おかえり.jp 放哉 孤高の詩 一句拝掌(最新の俳句) 愛句連々(過去に紹介した俳句) 放哉年譜

愛句連々

尾崎放哉の俳句をイラストと一緒にご紹介します.



考へ事をしてゐる田にしが歩いて居る

これは小浜常高寺での作品。

梅の花も咲いて春が待ち遠しい頃です。ちょっと今は昔の春の田園風景でも思い浮かべながら、こんな句は如何でしょうか。

春にもなれば田仕事で忙しくなるのがお百姓さんです。田起こしから始まってやがて籾を蒔き苗が出れば田んぼの季節です。その頃は水もぬるんで水底の方でも生き物が蠢き始めてきます。
 にわか坊主になったとはいえ、一日の大半はいたずらに時を過ごす放哉。うららかな日差しに誘われて散歩とは相成りました。

畦道に腰を下ろして田んぼを見やれば、おやまあ底に田螺が一匹歩いているではないか。厳しい生存競争にさらされる自然の生き物ではあるが今のところは水鳥もあたりに見当たらず安心だわい、そう見つめているうちに、動くか動かないかといった緩やかな歩みをひとりぼっちで続けている田螺と自分とを比べてみたりするのでした。

放哉も須磨寺に安住できずとりあえずは常高寺に身を置いてはいながらも、未だ自分の生き方が決められず揺れ動いている身です。相談相手もいず、孤独を楽しんでいるといえば聞こえはいいが、結局は世間からのはみ出し者。そういうことを考えまい考えまいとしながらも考えてしまう。ちっぽけな田螺の歩みにさえも心を動かされる孤独な心。春のかげろうの中で消え入るような放哉のなんと憐れなことよ。


★放哉の他の俳句にもご興味のある方はこちらへ → 愛句連々(過去に紹介した俳句)

         


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