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山頭火の俳句

山頭火後ろ姿

酒を愛した放浪の俳人
種田山頭火の俳句をご紹介

悔いるこころの
曼珠沙華燃ゆる
悔いるこころの

秋の彼岸がやって来れば、彼岸花こと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲き始めたという便りも聞こえてきます。

曼珠沙華の花は、すくっと伸びた茎の先に、まさに燃えるように弾ける無数の花弁が特徴的です。この花の情熱的な風貌が、かつての山口百恵さんの「曼珠沙華(ここでは、まんじゅしゃか と読む)」という歌にも表されていたと記憶しています。

恥に恥を重ねて生きているような山頭火ですが、時折自分がとことん嫌になるほどの大恥をかくこともありました。
 しかも無償で世話をしてくれる俳友さえも失いかねない醜態をさらして。それも酒や女といった僧形にはまるで関係がないはずの煩悩界のことで。

今日もまた、そんな悔いる思いでの道行き、咲き誇る曼珠沙華を目の当たりにします。それは山頭火の頬を染める「赤っ恥」の赤であり、彼を諌める仏の怒り(仏の顔も三度なり!!)の赤であったことでしょう。

しばらくその景色をみやり、ふうと息を吸い込んで、あらためてこれからの行乞への決心を思う山頭火です。
 華々しく咲き華々しく枯れゆく曼珠沙華の姿に、明日の自分への漠然とした不安をかきたてられながらも・・・


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