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山頭火

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こころすなほに御飯がふいた


これは、旅から戻ってふたたび山頭火が小郡の「其中庵」で暮らし始めたときのもの。
 山頭火が初めて自分の住処に落ち着いたときの素朴な感慨が表れている句だと思います。

これまで自分で米を炊いたり、畑を耕したりしたことのない山頭火にとっては、はじめのうちは失敗の連続だったと思われます。何度か、硬い芯の残った飯や、柔らかくなりすぎたお粥のような飯を食べたことでしょう。

そのうちに、やっと思い通りの御飯が炊けた。常人なら、単に「炊くのが上手になった」と思うだけなのでしょうが、そこで山頭火は思うのです。

こころが素直になったからうまくたけたのだ、と。

また山頭火は思います。

『御飯というものは、釜の底が少し焦げ付くまで、しっかり炊きあげた場合が、一番うまいあることも知った。つまり、或る部分を犠牲にして、はじめて全体が生きてくるのである。』(『俳人山頭火の生涯』 大山澄太 弥生書房 より)

飯炊き一つからも謙虚に人生を学ぶ山頭火。 渋い名句です。


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