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山頭火

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ふるさとは遠くして木の芽


啓蟄も過ぎ、水温む頃になれば、桜前線も北上し、春はもうそこまで来ています。

長く厳しい冬が終わり、待ちに待った春の到来は山頭火にも嬉しいものであったに違いありません。しかしこの句にある、淋しさは一体なんなのでしょうか。

山頭火の一生を見ていただければわかるとおり、地元の有力者の息子で何一つ不自由ないはずの山頭火は、夜逃げ同然で故郷を離れています。山頭火にとってふるさとは、懐かしいけれども、決して戻れない場所だったのです。

全ての生き物が息を吹き返し新たな一年を刻み始める春が来る度に、その喜びの季節を遠くふるさと離れてでしか迎えられない山頭火の憂いは深くなるのです。
 旅先でふと見つけた木の芽は、そのまま生まれた家にあった植木でも連想させたのかもしれません。そして何年たっても変わらない、変われない自分を情けなく思ったのではないでしょうか。

春の愁い、といえば体裁は良いのですが、やはり周りが浮かれ始めるほど、それらと一緒になれない、永遠の放浪者のためいきなのでした。


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