平成17年度 定期試験問題

 

○平成17年度 前期中間試験問題 (第1講−第6講)

 平成17年 6月 1日  1025 1115

 

問1 遺伝子の翻訳機構にかんする次の問に答えよ。                         (20点)

 

   tRNAがアミノ酸とmRNAのコドンの両方に結合できることはなぜ必要なのか。

   100−150字程度で概説せよ。

 

 

問2 生物とはなにかを解説するのに、地球上に存在する生物の共通の特徴をあげることで、ある程度説明

      することができる。

      地球に飛来したエイリアンに、我々地球生命の特徴を次の用語を正しく使って(順番は問わない)

   500字以上で説明せよ。説明が長くなるのはかまわない。

 

   細胞 DNA 複製 ゲノム 遺伝子 転写 翻訳 タンパク質 進化             (40点)

 

  (テキスト、書籍等を単に写すのではなく、理解した内容を自分の言葉でひとつの物語になるように

   説明せよ)

 

 

問3 遺伝子組換え食品にかんして、次の問に答えよ。                                  (40点)

 

1)この授業を受ける前に遺伝子組換え食品に対してどのようなイメージを持っていたか?簡潔に述べよ。

 

2)次の文章を読んで自分の意見を簡潔に述べよ。

 

次の引用文は

  近藤誠、ひろさちや著「がん患者よ医療地獄の犠牲になるな」(日本文芸社)2005年5月刊

の63−64ページを抜粋したものである。

「生命科学、遺伝子解読の進歩で人はどこに向かうのか」という章の一部でひろさちや氏の文章である。

ひろさちや氏は仏教を中心に宗教をわかりやすく紹介することで定評のある宗教学者である。

 

<<同書 p63 2行目から11行目まで引用。>>

 

(中略) 

 

<<同書 p64 2行目から12行目まで引用。>>

 

 

 

 

○平成17年度 前期末試験問題 (第7講−第13講)

 平成17年 7月27日  1025 1115

 

問1 ヒトの血液型について、以下の問に答えよ。

1)血液型がAB型とO型の夫婦から生まれる子供の可能な血液型は何型か。また、その遺伝子型はなにか。

2)この夫婦からO型の子供が生まれることがまれにある。その可能性について、遺伝子レベルで説明せよ。

 ただし、いずれの場合も子の認知に間違いはないものとする。

 

 

問2   ヒトの一卵性双生児は、受精卵の最初の卵割時に生じた割球からおのおの発生し成長して誕生する。したがって、同一のゲノムから誕生する。また、一般にヒトの体細胞はその受精卵のクローン細胞である。しかし、成長するにしたがって、体細胞は受精卵の完全なクローンではなくなる。一卵性双生児や体細胞と受精卵のゲノム間での分子レベルで異なる主な例を4つあげ、それぞれ100字以内で簡潔に説明せよ。

 

 

問3   組換えDNA技術を使うことで、たとえばヒト由来のタンパク質を大腸菌に作らせることができる。なぜこのように種を越えてタンパク質を合成することができるのか。簡潔に説明せよ。

 

 

問4   組換えDNA技術に用いるクローン遺伝子を調達する方法のひとつに、制限酵素を用いる場合がある。たとえばヒトのゲノムDNA(30億塩基対)をEco RIGAATTCを認識)で切断し、そのDNA断片を利用することも可能である。この方法を用いて目的のクローン遺伝子を調達する場合、その欠点を簡潔に述べよ。

 

 

問5   組換えDNA技術に用いるクローン遺伝子を調達する方法のひとつに、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法がある。PCR法が問4の方法より優れている点を簡潔に述べよ。また、PCR法の欠点も述べよ。

 

 

 

 

○平成17年度 後期中間試験問題 (第14講−第20講)

 平成17年12月7日  1025 1115

 

問1 次の文章は「パルシステム生活協同組合連合会」(旧生活協同組合首都圏コープ連合)の「パルシステム連合会の遺伝子組換え作物および食品に対する方針」に記載されたものである。

     「パルシステム」ブランドでは、遺伝子組換え食品に対して基本的には「No」の立場をとり、パルシステムから遺伝子組換え不分別も含めて完全に遺伝子組換え作物由来の食品を排除することを目指している。また、「遺伝子組換え不分別」表示の徹底、「遺伝子組換えでない」表示を完全に廃止するなど、表示に関しても他店と差別化する方針もとっている。

     このような方針をとる根拠として、以下のような「見解」等を提示している。

     以下、http://www.pal.or.jp/group/shohin_seisaku/gmo.html より引用(下線、#番号は引用者)

 

<<「3.遺伝子組換え作物への見解」を全文引用した>>

 

<<「31」の「技術とは」以降の文章に下線#1を引いた。>>

<<「31」の「パーティクルガン法」に下線#2を引いた。>>

<<「31」の「何回やっても」以降の文章に下線#3を引いた。>>

 

<<「32」の「未知の問題」以降の文章に下線#4を引いた。>>

<<「32」の「何故ならば」に下線#5を引いた。>>

 

 

上記のパルシステムブランドの「見解」をよく読んで、以下の問に答えよ。

 

1. 下線#1では技術にかんする3つの定義が述べられている。自身の考えている技術に対する考えとこの定義と比較して技術論を展開せよ。

 

2. 下線#2にある「パーティクルガン法」の特徴をアグロバクテリウム法と比較しながらその長所と欠点を簡潔に説明せよ。

 

3. 下線#3は技術の定義(3)にかんする考察である。このパルシステムの見解の妥当性について考察せよ。この議論が妥当と思うか、あるいは矛盾していると思うか等の自身の見解を明らかにし、その根拠を示せ。

 

4. 下線#4に「可能性を否定できません」とある。科学的にみて、どの程度可能性があると思うか。また、このような「可能性がある」議論の是非について考察せよ。

 

5. 下線#5何故ならば」で結ばれている前後の文章の関連性を考察せよ。

  前後の文章が「何故ならば」でつながると思うなら、生物学的な根拠をあげて解説せよ。

  あるいは、前後の文章が「何故ならば」でつながらないと思うなら、生物学的に誤っている点を

  指摘し解説せよ。

 

 

 

 

○平成17年度 後期末試験問題 (第21講−第27講)

 平成18年 2月15日  1025 1115

 

以下の文章は1月に発売された「新しい高校生物の教科書」(ブルーバックス)の一節である。この記述にかんして、最後の問1〜問5に答えよ。

 

8−1 遺伝子操作とヒトの未来 【左巻恵美子(千葉県立清水高等学校教諭)執筆】

 

<<同書 p398[問1]を全文引用。[問1]の行に下線#1を引いた。>>

 

     (引用者注:ちなみに、本書の答はAである)

 

 

1.遺伝物質の共通性

(前段略)

 

   <<同書 p399 22行目から28行目まで引用。最後の「遺伝子操作は、」以降に下線#2を引いた。>>

 

 

2.遺伝子組換え作物

 

<<同書 p400 12行目から15行目まで引用>>

 

 (略:表示制度の説明)

 

   <<同書 p401 21 行目から29行目まで引用。最後の「食用にする」以降に下線#3を引いた。>>

 

 (略:免疫とアレルギーの説明)

 

   <<同書 p402  12行目から18行目まで引用。>>

 

(略)

 

   <<同書 p404 1 行目から9行目まで引用。3行目の「遺伝組換え」から4行目の「影響」までに下線#4を引いた。>>

 

   <<同書 p404 10 行目から21行目まで引用。最後の「この研究は」以降に下線#5を引いた。>>

 

   <<同書 p404 22 行目から26行目まで引用。最後の「誰もが」以降に下線#6を引いた。>>

 

 

 

問1 下線#1以下の問答は遺伝子組換え作物の安全性を理解する上で適切な問答といえるか判定し、その根拠を示せ。

 

問2 本書で、下線#2の根拠として唯一あげられているのが下線#3である。

   筆者が考えている食品の「安全性」を整理し、遺伝子組換え作物の食品としての安全性について自分の意見を述べよ。

 

問3 下線#4の前後は遺伝子の水平移動にかんして述べたものである。本書に記された懸念は遺伝子組換え作物の問題点の指摘方法として妥当と思うか判定し、その根拠を示せ。

 

問4 下線#5の段落に提示された報告の妥当性について論ぜよ。また、ここに示された「消費者の不安」として、どのようの不安が考えられるか述べよ。

   さらに、このような「消費者の不安を増幅」させた原因は何と思うか、述べよ。

 

問5 下線#6。引用した全体の記述をもとに、どのように「この問題について考える」ことができるか。また、もし、考える上で不足している情報があるなら、どのような情報か。

 

 

 

 

解答例

○前期中間試験

 

問1(配点20点)

 

tRNAがmRNA上のコドンとアミノ酸の双方に結合できなくてはならないのは、細胞内のリボソーム上でタンパク質合成が行われる過程で、合成途中のペプチド鎖に付加されるアミノ酸が、mRNAのコドンの示す情報どおり正しいものであることを保証するためである。

 

 

問2(配点40点)

 

我々地球上のすべての生物は、細胞という単位で構成されている。生物は外部からエネルギーを取り込むことで自身の複製を作るという自己複製能を有している。この複製する基本単位はDNA分子である。DNAは4種の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)が重合してできた直鎖状の高分子である。生物を構成するために必要な情報は、塩基配列としてDNA分子に保存され、DNA分子を再構築しながら複製することだけで親から子へと情報が受け継がれる。また、細胞が分裂するときもDNA分子が正確に複製されることでその遺伝情報が伝えられる。ある生物を構成するDNAの塩基配列すべてをゲノムと呼んでいる。ゲノムのうち、RNAに転写される単位を遺伝子と呼び、RNA分子の遺伝情報から翻訳という過程でアミノ酸の重合体であるタンパク質が合成される。結局、ゲノムにはどのようなタンパク質を作るかという情報が書いてあることになる。

最初の地球生命は今から38億年前に誕生したと考えている。DNA分子の遺伝情報は不変ではなく、外部環境によりDNAの塩基配列は変化する。その変化により、多様な生物種が作られ、各地の地球環境に適応したさまざまな生物が誕生している。この現象を進化と呼んでいる。このように地球上の生物種は固定的ではなく、これからも絶滅や新種の誕生などを経て、さまざまな進化を遂げることだろう。

 

 

解説

問3(配点40点)

 

1)省略

 

2)そもそも科学が万能であると思っている科学者は皆無であろう。もしいたとすればそれは似非科学者である。科学が万能であるという考え方は科学者以外の人が持っている科学に対する幻想であろう。

 

ゲノムの「解読」によって得られる情報で生命の神秘が解き明かされると思っている科学者もこれまた皆無であろう。単細胞生物のゲノム「解読」は10年近く前に終わっている。しかし、それはゲノムの塩基配列がわかり、いくつかの遺伝子の発現様式、あるいはその遺伝子由来のタンパク質の働きがわかっている程度であって、その生物の全貌を知るのには我々の知り得た情報量があまりにも少ないのが現状である。まして、ヒトとなればその理解力は絶望的である。

 

「すべてが解読され」るようなことも、どのような科学分野でもあり得ない。科学の力であるひとつの謎が解けたとしても、その結果新たな多くの謎を発見し、それを知るためにまた解析するといった科学の営みは、有史以来ずっと続いてきたことであり、これからも終えることのない謎解きが待っているはずである。

「なんのため」の問いかけの答が病気を治すためとか寿命を長くするためというのであれば、これは技術の問題である。科学の問題ではない。科学はただひたす知を追い求めるものであり、そのための方法論にすぎないものであり、したがってそこに「なんのため」という問いかけはそもそも意味をなさないものである。

 

筆者に遺伝子組換え食品に対する誤解が見られる。遺伝子組換え食品のみが遺伝子操作した食品であると勘違しているようである。伝統的な野菜はすべて自然に誕生したものではなく、すべて人が手を加え遺伝子を大幅に改変して作った結果である。もし人が植物の遺伝子に手を加えたことによるさまざまな悪影響を懸念するのであれば、どの遺伝子を改変しいくつ改変したかわからない通常の食品すべてに対して同様に懸念しなければならない。

一般の遺伝子組換え食品では、改変する遺伝子は数個であり、またそれがどのように改変されたか詳しくわかっている。我々ホモ・サピエンスが数万年にわたって行ってきた動植物の遺伝子改変がどうして免罪されるのであろうか。

 

筆者は遺伝子組換え食品による慢性の毒性を懸念しておられるようである。「遺伝」という言葉から親から子への遺伝と混同したり、遺伝子を食べることで人体に悪影響があるのではないかと懸念したりする人たちがいる。このような人たちにとっては遺伝子組換え食品の慢性毒性は脅威であろう。

そもそも、食品丸ごとの慢性毒性の試験をどのような方法で行えば、懸念派の人たちは納得するのであろうか。通常我々が食べている食品で慢性毒性試験が行われたものはない。なぜなら、その試験方法がないからである。したがって、遺伝子組換え食品に限って試験方法がない慢性毒性試験を要求しても無意味である。

現在食べている食品が安全であるという自信はどこから来るのであろうか。その安全の基準は、単に食習慣に頼っているだけであり、現在の食材で100年前にも存在したものはほとんどない。食習慣と言ってもその歴史は非常に浅い。

 

羊の件にも筆者に誤解がみられる。体細胞クローン羊のドリーは、そのテロメアが短かったこととの関連は不明であるが病気のため寿命が尽きる前に安楽死されている(早死にしたのではなく殺処分された)。遺伝子を改変しさらにクローン技術で誕生した羊もいるが、これらの寿命が短いという報告は今のところない。遺伝子の改変個所も人などの医薬品を羊のミルクの中に作るような改変であり、羊毛とは関係がない。すばらしい羊毛をとるように改変された羊は伝統的な交配技術で作られている。このように短い文の中に数々の誤解がある。

それは抜きにしても、伝統牧畜は免罪され、なぜ遺伝子改変やクローン技術はダメなのであろうか?伝統的な技術で作られたウシやニワトリはおいしく早く育成するように遺伝子が改変され、寿命が尽きる遙か前に屠殺され食用になっている。これは許され、なぜクローン技術は許されないのであろうか?

BSEの問題に絡んで、米国からの牛肉の輸入解禁議論の中で、20ヶ月以下の牛肉の解禁が議論されている。その中には若くして殺されるウシへの配慮はない。「寿命を縮める」ことを問題にしながら、どうして「安全」にヒトに食べられるだけのために早く殺されなければならないウシは問題にならないのであろうか。20ヶ月以下の牛肉しか食べないと言うのは、そのウシがどのようなウシなのか、非常に若くして殺されなければならないウシはどのようなものなのか、想像力が全くないから言えることであろう。

 

新しい技術に対して人びとが懸念するのはよくわかる。それはその技術が理解できないことに起因する不安から来る。したがって、このような新技術に対して論評するのであれば、まずその新技術を正しく理解することから始めなくてはならない。無知を棚に上げそこから派生する不安を表明するだけなら、それは単なるアジテーションである。

 

筆者は同じ本の110頁で次のように述べている。

『現代人は少しでもわからないことには異常な不安を抱くようになってしまいました。科学教の悪弊です。わからないことは考えないというのが、仏教の教えです。辛いことかもしれませんが、そこを乗り越えないと「悟り」には達しません』

本当に誰にとってもわからない問に対してならそれでいいかもしれない。哲学的には、わからないことをわかることが一番大切だとよく主張される。しかし、すでに解明されている「技術」をあえてわかろうとせず、しかも逆さまの理解で不安を吹聴するのは犯罪的行為であろう。

 

以下に参考資料として、素人さんによる掲示板に掲載された質問のリンクをはった。おもしろいので、参考にして欲しい。

 

「参考資料」

「バイテクコミュニケーションハウス」

社団法人 農林水産先端技術産業振興センター

(略称 STAFF

「掲示板」

http://www.biotech-house.jp/bbs/ohbbs.php?bbss=0882ddf21fdb5b46ad5d111906e8bc06&code=oh001&page=0&mode=date&id=1105780028_1e

 

投稿者 アダラパタさん

H17/01/15, 18:07:08

安全性にもの申す

 

 

 

 

○前期末試験

 

問1

1)血液型AB型の親の配偶子にはA遺伝子またはB遺伝子をそれぞれ含む2種類ある。血液型O型の親の配偶子はO遺伝子を含むもののみである。したがって、この両親からは、血液型A型・遺伝子型AOと血液型B型・遺伝子型BOの二通りの子供が1:1の割合で生まれる可能性がある。

 

2)1)にみたように、この夫婦から一般に血液型O型・遺伝子型OOの子が生まれる可能性はない。O遺伝子はA遺伝子やB遺伝子の1塩基欠落によるフレームシフト変異であり、O遺伝子由来のタンパク質はAまたはB遺伝子由来のタンパク質が持つ酵素活性が欠落している。すなわち、もし血液型O型の子が生まれるとしたら、血液型AB型の親の生殖細胞でA遺伝子またはB遺伝子にO遺伝子様の突然変異が起こる必要があり、その変異遺伝子を持つ生殖細胞が使われた場合に血液型O型の子が生まれる可能性がある。

 

(また、血液型AB型の親の血液型遺伝子座に遺伝子レベルでの変異が見られる場合もある。たとえば、同遺伝子座にO遺伝子と対立するアリールにはA遺伝子とB遺伝子がタンデムに並んでいることがまれにある。この場合、A遺伝子とB遺伝子の両方を持っていることから、表現型としては血液型AB型をしめす。この親の生殖細胞は、O遺伝子を持つものとAおよびBのタンデム遺伝子をもつ細胞ができるため、血液型O型のパートナーとの子は親と同じ遺伝子型OOで血液型O型の子と遺伝子型OA/Bで血液型AB型の子が1:1の割合で生まれることになる)

 

 

問2

1.DNAの複製ミス――ヒトを構成する体細胞の数は約60兆個といわれている。いずれの体細胞も受精卵から細胞分裂によって作られたものである。細胞分裂の時のDNA合成時のミスはゼロではない。

 

2.突然変異――化学物質や放射線などによりDNA分子が化学的な修飾を受けたり、塩基の挿入、欠失、重複などを受けたりして変質する。修飾された部分は正しく複製されなかったり、正しく転写されなかったりする。

 

3.テロメア――染色体DNAの両末端にテロメアと呼ばれる繰返し配列の領域がある。テロメアは細胞分裂のたびに少しずつ短くなるため、テロメアの長さが異なる細胞がある。癌細胞のテロメアはリセットされている。

 

4.抗体産生遺伝子――抗体を作る細胞は白血球のうちのB細胞である。B細胞が抗体を作るとき、ゲノムレベルで組換えが起こる。この組換えは保持されるため、血液中には多種類のゲノム構成をもつ細胞がある。

 

5.ウイルス感染――ウイルスに感染した細胞やその分裂細胞のゲノムにはウイルスゲノムが挿入されている。ウイルスゲノムは親から引き継いだり、誕生後感染して獲得したりする。

 

 

問3

生物がタンパク質を合成するとき、その遺伝子の塩基配列に書かれているアミノ酸配列にしたがって合成される。遺伝子はDNAのなかにあり、DNAを構成する4種の塩基はすべての生物に共通である。また、遺伝子からmRNAへの転写、タンパク質への翻訳も基本的にはすべての生物で共通である。つまり、コドン表が全生物に共通であり、したがって、タンパク質に取り込まれるアミノ酸も全生物に共通である。このことから、ヒトの遺伝子を大腸菌に導入すると、ヒトと同じアミノ酸配列を持つタンパク質を大腸菌に作らせることができる。

 

 

問4

制限酵素Eco RIの認識配列は6塩基対であることから、同切断サイトはDNA分子に平均して4の6乗(4,096)塩基対に1ヶ所あらわれる。したがって、ヒトゲノムを同制限酵素で切断した場合、計算上70万断片ほどになる。この多数の制限酵素断片から目的遺伝子を含む断片をスクリーニングし、クローン化するのはかなりの労力と時間を要する。

目的遺伝子が4,000塩基対以上であったり、目的遺伝子の中にEco RI 切断サイトがあったりした場合、目的遺伝子が制限酵素により断片化されるため、多数の制限酵素断片から複数の標的断片を選別する必要があり、さらに、それらを正しく連結する必要もある。

 

 

問5

PCR法では、2種類の特異的な配列のプライマを使用する。計算上、これらのプライマはゲノムDNAの中で、ある特異的な領域のみでしかアニーリングしない長さ(配列)で設計される。

したがって、理論的には1度のPCR反応で、特異的な領域(遺伝子)のみを選別し、2種類のプライマを使ってくり返し複製反応を行うことから、2種類のプライマにはさまれた領域のみを特異的に増幅させることができる。

この増幅断片は理論的にはクローン化されているため、そのまま組換えDNA実験に用いることができる。

 

目的の遺伝子をPCR法で増幅選別するためには、あらかじめ目的遺伝子の両端の塩基配列が既知である必要がある。未知遺伝子を特異的に増幅させるためには工夫が必要であり、通常、増幅断片の調製やその同定などに手間と時間がかかる。

 

 

学生解答例

「 」の中が解答例

( )の中のイタリックの部分は芦田が挿入した。

 

問1 2)

 

キーワード

 遺伝子とそれから作られるタンパク質の関係

  遺伝子型と表現型

 体細胞と生殖細胞の関係

 

・抗原(タンパク質)と遺伝子の区別がついていない

「(A、B、O抗原の説明)。つまり、O遺伝子はA、B遺伝子の両方に含まれる要素であり、A型、B型、AB型の人の中にもO遺伝子が必ずと言っていいほど存在する可能性を持っている」

 

「すべての血液型の中にはO遺伝子がある。もとはO型なので抗原でみるとすべてOが含まれている。なので、O型の子どもが産まれてもおかしくない」

 

・ゲノム、遺伝子、遺伝の法則が理解できていない

「普通、父親と母親それぞれから遺伝子型(ゲノム)をうけとる。しかし、このとき、血液型を構成する遺伝子型をO型の親からのみうけとってしまった場合、O型の遺伝子型しか持たない子、つまりO型が生まれてしまう。しかし、通常は、上記のように、それぞれから1塩基(ゲノム)づつもらうので、これはほとんど起こらないごくごくまれな場合である」

 

・優性・劣性を勘違いしている

「A遺伝子とB遺伝子のほうがO遺伝子よりも優性であるため、大体の場合はABが優先されるが、この夫婦にOOが存在することも事実であるため、まれにO型の子供が生まれることも考えられる」

 

・意味不明

「血液型を決定する遺伝子群にちがいはほとんどなく、表現型もきわめて微細であるから」

 

・体細胞と生殖細胞の区別をつけて欲しい

「AB型の人はA型の赤血球とB型の赤血球がある。そのどちらかを作る情報が書かれている遺伝子が、極まれに遺伝子のコピーミスなどでO型遺伝子に変化することがある。そうすると、AB型の人の中にもO型の遺伝子が存在することになり、AB型の人とO型の人の間でもO型の子が生まれる可能性がある」

 

「遺伝子型A、BはOに対して優性であるから(1)のような結果となったが、たまに、遺伝子が欠除して正常に働かなくなる場合がある。その場合O型の子供が生まれることがある」

 

「血液型は赤血球の表面タンパク質の末端の糖鎖の1個の種類の違いなので、外部等からの影響によって血液型に関連するDNAにキズが付き、突然変異によってO型が生まれることがある。または、AB型の遺伝子型ABが何らかの影響によって、子供に伝えられなかった場合、O型の遺伝子型のみが伝えられO型となる」

 

「A遺伝子とO遺伝子の塩基配列はとてもよく似ていて、その違いは1塩基の欠失のみである。しかし、翻訳領域で1塩基欠失があるだけでアミノ酸配列はA型のとは大きく異なる。しかし、何らかの原因で1塩基欠失がなく(起こりの間違い?)A型(O型の間違い?)と同じ塩基配列となり、OOのO型の子が生まれる可能性がある」

 

「A型とO型の塩基配列は1塩基である。この1塩基の差は大きく、1塩基ずれると、コドン表から翻訳される内容はすべてずれてしまう。これによってA型とO型の遺伝子から形成されるタンパク質はまったく異なったものになる。しかし、翻訳は完全なものでない。もし、その1塩基を読みまちがえ、A型の塩基配列がO型と同じになるようなことがあれば、O型が生まれることも極まれにある」

 

 

問3(高得点)

 

「ヒト以外の他の生物であっても、その生物の形成に使われている塩基は同じであり、配列が違うだけである。そのため、目的のタンパク質を作るための遺伝子を持つ生物に対して遺伝子を挿入すると、目的のタンパク質を得ることができる。ヒトの塩基もその他の(生物の)塩基も同一であるため、種を越えて組換えを行うことが可能である」

 

「生物を構成するタンパク質は、すべて塩基配列の情報を翻訳して作られる。情報があれば目的のタンパク質を作れるので、大腸菌ならば、プラスミドをベクターとして目的のタンパク質を構成する遺伝子をプラスミドに挿入し、プラスミドを大腸菌に入り込ませると、大腸菌の中に目的のタンパク質の遺伝子が存在することになり、大腸菌画素の遺伝子を翻訳して、本来自分は作らないタンパク質も作ることができる」

 

 

「DNAを作る基本的な分子はすべての生物で共通であり、翻訳をする際にも共通のコドンを使っているため、種を越えて同じ遺伝子からは同じタンパク質を作れる」

 

「DNAを作る基本的分子が全生物で共通で、翻訳にも共通のコドンを使っているから」

 

 

問4(高得点)

 

「制限酵素では4000塩基対ごとに切り離す形になり30億/4000()という膨大な数の遺伝子(DNA断片)が生成されるため、その中から必要なものを選び、取り出すことは大変なことになってしまうという欠点がある」

 

「まず、ヒトゲノム(30bp)を制限酵素により切断することを考える。ゲノムを3個に切断するのであれば少々の手間をかければ切断された断片を個々にピックアップできる。しかし、制限酵素によって生成される断片はそんなにかわいいものではない。例えば、1万個に切断された場合、小さな試験管の中に1万個のDNAの断片・・・。その中からある特定の配列を探す。というとなると、気の遠くなる話である。しかも得られるのは切断したDNA数と等倍の数である」

 

 

 

 

○後期中間

 

1.技術論 ひとつの考え方

 

技術の定義が問題文にある3つであることをはじめて知って驚いている。

 

「研究段階」と「実用段階」の議論にも違和感がある。技術とは単なる手段であるはず。技術を完成することだけが目的ではない。遺伝子組換え食品を作るとき、遺伝子を導入する必要があり、その目的のためにパーティクルガン法やアグロバクテリウム法といった手段がある。

遺伝子組換え食品の場合、完成された遺伝子組換え食品そのものを得ることが目的であり、さらに完成された遺伝子組換え食品の安全性や環境への影響など調べるのが本来の目的であって、それを作るための手段である技術を完成させることが目的ではない。

 

手段に再現性がないからダメだとの論法であるが、この手段を使って作る商品をこの手段を1回使っただけで作るわけではない。

手段を使っていつも同じものができなければならないものを作るのであれば、手段の再現性を問題にする必要がある。しかし、遺伝子組換え食品を作るという目的を達成するために、ある手段を使っているだけである。その手段に再現性は確かにない。それだからこそ、1回の組換え実験で無数の組換え体ができあがり、その中から目的とする商品を選び出されるわけで、その過程が非常に時間とお金がかかるため簡単に商品化できるものができるわけではない。

しかし、いったん商品化に耐えうる組換え体が見つかれば、その組換え体について、徹底的に安全性なり環境への影響が調べられるわけである。

 

以上の考察から「何回やっても再現性はな」いことを問題にするのはナンセンスであることがわかる。

完成された遺伝子組換え作物が通常の品種改良作物と比べて栽培にムラがあったり栽培するたびに異なる作物ができたりするわけではなく、遺伝子組換え作物は通常の品種改良作物と同様のレベルで栽培ができる。

 

さらに付け足すなら、通常の品種改良作物を作る手段の再現性は遺伝子組換え作物を作る手段の再現性より、はるかにかに悪い。

遺伝子組換え技術を使うときはある程度完成品を予測し、作る目的もはっきりしている。

放射線や化学物質で突然変異を起こしたり、無数の組合せの交配を利用したりする方法では、どのような作物ができるかやってみないとまったく予測できず、できあがった作物のゲノム構成などを評価する方法もない。このように、もしどうしても技術を問題視するのであれば、通常食べている野菜などの作物を作る技術のほうがはるかに再現性がなく、「予知」(予測)もまったくできない劣った技術を使っていることを真っ先に指摘するのが妥当であろう。

 

技術 技巧 技芸 技能 特技 技量 ワザ 工学 テクニック テクノロジー エンジニアリング

これらの用語の違いは?

 

 

辞書に見られる「技術」

大辞林 第二版(三省堂)

 (1)物事を巧みにしとげるわざ。技芸。「運転―」

 (2)自然に人為を加えて人間の生活に役立てるようにする手段。

   また、そのために開発された科学を実際に応用する手段。科学技術。

 

大辞泉(小学館)

 1 物事を取り扱ったり処理したりする際の方法や手段。また、それを行うわざ。「―を磨く」「高度な表現―」

 2 科学の研究成果を生かして人間生活に役立たせる方法。「先端―の導入」「産業界における―革命」

 

広辞苑第五版(岩波書店)

 @[史記貨殖伝]物事をたくみに行うわざ。技巧。技芸。「―を磨く」

 A(technique) 科学を実地に応用して自然の事物を改変・加工し、人間生活に役立てるわざ。「先端―」

 

国語大事典(学習研究社)

 @科学知識を生産・加工に応用する方法・手段。

 A〔一定の方法にしたがって〕ある(特殊な)物事をうまく行うわざ。「編集の技術をならう」

 

 

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

 

技術(ぎじゅつ)・技(わざ)は社会の各分野に於いて目的を達成するために用いられる手段・手法のことである。(正式名所は技術学)

なお、日本語「技術」という訳語は、明治時代に西周 (啓蒙家)によって『百学連環(百學連環)』でmechanical artを直訳すると器械の術となるが適当でないので技術と訳して可であるとしたことによる。(なおそこには「術にまた二つの区別あり。mechanical art and liberal art」と述べられている。)

創作活動等に於いて技・技術を屈指して用いる様々な手法を技法(ぎほう)といい、技術を用いる能力を技能(ぎのう)などと呼ぶこともある。希少価値のある高度な技能は一般に高く評価されており、保護の対象となる。ただし、学問的に技術を論じる場合には手段と能力とは明確に区別する必要がある。そのため、以下の論述はあくまで学問的ではなく一般的な意味での技術の解説である。学問的な技術の概念については「技術論論争」を参照してほしい。

 

 

技術論論争(ぎじゅつろんろんそう)とは、技術なるものをめぐって、社会科学あるいは人文科学的にいかに捉えるべきか、いかに分析するべきか、そして生産・消費や労働などと技術がいかに関係するか、技術はいかに発展するかといった問題に対して日本で行われた論争である。

この論争は1930年代に唯物論研究会(唯研)での議論を発端として開始されたといえる。この唯研内での戸坂潤、岡邦雄、永田広志、相川春喜らの論争を経た結果として技術を労働手段の体系として捉えるいわゆる「手段体系説」が打ち出された。また、彼らはこの立場から大河内正敏の「科学主義工業」や宮本武之輔の「生産工学」に対して批判を行いながら手段体系説を深化させた。しかし、唯研の弾圧や相川の転向によって、この論争は戦後に至るまで停滞を余儀なくされた。だが、終戦の直前に戸坂は獄死し、戦後になっても永田・相川はまもなく死去するなどしたため手段体系説の深化はさらに停滞せざるをえなかった。

そのため終戦直後には、武谷三男や星野芳郎によって打ち出された「技術とは人間実践(生産的実践)における客観的法則性の意識的適用である」(武谷三男、『弁証法の諸問題』技術論から引用)とするいわゆる「意識的適用説」が論壇でもてはやされることとなった。この結果として、戦後の論争は手段体系説と意識的適用説の対立を主軸として進められて行くことになった。

戦後論争では「第二次産業革命論」や「技術革新論」などについての議論が重ねられ、さらには公害と技術の関係についてなども論じられた。この間の論争に対しては種々の評価があるが、意識的適用説の側から主張された「第二次産業革命」や「技術革新」なるものが恣意的な概念にすぎず、技術を意識的適用とする立場からは公害と技術の関係も分析しえないことが手段体系説の側から指摘された。

この論争は現在も「技術の内的発達法則」などをめぐって進行中であるが、意識的適用説はほぼその影響力を失ったといえる状況にある。

 

 

科学的方法 (かがくてきほうほう) とは、科学者が世界を調査し、世界に関する知識を生み出す方法である。 日常用法では通常理想化され、科学的な調査を全て特徴付ける系統的なアプローチを指す。 科学的方法は、制御された実験の使用、および実験結果が再検証可能であるという前提要求により、知識に至る他の道(方法)から区別される。

科学がどのようにオペレートされるかのモデルを以下に示す。 科学的方法のとるステップ:

 

「観察」:現象を観察する、あるいは読み取ること。

「仮説」:観察事象について思索巡らし、仮説を考案すること。(仮説とは、推測ではあるが、観察した現象や事実の束を説明できるもの)

「予測」:仮説の論理的結果を使い、新しい現象や新たな実験の測定結果を予測すること。

「確認」:予測が正しく生じるかどうかを検証するために予測の検証実験を実施すること。

「評価」:推測が確実な説明であると確信が示せるまで、観測結果に対する可能性ある別の説明を探すこと。

「公表」:結果を他者に伝えること。良質の科学雑誌では、論文の査読を第三者(専門分野での独立した科学者)が論文を出版する前に行う、このプロセスはピアレビューとして知られる。

「追証」:他の科学者が、公開された論文を調査し、結果が再現することを追証すること。追証できないときは元の論文は認められない。

 

 

2.パーティクルガン法

 

遺伝子銃ともいう。遺伝子組換え技術のひとつで、導入したい有用遺伝子を直接細胞にいれる方法。

手順としては、目的の遺伝子を金などの微粒子にまぶし、ガスなどの圧力で葉などの植物組織、細胞に打ち込むことによって遺伝子を細胞に導入する。このようにして有用遺伝子が目的の植物のDNAに取り込まれ、組換え植物が完成する。

アグロバクテリウム法では、アグロバクテリウムに感染しない細胞では使えないが、パーティクルガン法ではすべての細胞に対して基本的には使える。しかし、細菌を使った方法に比べ、パーティクルガン法の遺伝子導入効率は悪い。

 

 

3.再現性論

 

現在市販されている遺伝子組換え作物は、ほとんどアグロバクテリウム法を使って開発されている。

この方法の変法では、ゲノムの特定の領域に組換え遺伝子を導入することができる。

そもそも、遺伝子導入は一回きりの実験でできたものをそのまま使うという方法ではない。

技術のレベルでの再現性はどのように定義するのか不明であるが、そもそも数多くのするクリーニングの結果ベストのクローンを選別し、最善の株が選ばれるわけである。その過程に再現性がないといいたいのかもしれないが、選ばれた株は現に存在しており、これを栽培するときには、その生物の持っている特性によって成長するのであって、再現性云々はどこで発生するのか不明である。

また、「規制できる」とはどのようなレベルを想定しているのであろうか?

「予知できる」は全くのオカルトである。

 

 

4.可能性について

 

科学的な知見に対して、「可能性がある」と述べるとき、肯定的であれ否定的であれ慎重でなければならない。

単に「可能性がある」と述べるだけであれば、これほど無責任な発言はない。どうしても可能性を述べたいのであれば、どの程度可能性があるのか、50%の可能性があるのか、0.0000001%しかなくほとんど可能性はないのかある程度の見解を述べるべきであろう。

 

「可能性が全くない」という全否定は科学的にはできない。

したがって、科学的な見解には常に「可能性がある」わけで、共通の合意的認識を持つ科学者どうしならともかく、異分野どうしや素人と専門家との間では単なる「可能性がある」発言は慎むべきであろう。

 

この問題の文章で言えば、「未知の問題を引き起こす可能性」は当然あるわけで、否定できるわけはない。

これは遺伝子組換え問題に限らず、すべての問題で「未知の問題を引き起こす可能性」はある。

 

ここで述べられているあらたな細菌が生まれる可能性はもちろんある。問題はどの程度の可能性かである。

 

遺伝子組換え作物由来の食品に含まれるDNAはゲノム単位である。もし食した食品由来のDNAが簡単に腸内細菌に導入されるのであれば、腸内細菌ゲノム中には食品由来の遺伝子で満たされていることになる。しかし、そのような事実はなく、また、導入遺伝子が他のゲノム中にある数万の遺伝子より特に水平移動しやすいという事実もなく、食品由来のDNAは導入遺伝子も他の数万の遺伝子の区別はない。

もし、述べられているような水平移動が簡単に起こるのであれば、導入遺伝子と同様に他の数万の遺伝子が導入され新しい細菌が誕生することの方がよほど深刻であると思われる。

 

「むしろ広がるとの認識を持つべきです」との認識は正しい。

ただし、その広がる汚染源は多種類の食品由来のゲノムDNA全般に対して懸念するのが妥当であって、その中の特定のひとつの遺伝子に過ぎない導入遺伝子だけが問題になるのはおかしい。

 

いつまでもIt is possible but unlikely. と言っていても仕方がない。

 

 

5.「何故ならば」論

 

一行目の「一度」から「規制できません」の直後に「何故ならば」と続くのなら、一応論旨は通る。その間に「組み込まれた」から「持つべきです」までの文章がおそらく後から挿入されたのであろう。その結果、論旨の通らぬ意味不明の文章になっている。

 

なぜならば、、、

 

前段は遺伝子の水平移動を問題にしている。

この場合、遺伝子組換え作物由来の殺虫遺伝子が腸内細菌へ移行し、腸内細菌が除草剤耐性を獲得することを懸念している。

 

それに対し、後段は種子の自家受粉や他家受粉を問題にしている。

この場合、遺伝子組換え作物と非組換え作物との間の交配を懸念しているのであろう。

 

このように、「何故ならば」で結ばれた文章はまったく異なる概念の話で、結びつきはまったくない。

 

たとえ、「何故ならば」の前後の文章に結びつきがあったとしても、タイトルにあるように「環境汚染問題」として書かれているにもかかわらず、「汚染」源が何か不明であるし、もし導入遺伝子が「汚染」源と考えているのであれば、なぜその導入遺伝子が汚染源になり得るのかも不明である(なぜ導入遺伝子やその産物が汚染源なのか?)。

 

 

参考:水平移動について

20050929日付 「バイテクハウス」のニュースより

「遺伝子組み換え作物は人間の健康に本質的な危険をもたらさない」とする論文を発表(英国)【海外情報】

 http://www.biotech-house.jp/news/news_261.html

 

 

もし水平移動が頻繁に起こるのだとしたら、、、

 

水平移動論のおかしな所は、遺伝子組換え食品由来の特定の組換え遺伝子(反対派に習って「汚染遺伝子」と呼ぼう)のみがなぜかターゲットになり、その「汚染遺伝子」のみが水平移動することを心配している。

しかし、組換え作物のゲノムは数十億塩基対からなるDNAが本体であり、その中には数万の遺伝子がある。

これら数万の遺伝子と組換えた「汚染遺伝子」とは区別はつかない。

組換え作物から細菌などに遺伝子が水平移動するのだとしたら、組換えた「汚染遺伝子」のみが心配なのでなく、他の数万の遺伝子も同様に心配しなくてはならない。純化した組換え遺伝子のみを大量に摂取するのであれば、あるいは腸内などからそのDNAが吸収されることもありうるかもしれないが、実際には水平移動が起こるのは細菌間やウイルスや細菌から真核生物への遺伝子移動が起こる場合がほとんどであって、真核生物から細菌へ、あるいは真核生物から真核生物への遺伝子の水平移動はほとんど考えられない。

 

もし、遺伝子組換え作物反対派の主張するように、遺伝子組換え作物由来の「汚染遺伝子」が腸内細菌や人の腸細胞へ水平移動することが頻繁にあり得るのだとしたらどうなるであろうか(つまり真核生物から細菌あるいは真核生物への水平移動)。

先にみたように、「汚染遺伝子」と本来ゲノム中にある数万の遺伝子に区別はない。

そうすると、「汚染」とは関係なしに、例えば白子を食べると、白子は魚の精子であるからほとんど魚の純粋なDNAの塊である。

したがって、魚のゲノムを大量に摂取することになる。水平移動が起こるのであれば、人の腸細胞や腸内細菌には白子遺伝子で満たされていなければならない。

 

他の食品由来のゲノムも同様である。

牛肉やレタスを食べると我々の腸細胞には牛遺伝子やレタス遺伝子が含まれていないといけない。

除草剤耐性遺伝子組換え大豆由来の納豆を食べて、除草剤耐性遺伝子が腸内細菌や人腸細胞に水平移動するのであれば、それと同様の頻度で大豆ゲノム由来の数万の遺伝子も同様に水平移動することも心配しないといけない。

 

反対派の人たちはこれらの水平移動も同様に心配しているのであろうか。

 

豚肉を食べるたびに自身の細胞に豚遺伝子が取り込まれるかもしれないと心配しているのであろうか。

 

 

 

パルシステムは遺伝子組換え食品を全否定している。将来的には全廃を目標にしている。

その根拠として述べられた文章である。そのことを前提にした問題である。

 

忘れてはいけないのは、反GMOとしての見解であること。

そのための根拠が述べられていること。それが妥当かどうかということである。

 

1

科学の応用により、実際の人間生活に役立つよう自然を利用すること。

人間の生活に役立たせるために、その時代の最新の知識に基づいて、様々な研究や開発を行い、作り、操作すること。

 

2

長所、欠点をあげること。

ある程度の特徴、方法を説明すること。

 

3

実用段階論。実際に実用化され、認可され、市販されている。

 

5

前段と後段の「なぜならば」でのつながりがあるかどうか?

 

この「なぜならば」でつながらない文章は、論旨が通らないという以前にもうひとつ犯罪的な問題点がある。

この文章を書いた人は、遺伝子組換え作物の作り方をはじめ、この分野の知識に乏しいことは間違いない。

知識がないのは仕方がないが、他人の書いた文章を盗用して切り貼りして自分の文章にしていると思われる。これは罪である。

 

おそらく次のようにして、この文章を作ったと思われる。

あるひとつの文章を盗用して切り貼りした。

それだけではインパクトに欠ける。

そこで、もうひとつの文章を盗用しその間に挿入した。

これでいいと思った。

なぜなら、切り貼りした文章の内容を理解していないので、正しいかどうか判断する知識はないからである。

なんとなくインパクトのある文章になったと思った程度であろう。

 

ところが、切り貼りして盗用したふたつの文章は、いずれも科学的に間違っているが、そのことに気がつかない。

それだけでなく、全く別の意味の文章を入れ子にし、それを「なぜならば」でつないでしまった。

その結果、科学的判断以前に論旨の通らない文章になってしまったことすら気がつかない。

 

学生にレポートを書かせると、他人の文章を盗用する場合がある。立派な犯罪である。

その犯罪を見抜くのは、つまり、読む方にとって盗用であるかどうかの判定は意外と簡単である。

この例はその典型である。

他にも盗用を見抜くテクニックがあるが、ここには示さない。

 

 

 

○後期末試験

 

問1 筆者の問答にかんする妥当性

 

「遺伝子組換え食品」の安全性についての問題としては適切な設問ではない。

その理由を正解にしてあるAについて説明する。

 

「まったく危険性がないとはいえない」とはおもしろい表現である。回りくどい言い方をしているが、おそらく遺伝子組換え食品は完全に安全ではないといいたいのであろう。

 

しかし、このフレーズの先には何を持ってきても成り立つ。

 

つまり、「○○はまったく危険性がないとはいえない」の○○には何を入れてもその設問は正解になる。

「遺伝子組換え作物」に限って言えることではなく、したがって、「遺伝子組換え作物」の安全性にかんする議論するのに、この設問を使うのは適切ではない。

 

この世の中にまったく安全な食品など当然ながら存在しない。

安全な建造物、安全な家電製品、安全な自動車、どんなものでもこれらは存在しないため、いずれもこれらはまったく危険性がないとはいえない。

安全な野菜、安全なコメ、安全な鶏肉、安全な、、、、、いくらでもあげられるが、いずれも長い時間をかけて確かめられた安全性のデータなど存在しない。

野菜やコメや鶏肉に含まれる数多くの発癌物質や急性毒性を示す化学物質は同定されており、科学的に確認されている。

通常食べている食品の危険性はいくらでも指摘することができる。

 

問題にしないといけないのはその程度の問題である。たとえば、通常食べている野菜と「遺伝子組換え作物」を比べてどの程度リスクの違いがあるかを調べ、議論することが必要である。

 

長期的な安全性が確かめられていないことを問題にするのであれば、伝統的な品種改良技術を使ってゲノムレベルで組換えを行って作成された、どの遺伝子が変異したかまったく確認することすらできない通常食べている野菜にこそ必要な問題点である。

われわれは、まったく安全性の検査がなされていない品種改良食品を何の疑問も持たずに食している。こちらの方がよほど問題である。

 

また、本教科書の各章ごとに設けられたこのような最初の設問は、最初に読んだときに答がわからなくても、該当する章を読めば答がわかるように記述されていることになっている。

しかし、この章の何処を読んでもそのヒントになることすら書いていない。

 

「安全性は長い時間かけて確かめられたものではないので」ということにかんする記述も全く見られない。

なぜ「長い時間かけて確かめ」る必要があるのか、あるいは「なぜ長い時間かけて確かめられ」ていないのか、なぜ筆者は遺伝子組換え作物の慢性毒性を問題にしているのか、さっぱりわからない。

 

先般、背骨の入ったアメリカ産の牛肉が発見されて大騒ぎし、輸入禁止措置までとられた。

アメリカが事前に決めたルールを守らなかったわけであるから、この点に関してはまったくいいわけはできない愚かな行為であった。

しかし、食品としての安全性にかんして言えば、例えば、ナマで食べる野菜の方が米国産牛肉より危険であるし、アメリカ側がいいわけとして主張していたように、牛肉で死ぬより交通事故で死ぬ方がよほど多い、つまり牛肉を食べる危険性よりも牛肉を買うために自動車に乗ったり道路を歩いたりする方が危険である。これはまぎれもない事実である。

 

「まったく危険性がないとはいえない」では何も言っていないのと同じである。

リスクを見極め、正当に評価することが重要である。

 

 

問2 遺伝子組換え作物の安全性

 

「食用にする部分にこうした新しいタンパク質が含まれていると、人によってはアレルギー(過敏症)を起こすケースもあるとされている」

 

本書の文章は曖昧な点がおおいが、遺伝子組換え作物の食品としての安全性に懸念を抱く唯一の根拠としてあげられているのは「アレルギー」である。

本書では除草剤耐性遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え作物の「新しいタンパク質」というのは、除草剤耐性遺伝子由来のタンパク質であると思われる。

このタンパク質がアレルゲンになるかもしれないと懸念しているようだ。

 

しかし、この議論はおかしい。

そもそも、遺伝子組換え技術によって組み込まれる遺伝子の選択には、その遺伝子由来のタンパク質の人体に対する安全性をまず考える。

もともと人体に悪い影響を与える可能性のある遺伝子を組み込もうとすることは本来あり得ない。

食品に遺伝子を組み込む前に、その遺伝子由来の産物が例えばアレルゲンになりえるか如何かは当然チェックする。

もちろん、そのタンパク質自身に毒性がないかどうかもチェックする。

筆者が懸念している問題点は、そもそもどのような遺伝子組換え作物をつくろうかと設計している段階でクリアされる問題である。

これがクリアされなければ、その遺伝子を組み込む実験は始まらない。

 

この設問にはこのような本質的な問題点があるが、それ以外にそもそも「人によってはアレルギー(過敏症)を起こすケースもあるとされている」というのを問題にすること自体がおかしい。

人によってアレルギーを起こすアレルゲンを持つ食品は卵や蕎麦をはじめ無数にあり、実際大きな問題になっている。

また、すべての人にとってアレルゲンになる化合物の入った食品は当然食品になり得ないわけであるから、人によってはアレルギーを起こす食品は当然「遺伝子組換え作物」とは無関係に存在するわけで、この点は問1と同じレベルでの誤謬を犯している。

 

せっかくタンパク質がアレルゲンとなるアレルギーの説明をしているにもかかわらず、その直後に「遺伝子組換え食品の中に含まれているタンパク質もアレルギーの原因物質となる可能性があるのだ」とつづけ、それで説明は終わっている。

何げなく読んでいると、遺伝子組換え食品はアレルゲンの入った危険な食品と思ってしまう。

組換えに使った遺伝子由来のタンパク質に特定した議論をしていない点も問題であるが、「遺伝子組換え食品の中に含まれているタンパク質」に限らずすべてのタンパク質を含む食品も「アレルギーの原因物質となる可能性があるのだ」から、この論法で、遺伝子組換え食品の安全性を論じることはできない。

 

 

問3 遺伝子の水平移動

 

遺伝子組換え大豆の持つ遺伝子が生態系に広がることによる影響を問題にしている。

ある遺伝子が生態系に広がるという意味について考えてみる。

文脈から組換えに使われた特定の遺伝子が問題になっているように読み取れる。

そこで、そもそもこの特定遺伝子が他の遺伝子と比べて生態系に広がりやすいのかどうかという点と、もしこの特定遺伝子が生態系に広がるとどのような影響が考えられるのか、この2点に絞って考察する。

 

まず、遺伝子組換え作物を作るために組み込まれる遺伝子は通常ある形質を発現させて特定のひとつの遺伝子だけである。

これに通常組み込みがうまくいくかどうかを検定するためにマーカー遺伝子も導入される。

はっきり記載されていないが、本書では組み込んだ遺伝子を、朝日新聞の記事ではマーカーである抗生物質耐性遺伝子を問題にしているように読み取れる。

 

「遺伝子組換え植物の花粉が野生化したダイズや近隣のマメ科植物のめしべにつき、そこから生まれた除草剤耐性雑草が増える危険性も指摘されている」と書かれていることから、同じ科に属する他の植物との交雑を問題にし、それらが野生化することが懸念されている。

そこで、交雑が問題視されているがここに示された文章はとても「生物」の教科書とは思えないお粗末な記述であり、読者をいたずらに不安がらせるだけである。

 

そもそも、自家受粉と他家受粉の違いの認識が不足している。

遺伝子組換え作物として日本で栽培するときによく問題になるのは、ダイズとイネである。ダイズもイネも自家受粉する。

したがって、他の個体の花粉が飛んでくる前に自分の花粉で受粉してしまうため、交雑率は極端に低いことがわかっている。

ダイズやイネで交雑が簡単に起こるようであれば、すでに栽培されている非常に数多くのダイズやイネの品種の系統を保つことは困難になる。

遺伝子組換え操作によってたとえば自家受粉であったのが他家受粉に変化した、というのであればかなり問題視しなければならないが、そのようなデータはなく、また、実質的同等性の概念からいっても、もしそのような変化があれば、安全性の試験がなされることすらあり得ない。

 

遺伝子組換え大豆の持つ遺伝子が生態系に広がることによる影響」とは、果たしてどのような影響なのであろうか。

大豆には数万の遺伝子があり、世界中で大量に栽培されている。

遺伝子数にすると膨大な数になる。

この膨大な遺伝子の影響について、「考えておかなければならないだろう」といっているが、何を考えればいいのかわからない。

 

もし「遺伝子組換え大豆の持つ遺伝子」というのが、一般にいわれているところの「除草剤耐性遺伝子」や「害虫抵抗性遺伝子」のことを指しているのであれば、遺伝子の数が限られているので、考えることができる。

しかし、この教科書からはどう考えればいいのかわからない。

すくなくとも、大豆の持つ数万の遺伝子を無視して、当該遺伝子のみを問題視するという発想そのものが理解できない。

なぜ数万の遺伝子は無視できて、たとえば「除草剤耐性遺伝子」のみが問題なのか。

もし、普遍的にいわゆる「遺伝子の水平移動」が起こるのであれば、これはまた大きな問題であり、遺伝子組換え云々とは別問題である。

 

 

問4 消費者の不安の増幅

 

報告の妥当性 消費者の不安 消費者の不安の増幅の原因

 

この「オオカバマダラ」の件は、遺伝子組換え食品の環境への影響として取りあげることができる唯一の論文である。これを越える報告は今のところない。

しかし、この報告には多くの難点がある。

 

通常市販されている作物であるトウモロコシを使い、さらに通常市販されていて、最も多く利用されている遺伝子のひとつである「害虫抵抗性遺伝子」を取り扱った点では評価できる。しかし、昆虫への害を調べるのにオオカバマダラを使ったのはいただけない。

オオカバマダラはアメリカでは非常に人気のあるチョウで、このかわいらしい?チョウが遺伝子組換え作物が原因で死んでしまうとなると、インパクトは大きい。

トウモロコシの花粉をオオカマバダラが通常食べるトウワタにまぶして食べさせたところ、死んだというもの。

 

いろんな問題点があるが、まず、この論文には、実験に使われたサンプル数が極端に少なく、またどの程度の花粉がどのような方法で使われたか、基本的なデータは一切記載されていないという点で、論文としての体裁は整っていない。

さらに、この遺伝子由来のタンパク質は広く鱗翅目のチョウに対して効果のあるものであり、したがって同じ鱗翅目に属するオオカマバダラに害があるのは当然である。

つまり、害のあることがわかっているものを食べさせると害があった、という結果が得られただけであって、これは、遺伝子組換え作物とは関係ない結果である。

このチョウの幼虫がトウワタを食べる時期とトウモロコシの花粉が飛ぶ時期は重ならないため、自然界でこのチョウが遺伝子組換えトウモロコシの害にあうことは考えにくい。

 

この結果を受け、多くの消費者に遺伝子組換え作物に対する不安が広がった。

おそらく、その不安というのは、特定の人間にとって害のある、すなわち人間のつくった作物を荒らす昆虫に対する抵抗性のあると思っていたのが、愛すべきかわいらしいチョウまで殺してしまう悪魔の食品に成り下がったことがひとつの原因と思われる。

また、食品として人が食べるトウモロコシを昆虫が食べると簡単に死んでしまうことから、昆虫が死んでしまうのなら、同じものを食べる人にも害があるのではないかという懸念が広がった。

 

この「害虫抵抗性遺伝子」の正しい情報が広がるより以前に、このような昆虫が死んでしまうことをビジュアルにも示すことによって、消費者の不安は広がったものと思われる。

「害虫抵抗性遺伝子」がどのようなものであり、その遺伝子産物がどのような性質を持つものであり、また、その遺伝子産物が人間に与える影響はどのようなものであるかを詳しく報道されていれば、このような不要の不安は避けられたとも考えられるが、このような伝える方も受ける方も労力の多い報道は後回しにされたりカットされたりする、昆虫がコロッと死ぬ映像だけが印象に残るような報道によって、「消費者の不安が増幅」されたと思われる。

 

 

問5 遺伝子組換え作物の問題点

 

「「遺伝子組換え食品」という表示のある食品」というフレーズの意味がまったくわからないが、もしたとえば「ダイズ(遺伝子組換え)」と書かれた納豆などの食品という意味で書かれているのであれば、はたして、現在日本で市販されている食品の中で堂々と「遺伝子組換え」と表示した食品がどれほどあるというのか。

少なくとも私は納豆1品目しか知らない。しかもこの商品は通販のみのため、一般の食品売り場には陳列されていない。

「摂取をまぬがれない」とは、どういう意味でいっているのか、これも意味不明である。

 

「誰もがこの問題について考える必要がある」というのは、確かにそのとおりである。しかし、提示されて文章からどのように「考え」たらいいのか、すくなくとも、私にはまともに考えるための資料が提示されているようには見えない。

せっかく検定外の教科書として自由に書くことができる場を作っておきながら、素人の「遺伝子組換えいらないキャンペーン」や生活協同組合あるいはイオンなどの大手のスーパーが唱えている非科学的かつ情緒的な記述に依存した記述しかできないのはもったいない話である。

 

このような教科書の中で「遺伝子組換え作物」を取りあげるのは非常にいい機会である。

せっかくのいい機会を作ったのであるから、前の章との関連をうまく生かし、遺伝子、ゲノム、タンパク質といった基本となる用語をうまくまとめ、さらには、リスクと安全についても解説を加え、その上で読者に判定できるような情報を提供するのが、この手の検定外教科書として一番有効な方法と思われる。

 

また、朝日新聞をはじめとしたマスコミにも中立かつ科学的な報道を望む、

試験問題に添付してある朝日新聞の記事によると、一見中立を保ったふりをして遺伝子組換え作物にかんする賛否の代表的な意見が掲載されている。

しかし、記事本文は遺伝子組換え食品に否定的で、かなり偏った考え方で構成されている。

 

前半の訴訟の記事でみてみると、そもそも訴訟が起こったこと自体を問題にした記事である。

このような訴訟事件が起こると言うことから、遺伝子組換え作物の安全性に不安があり、また読者にもその不安という雰囲気を植え付けようとしている。

しかし、肝心の訴訟の結果はくわしく報じられていない。

 

実際には、3審すべてで訴えは完全に却下されており、訴状を読めば、訴えそのものが非科学的であり、検討する余地すらないという完全な門前払いの結果が得られるのも頷ける。

この事実を報道せず、ただ訴訟騒ぎが起こっていることだけを報道するというのは、訴えそのものが正当であると読者が誤解するようにリードした記事であると言わざるをえない。

訴えの中で比較的ましな内容は「風評被害」だけである。

食品としての安全性や環境への影響にかんするまともな訴えはなく、裁判所によりそれらの訴えは全否定されている。

「風評被害」にしても、「風評被害」の原因が何かは分かり切っており、その原因を絶てばすむだけの問題である。

「風評被害」の原因を分析し、それを排除する方向に報道するのであれば、マスコミという大きな権力の有効活用になるが、残念ながら、この記事ではかえって非科学的な「風評被害」を増幅させるだけである。

当然、消費者もこのような記事を読むことで不安が増幅され、ますます遺伝子組換え作物から遠ざかることになる。

 

日本における遺伝子組換え作物の試験栽培では、厳しい規制の下で栽培実験されているが、本来その必要はない。

普通に栽培しても、法的にも生物学的にもなんら問題はない。

「風評被害」に配慮してのことである。

「遺伝子組換え作物は厳しく規制された環境で栽培しているから安全」との学生の解答があったが、これは誤解で、遺伝子組換え作物をそれ以外の作物と同じように栽培してもなんら問題はない。

 

「長い時間かけて安全性が確かめられていない」ことにかんして、遺伝子組換え作物は数年にわたりチェックを受けているとの学生の解答があった。

それも事実だが、たぶん、教科書の著者は違う視点でこのフレーズを書いていると思われる。

遺伝子組換え作物という言葉の中に遺伝という単語が含まれている。これに反応して、一般の人はこの食品を食べることにより、これから生まれてくる子どもや孫にも影響が及ぶのではないかと不安がっている。

 

例えば次のような投書が地方の新聞に載った。

 

27歳公務員

「遺伝子組み換え食品は大丈夫なのか?動物実験では問題ないというけれど、何世代にもわたって食品を食べ続ける人間に与える影響はまだわかっていません。私の体は私だけのものではありません。私の遺伝子が未来を担う子ども、その孫へと引き継がれていくのですから」

 

40歳会社員

「昨近の遺伝子組み換え食品の輸入は、安全性できわめて問題があり、もし摂取し続けるなら、たとえ我々の世代は大丈夫としても、次の世代の人たちにふりかかる危険性をはらんでおり、簡単に見過ごすわけにはいかない。これらの事実は、我々の種の保存さえも脅かしかねないものである」

 

つまり、遺伝という言葉に反応している。長い時間をかけて影響が出るかもしれないとの不安はこのような数世代にわたり影響が出るかもといった不安。

それがチェックされていないとの指摘である。

 

もちろん、投稿者らはとんでもない誤解をしている。

そもそも、食品でいわゆる慢性試験というのは実験方法が組み立てられないことも含め不可能で、かつこの理由でどのような食品でも慢性試験は行われていない。

 

Nature誌は超一流の権威ある週刊の科学雑誌である。普通の週刊誌の記事とは違う。

つまり、Nature誌にのった実験結果というのはそれなりに権威のある結果と受け止められている。

筆者もNature誌の記事と書くことで、その内容に権威を持たせている。

読者にもNature誌にのった記事なのだから信用しろ、とのニュアンスである。これは常識。

もちろん、Nature誌の記事がすべて正当に評価されているわけではない。

 

「いままで安全とされていたアメリカの牛肉がある日を境に危険だとされた。長い間安全でも、見方を変えれば簡単に危険なものになり得るからだ」との学生の解答があった。BSE騒動にたいして、かなり誤解しているようである。

 

 

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無断転載を禁じます。 ashida@msi.biglobe.ne.jp・芦田嘉之

 

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