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愛句連々

尾崎放哉の俳句をイラストと一緒にご紹介します.



釘箱の釘がみんな曲って居る

これは小浜常高寺時代の作。

前にも釘に関する句を御紹介しましたが、これも釘への放哉の感情移入を映す一句です。
 寺男としての放哉の仕事は多岐に渡ります。要は仏に使える身としてどんなことでも感謝の気持ちでこなさなかればいけません。放哉も慣れない大工仕事をこなしていたこともあったでしょう。  そう言う時に詠んだものかもしれませんが、それは放哉のこと。「曲った釘」を見かけただけで想像が広がり、役立たずの釘ばかりの箱を思ったのでしょうか。
 前の寺男がそのままにしていたのだろうか、釘箱をがさごそ探っていた放哉が見つけるのは曲った釘ばかり。なぜにこんなものを残しておくんだと訝りながらも、使わないのもなにやら勿体無く、使うにしても段取りが悪くなりそうで逡巡してしまい、徒に時は過ぎてゆくのです。

もちろんここでの釘も放哉自身の暗喩でしょう。しかも今度は「既に折れ曲って」しまっているし、しかも「みんな」そうなのです。『打ちそこねた釘が首を曲げた』より後期の作だけに、状況が変化していることがわかります。しかも決して良いとはいえない方向に。

もはや放哉には、新品の釘のように光り研ぎ澄まされた希望の光などとっくに褪せてしまったでしょうか。どうしたのだ放哉...


★放哉の他の俳句にもご興味のある方はこちらへ → 愛句連々(過去に紹介した俳句)

         


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