「外部環境への1視点」(28)石油メジャーの再編

4月2日の各紙は,国際石油資本(メジャー)のBPアモコが米石油大手のアトランティック・リッチフィールド(ARCO)を買収する旨報じた。BPはこの1月アモコと合併したばかりであり,度重なる買収は業界を驚かした。

BPは昨夏,アモコとの合併合意で業界トップのシェルとエクソンに並んだ。しかしながら,その直後の昨年12月,エクソンは業界4位のモービルの買収を発表,買収総額は772億ドルと史上最大で,世界最大の企業誕生に業界に衝撃が走ったばかりであった。

 長らくメジャーは,エクソン、モービル、テキサコ、シェブロン、ガルフのアメリカ系5社に、ロイヤル・ダッチ・シェル(英国・オランダ)とBP(英)の2社を加えて,セブン・シスターズと呼ばれていたが,ついにこれも歴史的用語になる。

日経新聞は「価格低迷が引き金,スーパーメジャー3社に,残る大手も再編の波」と報じ,石油業界は,昨年来大幅な生産超過になっており,そのため原油を初め石油製品価格が暴落していることが,今回の買収劇の背景であると説明している。

私は,第二次石油危機をはさむ1978年から数年間,石油業界に身をおき,しばしば湾岸のアブダビにも出張した。BPを初めとしたメジャーの調査能力や戦略思考を垣間見る機会があったが,今回の動きも長期的戦略の一環として理解したほうが良さそうだ。

1973年第4次中東戦争を引き金にした第一次石油危機により,価格決定権はメージャーから石油輸出国機構(OPEC)移ることになった。OPECがアラビアン・ライトを基準原油として公式販売価格を設定し、それを遵守させるという方式である。

需要の逼迫という背景が基本的にあったものの,その後OPECによるカルテルは有効に機能し,第二次石油危機を経てイラン・イラク戦争時の1981年にはスポット価格が40ドルを超えるまでになった。

しかしながら,これをピークにその後長期にわたる低下トレンドが始まり,85年にはついにOPECは公式販売価格の設定を断念,ここにカルテルは終り,その後,原油は需給を反映する普通の市況商品となっている。

石油を初めとした一次産品は,80年代初めをピークにして長い下降トレンドを描いている。これが70から80年代初めにかけてのインフレ経済が終焉し,長期における物価安定を達成し,現在デフレ危機が取りざたされるようにまでなった一つの背景であろう。

最近ではインフレ政策ともいうべき政策転換の動きが生まれ始めており,メジャーの一連の買収劇はそれに備えて,市場支配力をつける狙いがあるように思う。オイルショック以前のメジャー主導への回帰である。歴史は繰り返すということではないだろうか。

「外部環境への1視点」(29)合併今昔

最近あまり記事になることがなかった新日鉄が,十年ぶりに能力増強に踏み切ることで色々報じられている。同業他社が軒並み設備投資を削減する中,新日鉄が5年間で粗鋼生産能力を10%増やし年間3千万トンとするとのことである。

新日鉄のシェア(粗鋼生産量)は,70年の旧八幡・富士合併直後は45%強あったが,それがじりじり下がって,現在25%にまで低下している。シェアの低下は,業界秩序維持のための代償であるが,もうそうは言っておられないということであろう。

前回,石油業界の再編成について述べたが,新日鉄合併のすぐ後に第一次オイルショックがおきた。当時,OPECにおけるリーダーであるサウジアラビアの立場と鉄鋼業界トップの新日鉄の立場についての比較がよくなされた。

サウジは,OPECの盟主として積極的に需給調整機能を果たし,生産調整を進めていた。サウジは言うまでもなく石油が国家存立の基盤であり,石油資源の長期的価値を最大限にするため,OPECの秩序維持を通じて価格をコントロールする必要があった。

合併当時,新日鉄を初めとして鉄鋼業界の大勢は,価格は市場が決定するものでなく,コストプラス適正利潤で決定すべきとの考え方が一般的であった。新日鉄の価格維持の努力が,現在のシェア低下をもたらしたといえる。

首相直属の産業競争力会議での設備廃棄問題の議論にからんで,日経では「過剰設備問題を政官財の共通テーマに押し上げることに成功した新日鉄。新たな護送船団方式に堕することなく,協調から競争へ構造転換を果たせるか,ここから正念場」とある。

筆者は八幡・富士の合併に巻き込まれた当事者であるが,今からみるとのんびりとした合併であった。当然のごとく,八幡と富士の出身者が交互に社長となる体制がその後続くことになった。それを許す恵まれた環境にあった。

最近相次ぐ合併や買収は熾烈なものがある。合併や買収を契機に事業の再構築,いわゆる,リストラが行われる。大幅な人員削減によるコスト削減,不要事業売却等によるキャッシュフローの改善が大胆に進められる。

これらの合併や買収による規模拡大は,21世紀に期待されるネットワーク型のビジネスモデルと一見反するように見える。どうも,単独では難しい大胆なリストラを,合併や買収をきっかけに,それぞれのサイドが一気に進めたいとの思惑も見え隠れする。

新日鉄の設備増強は,将来の業界再編を視野に入れたものではないだろうか?日経にもあるように,協調から競争への意識改革により,大胆な事業の再構築ができるか,新日鉄を初めとした鉄鋼業界の今後の動きが気にかかる。

「外部環境への1視点」(30)医療制度改革

健康保険組合は全国で約1800あり,民間サラリーマンとその家族の計3300万人が加入しており,医療保険制度の柱となっている。その健康保険組合の約85%が赤字で,99年度は赤字額が史上最悪の3800億円に拡大する見通しとのことである。

赤字拡大の最大要因は,老人医療費をまかなうための拠出金負担である。現在,70歳以上は老人保健制度により,安い負担でかなり手厚い医療を受けることができるが,その相当部分が健康保険組合の拠出金でカバーされている。

財政悪化した組合は保険料を法定上限まで既にあげているところが多く,財政破綻により解散する組合が出始めている。追いつめられた組合は,遂に政府・与党が医療費抑制に向かって動かない場合,拠出金支払いを一時凍結する実力行使に出る方針を決めている。

事の発端は,自民党が医療保険制度抜本改革の柱であった「薬価参照価格制度」導入を,日本医師会の反対で白紙撤回したことにある。この制度は薬価に上限価格を設け,その超過分は患者負担とする案で,厚生省が医療費抑制の決め手と期待していたものである。

日本医師会のホームページには「患者不在の薬価制度に反対する請願書―窓口署名600万名に迫まるー」とあり「4月6日午後,衆・参国会事務局に署名簿6,000,000名分(ダンボール箱611個)を搬入し,今回の署名運動を無事終了した」と生々しい。

これに先立ち自民党は,薬剤費の一部負担制度を,高齢者に限り免除し,国が肩代わりことを決め予算に盛り込んだ。最近読売新聞が「落選させる力」を背景に医師会が力をつけてきている事情を述べており興味深い。

日本医師会の医療構造改革構想(97年7月)によれば,「診療報酬による対応だけでは不可能」とし、「税制、補助金や融資制度など様々な政策手段で総合的医療政策の推進が必要」とある。( http://www.med.or.jp/japanese/nitii/watasi/watasi.html

それにしても医療費,特に老人医療費の増大は,放置出来ないところに来ていることは事実であろう。一つの解決の道が来年から始まる介護保険制度である。止む無く病院にお世話になる社会的入院などが,介護保険でカバーされれば相当改善されよう。

しかしながらこれで全てが解決するわけでない。実際,老人医療のお世話になっている両親を見ていると,使わない薬を多数処方されて薬箱がいっぱいになっている。「患者不在の薬価制度」との医師会の主張には一見反論しにくいが,今のままで良いはずはない。

本コラムの2回目で医療ビックバンという題でこれから病院経営も競争原理の導入が必要と述べた。日本医師会の基本的態度は,私の見るところ,医者は聖職であり競争原理になじまないということのようだが,本当に医者は聖職として行動しているだろうか?

「外部環境への1視点」(31)ネグロポンテの3つの輪

5月の初め,マイクロソフトがAT&Tに50億ドル出資という記事が各紙を飾った。世界最大のコンピュータソフト会社と米通信最大手がCATV高速ネットで提携し,目前に現れだしたデジタル融合時代の覇権を握ろうとの動きである。

デジタル融合時代とは,デジタル技術をキーワードに,コンピュータ,放送,通信,テレビが限りなく一体となる動きである。特にアメリカでは高速デジタル電送が可能なCATVの普及率が高く,AT&Tは相次ぐ買収でその60%を押えている。

我が家でも近々CATVによるインターネットサービスが始まるが,CATVの世帯普及率が高いアメリカでは,多くの家庭で近い将来テレビとパソコンが一体化する。そのためのソフト「ウインドウズCE」の販売が,マイクロソフトの狙いである。

20年前,MITメディアラボ所長ニコラス・ネグロポンテ氏は,放送・出版・コンピュータと書いてある3つの輪が部分的に重なりあった図を持ち出し,デジタル技術で2000年にはそれらが限りなく重なり合うとのコンセプトチャートで資金と人材を集めた。

メディアラボには我が国からもバブル景気も手伝って多額の資金と優秀な人材が流れたが,様々なマルチメディアに関するユニークな研究が輩出した。想像力をうまく引き出す自由な研究環境もさることながら,分かりやすいチャートの集金力に驚かされた。

当時,筆者は新規事業担当としてハイビジョン実用化に向けての開発会社設立に関わっていたので,メディアラボの活動には大変関心があった。ハイビジョンはNHKが総力をかけて開発した,世界的にも先端を行く高品位テレビで産業界の関心も高いものがあった。

ハイビジョンはアナログ技術に基盤をおくものであり,ネグロポンテは,ハイビジョンについて,時代遅れの技術でテレビもデジタル化するとの主張をしていた。日本側では,ハイビジョンが業界標準になるのを妨害する政治的発言と批判する向きもあった。

ハイビジョンについては,膨大な投資をしており,いずれにしても後戻り出来ない状態にあった。結局はネグロポンテの予言通りテレビもデジタルに統合されそうである。ハイビジョンの投資は無駄となった。先端技術の標準を押える難しさがここにある。

ネグロポンテの集金チャート?に書かれていた放送とコンピュータの融合は予想どおり2000年には相当実現しよう。一方,出版とコンピュータの融合は,インターネットにより実現しつつある。ただ,毎日皆さんが保毎を読むように結構紙もしぶとく残るようだ。

3つの輪の唯一の誤算はインターネットが,このような形の発展を遂げることを予想できなかったことにあるように思う。ただ,コミュニケーションのためにメディアと技術を再定義しようとして始まった,メディアラボにとって,うれしい誤算には違いない。