医療経営情報 2000年10月号

特集:医療機関の複合企業化
-保険・医療・福祉サービスミックス-

医療経営情報2000.10

特集目次

<紙上採録>

介護保険時代と保険・医療・福祉複合体
      日本福祉大学教授 二木 立氏

<事例リポート>

  1. 法人合併で新生・社会福祉法人設立。病院・老健施設・特養ホームで施設ケアミックス
    医療法人釧優会・社会福祉法人釧路富喜会(北海道釧路郡)
  2. 医療サービスの介護サービス化への危機感から多角化。めざすは「医療・福祉ハイブリッと・クリニック」
    医療法人白鴎会、社会福祉法人緑鴎会(青森県青森市/北津軽郡)
  3. 「一人の患者を軸」とした徹底的な情報管理でグループ化のメリットを生かす
    特別医療法人董仙会・社会福祉法人徳充会(石川県七尾市)
  4. 複合化展開の趣旨は二つ。医療機能の拡大と人材育成、介護サービス充実への取り組み
    特定医療法人慈恵会グループ(神戸市須磨区)
  5. 長寿を支えるためのケアに必要な各種サービスの整備。生活を見つめる視点から身体障害者施設の開設も
    医療法人長寿会(広島市安芸区)

「一人の患者を軸」とした徹底的な情報管理でグループ化のメリットを生かす

複合化の経緯

そのときどきのニーズに応えてきた結果

  石川県七尾市を中心とした、恵寿総合病院とその関連施設がカバーする医療・福祉サービスのメニューと量は、県内では他の類を見ない広範囲なものである。

  本院である恵寿総合病院(454床)のほか、介護療養型の恵寿鳩ヶ丘病院(143床)・診療所2施設・介護老人保健施設2施設などを傘下に収める特別医療法人財団董仙会と、介護老人福祉施設・ケアハウス・身体障害者総合福祉施設を有する社会福祉法人徳充会の2つの法人からなる恵寿総合病院グループ全体をさして、グループ内では「けいじゅヘルスケアシステム」と呼んでいる。介護保険制度でのサービス提供では、利用者にわかりやすい仕組みが必要でないかということと、両法人で働く約1100人におよぶ職員に、2つの法人は同一グループであるという意識を持ってもらいたいとの理由だ。

  けいじゅヘルスケアシステム(以下、「けいじゅ」と略)が持つ施設やサービス内容は図(略)のとおり。いかにサービスが多岐にわたっているかがわかるが、たとえば、介護保険の対象となるサービスを見ると、唯一、グループホーム以外はすべて揃っているといえば、そのメニューの多さが納得できるだろう。

  特別医療法人財団董仙会理事長の神野正博氏は、「これだけのサービスをカバーしようという戦略はもともとなく、そのときどきのニーズに応えてきたら、結果的にメニューがそろってきました」と話す。

行政からの依頼はチャンス

  グループ参加の個々の施設開設やサービスが開始された経緯を大まかに説明すると、次のようになる。

  恵寿総合病院は、従前より、地域の急性期医療を担っており、病院機能もそれに見合うように拡充を行ってきた。しかし、高齢化率が20%を越える地域でもあり、身体障害者や高齢者の慢性期医療の受け皿が不足しているという状況もあったことから、急性期以外の患者の受け入れも社会的要請となっていた。老健施設や身体障害者更生施設などは、そうした理由から自前で開設することになった。

  田鶴浜診療所(19床、84年開設)と鳥屋診療所(無床、88年開設)は。いずれも本院からは20キロメートルほど離れた町にある。この2件の開業の経緯は似ており、既存の診療所が廃院することになり、無医地区となることを避けたかった町から董仙会が診療継続の依頼を受け、土地・建物を譲渡されたのである。

  その後、93年には、田鶴浜診療所に併設して老人保健施設鶴友苑を開設。19床の有床診療所単独では運営的に非効率な部分があり、採算面で厳しい状況が続く中、地元から老健施設を要望する声が出てきたため、スケールメリットも期待して開設に至ったものだ。現在では、これらに加え、町から委託を受けた在宅介護支援センターと、デイサービスなどを行うもみの木苑を併設している。一方の鳥屋診療所でもやはり、隣接地に町から委託事業として在宅複合施設(ショートステイ・デイサービス)を開設している。

  恵寿鳩ヶ丘病院は、今年4月に開設したばかりで、本院からは40キロメートルほど離れた能登北部医療圏内の鳳至郡穴水町に位置する。同意了見は、本院のある能登中部医療圏と異なり、医療計画における必要病床数の不足地域で療養型病床の整備も進んでいなかったため、県から董仙会に対して、病院開設が持ちかけられたことがきっかけだ。

  「これまで、行政の側から声をかけてもらえることはめったにないチャンスだと捉え、多少の無理を承知で取り組んできました。恵寿全体としても、いつも“次に何ができるか”と新しい展開について考えていますが、周りの機が熟してきたというか、巡り合わせが良かったとも感じています」(神野氏)

  この他99年9月に開設した社会福祉法人徳充会の介護老人福祉施設エレガンテなぎの浦とケアハウスアンジェリィなぎの浦は、89年に開設した介護老人保健施設和光苑と同一敷地内にある。また、本院には、県の運営委託を受けた地域リハビリテーション支援センターが併設されている。

  99年9月には董仙会が特別医療法人の認可を受けた。配食サービスの開始と、法人直営の医療福祉ショップめぐみの開設はそれを機会にしたものだ。

サービスと経営状況

資源の有効活用には自己完結型で

  けいじゅでは、地域のほかの医療・福祉施設と連携を強めていくよりも、自己完結型のサービス提供を行っていくという基本姿勢を持っている。神野氏はその理由について、「医療・福祉のサービスがそれほど充実していないという地域特性もあります。また、図らずともグループ全体で現在のような多様なサービスを持つようになったのですから、自己完結型のほうが、それを最大限活用していくことができるのです」と話す。

  自己完結型の医療・福祉サービスを提供していく上で最大の利点は、患者を“一人の軸”として捕らえることができる点だという。あるときは医療サービスを受けた患者が、また別の機会には福祉サービスの利用者にも、在宅ケアの利用者になることがある。それらの情報を一元管理してグループ全体で共有することによって、患者や利用者の過去の履歴やニーズを最大限に生かし、最も適切なサービスを提供することが可能となる。

  また、それらの情報は、健康管理や要介護状態に陥らないための予防的なアプローチにつながることもできる。

  他の医療機関や施設との連携をいくら強化したとしても、異なった経営母体や理念の下で働く現場スタッフ同士では、患者管理面で限度があるのではないか、というのが神野氏の考え方だ。

本来業務への特化

  患者を“一人の軸”として見るためには、情報を一元管理するシステムが必要となる。恵寿総合病院では、いまから3年前の97年に院内のイントラネットサーバーを立ち上げ、翌98年から順次、診療所や老健施設・特養ホームとのオンライン化を進めてきた。現在までに、参加のすべての事業所がオンラインで結ばれている。

  そして今年6月、けいじゅ全体でデータベース「4優( for you )」を完成させ、稼動をはじめた。これは、医療データベース・介護業務データベース・物販データベース・イントラネット(文書・メールサーバー)からなるデータベースの総称。患者(または利用者)ごとにグループ内でどのような医療や介護サービスを受けたか、本院内の医療福祉ショップで何を購入したかなど、けいじゅが関わったことをすべてデータとして入力し、どの事業所でもその内容を見ることができるというもの。

  たとえば、その患者の病名や、過去の服薬履歴や検査結果一覧、また、介護保険利用者のデイサービス利用曜日、居宅介護サービスを提供する事業所や担当者などの実績が一目でわかる。

  また、イントラネットでは、各種マニュアルや会議の議事録などの文書類を必要な時にいつでも見ることが可能で、文書で配布していたころと比較して情報へのアクセスのよさが向上した。これは、職員のスキルアップにもつながっているという。

  これら情報入力は、各事業所の事務担当者が行っているが、特徴的なのは、介護保険のサービス提供に関わる部分の入力は、4優の稼動と同時期に開設した「コールセンター」(恵寿総合病院内)が行っていることだ。

  具体的には、ヘルパーは利用者宅でのサービスが終了した時点でコールセンターに電話をかけ、利用者宅で行ったサービスの内容・利用者の様子・気づいた点・報告事項など、業務報告書に必要な内容を、電話口に出たオペレーターに話す。オペレーターは、その報告を聞きながら入力するので、報告書の作成はこの電話一本で済むというもの。

  報告書の作成や端末の操作などの作業は、これらに不慣れなヘルパーが行うと時間もかかり、本来業務への影響も避けられない。これを分業することで、介護職員のモチベーションが下がっていくことを避け、介護職には本来業務(介護)に専念してほしいというのが狙いだ。いうまでもなく、これによって介護サービスの質の向上につながることを期待している。

“顧客”の満足度向上につなげる

  また、介護サービスを受けている利用者からの連絡・問い合わせ窓口を、すべてコールセンターに一本化し、それぞれの利用者ごとに、問い合わせ内容や連絡事項をデータとして蓄積している。コールセンターは別会社に委託しており、オペレーターは医療・介護の専門家ではない。そのため、オペレーターでは対応できない問い合わせの場合は、恵寿総合病院内の居宅介護支援事業所のケアマネジャーが対応するか、各サービス事業所の担当者から利用者へ折り返し連絡を入れるようにしている。

  なお、4優では各ヘルパー・ケアマネジャーなどスタッフの業務スケジュールも管理している。折り返し電話を入れる場合でも、「○時ころ連絡を入れます」などと対応することも可能だ。

  コールセンターのもう一つの役割は、毎日、ヘルパーが訪問予定の過程に確認の電話を入れること。万が一、キャンセルがあっても事前に把握することによって、効率的な業務ができる。また、その利用者の介護用品の購入履歴もデータベースとして把握できているため、それを参照しながら、「何かお持ちするものはありませんか」「おむつは足りていますか」といったような“御用聞き”も行っている。注文を受けた場合は、医療福祉ショップともイントラネットが張ってあるため、その場で在庫確認も可能なのである。

  データベースには、利用者のクレームや些細な“気付き情報”も含まれている。たとえば、「ぶっきらぼうな話し方をする人だが、怒っているわけではない」という具合で、その後の電話対応に役立てることができる。

  これらの徹底した顧客管理は、「万人に最高のサービスを提供するのは不可能であり、お得意さまにより満足してもらいたい」(神野氏)という考え方を具現化するものである。現在、4優のデータベースに登録されている利用者数は1100人あまり。このうち、けいじゅでケアプランを作成しているのは240人前後で。それ以外は、けいじゅ内で何らかのサービスを受けていたり、けいじゅの医師が主治医となっているケースなどである。

今後の展開

“企業”としての視点

  現在、七尾市をはじめ、けいじゅがサービスを展開している地域では、老健施設や介護福祉施設などの施設数はほぼ充足しており、新規開設は難しい状態だ。けいじゅの今後の事業展開としても、今のところハードの整備は一段落していおり、4優やコールセンターなど、現在蓄積しつつあるシステムやノウハウの提供など、ソフト面の新事業を検討している。

  また、けいじゅでは現在、eコマース(介護機器などの通信販売)の立ち上げに向けて準備をすすめている。すでに本院1階には、全国展開するコンビニエンスストアの支店を誘致しており、今年8月に開店した。具体的には、インターネットによる商品申し込み後、代金の支払いや商品の受け渡しを、全国の同ストアで行えないか交渉中である。

  こうして、けいじゅの事業内容を見てみると、従来の医療・福祉施設というよりも、企業としてどのようにサービスを展開していくのかという視点を持っていることがわかる。多岐にわたる施設やサービスを傘下に持つ以上は、こうした視点なしには、おのおのが有機的なつながりを持った展開ができていかないのだろう。


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