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山頭火の俳句

山頭火後ろ姿

酒を愛した放浪の俳人
種田山頭火の俳句をご紹介

砂丘にうづくまり
けふも佐渡はみえない
砂丘にうづくまり

「荒波や佐渡によこたふ天の川」という芭焦の句がありますが、芭焦が日本海に展開される雄大なイメージを描いているのに対して、山頭火の句はなんとこじんまりと小さく惨めなことでしょうか。

日本海側の厳しい気候の中を歩きつづけた疲労と、海の彼方に見えるはずの佐渡がみえないという失望感。
 そして(おそらく)荒れている海に洗われている砂浜に縮みこんで途方に暮れている自分の小ささ無力さ情けなさ。

山頭火にとって、ここでの「佐渡」とは、自分が本当は得られてなければいけない悟りの境地の比喩なのではないでしょうか。
 あるべきもの、求めているべきものも見えなくなっている自らの自堕落さに対して、絶望している悲壮感に満ちた句です。

昨日も今日もあきらめ、多分明日も、いやずっと先まであきらめなければならないのではないかという無間地獄。
 その中でなすすべのない山頭火を誰が嘲笑できるでしょうか。

戦後の坂道をかけのぼった末に行き先を見失った今の日本人の姿そのままではないかと私は感じますが、あなたはどう思われますか?


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