おかえり.jp 放哉 孤高の詩 一句拝掌(最新の俳句) 愛句連々(過去に紹介した俳句) 放哉年譜

愛句連々

尾崎放哉の俳句をイラストと一緒にご紹介します.



障子しめきって淋しさをみたす

須磨寺時代の作品。

放哉としては比較的明るさがある時期ではありますが、時折こういった気が塞ぐこともあったのでしょう。負のエネルギーで満ちたような句です。

須磨寺は、須磨の浦で有名な風光明媚な場所に近いところにあります(源平の「一ノ谷の合戦」の由来の地でもあります)。街は、夏の海水浴客はもちろんのこと、年中を通して名勝の地には人が絶えなかったはず。そんな場所で生まれたこの句の”淋しさ”とは一体何だったのか。

人が集い賑やかな場所ほど、一人で生きねばならぬ者にとってはより深く孤独を感じてしまうもの。光が強ければ強いところほど、それと表裏一体である闇は深く冷たいのです。この世は光と闇を各人に平等に配るわけではありません。闇を一心に背負い込んで暗澹たる思いを抱えつつある放哉も、きっと目をつむり耳を塞ぎたくなる時があったに違いないのです。

障子を締めきり、陽の光も吹き渡る海風さえも遮ってしまっても、人々の声や鳥のさえずりは漏れ聞こえてきます。それさえも聞くまいとする放哉の部屋の中は淋しい想いだけが沈滞し澱んでいくようです。やがて外のあらゆる”陽”のエネルギーを拒否するような”陰”のエネルギーが立ちこめ・・・ああ、なんと切なく絶望的な空間であることか。誰かが悪夢から覚ましてくれるのを待つしかない放哉です。


★放哉の他の俳句にもご興味のある方はこちらへ → 愛句連々(過去に紹介した俳句)

         


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