Clinical Path Vol.8 (2000年2月号):電子クリティカルパス Clinical Path Vol.8 (2000年2月号)

取材

電子クリティカルパスで省力化を図る
〜特別医療法人董仙会 恵寿総合病院〜


CP8号  石川県七尾市にある恵寿総合病院では、1994年12月にバーコードを活用した診療材料の院内SPD化を始めたのを皮切りに、院内情報システムの構築を行ってきました。1997年にはオーダリングシステムを中心に、看護、給食、検査、薬剤、経理、人事にいたるまで、院内のすべての情報を一元管理し、スタッフが必要な情報を必要な時に院内に配置されたパソコンから取り出せるようなシステムを構築しています。

  そんな同院がクリティカルパスを導入したのは1998年10月のこと。コンピュータ化が進んだ同院では、当初から「電子クリティカルパス」という形で、パスの導入が図られました。

記録から伝票の発行までできる統合オーダリングシステム

  「電子クリティカルパス」を紹介する前に、同院のオーダリングシステムと看護支援システムについて、まず説明しておきましょう。同院の統合オーダリングシステムは、診察券の発行時に一人ひとりの患者さんにIDとしてバーコードが与えられ、そのバーコードによって、カルテをはじめすべての情報の管理や維持が行われます。記録されている内容は、患者さんの基礎データから診察や処方、検査、給食、さらには放射線デジタル画像システムなど、患者さんに関するすべてのデータとなっています。

  院内にある約220 台のパソコンはすべてLANでつながっており、スタッフは自分のID番号を入力し、バーコードリーダーにバーコードを読みこませるだけで、どのパソコンからも必要な情報を画面に表示させることができます。ですから、例えば病棟の詰所にいる看護婦と外来にいる医師が、一人の患者さんの情報を見ながら電話で「微熱が続いているね」と話し合うこともできるそうです。

  また1回の入力で、記録や伝票の処理すべてができるのも利点です。診察や処方内容などをシールにプリントアウトして、それをカルテに貼るだけで記録は完了。検査や処方などの伝票は同時に発行されます。

  医師が入力した内容は、指示書として看護スタッフが使う「看護支援シート」にも記載されるようになっています。そこに看護スタッフが看護内容を入力していけば、一患者1日1枚の「看護支援シート」が出来上がります。

  97年にこのシステムが導入されて以降、医師は指示書や伝票書きから開放され、ずいぶん手間が省けるようになりました。当初、パソコンを使っての作業に難色を示すスタッフもいたようですが、「クリック」だけですべての入力が可能になっているため、実際にはほとんどトラブルなく導入が進みました。今では自分の見たい情報を、即座に得ることができるシステムとして、定着しています。

「『手抜き』をしよう」を合言葉にパスを導入

  このオーダリングシステムが稼働して1年が経ったころ、医療業界に「クリティカルパス」の風が吹き始めてきました。神野正博院長は「ちょうど話題になり始めた平成10年の2月ごろ、私を含め4人の医師でパスの研修会へ出席しました。そこで、『これはいいね』ということになったのです」と当時を振り返ります。医療の標準化を図り、インフォームドコンセントを進めるためのツールとして「有効」だと4人が同意したわけですが、そこで一つ問題が提起されました。それは、パスが適用される患者さんに関して、医師は「パスを見て、パス通りに処置や検査の指示、処方など多くの指示を個々に入力していかなければならなくなる」という点でした。「そんな単純な入力作業をするのは『絶対に嫌だ』と意見が一致し、いっそのこと『パスを電子化してしまおう』ということになったのです」。

  パスを導入する一番大きな目的は「『手抜き』をするため」と神野院長は話します。「『手抜き』というのは『無駄な作業は徹底的に排除する』ということです。同じ指示書を何枚書いても患者さんのためにはならないし、経営的なメリットにもならない。そんな無駄は省いて、もっと患者さんに喜んでもらえることをしようというのがパスを導入する一番の目的でした」(神野院長)。

  また、順調な経過を辿っている患者さんには、パスを活用して効率的な治療ができるようになった分、合併症があったり型通りに治療が進まない複雑なケースには、より多くの時間を割けるようになるのもパスの魅力です。「こんな言い方をすると、パス適用患者には『手抜き』をしているように思われがちですが、パスを使えば標準的な経過を辿っているか逸脱しているかが即座に発見できますし、患者用パスを用意するなど、患者さんにもメリットは大きいと思います」。

パスの導入で看護の時間が増加

  神野院長を委員長とした「クリティカルパス推進委員会」を発足させ、「電子クリティカルパス」導入に向けて、作業が始められました。「各科の医師や看護婦を一堂に集めて委員会を行うことは、時間的な制約もあり難しかったため、医師と看護婦の『推進メンバー』を決めて個別に話し合い、パスを作成してもらう形で進めてきました」と同委員会のメンバーであるサービス課の上森憲一課長は話します。「まずは1病棟1つのパスを作ることを目標に始めました」と言うのは、同じくメンバーの川畑繁子副看護部長。この二人が各病棟に出向いて行っては、看護スタッフや医師に「電子クリティカルパス」の概要を説明し、パスを作るように勧めたのです。そして98年10月、8病棟でそれぞれ一つずつ、計8つのパスが始動しました。

  「電子クリティカルパス」では、パスを適用できる患者さんが入院してきたら、まずパソコン画面上でパスを選択します。すると患者情報の中に、予め作られたパスの情報が組み込まれます。今まで行っていた処置や処方、検査などの「入力作業」は一切不用となり、退院するまでの指示がすべて自動的に組み込まれるのです。もちろん薬剤や検査、食事など診療に関わるすべてのオーダー伝票も自動的に発行されます。

  看護に関しても同様で、必要な看護すべてが自動的に記入されることになります。「今まで入力に費やしていた時間が削減され、患者さんを看護する時間が増えました」と話すのは産科病棟の前浜静香婦長。現在、同院でパスの適用実績がもっとも多いのは産科で、帝王切開で41例、分娩で255 例を数えています(99年11月現在)。「帝王切開では95%の患者さんがパスの適用となっています。産科は、入院される方のほとんどが若くて元気な方なので経過に個人差が少なく、パスが向いている科だと思います」とのことでした。

  パスの「その他」の部分には「看護目標」が記入してあり、それを参考にすれば、経験が浅い看護スタッフでも適切にアセスメントできるようになっているのも大きな特長となっています。

他施設との情報の共有化にも利用

  同院のパスでは「投薬」の欄は、商品名が細かく記載されています。「商品を絞り込まなければならないというわけではありません。しかし商品名まで決めておかないと、いちいち入力しなければならないことになり、結局、省力化にはならないと思うのです」と神野院長。目的が「省力化」にあるのだから「徹底的に省力化できるようにすべき」というわけです。

  このシステムでは、パスの中止、処方や処置の変更は、医師が簡単に行えるようになっています。それらは医師に任されており、あえて管理はされていません。現状ではあくまでも「省力化」が主眼であり、経営的な意味合いはあまり求められていないようです。「ただ、将来的にDRG/PPSが診療報酬に組み込まれることになれば、原価計算を行うなど、対応のための武器にはなり得ると思っています」と、神野院長は今後、経営面でこのシステムが活躍する時が来ることも考えていると話します。さらに、現在は24疾患・処置のパスがありますが「定形的なものはパス化してしまって、もっと省力化していきたい」とのことでした。

  また、現在は同院内のみのシステムとなっていますが、今後は他の施設との情報の共有化を考えているそうです。特別医療法人財団董仙会が運営する診療所、訪問看護ステーション、老人保健施設、そして董仙会と協力関係にある社会福祉法人徳充会の運営する特別養護老人ホームやケアハウスなどをLANでつなぐ計画を現在進めています。

  「高齢の患者さんの場合、当院を退院して老人保健施設に入所し、良くなれば在宅患者となり、そのうち家庭の事情で特養老人ホームに入所し、また悪くなれば当院へ入院するといったように、医療と福祉の施設を行ったり来たりします。しかし一人の患者さんを軸にして、それらの情報を一元的に管理するシステムは今のところありません。患者さんがどの施設にいても、今までどこでどのような治療や看護、介護を受けてきたかという履歴がわかるような、医療と福祉のいわば『一気通貫システム』を構築中で、間もなく完成する予定です」と神野院長は話していました。

  さらに関連施設のみならず、近隣の医療機関ともLANシステムを構築し、情報の共有化を図りたいと考えているようです。「将来的にはパスの情報もそのシステムに組み込まれ、当院に入院中だけでなく、退院したのちのことも含めたパスも考えられます。しかし、これは患者さんのプライバシーの問題もあり、慎重に進めなければならないため、プライバシーに配慮しながら情報の共有化ができるようなシステムを考えていく必要があると思っています」。今後、さらに大きく広がっていきそうな「電子クリティカルパス」の取り組みは、今後の病院におけるシステム化のモデルと言えるのではないでしょうか。


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