ばんぶう3.1995年8月号 月刊ばんぶう.1996.8月号

ニッセイ・ヒューマンTALK

地域医療の群像

神野正博氏:特定医療法人董仙会理事長、恵寿総合病院院長



能登で完結できる
医療体制を目指して

坂本ここ七尾は、金沢から来るまで1時間あまりかかるわけですが、その時間ゆえに、七尾での地域医療の重要性を実感させられます。

神野1時間ちょっとという距離が、この地域の方にとって決定的な意味があるのです。私どもの病院が創設されたのは昭和9年で、能登で初めて盲腸の手術ができる病院としてスタートしました。海のそばに病院を作ったのは、当時鉄道のなかった奥能登からでも船で来られるというのが大きな理由だったようです。そういう地域医療に取り組む姿勢について、父はよく「ストップ・ザ金沢」という表現を使っていたものです。

坂本インパクトのある表現ですね。

神野患者さんが重い病気になった時に、金沢まで救急車で運ばなくてもすむようにと、医療体制づくりを進めてきたのです。一昨年には、人工心肺を使った本格的な心臓手術が行えるようになりました。それまでは重い心臓の手術にかかったら、金沢の大きな病院に行かないと手術ができないというのが常識だったのです。さらに、今年6月からは不妊治療として体外受精を始めました。

坂本あらゆる医療を能登の地で賄えるように、という考え方なのでしょうか。

市場と顧客ニーズに合わせ常に新しい試みを・・・

神野民間病院ですので厳しい面も多々ありますが、昨年と同じ事をしていたのでは、やはり皆さんに支持してもらえないだろうと思います。毎年何か新しいことをやっていこうというのが、私の方針です。

坂本いくらいいことでも、同じ事を続けていては停滞につながりますものね。

神野病院も一般企業と同じように、市場と顧客に適合していかなくてはいけない。そうしていくなかで、おのずと病院の進む道も決まってくるのではないでしょうか。医療の世界は、経営者が医師ということもあるのかもしれませんが、一般企業に比べてすごく遅れています。一般企業で当たり前にやっていることで、病院にも応用できるものをどんどん取り入れていけば、私どもはまだまだ改革というか、今の言葉でいえばリエンジニアリングができるのではないかと思いますけどね。

球状の情報ネットワークを
来春までにつくりたい

坂本先取りという意味では、先生はインターネットを活用されているそうですね。

神野インターネットには2点、面白いところがあります。1点は、実際にホームページを開設し、私どもの病院の案内をしたり、医療相談コーナーをつくったりしていますが、特に20代、30代の若い方からの意見や悩みごとが寄せられるわけですよね。それは一種のマーケットリサーチにもなると思います。

坂本お答えになるのは無料サービスで・・・

神野今は週1、2件のペースですから、ちょうどいいのです。私の専門外の相談については、ほかの専門医の方に教えていただき、それに私のコメントをつけて流しています。専門外の分野の最新情報を教えていただくこともあり、大変勉強になりますね。

坂本もう一つのメリットは何でしょうか。

神野1週間ほど勉強して、自前でホームページをつくってみたのですが、割合簡単にできることが分かりました。これならホームページに病院情報を蓄えておき、必要に応じて各端末からプリントアウトして患者さんにお渡しすれば、適切な情報提供や説明が可能になると思いました。いわゆるイントラネットですね。そのためにはまず、院内のネットワーク化が必要ということで、来年4月までにつくることを決めたのです。名前は「恵寿インフォメーション・スフェリカル・システム」、略称キッス(KISS)です。

坂本何だか愛らしい名前ですね。

神野スフェリカルというのは「球状の」という意味で、これまでのピラミッド状の情報の流れを、球状の情報ネットワークにしようということなんです。これからは情報を、どこからでも受・発信できるようになります。
このシステムは、病院内に約200台のコンピューターを入れて、全部オンラインにしてしまおうというもので、これにより、患者さんの待ち時間が短縮され、業務もスムーズに運ぶようになるでしょう。

坂本そういう新しい試みと収支の面を両立させていくのは大変だと思いますが・・・

神野のんべんだらりとやっていくと、私どもの病院はやがて老人病院化してしまい、それこそ収支の問題が出てくるでしょう。この病院を最高の機能を持たせた先端病院として維持・発展させていくために、老人保健施設などの周りの施設があるんだという気持ちですね。トータルな形で収支をみていきたい。

坂本とはいえ経営面でいろいろ工夫をしていかないと、厳しい状況なのでしょう。

神野私どもの経営上のスローガンは、「質とヤル気を落とさないリエンジニアリング」というものです。一般企業を少し見習おうじゃないかという発想から始まったのですが、いくつかの成果が出てきています。まず最初に、診療材料を在庫レスにしようと考えて、ある大手商社と組んで、バーコードカードによる定数管理、納品・請求一元管理システムを導入しました。

坂本その結果はストックレスに?

神野在庫がほぼなくなりました。その次が臨床検査。オンラインにして、検査業者を一本化したところ、院内の検査技師16人のうち、4人を、心電図とか超音波検査といった、機械任せにできない、しかも、診療報酬点数の高い部門に配置できるようになり、そういう検査の件数も増したのです。

坂本そうすると次のターゲットは薬?

神野そうなんです。コスト的に一番大きい薬に対しても、ストックレスという物流処理のノウハウが絶対使えると思い、今薬の購入を、ある卸業者一社に絞ったうえで、ストックレスにするためにいろいろ方策を考えてほしいとお願いしているところです。

優秀な人材を
どう集める、どう育てる

坂本伝統ある地域の中核病院を、若くして引き継がれたわけですから、ご苦労も多いでしょうね。

神野プレッシャーを大変感じているのは確かです。あと悩みといえば、やはり人の問題ですね。いくら施設がよくても、優秀な人材がそろってないと、良質の医療は提供できません。つまり、優秀な人材を集めることと、今いるスタッフの能力を伸ばしつつ、いかに気持ち良く仕事をしてもらうかが大事になります。先ほどの診療材料とか薬といったシステムの話でしたら、いろいろ工夫をし一生懸命努力をすれば何とかなりますが、人の問題だけはそうもいきません。

坂本これからケアとか介護の比重がますます増してくると、病院の担う役割も変わっていかざるを得なくなるのでしょうか。

神野在院日数を減らしていったときに、急性期病床だけでいいのか、一部を療養型にすべきでは、といった話が必ず出てくるでしょう。そこはまだ、踏ん切りがつかない。ただ、私がイヤだと抵抗しても、制度の流れに適合していくためには、そういう方向にならざるを得ないだろうと思います。それに、市場と顧客のことを考えれば、周辺地域は高齢化が進んでいますから、やはり老人医療もリハビリもやらなければいけない。同時に、最先端の医療も充実させなければいけません。

坂本地域を代表する病院として、住民のニーズに応えながら、予防からケアまでの包括的な医療を提供していっていただきたいですね。本日はどうもありがとうございました。


報道記事目次に戻る