朝日新聞 2002年2月27日朝刊くらし面

効率化の波病院も

問われる「医療の質」と「患者への影響」


(記事)

 医療保険財政の悪化で診療報酬などが抑えられる中、病院の世界でも「経営の効率化」という言葉がよく使われるようになりました。成果主義など企業経営の手法を取り入れる例もあります。市場原理を導入すれば効率化が進むのではと、病院経営への株式会社参入も議論されています。こうした動きは、患者にどのようにはね返ってくるのでしょうか。効率化に取り組む病院を訪ねてみました。(岡崎 明子)

3段階で改善 実践例は

「かんばん方式」を導入
患者数増え利益率安定

 コスト削減分を患者サービスに回し、数年で外来患者を1日900人から1100人に増やした病院がある。

 石川県七尾市の恵寿総合病院(454床)。人口4万8千人の同市には、ほかに国立病院と400床規模の公立病院もあり、競争は厳しい。

 34年に設立され、現在の神野正博院長は3代目にあたる。就任した93年に黒字から赤字に転落し、取引銀行の態度が急変したのが忘れられない。この時、「経営意識に目覚めた」という。

 神野院長は、コスト削減で経営基盤を安定→患者サービス拡大→患者増などで得た利益を医療の質の還元−という3段階の改善策を考えた。

<ステップ1>

 トヨタ自動車の「かんばん方式」を参考に、医薬品や診療材料の在庫管理をはじめた。袋に小分けしてバーコードを添付し、使うときに読み取ると、自動的に卸会社に発注される仕組みにした。使用期限切れ品が減って余分な保管場所も省け、年間1億5千万の経費を削減できた。

<ステップ2>

 患者からの質問や予約変更などの一括して対応するコールセンターや、院内24時間営業のコンビニエンスストアを開設。クレジットカードやデビットカードで支払えるようにするなど、患者の利便性を考えたサービスを導入した。こうした効果などで、患者数は2割増え、利益率は年間6〜9%を維持している。

<ステップ3>

 昨秋から、患者の原価管理システムを始めた。一人あたりにかかった医療費と病院の収入の損益を計算することで、同じ病気でもばらつきがあることがわかり、過剰診療や過小診療のケースを把握できるようになった。

 神野院長は「主治医や診療か別の損益も出している。医師の増減や、どの科に新しい医療機器を導入するかを判断する目安にしたい」と話す。

 約3億円を投資して電子カルテも導入した。将来は、インターネットで患者が自宅から自分のカルテを見ることができるようにする。治療成績のデータベースもつくり、患者に公開する予定だ。

成果主義導入の現場の声

「自分のため、の雰囲気」
「不採算部門切捨て」

 「経営の効率化」の是非は、政府の総合規制改革会議などが昨年7月、株式会社参入を提言したときにも議論になった。

 48年に制定された医療法は、営利を目的とした病院経営を認めていない。民間病院の多くは医療法人の形を取っており、理事長は医師に限られ、剰余金は分配できない、などの制約がある。

 同会議メンバーの八代尚宏・日本経済研究センター理事長は「株式会社が参入すれば病院間の競争が起き、医療の質が劣る病院は淘汰される」とメリットを強調する。だが、「市場原理を導入すると、不採算部門や患者が切り捨てられる」(桜井秀也・日本医師会常任理事)など、医療関係者の反対は根強い。

 経営の効率化が必ずしも、医療の質の向上につながらない場合もある。

 長野県豊野町の豊野病院は00年4月、経営効率化の一環として、看護婦や事務職員らの賃金制度を年功序列型から成果主義型に変えた。一人ひとりが目標を設け、上司が面談で達成度を判定して給料に反映させる。労組は、導入をめぐる団体交渉を病院側が拒否したなどとして昨年3月、県地方労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。

 成果主義の導入で働き方が微妙に変わった、との声がある。50台の看護婦は「新採用者の指導をする」といった簡単な目標を立てることにした。この結果、5段階で真中の評価を受けたが、新しい賃金制度では年収が約8万円減った。

 「同僚を助けても評価されないから、なんでも自分のためにやるという雰囲気になってきた。チーム医療の大切さが言われているのに。職員にとっても患者さんにとっても、いいことはありません」

 数百の病院を顧客に持つ東京都内の経営コンサルタント会社によると、こうした職能給制度を採用するようになった病院はバブル崩壊後、急速に増えたという。「本来は働き方を正当に評価する仕組みだが、経営側にコスト削減の意識がある」と担当者は話す。

 石川県の恵寿総合病院でも00年9月、夜勤体制などの労働条件の改善を求めて組合が結成された。看護婦の真木享美書記長は「患者サービスの拡大ばかりを進めるが、それに見合う職員がいない。患者さんに悪影響が出ないようにしているが、手抜きと見られる部分がないか不安」と話す。

 経営効率化のため、不採算部門を切り捨てるケースもある。東京都内の民間病院は昨年9月、小児科、産科、歯科の3科を廃止した。「少子化の影響などで小児科の患者数が年々減り、採算性がないと判断した。赤字が続いており、不採算部門は切らざるを得ない」と担当者は話す。

経営効率化と
いい病院は別

 東京医科歯科大の川渕孝一教授(医療経済学)は、多くの医療機関は「零細企業」で、経営の近代化は必要だという。「ただ、患者は医療の質の関心があるわけで、『経営効率化されたらいい病院』といえるかどうかは別問題。患者にどのくらいコストを駆けると、どんな治療成績を挙げられるか。このデータがないと、経営の効率化を医療の質の向上に結びつけることはできない。現在の診療報酬体系も、効率化の差が出にくい』と指摘する。


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