おかえり.jp 放哉 孤高の詩 一句拝掌(最新の俳句) 愛句連々(過去に紹介した俳句) 放哉年譜

愛句連々

尾崎放哉の俳句をイラストと一緒にご紹介します.



こんなよい月を一人で見て寝る

須磨寺時代の作品。わずか九ヶ月の短い期間ではありましたが、放哉がゆとりをまだ持っていた時。

ネットワーク時代といわれながら、リアルな人との繋がりが希薄になるばかりの昨今、人の心根に宿る「人恋しい」気持ちがしっとり感じられるようなこの句を味わってみたいと思います。

「この寺は全くお言葉通り『独りポッチでいる』時間が比較的多い、従而(endoy注:そのことによって、の意)シャベラナクてもよいのが気に入っているのです」
 というように一燈園時代の友人に書き送っていたとか。放哉もまずは一人きりになった清々しい気持ちを感じていたことでありましょう。

そこでこの句です。障子越しに見える冴えた月の幻想的なまでの美しさを独り占めしているちょっと嬉しい気持ちの反面、その心を響かせ合える人がいないことをちょっぴり淋しがっている放哉が何処かにいるように思えないでしょうか。

「こんな」よい月、なのです。きっとこの空の下の何処かで同じ「よさ」を感じ取っている人がいるであろうな・・・しかし他人の煩わしさを避けて自分から孤独の世界に飛び込んだ自分には、その思いを誰かと共有するという望みをもつこと自体、愚かなことではないか。そう独りごちて浅い眠りに入っていくのです。

尚、この句の句碑が須磨寺太子堂の向かって左側に、荻原井泉水の揮毫で建てられていることを付記させていただきます。


★放哉の他の俳句にもご興味のある方はこちらへ → 愛句連々(過去に紹介した俳句)

         


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