわれが通常食べているものは、遺伝子を操作することでつくられたものです。

野菜も、家畜も、食べ物ではないがペットも。

いずれも人の欲望の賜物です。経済論理の賜物です。その目的のために遺伝子を改変したからこそ、その目的にあった野菜や家畜やペットが作られてきたわけです。

 

 もし、声明を発した人たちが、遺伝子組換え作物で「脅威」を感じるのであれば、同じ論理で通常食べている野菜や家畜にも「脅威」を感じなければなりません。

むしろ、改変された遺伝子の数も質もわからない野菜や家畜の方が、その論理でいけば、はるかかに「脅威」になるはずです。

当然、有機栽培や無農薬栽培されたヘルシーと信じられている野菜も同じように「脅威」のはずです。

 

 「遺伝子汚染」の定義もおもしろい。

「遺伝子組み換え作物が、通常の作物と交雑を起こしたり、雑草などと交雑を起こして広がること」だそうです。

とにかく最初から「遺伝子組み換え作物」は「汚物」でありそれが広がると「汚染」となるらしい。

なぜ「遺伝子組み換え作物」が「汚物」であるかは全く説明されていません。

説明されていませんが、とにかく「汚物」なのだから「汚染」だぁ、と主張しているだけです。

まるで子どもです。

 

 他にも多くの突っ込みどころは多数ありますが、この辺で次の話題に。

 

 

 

○中にはこんな人も

 

 遺伝子組換え作物と単為生殖に関しておもしろい記事が載りました。

女優で東京農大の1年生(当時)である加藤未央氏による記事で、

 

http://biowonderland.com/BioWorld/MioSen/20040301.html

http://biowonderland.com/BioWorld/MioSen/20040302.html

 

「遺伝子組換えの大豆を使った10円の豆腐と有機栽培の大豆を使った1000円の豆腐、どっちを買う?」というもの。

農大生の彼女はもちろん組換えダイズを選んでいる。

彼女なりの解説記事もおもしろい。

 

 2006年現在、スーパーなどで「大豆(遺伝子組換え)」あるいは「大豆(遺伝子組換え不分別)」と表示した豆腐を見つけることはできません。

多くの豆腐は「大豆(遺伝子組換えでない)」とか国産大豆使用などと書いて、非遺伝子組換え大豆を使用していることが表示されています。

ニセの表示をしている例も摘発されています。

 

 遺伝子組換えダイズを使用した豆腐が消費者にどの程度受け入れられるのかわかりませんが、安価なアメリカ産ダイズを使用することで、大幅なコストダウンができると思われます。

先にみたように、わが国のダイズ自給率は4%で、7割以上をアメリカからの輸入に頼っています。

アメリカの遺伝子組換えダイズの作付け割合は89%を越えています。

日本での豆腐や納豆などの遺伝子組換え表示義務のある食品をすべて非遺伝子組換えダイズで生産することは不可能です。

 

 

 

○テレビが伝えるニュースと実際

 

 同じ加藤氏のシリーズに単為生殖でマウスが誕生した記事3編掲載されています。

このマウスの単為生殖実験は彼女の所属する東京農大で行われ、Nature誌に掲載されました。

この記事を参考に少し解説します。

 

 単為生殖でマウスを誕生させるためには、クローン技術で使われる核移植やES細胞も使われるため、先端技術の教材としては適切です。

テレビのニュース番組などでは、哺乳類でも雌のみで出産可能で、雄が不要との内容をことさら強調した例が見られました(夜10時台の競争相手のなくなったニュースキャスターなど)。

もちろんそのような研究ではありません。

 

 体細胞の染色体は卵子由来と精子由来のペアになっていて、それぞれ基本的には同等です。

したがって、ある遺伝子Aは二本の染色体の両方ともに存在するため、あるひとつの体細胞中にあるすべての遺伝子は基本的には対になっていて2個もっています。これを対立遺伝子といいます。

 

 この対になっている2個の対立遺伝子が両方とも働き、両方の遺伝子からタンパク質合成がおこなわれること(発現)がほとんどです。

しかし、なかには片方のみしか発現しない遺伝子もあります。

 

 すなわち、卵子や精子がつくられる過程で、ある遺伝子や遺伝子間領域の塩基にメチル化や脱メチル化などの修飾が起こり、この修飾が起こったまま受精し発生して誕生する遺伝子があります。

このしるしはゲノムにすり込まれています。

つまりゲノムインプリンティングです。

 

 インプリントされた情報に従って、遺伝子の発現が卵子由来の遺伝子、あるいは精子由来の遺伝子にかたよっておこることがあります。

これがインプリント遺伝子です。

つまり、卵子由来のゲノムと精子由来のゲノムに異なる修飾がおこなわれていて、それぞれあらかじめ役割が分担されている遺伝子があります。

このしくみにより、哺乳動物では卵子のみあるいは精子のみの染色体ペアから単為発生することはできません。

 

 今回の実験では、このインプリンティングのしくみを解明する目的で、卵子の遺伝子を細工し、あるインプリント遺伝子ひとつをノックアウトして、この卵子に精子のような役割を持たせた改変精子もどき卵子を作り、これを正常な卵子に核移植することで単為発生を成功させました。

 

 このような実験により、インプリンティングのしくみが解明できるだけでなく、インプリンティングが障害となっている体細胞クローン技術の改良が期待されています。

 

 ちょっとつっこんだ話になってしまいましたが、後期の授業を受けるころには、ここで述べた多くの専門用語が理解できていて、インプリンティングの話も簡単に理解できるようになっているはずです。

 

 テレビが伝える最新科学のニュースではキャスターの理解できる世俗的なレベルでしか伝えられません。

科学ニュースを正確に正しく伝えることができるキャスターをひとりも持たない日本は非常に不幸な国です。

次のBSEの話題もマスコミのミスリードの典型例です。

 

 

 

BSE 狂牛病

 

 食の安全の話題のひとつに、BSE問題があります。読売新聞に食の安全にかんする世論調査の結果が載りました。

読売新聞 200458

食の安全「制度化を」 根強い「業界」不信

 

 この世論調査によれば、国民の中にBSEに対する強い警戒感がまだ残っており、アメリカのウシにも全頭検査を求める声が圧倒的多数を占めています。

しかし、このような「安心」重視の世論に対するコメントもなく、また世論がこのような認識になっていることに対する新聞の責任も言及されていません。

全頭検査のような莫大な費用のかかる政策に対して、コストに見合う成果があるのかどうか、全頭検査することにより損なわれる社会的、経済的損失がどの程度なのか充分に検証し、より国益にかなう世論を誘導するのもマスコミの責任でしょう。

 

 BSEに関していえば、飼料を適正に使ったうえで、1) 検査なし、2) 危険部位の除去、および3) 全頭検査した場合に、どの程度リスクが改善されるかをコストも含めて具体的に検証する必要があります。

 

 そのためには、病原体とされているプリオンにかんする知識が重要になります。

感染、発症するメカニズムだけでなく、病原体としての特性、その検査方法なども知る必要があります。

これらはいずれも前期の授業で取りあげます。

 

 現時点でいえるのは、BSEに感染したウシ由来のステーキを大量に食べるより、タバコ1本の方がはるかに危険だということです。

つまり、タバコを吸いながらBSEなど食の安全性を議論するのは、単なる喜劇です。なぜそうなるかは授業で明らかになるでしょう。

 

 全頭検査をすることで、その業務の重圧により獣医師が自殺をするという痛ましい事件がありました。

危険部位の除去を適正に行えば、BSE検査を一切行わなくてもBSEに感染した国産牛が原因で人が死亡することは、どの科学的検証結果でも0.02人以下です。

全頭検査をしても犠牲者の数はほぼゼロのまま変化ありませんが、全頭検査をすることにより、検査官の自殺という犠牲者が出てしまいました。

BSE感染牛を出した酪農家が世間のバッシングに耐えられず離農したとのニュースもあります。

大変残念なことです。

これらの犠牲者や被害は必要以上に不安をあおったマスコミとそれに踊った国民にその原因があります。

 

 2005年は、日米で牛肉貿易に対する戦争が活発化した年でもありました。

上記のような科学的指摘にもかかわらず、BSEにたいしてリスク・ゼロを要求する日本の世論と牛肉を輸出したいアメリカとの接点は見いだされることはなく、解決に長い時間を要しました。

アメリカのルール違反は問題外ですが、それ以上に日本のリスク・ゼロ信仰も百害あって一利なしです。

 

 2006年、アメリカから2度目の牛肉輸入が再開されました。

再開後、需要に供給が追いついていないとのニュースがありました。

市民はマスコミほど愚かではありませんでした。

 

 米国から輸入される牛肉は20ヶ月齢以下のウシ由来に限られます。

現在の技術では、20ヶ月齢以下のウシのBSE検査はできませんし、病理学的に発病したとの報告もありません(日本では検出不可能だから法的に免除されている検査を、わざわざ「安心」のために補助金を使ってやっています)。

 

 日本人が米国産輸入牛肉で変異型クロイツフェルトヤコブ病になる確率は限りなくゼロです。

むしろ、国産の安い牛肉、多くは乳牛の年老いた廃用牛由来の肉の方が危険でしょう。

20ヶ月齢からみてとてつもなく長い期間、いろんな餌を食べ、いろんな感染症の可能性があり、いろんな病気に罹患する可能性のあるウシ由来の方が、20ヶ月齢以下の若い米国産牛肉より安全性が高いと考えることは、あまりにも無邪気すぎます。

 

 検査をするということは安心を得ることには貢献しますが、安全にはなんら貢献しません。

そのことは、検査方法を理解する必要があり、そのためにも(ここには詳しく書いていませんが)分子レベルの説明が必要になります。

 

 アメリカ産牛肉を使った牛丼を販売している吉野家での遍歴を見てみましょう。

アメリカでBSE感染牛が確認され、日本政府が牛肉の輸入停止に踏み切ったのは20031224日でした。

吉野家ではアメリカ産牛肉の在庫がなくなった2004211日から牛丼の販売中止に追い込まれました。

「牛丼最後の日」は普段牛丼を食べたことがない人まで駆けつけ、各地で行列ができるなどお祭り騒ぎになりました。

日本政府は20051212日、食品安全委員会からの答申(8日)を踏まえ、生後20ヶ月以下の牛に限り、危険部位を除去する事を条件に、輸入禁止措置の解除を正式決定しました。

ところが、成田国際空港の動物検疫所で、2006120日、BSEの特定危険部位のひとつとされ、輸入が禁止されている脊柱の混入が見つかったことから、日本政府は再び輸入禁止を決めました。

日本政府はアメリカの加工施設を査察し、2006727日、安全性が確認された施設に限り輸入を再開することを正式決定しました。

吉野家では政府が輸入再開を決めたことを受け、牛丼再開のめどが立ち、2006918日、吉野家で1日限りの牛丼復活祭があり、予定されていた100万食がほぼ完売されました。

さらに101日から5日間、牛丼祭で同様に連日100万食販売されました。

この後、11月も1日から5日間限定で販売されました。

 

吉野家で1日限りの牛丼復活祭(2006918日)

食べかけの牛丼(広島県東広島市の「東広島西条店」にて)

 

牛丼復活祭得配られたのれん。2種類ともゲット!

 

 

 

さらに101日から5日間、牛丼祭で同様に連日100万食販売されました。

2006101日、広島県東広島市の「東広島西条店」にて)

    

 

並盛・つゆだく牛丼         並盛・つゆだく・ねぎだく

 

 

さらに111日から5日間、2回目の牛丼祭で同様に販売されました。

2006114日、広島県東広島市の「東広島西条店」にて)

 

 

 

 

○国産若牛

 

 アメリカ産の若い牛に対抗して、日本でも200512月、「国産若牛」という新しいブランド名が発表され、2006年より売られはじめました。

国産若牛は従来のホル雄(ホルスタイン種の雄)にほぼ相当する牛です。

従来の国産牛と同様、日本国内で生まれ、育てられた乳用種牛(主にホルスタイン種)のうち、概ね24ヶ月齢以内の牛から作られた肉を国産若牛というようです。

国産若牛に雌雄の区別はありませんが、ほとんど肥育しやすいように去勢された雄です。

和牛、交雑牛、乳を搾った後の年老いたホルスタイン種は含まれません。

 

 次のコラムでも述べるように、日本でBSEを発症した牛のほとんど(30例中28例;20061113日現在)は年老いた雌の牛で、ホルスタイン種が27例、和牛(黒毛和種)が1例です。20ヶ月齢以下の若い牛のBSE発症例はなく、また、米国から輸入される牛肉はすべて20ヶ月齢以下に限られることから、国産若牛はBSEリスクの低い「安心」ブランドとしてつくられたものと思われます。

残りふたつのBSE発症例は、いずれも雄のホルスタイン種を去勢したもので、21および23ヶ月齢です。

これは国産若牛に該当しますね。

なぜ国産若牛をこの2例が該当しないように定義しなかったのかわかりません。

 

 200610月より販売促進として『「国産若牛」食べてもらおう!キャンペーン』が始まり、小冊子「国産若牛のHOW TO COOKING」が配布され、各地で試食販売や農場・加工場見学会などが催されました。

 

   

   国産若牛の売り場。キャンペーンのポスター、小冊子、

   応募用紙が置いてある。

 

 

 

個体識別番号:0332604112より、北海道でH 16.08.11に生まれた去勢 ()ホルスタイン種であることがわかります。

 と畜はH 18.10.31なので、24ヶ月齢以下の「国産若牛」ではないような。

「牛の個体識別情報検索サービス」

https://www.id.nlbc.go.jp/top.html

 

 

 

 

 

 

○アメリカ産牛肉は危険か?

 

 食品の安全性を考えるとき、すでに食べているものと比べるという視点は、他で指摘したのと同じ考え方で重要です。

 

 BSE(ウシ海綿状脳症)の原因物質はプリオンというタンパク質と考えられています。

BSEの原因プリオンは脳や脊髄などに多く含まれるとみられています(「特定部位」とよんでいます)。

実は、ウシのプリオンを摂取したことでヒトが病気になって死ぬとの直接的な証拠はありません。

しかし、イギリスなどの例から、これらの危険部位は食べないようにするに超したことはありません。

 

 国産牛肉の場合、危険部位の除去、飼料への肉骨粉の使用禁止措置だけで、BSE検査をしなくて、予想される数十頭の罹患牛が市場に出まわったとしても、今後数十年でBSE由来の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病などで死亡する人は、多く見積もった例でも0.1人です。

このことからタバコ、食品、人工農薬、食品添加物と比べて、BSEのリスクは極端に小さいことがわかります。

ちなみに、史上最強の猛毒化学物質と怖れられている、いわゆるダイオキシン類のリスクはBSEよりさらに低いです(全世界で過去に環境中のダイオキシンによる死亡例がない。

タバコは日本に限っても毎年10万人殺すことから歴然としたリスクの差がある。

このように死者の数によってリスクを云々するのはけしからんとの人間愛に満ちた批判があるのも承知したうえでのリスクの説明です)。

 

 となると、莫大なお金をかけてBSE検査をする意味がありません。

現在日本が行っている検査を免除されているウシまで検査することで実現している「全頭検査」は単に「安心対策」のためだけで、「安全対策」ではありません。

むしろ優秀な検査官が無意味な検査にかり出されることなどの損失のほうが大きいでしょう。

 

 アメリカから輸入される牛肉は20ヶ月齢以下のウシ由来に限られます。

現在の技術では、20ヶ月齢以下のウシのBSE検査はできませんし、病理学的に発病したとの報告もありません(日本では検出不可能だし、する意味がないから法的に免除されているのに、わざわざ「安心」のために補助金を使って検査しています)。

日本人がアメリカ産輸入牛肉で変異型クロイツフェルト・ヤコブ病になる確率は限りなくゼロです。

 

 もっとも、アメリカは危険部位の除去というルールを破った前科があり、20ヶ月齢以下である保証も乏しいことから、制度上の不信感があり、アメリカ産牛肉は嫌われています。

アメリカ産牛肉のリスクは、国産の安い牛肉(国産牛)、多くは乳用牛の年老いた廃用牛由来の肉と比べてみると、よくわかるのではないでしょうか。

いわゆる和牛など36ヶ齢以下で屠畜されるオスのウシのリスクは比較的低いでしょう。

しかし、メスの国産牛はどうでしょうか。

現に日本で発見された30頭のBSE20061113日現在)のうち、メスのホルスタイン種が27頭で平均して76ヶ月齢(最高齢は109ヶ月齢、11頭の死亡牛を除く16頭の平均では80ヶ月齢)です。

1頭だけ見つかっている黒毛和種は169ヶ月齢のメスです。

アメリカ産の20ヶ月齢からみてとてつもなく長い期間、いろんな餌を食べ、いろんな感染症の可能性があり、無理やり妊娠させられ(乳牛といえども妊娠しないと乳は出ません)、いろんな病気に罹患する可能性のある廃用牛由来の方が、20ヶ月齢以下の若いアメリカ産牛肉より安全性が高いと考えることは、あまりにも無邪気すぎないでしょうか。

 

 繰り返しになりますが、20ヶ月齢以下の若いウシからBSEの原因プリオンは見つかっていません。

 

 

 

○日本におけるBSE確認状況について

 

 

 わが国で30頭目のBSE感染牛が発見された平成18 (2006) 11月までの出来事を時系列でみてみましょう。

600万頭を越える牛がBSE検査を受けています。

 

 BSE感染牛の生年をみてみると、1頭だけ見つかっている黒毛和牛(他はすべてホルスタイン種)が平成4 (1992) 生まれです。

平成7 (1995)12月から平成8 (1996) 4月まで5ヶ月間に生まれた牛から12頭のBSE感染牛が見つかっています(この他に平成88月生まれが1頭)。

この流行が第1波で、いずれも外国産の肉骨粉などの肥料が感染源とみられています。

 

 その後間をおいて、平成11 (1999) 夏から翌年 (2000) 秋までに生まれた牛からBSE感染牛が13頭見つかっています。

これが第2波の流行といえます。

1波の牛から作られた肉骨粉を肥料にしたことなどが第2波の流行の原因と推測されています。

 

 平成13 (2001) 9月に最初のBSE感染例が確認され、同年には、飼料への肉骨粉の使用は完全に禁じられました。

その前後に生まれた牛から3頭のBSE感染牛が見つかっています。

最後の感染牛の生まれは平成14 (2002) 1月で (21ヶ月齢で見つかった特殊な例)、それ以降の生まれのBSE感染牛は見つかっていません。

検査によりBSEの感染を確認できるまで、通常6-7年かかるため、今後数年間は感染牛が見つかるものと思われます。

 

 平成18 (2006) 5月以降に感染が確認された5例はいずれも死亡牛を検査して発見されました。

BSE検査で感染が確認された30頭は、いずれの場合もBSEを疑う臨床症状が確認されていません。

 

 

 

○タバコ

 

 授業で重点を置くテーマのひとつとしてタバコがあります。

すでに単なる嗜好品ではなくなったタバコにかんする知識も身につけてもらいたい。

遺伝子、タンパク質の働き、細胞の機能、病気のメカニズムなどのテーマごとにタバコを絡めて説明するつもりです。

 

 わが国において、20035月に健康増進法が施行されて以来、少しずつタバコ環境が改善されるようになってきました。

しかし、まだまだタバコが最強の殺人化学物質であるとの喫煙者の認識は乏しく、特に受動喫煙の認識不足ははなはだしい。

タバコ1本の方が、残留農薬や食品添加物よりはるかに危険であり、環境中のダイオキシンやBSEにおかされるよりはるかに危険であることも科学的に説明していきます。

焼却炉由来のダイオキシンを心配するくらいなら、隣の人が持っているタバコの紫煙(副流煙)を気にするべきです。

 

 環境中のダイオキシンにより死んだ人は世界中でまだひとりもいません。

これからも通常の(現在は禁止されている)焼却炉でゴミを燃やし続けても死亡者がひとりも出ないと試算されています。

しかし、タバコが原因で癌などの病気になり命を落とした人は、日本人に限っても毎年10万人います。

この中には非喫煙者も含まれています。つまり受動喫煙で命を落とした人もいます。

この傾向はしばらく続くと予想されます。

 

 「タバコがなければ、毎年9万人がん患者減」との記事が朝日新聞などに載りました。

 

        たばこがなければ、毎年9万人がん患者減 厚労省研究班(朝日新聞 2004年4月23日)

        喫煙で年9万人がんに、厚労省研究班が試算(日経新聞 共同2004年4月23日)

 

2003年に採択された日本癌学会による「禁煙宣言」の内容も含めて若干のタバコの害について触れます。

 

  喫煙の健康への影響のさらなる解明、効果的な禁煙方法の開発、その他喫煙対策に資する研究を推進する。

  喫煙者は禁煙に努めると共に、会員が所属する施設の全館禁煙化を推進する。

  あらゆる機会を捉えて喫煙の害を説き、禁煙を呼びかける。

  日本癌学会学術総会、その他日本癌学会が主催する会合の会場施設は禁煙とする。

  喫煙に関する健康教育と未成年者の喫煙防止対策を推進する。

  禁煙希望者に対する支援対策を推進する。

  受動喫煙による非喫煙者の健康への影響を防止する対策を推進する。

  たばこ製品の広告および自動販売機の規制、警告文書を強化する。

  たばこ価格を欧米先進国並に上げ、増収、増税分の一部を喫煙対策の推進の費用に充てる。

  未成年者の喫煙防止、禁煙、非喫煙者の健康への影響を無くするように努める。

 

 全国の小中高校や大学で、構内全面禁止のところが増えてきました。

学生、教職員はもちろん、構内に入るすべての人に対して禁煙を強いるもので、喫煙可能場所も一切設けないというもの。

未成年の禁煙防止対策は、医学的にも社会的にも重要です。

医学的な面は前期の授業で詳しく説明します。

 

 就職にも喫煙の有無が影響します。

採用時に非喫煙を条件にしていないものの社内を全面禁煙にしている企業、採用の前年度の夏までに禁煙を条件として採用するところ、喫煙者は採用しないところなど、就職試験でも喫煙の有無を問われるようになってきました。

喫煙者は採用選考の対象にさえしない企業もあります。

つまり、喫煙者は希望企業に就職できないばかりでなく応募すらできない。

 

 タバコパッケージへの警告表示が2005年より全面的に更新され、より具体的になりました。

新幹線などの喫煙車両も減る一方で、ついにJR東日本は新幹線とJR東日本管内を相互発着する特急列車を全面禁煙とすることを決め、2007年春に実施予定です。

 

 20064月からは、喫煙は病気ということで、禁煙指導に保険適用されるようになりました。

薬代は自己負担ですが。

健康増進法の適応もかなり一般化してきました。

 

 20061128日の共同通信社配信の記事によると、「2015年にはたばこが原因で死亡する人が10人に1人に達し、30年には心筋梗塞(こうそく)と脳卒中、エイズが死因の上位3位を占めるなどとした世界の死因の将来予測を世界保健機関 (WHO) の研究者がまとめ、米医学誌に27日発表した」という。

 

 「WHOや世界銀行などの統計を基に、戦争や交通事故なども含めた30年までの推計で、5歳未満の子どもの死者数が02年から半減する一方、エイズによる死者が280万人から650万人と倍以上になるとした」

 

 「たばこが原因とみられる肺がんや慢性閉塞性肺疾患による死者は、05年の540万人から15年には640万人、30年には830万人と増え続け、15年段階ではエイズによる死者の1.5倍、世界全体の約10%になるという」

 

 

 

○健康食品

 

 健康食品信仰にも大きな問題があります。

人にとって必須の栄養素、物質であっても、その過剰摂取には何らかの問題が必ず付随します。

水も過剰摂取をすると死にいたりますから、その点では水も毒物です。

 

 20062月、いわゆるトクホに指定されていて国民に大変人気の高い大豆イソフラボンに対し、日本の食品安全委員会の専門部会はその過剰摂取に警告を与えました。

ダイズ成分由来のいわゆる環境ホルモン様作用に対する警告です。

過剰摂取が悪いのはあたりまえのことですが、なぜか、この警告は驚きを持ってマスコミにより報道されました。

このような誤謬にいたらないようにするためにも、科学的に正しい判断力を養えるような授業にしたい。

 

 ちなみに、いわゆる「環境ホルモン」による人体に与える影響はほとんどシロと判定されてしまっています。

一時期の盛り上がりは完全に終わってしまいました。

その一番大きな原因は、「環境ホルモン」は当初人間が作りだした工業製品や農薬・添加物などに重点をおかれて研究が進められたのですが、どうやら普通に生活している過程で人が摂取する「環境ホルモン」はほとんど天然物であり、ダイズなどの作物から摂取する方が人工化学物質よりはるかに多いことが明らかにされたからです。

 

 環境ホルモンの環境に与える影響として、たとえば東京湾にすむ生物がメス化しているという現実に対して、その原因物質として人工化学物質の「環境ホルモン」作用が疑われたのですが、これもやはり天然物の影響が絶大であり、そのなかでも最大の天然物はなんと人間の排泄物であることが明らかにされました。

人間がつくり出したものではありますが、工業製品ではなく、われわれの糞尿自身が生態系に影響を与える最大の「環境ホルモン」であったというオチがついて、この問題は収束しました。

 

 健康食品ではありませんが、「アガリクス」という菌は癌患者やその家族たちに絶大なる信頼と人気を誇っています。

ものの本によれば、アガリクスにより癌が治ったとの実例が多数掲載されています。

ところが、20062月、おなじく食品安全委員会がアガリクスには発癌プロモータ作用があると発表しました。

アガリクスは菌自身の種類も多く、栽培状態によって成分の組成も異なります。

癌に対するよい効果も確認されておらず、非常に高価です。

今回、アガリクスは癌に対するマイナスの効果が確認されました。

 

 発癌の学説のひとつとして、発癌の2段解説があります。

1段目のイニシエータ作用によるイニシエーションと2段目のプロモータ作用によるプロモーションの2段階で発癌が起こるというものです。

今回、アガリクスにプロモータ作用の有無を調べるとクロとの判定が下されました。

この発表を受けて、マスコミにより、アガリクスには発癌作用があるとの誤った報道も見られました。

このような事件にかんしても正しい認識を身につけてもらいたい。

 

 

 

○イカサマッタケ

 

健康食品や化粧品などに真偽が定かでないものは多数ある。

 

 健康食品や化粧品などに真偽が定かでないものは多数あります。

ここでは、広島県が生んだ「快挙」を紹介します。

2003年、広島県旧甲山町(現世羅町)の東洋きのこ農園(現世羅きのこ園)が松茸の人工栽培に成功し、販売が始まったと大々的に報道されました。

当初、人工栽培融合「松茸」として売り出されていました。

 

 この融合松茸、本物の松茸並に高級品であり、桐箱に入れられ200グラム3500円と高く、高級百貨店などでしか手に入りませんでした。

桐箱には「松茸」の字が特に大書されており、誰が見ても「松茸」の一種と思うパッケージで売られていました。

 

 2003520日、テレビ朝日系列の「ニュースステーション」で人工栽培融合松茸が大々的に紹介されました。

この融合松茸をスタジオに持ち込み、試食までしました。

キャスターの久米宏氏も「松茸だ」と絶賛し、年間を通じて安く土瓶蒸しが食べられると手放しのほめようでした。

さらにNHKのニュース10でも特集として長時間取りあげられ、森田アナらが好意的に報道しました。

もっとも、真相が解明された後にビデオでこのニュースを見ると、森田アナは不満そうに納得しない樣子でニュースを読んでいたのはおもしろい。

 

 地元のバラエティ番組はもちろん、地方のバラエティ番組でも追従し、全国紙各紙も好意的に報道しました。

当初は、いずれも松茸菌と椎茸菌を掛け合わせて栽培してつくった新種の人工栽培松茸と紹介されていました。

なかには、某全国紙では、貧乏な(を気取っているだけの)記者による、いまでは涙なくしては読めない楽しい特集記事もありました。

 

 残念ながら、2003年のうちに農水省などにより品種鑑定およびDNA鑑定され、融合松茸はシイタケであることが判明しています。

松茸の人工栽培に成功したはずでしたが、松茸菌と椎茸菌を一緒に栽培しただけであって、できたのは融合した新種ではなく100%シイタケでした。

 

 20064月、世羅きのこ園の代表者の方に本社で直接お聞きしたところ、東洋きのこ農園により「融合マツタケ」の製法特許はとられており、「融合マツタケ」の語は使えるはず、とのことでした。

また、マツタケとして当初売り出したのは販売業者の方であり、生産者はむしろ被害者であるとの話でした。

農水省からの指導だけでなく、地元の世羅町や農協などからも圧力がかかり、苦しい現状を説明していただいきました。

一時の騒ぎ以降、「椎茸菌に松茸菌を掛け合わせて出来た、新種のキノコ『松きのこ』」として販売されています。

100%リサイクル型有機栽培を目指して、「スローなものづくり」をスローガンに、地元の農業の掘り起こしに力を注いでいるとのことでした。

 

 栽培途中で間引かれた小型の「松きのこ」は非常に安く、普通のスーパーで販売されています。

立派に育った「松きのこ」は現在でも高価で取引されているそうです。

冷蔵庫に入れた松きのこはマツタケの香りがするとの消費者の声をヒントに、「松きのこ」のエキス入りのソフトクリームも開発されています。

また、「松きのこ」と「松なめこ」が入った「おいしい炊き込みごはんの素」や「きのこカリー松なめこ」といったレトルト商品も販売されています。

 

 この事件から、何が教訓として得られるでしょうか。

 

 

2006年4月の世羅きのこ園 現在も「広島産 融合松茸」の看板が掲げられている

 

 

  

2004年10月に広島そごうで購入した「松きのこ」と「松なめこ」

 

 

添付のパンフレット。

 

芦田家での調理例

 

2006年4月、新規オープンした「せら夢公園」の売店で購入したもの

 

 

 

○危険回避 リスク論

 

○危険回避 ダイオキシンと一酸化炭素

 

 

 20054月には、中学生が防空壕跡地でたき火をし、4人が死亡するという痛ましい事件がありました。

例によって防空壕跡地の保全体制が非難されましたが、問題は洞窟でたき火をするとどうなるかという常識的なことをしっかりと教えることでしょう。

 

 おそらくこの中学生たち、ものを燃やすとダイオキシンが発生することは知っていたのでしょう。

また、ダイオキシンは「人類が作った史上最強の猛毒化学物質」であり、その発生源は焼却炉であることも教わっていたでしょう。

しかし、本当に教えなければならないことは、このような「真っ赤なウソ」ではありません。

 

 日本のダイオキシン対策法のおかげで、国内の焼却炉からのダイオキシン発生量は激減しました。

最新の高級焼却炉では10数年前の普通の焼却炉に比べてダイオキシン発生量は1万分の1にまで減少するようになりました。

しかし、莫大な石油を余分に燃やすことで達成されたこの快挙、実は、ほとんど役にたっていません。

ダイオキシン対策法ができるまでの焼却炉が野放しにされていたとしても、そこから発生するダイオキシンでヒトが死ぬことはありえません。

したがって、それほど危険性が元々なかったにもかかわらず、それをさらに危険性のないものにしたところで意味がありません。

それどころか、貴重な資源である石油を莫大な量使うことになったという点では、損失は莫大です。

 

 実際、10数年前の焼却炉からでる煙に含まれるダイオキシンの毒性は、どのくらいなのでしょうか。

普通にわれわれが飲んでいるコーヒー(つまり植物由来)には多量の有害化学物質が含まれています。

その中のたとえばカフェインだけを取りあげると、カフェインの致死量から考えて50から100杯分のコーヒーに含まれるカフェインでヒトは死にます。

それほど危険な「化学物質」をわれわれは平気で摂取しています。

10数年前の焼却炉からでる1日分のダイオキシンとコーヒーの1/4杯分のカフェインの毒性がほぼ同じです。

すなわち、コーヒー1杯飲むということは、その中に含まれるカフェインだけの毒性を考えても、ボロい違法な焼却炉から出る4日分の煙の中のダイオキシンをすべて摂取したのと同じです。

それほど、ボロい焼却炉のダイオキシンの毒性は弱い。

それにもかかわらず、大金と莫大な地下資源を使ってその毒性を1万分の1にしたわけです。

焼却炉はまだ少ない。

貴重な地下資源は、ゴミを遠くまで運搬するために毎日燃やされ続けています。

その目的はただ単に「安心」を得るためだけです。

 

 焼却炉から出る猛毒物質はダイオキシンではなく、他にたくさんあることを知ることが大切です。

ダイオキシンは人類が作った史上最強の猛毒化学物質との宣伝がなされていますが、上記の通りです。

実際に、焼却炉の煙を吸えば、1分と持ちません。その原因は、防空壕でたき火をして遊んでいて命を落としたのと同じです。

そのことをしっかり教えるべきでしょう。

ちなみに、その死因となった化学物質が何か、言わなくてもわかりますよね。

 

 このような問題を考えるとき、バランスある思考力が求められます。

その思考力を試すのにもっとも適した例のひとつに、殺虫剤として使われるDDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)をあげることができます。

つぎに、DDTの話題を取りあげましょう。

 

 

 

○リスク論 DDTの功罪

 

 DDTはカーソンの「沈黙の春」により世界中が翻弄されました。

DDTによるマラリアをはじめとした多くの疾患に対する功績は絶大であり、DDTが超低価格であり、分解しやすく蓄積しにくいことからも広く使われていました。

現在にいたる膨大な科学的データに、DDTによる環境破壊や人体への悪影響を支持するものはありません。

しかし、環境主義者らの運動によりDDTは使用禁止に追い込まれ、人類にとっても地球環境にとっても多大な不幸を招いています。

 

 ひとつ例をあげましょう。

今のスリランカ(セイロン)のデータは悲惨の一言です。

マラリアという恐ろしい病気は流行している地域の3分の2にあたる人々が罹患するほど簡単に感染します。

「沈黙の春」の出版は1962年、著者のカーソンは1964年に死亡しています。

1948年のセイロンにおけるマラリア発症報告件数は280万人でした。

DDTの有効性を知った政府は、大規模にDDTを使用し、1962年と1963年のマラリアの年間発症報告件数はそれぞれ31人と17人にまで激減しました。

驚異的な効果です。

ところが、翌年1964年、カーソンが死亡した年に、国際世論の後押しでDDTの散布が中止されると、マラリア発症件数は鰻登りとなり、1968年には100万人、1969年には200万人にまでふくれあがり、元に戻ってしまいました。

現在でも多くの国々でマラリアをはじめ多くの昆虫などを媒介する感染症に苦しめられています。

 

 DDT使用中止を決定したとき、科学的根拠はなく、今にいたってもDDTの悪影響を証明する科学的なデータが見つかっていないことも考え合わせると、DDT中止を決めた先進国の一部の環境主義者の罪は大きい。

しかも、DDTの代替品は本当に毒性が強く、多くのいのちが奪われるという悲劇まで起こっています。

 

 現在における貧困層の多くの感染症などの疾患を撲滅するのは、実は非常に簡単です。

ワクチンも治療薬も高度な医療機関もいりません。

もっとも簡単で、しかも超低価格で実現できる方法を先進国の環境主義者が押さえ込んでいます。

環境主義者が懸念している環境破壊も人体への悪影響もないにもかかわらず。

 

 DDT使用禁止推進者のなかには、その理由にかなり疑わしい動機を持ったものもいます。

その疑わしい動機は実は現在実現しています。

それは、人口が増えすぎている地域にDDTの使用を禁止すれば、人口増加を抑制できるというものです。

DDTを使用していれば、今以上に貧困層の人口問題が悪化していた、という考えです。

悲しい驕りです。

 

 2005年、ジュラシックパークなどを書いたマイクル・クライトンによる新しい小説「恐怖の存在」(早川書房)が翻訳出版されました。

膨大な現実のデータを駆使したクライトン一流の小説です。

地球温暖化問題に真っ向から対峙しています。

さきのDDT問題にも言及しています。小説としても楽しめ、多くの環境問題に考えるきっかけにもなる力作です。

メリット、デメリットを冷静に考えることのできるように、多くの基礎知識を身につけるようにするためにも、読書は重要です。

 

 2006916日の読売新聞によると、世界保健機関(WHO)はマラリア制圧へ「DDT」使用拡大訴えたそうです。

 

WHO15日、ワシントンで記者会見を開き、「マラリア制圧のため、DDTの屋内噴霧を進めるべきだ」と発表した。

DDTは、生態系に深刻な悪影響を及ぼすとして1980年代に各国で使用が禁止された殺虫剤だが、WHOは「適切に使用すれば人間にも野生動物にも有害でないことが明らかになっている」と強調、DDTの“復権”に力を入れる方針を示した。

マラリアの病原体は、熱帯の蚊によって媒介される。DDTの散布によって激減に成功した国もあったが、その使用禁止とともに再び増加。

最近は世界で毎年、5億人以上がマラリアに感染し、100万人以上が死亡しているという。WHOマラリア対策本部長の古知新(こち・あらた)博士は「科学的データに基づいた対策が必要だ。

安全な屋内噴霧剤としてWHOが認めた薬剤の中で、最も効果的なのがDDTだ」と説明した。

WHOによると、10か国でDDTの屋内残留噴霧が行われている』

 

 共同通信の配信記事には上記の内容の最後に

 

『これに対して国際的な環境保護団体「農薬行動ネットワーク」などは「DDTは神経系への悪影響も指摘されており、マラリアで苦しむ子どもや家族にとってさらなる脅威になる。蚊帳の配布など、より安全な対策が存在する」と反対している』

 

と付け加えている。

 

 環境保護団体の論理が理解できますか?

農薬と聞けばデメリットしかなく、メリットはひとつもない、と脊髄反射的に反応する人たちに論理がわかりますか?

 

 いつまでもカーソンの幻に付き合っている場合ではありません。

 

 一般にリスクとハザードのちがいを区別しないことから大きな誤解が生じます。

リスク評価は科学です。安心や不安は感情で、科学では語れません。

ハザードが大きくても出会う確率が低ければリスクは大きくなりません。

逆にハザードが小さくても出会う確率が高ければリスクは大きくなります。

一般にリスクがあるかないかが問われますが、本当はリスクの大きさを問う必要があります。

どんな場合でもゼロリスクはありません。

 

 現実にマラリアは猛威をふるっています。

大きなハザードに出会う確率も高い状態です。

 

 

 

生命倫理

 

○障害差別と優生学

 

次に、優生学を少し取りあげる。

遺伝的な多様性から、病気になったり血液型のような多型としてあらわれたりする。

その遺伝学的な基礎をふまえて授業では解説するが、実は病気と多型との区別は明確にはできない。

 

感覚器官にかかわる単なる多様性であるに過ぎない場合でも、障害者、異常者の烙印を押し、差別の対象にまでされる例が多くある。

視覚障害者、聴覚障害者と呼ばれている人たちは、全然「障害」者でも「異常」者でもない。

遺伝学の知識を動員し、「多型」という遺伝現象から、作られた障害者の概念をなくすことにも挑戦したい。

これは、言葉狩りによる言葉の言いかえだけですむ問題ではない。

正しい遺伝的基礎知識を共有することができれば、多くの差別は解消することができる。

 

優生学の考えはその対極に位置する。

このような作られた障害者を社会から締め出し、あるいは生まれてこないようにするのが優生学である。

遺伝的に優れたもののみ残そうという傲慢な考え方である。

重いテーマではあるが、遺伝学の知識を動員して正面から取り組みたい。

 

 

 

○クローン技術

 

 クローンに対して否定的な認識の人が多いと思います。

ヒトなどでの応用に反対したり、クローン家畜の食材を拒否したり、クローンそのものが邪悪な存在だと思っている人も意外と多い。

 

 しかし、クローン技術は意外と浸透しています。

たとえば、野菜や果物では、品種改良に伴って不稔になる場合が多く、その栽培にはクローン技術が使われます。

スーバーで売られている野菜や果物の多くはクローンです。

 

 また、ソメイヨシノなどの観賞用植物もクローンです。

葉が出る前に花が咲く品種は突然変異で生まれ、それを繁殖させようと思えばクローンで増やすしかありません。

普段から食べたりみたりしているものの中にクローンはあまりにも多くあります。

したがって、クローンであること自体を拒絶するのはおかしい。

 

 単にクローン個体を作るためだけに哺乳動物へのクローン技術が応用されているわけではありません。

遺伝子組換えを起こしたり、遺伝子をノックアウトしたりした後、同一ゲノムを持った個体を作るためにはどうしてもクローン技術が必要になります。

動物のクローン作成は植物のように簡単ではないため、どうしても特殊な技術が必要になります。

 

 

 

○臓器移植、脳死

 

 クローン技術はおもにヒトの臓器移植用の臓器の作成など、人体再生医療に応用されようとしています。

臓器移植といえば、生体間の移植、死体からの移植、それに脳死移植がありますが、それぞれ医学的にも倫理的にも問題点が多い。

 

 脳死移植は高知赤十字病院で平成1999228日に初めて実施されました。

20061217日に51例目の脳死判定が行われ、50例目の脳死移植が実施され、すでに延べ移植臓器数は192に達しています。

 

 日本の臓器移植法では、脳死になったときに臓器摘出に同意するかどうかのいわゆるドナーカード制であり、本人の文書による意思表示と家族の同意が必要です。

実際には生前にドナーカードで摘出臓器種を選び、その署名でそのカードが有効になります。

脳死状態と思われる患者がドナーカードを所持し、脳死移植のドナーに同意していて、家族の同意も得られた場合のみ、移植を前提とした脳死判定がガイドラインに従って実施されることになっています。

 

 そこで脳死と判定されれば、治療は打ち切られ、その患者は死体と見なされ、移植に使われます。

同様な症状の患者であっても、ドナーカードを所持していなければ、つまり、文書による意思表示がなければ、家族が何と言おうと、その患者はもちろん生きているため、蘇生治療が続行されます。

このように、同じ状態であったとしても、カードの有無によって死体になったり患者になったりします。

 

 このような制度のため、臓器移植のドナーが不足しがちです。

そこで、本人の同意をはぶき、脳死状態になった場合、家族の同意のみで移植に使えるといった法案が与党によってまとめられました。

これは現行法では15歳未満はドナーになれないため、15歳未満の子供は家族の同意のみでドナーになれるように改正しようとした過程で、15歳未満に限らず、大人でも同様に移植可能にしようと発展させた案です。

 

 脳死移植のドナーになるのを拒否するためには、その旨を文書により残す必要があります。

すなわち、新しい法案では移植ドナーになるのが標準で、拒否はオプションです。

現行法では拒否が標準で、希望者のみドナーになれます。

 

 授業では脳死移植にかわる新しい医療についても詳細に紹介しますが、同時に脳死移植にかかわる問題点も指摘します。

とくに脳死は人の死といえるのかどうか。

現行法では基本的に死ではないが、改正案では死となります。

死の概念が、移植という医療行為のためだけに変えられようとしています。

4点セットやメール問題で混乱している国会で、充分な審議もなしに法改正が行われる可能性もあるため、監視する必要があります。

 

 

 

○研究者倫理

 

 2005年のバイオ業界は捏造の年でもありました。2006年もまだ引きずっています。

このような称号は不名誉なことではありますが、現実問題として充分認識するべきでしょう。

 

 最大の捏造事件は韓国で起きた人ES細胞の捏造でした。

ES細胞は将来の人の再生医療にとって欠くことのできない技術のうちのひとつです。

これが可能になれば、脳死移植や生体間移植などの問題は吹っ飛びます。

 

 韓国の研究者は人の卵子を大量に購入していました。

しかも弱者、断ることの難しい人から卵子を得ていました。

このことだけでも捏造以前の問題として大きな倫理問題です。

この不当に得た大量の卵子を使うことで、人の体細胞や重篤患者の体細胞からES細胞を作ったとの論文を発表しました。

この論文を受けて、世界中の多くの研究者はこの分野でリードするのをあきらめ、異分野に変更する研究者が出るほどインパクトの強い研究成果でした。

ところが、すべて捏造であることが曝露され、当該研究者もそのことを認めました。

そのことから、この分野は完全に振り出しに戻りました。

単に振り出しに戻っただけでなく、無尽蔵ともいえる大量の卵子を使ってもうまくES細胞が作れなかった事実は、少数の卵子しか使えない多くの先進国(日本では不妊治療などで使った余剰胚のみ利用可。研究目的での卵子の使用は認められていない)の研究者らにとって凶報でした。

 

 日本においては、東京大学、大阪大学、京都大学などでバイオ研究にかんする論文捏造事件が次々に発覚しました。

当事者の自殺にまで発展した論文捏造事件までおこりました。

競争の激しいアクティブな分野では研究成果を完全に捏造するものもありました。

一般に性善説に立っているため、論文に記載されたことはとりあえず信用するしかありません。

査読システムのある雑誌であったとしても、捏造まで疑って審査しているわけではありません。

捏造が発覚するのは、再現性が確認できないといった場合を除けば、内部告発しかありません。

 

 必要な試薬や材料を購入や作成していないのにその試薬や材料を使った結果が出てきたり、測定する機器がないにもかかわらず測定結果が出てきたりといった捏造は、部外者にはわかりにくいため、なかなか発覚しません。

 

 研究者の思いこみによるデータ改変も、同僚の研究者による指摘なしには発覚は難しい。

研究を行うにあたってある仮説を立てます。

その仮説への思いこみが強いと、その仮説にあうデータを取捨選択したり、都合がいいデータに改変したりと、研究者本人もその意識がないままズルズルと改変という名の捏造に手を染めている場合があります。

確信犯も問題ですがが、本人が気がついてない場合もあります。

ひどい例になると、その気がついてない研究者が、指導的立場になると、学生や若い研究者にその道に連れ込んでしまうこともあります。

この場合、同じ道を歩んでしまう人もいれば、密かに反発する普通の(良心的な)人もいます。

しかし、いずれも指導者にその「捏造」事実を指摘するのは日本社会では難しい。

 

 捏造防止に実験データを客観的に評価するシステムを導入することが検討されていたり、実行されていたりしています。

いずれにしても、このようなシステムが必要であること自体、情けないことです。

性善説でことが納まる人ばかりが研究者になることを祈るしかありません。

 

 

最後に一言。

 

科学と技術のちがいがわかりますか?

この授業では、科学に重点を置きます。

科学を重点に置くからといって、科学万能主義を取るわけではありません。

科学は決して万能ではないということも、あわせて理解してもらいます。

 

 

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無断転載を禁じます。 ashida@msi.biglobe.ne.jp・芦田嘉之

2007221() 更新

 

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