おかえり.jp 放哉 孤高の詩 一句拝掌(最新の俳句) 愛句連々(過去に紹介した俳句) 放哉年譜

愛句連々

尾崎放哉の俳句をイラストと一緒にご紹介します.



たばこが消えて居る淋しさをなげすてる

須磨寺時代の作品。

わたしはたばこを吸わないのでよくわからないところはあるのですが、たばこを放せないという方は、単なる嗜好品としてとにかく好きで吸っているというよりは、たばこを吸っている時間、雰囲気、そういう間合いみたいなものが生活のリズムとして取り込まれているらしいのです。
 さて、ここでの放哉は、たばこを燻らせながら何か考え事でもしていたのでありましょうか、自分の行く末でも案じてもいたのでしょうか。

そこでふと気づけば火が消えているではないか。

それまでの考えは一瞬に消え去ります。思考を寸断された苛立ちと、火の温もりも感じられなくなった吸い口の味気なさと。
 そして何よりも「ひとり」の自分がひしと感じられてしまうのです。
 そんな複雑な想いを断ち切ろうと、たばこを投げ捨てます。自分を裏切って消えてしまったたばこに八つ当たりするように。

投げ捨てられたたばこの惨めな姿は、そのまま放哉自身の姿です。自分から何もかも捨て去ってきたはずだが、振り返れば、世間から無残に取り残され隔絶されたのは自分ではなかったか。たばこの火は、わずかに残っている希望であり夢であり生き甲斐です。それのない抜け殻の糞袋に成り下がった己を感じざるを得ないさみしさよ。

何気ない行為の描写ではありますが、ここには逃げ道を失いつつある人間のまさに身を切る切なさが表れています。


★放哉の他の俳句にもご興味のある方はこちらへ → 愛句連々(過去に紹介した俳句)

         


☆本ページはリンクフリーです。放哉を心行くまで味わいましょう。