医療経営Archives

転換期の病院に求められる戦略的経営

特集 病院経営の近代化:国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長・ 長谷川俊彦 著(WAM 1996年11月号 、社会福祉・医療事業団 発行)より

registration date: 1996.11.5


厳しい競争に勝ち
生き残る病院経営が必要

病院の経営環境は、90年代に入って大変厳しくなっているのではないでしょうか。私の分析では4つの大きな要因があります。システムでいうと、供給体制が大きく変わってきました。すなわち、病床数の過剰です。日本の病院病床は1960年代にはまだ30万床と、先進国でも少ない方でしたが、過去30年間、端的にいえば60年から90年の間に何と100万床増えています。この増加の間に一般病床については、60年代の後半と80年前後、そして87〜8年の3つの大きなピークがあります。この最後のピークは、地域医療計画策定前に病院が増床を図った、駆け込み増床と言われています。もともと病床が多くて規制しようとしたわけで、大変厳しい供給過剰になったわけです。 2番目の特徴としては、短期的に見れば入院患者は増えていますが、外来患者は75年頃から横這いないしは低下しています。入院患者もよくみると増えているのは65歳以上だけです。 3番目に、病院会=医療界に注ぎ込まれる資源を医療費でみると、その伸びが非常に絞り込まれています。高度経済成長の時代は、医療費の伸びも成長率も20〜30%ありましたが、オイルショック以降下がってきて、80年代後半から3〜5%の伸び率まで低下してきています。 一方、4番目に、90年代に入って費用が増加しています。給与費あるいは設備投資費も80年代の後半頃から伸びてきています。高度、高額の医療機器が普及しだしたのが80年代後半であり、いわゆるアメニティの追求もあって病床面積も大きくなりました。 この4つの要素が80年代後半に同時に起こって、客観的に考えても改善される見通しはありません。つまり、病院の経営環境は80年代とは全く異なって、90年代に入って新しい経営が求められているわけです。その求められている経営を簡単に申し上げれば、大変厳しい競争に打ち勝つ経営です。売手市場から完全に買手市場に移り、患者が病院を選ぶ時代になります。かつまた、投入される資源が絞り込まれて、効率を高めなければなりません。経営としてもう一度改めて診療サービスの質、効率を考えていかなければならない時代になり、そうでなければ生き残れないということです。

患者・医師の変化にともない
医療も変化する時代

これをもう少し大きな観点から考えてみると、「健康転換」といっているのですが、保健医療業界全体が提供する対象である人口、疾病構造など、保健医療業界を支えている社会経済的な要素が大きく変わりつつあって、それに伴って医療界も変わらざるをえないのです。
もう少し具体的に言うと、日本の場合3つの側面から考えられます。第1に患者が大きく変わって、医療従事者と一緒になって治療法を選択し自分の生き方を決めたいという世代がお客さんになりつつあります。情報社会の発達と共に、いろいろな医学知識が巷にあふれ、医療界もそれに対処していかなければなりません。インフォームド・コンセントに基づいた診療ということに象徴されるのですが、患者と医師の関係が大きく変わってきています。需要のバランス関係もこの社会環境には大きな影響を与えることでしょう。
第2に医師が変わります。病院同志の連携、病院と診療所の連携がますます重要になってきますが、開業医が地域から消滅しつつあります。40歳以降の新世代の卒業生が育って、将来は開業医として置き換わっていくことが予想されますが、この方々はもともと専門医志向、病院志向で、これまでとは違った地域医療になってくるのか、あるいは、地域に開業医がいなくなる。むしろ病院の側から積極的にネットワークをつくっていくくらいでないいと、診療ネットワークはつくれない時代になっているのではないでしょうか。
第3に医療の内容が大きく変わっています。高度の診療というのは、1回1回のエピソードがきれぎれで、入院して治ったら帰れるという構造でした。ところが、高齢化してくると慢性疾患を抱え、開業医なり病院に長期にかかるようになります。予防的治療という新しいジャンルがどんどん増えつつあるのではないか。老人の場合に特徴的なのは、それに続く長期ケアが増えてきます。老人だから体力が弱く、介護と医療を必要とする状態、違ったニーズを抱えて生きていくという状態が出現するわけです。
4つの医療 そして末期ケアが増えてくる。つまり、病院としてもこれまでの急性期医療だけではなく4つの医療−予防、急性期、長期ケア、末期ケアとバラエティに富んだ診療内容を展開していく必要があるわけです。
こういう老人に特有の医療の構造から、病院側もそれに対応した経営方針が必要になってきます。端的にはニーズが違い、ケアの仕方が違う4つの医療に対して、病院側も何等かの形でそれに対応していかなければなりません。たとえば、自分のところの病院でケアをしてもよいが、できない場合にはそれを他の医療施設と組んでやっていく。前者は自力本願、後者は他力本願と呼んでいますが、そういう連続したケアを連携したネットワークで提供していかなければ患者から見放され、競争に負ける。そういう時代になっていると思うのです。
最近の研究結果から申し上げると、短期には非常に病院の経営が苦しくなってきています。そして、もう一度原点に戻って、患者に選ばれる良質の医療を提供できる病院になっていかなければ生き延びれないのです。
2つ目には、人類史的に大きな転換期でこれまでにない高齢化社会を迎えるわけで、その社会の一つのあり方として医療界はどうあるべきかということが問われています。もう少し細かくいうと、患者や医師が変わってくるから、それに対応して医療も変わっていく必要があるのです。まず、自分自身の病院の医療供給体制のネットワーク全体の中での位置づけが重要で、自分の位置づけをきっちりして初めて連携ができるのであり、もし自分の施設の位置づけを把握しない場合には競合になってしまいます。経営者がそれらの問題をどう解決するかが問われていると思います。一言でいえば、改めて戦略的経営が求められています。これまでのように状況に反応した経営ではなく、長期的な展望を持ちながら経営方針をつくり、実行してもらう経 営が必要になっているのです。それには大胆に近代経営学の経営技法を導入していく必要があります。

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