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山頭火

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日ざかりのお地蔵様の顔がにこにこ


七夕も過ぎて梅雨も明ければ、夏本番です。日差しはいや増して湧水の恋しい季節。

険しい山道を抜けて人里に近くなると、お地蔵様がちらほらと見受けられるようになってきます。
 土地土地で変わるお地蔵様の表情や種々の供物、そして周りを飾る草花を見ていると、なにやら辛い放浪の毎日をひととき忘れさせてくれます。

報謝に支えられていることへの感謝の心を持って我儘な狭い了見を捨て、生かされるがままに生きていこうとする山頭火ではあっても、時には心無い「おことわり」や冷たい白い目に晒されることもありましょう。
 それを覚悟の上で今の生き様を選んだのではないか、そう自分を納得させようとしてもどうにも心が静まらないことも時にはある。そうなれば容赦なく照りつける強い日の光にもつい愚痴が出てしまうものです。

くさくさした気持ちで歩いていれば、またお地蔵様に出会いました。破れそうな笠をかぶって供物もほとんど渇き果てたような中にあって、いつも通りの微笑みをたたえ、村人を、そして旅人を見守るその純粋でおおらかな有り様、しかもまあこのお地蔵様はにこにこと笑いかけてくるかのよう屈託のない表情ではないか。

「山頭火さん、何をそんなにいらついているのです。この強い日の恵みがあるからこそ、自然のあらゆるものは生かされているのです。ちょっと傍らで休んで周りをゆっくり見渡してごらんなさいよ。そう前ばかり見ないで。」

そんな声を聞いたような気がして我に返る山頭火。凝り固まった考えをしていたことに気恥ずかしさを感じ、あらためて笠を脱ぎお地蔵様に頭を下げ、しばらく横の木陰で一休み。さあ元気も出てきたし、日が傾くまでもう少し足を伸ばしてみようか。

どんなに暑くてもそれは実りの秋のために必要な自然の輪廻のたまもの。
 その悠久な時の流れに逆らわずに同化してこそ、我執を捨てて自ら求める悟りに近づけるのだとお地蔵様は微笑みの中で静かに諭していたのです。


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