おかえり.jp 放哉 孤高の詩 一句拝掌(最新の俳句) 愛句連々(過去に紹介した俳句) 放哉年譜

愛句連々

尾崎放哉の俳句をイラストと一緒にご紹介します.



雀のあたたかさを握るはなしてやる

これも須磨寺時代の作品。放哉の、まだ気持ちが朽ちてはいないで希望がそこここに垣間みられる時代。

じわじわと人の心が荒廃していくような世相。自然の怒りに警告を与えられながら未だに殺し合いに明け暮れる人類。でもまだ絶望するには早過ぎる。・・・などと思いつつ見つけたこの句。

放哉は、小さきもの、弱きものには、特別に想いをかける一面があったようです。とかく大きなものや強きものにはさんざん身も心も痛めつけられてきた前半生の後でもあり、自然と共感するものがあったのでしょう。それを負けたもののセンチメンタルな慰めに過ぎないと思うのもまた自由ではありますが・・・

寺の掃きそうじでもしていたのでありましょうか、いつもはいたずらな雀たちと戯れながら、一人の仕事をしていたが、ちょっと弱ったような雀一羽が陰で寒さに震えていた。思わず手に取り暖めてあげようとする無邪気な放哉。

しかしここで放哉は、自らの手よりも雀のあたたかさをかみしめることになります。こんな小さきものにも宿る命、そして希望。翻ってそれよりも冷えた我が手と心をあらためて思うのでした。「生きとし生けるものとして、私はこの雀にも劣るのではなかろうか」。このぬくもりを、生かされている瞬間を精一杯生きようとする気持ちを、手の中で教えられた放哉は、そっと雀を放してやります。見違えって元気に飛び立っていく雀。しばらくそれを見送った後で、再び掃除に勢を出す放哉でありました。

上を目指すこと、豊かになること、周りを出し抜くこと。そういったことに執着するのも人間の業(ごう)。しかしそれだけでは見えるはずのものも見えなくなってしまうはず。時には小さきもの弱きものから大事なことを教えられることもあるのだから。


★放哉の他の俳句にもご興味のある方はこちらへ → 愛句連々(過去に紹介した俳句)

         


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