鈴木 5月のご講演、ありがとうございました。今日は、先生の理念の実践を、立体的に究明しようと、お邪魔しました。よろしくお願い致します。はじめに、先生が、理事長になられてから今日までの取り組みについて、伺いたいと思います。
神野 承知いたしました。私は、平成5年に院長を拝命しました。臨床の医者で経営とか人事といったことに関してはまったく知らないというところから始まったのです。時代的な問題もあると思いますが、平成5年度決算で初めて赤字を計上しました。院長になった途端に、「職員のボーナスをどうしようか」というような相談が来ました。当然ながら借り入れのために銀行に頭を下げなければいけないし、銀行の態度も「ずいぶんじゃないの、いままでのお付き合いは何だったの」というような感じで、銀行の厳しさというものも実感したわけです。そうすると、これは何かしなくてはいけないだろうということになりました。
鈴木 赤字という事実が1つの動機ということですが、もしその時、黒字であったら、この改革は、生まれなかった、ということしょうか。
神野 もう少し遅かったかもしれません。
マネージメントの必要性を気づかされたきっかけが、「赤字」でした。
いきなり自分のアイディアで出来るわけはないですから、研究会・講習会、とにかく片っ端からそういったものに参加して、いろいろな人の話を聞きに行こう、というところから始めました。
鈴木 最初の取りかかりをSPDにしたのは何か理由があるのですか。
神野 これはですね、皆さんに話す時は、うまくいった話しだけですが、実は非常に短いスパンではありますが、それまでにさんざんやっていたわけです。当然ながら最初は自分のところの職員で、「お前ら、頑張れよ。在庫がずいぶん多いみたいだし、もっと価格交渉もしなければいけない」ということで、まず自前の職員に「やれやれ」というふうにハッパをかけたわけです。この病院は8病棟ありますけれども、1〜2の病棟くらいまでは彼らの力である程度スムーズにいきます。在庫の定数を決めて管理するといったことをすれば。ところが、全病棟でやるように言ったら「少し人が足りない」とか、いろいろな話が出てくる。そうすると、これはやはり自分たちの努力だけでは難しいだろうし、しかも短い期間である程度結果を出すためには、他からのいろいろなノウハウというものを入れるべきであろうと思いました。
まずは外部会社と契約を結び、東京から専門の方が常駐しました。ここで一番の問題点は、あの時の講演でも言いましたが、現場の仕事はだれがするのかという部分で、結局それは「看護婦さん、お願いします」ということになってしまうわけです。そうすると、在庫設定するのだけれども、最後の汗を流す部分はやはり看護婦さんがやらなければならなくなってしまうわけで、それでは構造的には何も変わらないわけです。ですから、結局3〜4か月やったでしょうか、結局「これはものにならないからやめた」ということにしました。
次に、当時としては非常に先駆的だったと思いますが、卸業者に「お前らがやれ」と申し渡しました。「われわれは使った分だけ金を払う」本来のSPDの考え方です。しかも、たまたま前業者の業務においてABC分析をやっていますから、Aランクはだいたい手術室とカテーテル室であるということがわかっていました。ですから、手術室はこちらの卸業者、カテーテル室はこちらの卸業者ということで幹事卸を決めて、卸が全部管理し使った分のお金を払うというシステムにしました。
ところが、しばらくするとこれも「何だか、最近新規材料が高いのではないか、ちょっとこれはおかしいぞ」ということになってきました。
業者の本音としては「うちの会社は、先生のところには 600万円も在庫をかけているのだから、その分は価格のほうで上乗せしてもらわないとできません」と支店長。「ああ、そうだね。それが経済の当たり前の原理だね」ということになって、「それならやめた」その時にすぐ決断したわけです。
たまたま、この時期に、院外SPDを行っている業者がある、との話を聞いて現在の業者さんと会う機会を得ました。価格交渉は病院で行い、病院が物流経費を払って物流を業者さんがやるという提案でした。「それはおもしろいんじゃない、じゃあ今度はあなたのところがやりなよ」ということで、トントン拍子で決まってしまいました。ですから、3回失敗して4回目です。いまの状態がベストだとは思ってはいません、これから見直しがされてくる可能性はあると思いまが、3つの失敗経験が、成功を導いたといえます。
佐合 最終的に良いパートナーに決定したのですが、失敗を繰り返しながらも前進する中で、われわれ事務管理の立場から伺いたいのは、董仙会での事務管理の方はどのようなかかわり方をしていたか、です。すべて先生のリーダーシップでどんどん進めていかれたのか、ある程度勉強しながらついていったのか、ある程度先生の力になれるようなアドバイス的な立場であったのでしょうか。
神野 そうですね、「やめた」と言うのは私です。それから「よし、やれ」と言うのも私です。ですから、もちろん自前の時には一生懸命やってくれたし、最初の業者が来た時にも「先生、ここは胡散臭いよ」とか「私たちは納得がいかない」という話は上がってきます。ただ、最終交渉は私が向こうの責任者(社長)としました。交渉は用度課、事務長、院長という順番で、さんざん行いました。
佐合 委員会のようなものを設定してやるといったやり方ではなくて、担当の事務職員のところで練らせたという形ですか。
神野 そういう形です。たった3つの階層構造です。もちろん、診療材料委員会というのは別にあるわけで、これは選定とか見直しという機能の部門です。経営的な、どのシステムを入れようかということに関してはこの3つの階層でやっているということです。
佐合 そうすると、先生と事務管理の担当者部門との意志疎通というか、意見が合わないと交渉の段階でニュアンスが違ってくるとか、この話は経過が違うというようなことになるわけですが、そのへんのところはリーダーが率先してなさるわけですね。
神野 そうです。
佐合 管理経費を含めた契約はどのようになっているのでしょうか。おそらく自前でやったのと向こうでやったのと、どちらが利益が上がるのか、有効であるかということを考えるわけです。管理経費がどれくらいかというのは非常に興味のあるところなのですが。
神野 正直な話、月に1床 2,000円です。ですから、約 450床ですから90万円です。ただ、それでは彼らはやっていけない。では、次にどうしようかという話になった時に、オープンルールというものを決めました。これは私たちと彼らとの最初のアイディアで、例えば病院とA社なら、Aと交渉して、そこの注射器を1本10円にすると決めます。ところが、それはどこに納品するかというと、管理会社の配送センターに納品するわけです。そこで少しピンハネしようと思ったら管理会社は「お前、病院は10円にしたけれども9円にしろ」ということになって、そこに疑心暗鬼が生じるわけですね。
これは、当然皆が考えることです。その疑心暗鬼を何とかしてなくそう、お互いにきちんとオープンにしようということで、オープンルールというのを作ったのです。
ルールは、いまの価格をベースにして、そこから例えば10円安くしたとすると、それを分け合おうということです。成功報酬のようなものです。うちも頑張るけれども、あなたの会社も頑張って互いの食い扶持を出そうということです。このオープンルール始めてから多少疑心暗鬼はなくなりました。
佐合 そうすると、最初から厳しい交渉をして、ぎりぎりのところで価格設定をしたものについては、あまり交渉のうまみがなくなってしまいますね。
神野 そうです。ですから、やはり問題になるのは大物です。注射器を50銭安くしようが1円安くしようが、彼らにとっても我々にとっても大した意味はありません。やはり、ペースメーカーとか、整形のインプラントとか、PTCAのカテーテルとか、あのへんの大物になると商社の強味も出てきます。
鈴木 外の力を借りる時に私たちが必ず陥るジレンマで、ノウハウがわからずブラックボックス化・アキレス腱になってしまい、業者に依存しなければやっていけないという急所を握られてしまうような状況になってしまう。
逆に、こちらのノウハウや現場情報だけが一方的に流出してしまうという疑念が湧きます。逆にそこは割り切ってしまって、機能を使いこなすのだということでしょうか。
神野 そういうことです。他人のふんどしで相撲をとるシステムです。本来そういう物流管理というのは、やはり病院としては弱いところです。本当は、コンビニエンスストアかスーパーでやっているような人を連れてきたほうがよほどよいと思うので、それは割り切るしかないと思います。
実際に、用度課の事務職員は5人いましたけれども、いまは3人になりました。もちろん首切りではなくて配属換えですが、昨年2人が異動しました。そのようなきちんとしたシステムならば、別に自前でやる必要はないということです。このシステムの一番の基本というか、押さえておかなければいけないところは価格です。自分の病院だけで上がった、下がったと言っていてもわからない部分があります。他に比べたら高かったということもあるわけです。しかも、1社でやるということからすると非常に辛い部分がある。ある程度、いくつかの病院との間で主立った品物に関して情報交換するような仕組みもあります。年に1回、ギブアンドテイクでいくつかの病院と情報交換をしています。他の地域の病院との価格比較ですね。このデータを持っていないと外部委託は成り立たなくなる可能性があります。総合商社などは百戦錬磨というか、私たちも一生懸命やっているつもりですが、けっこういいようにされている時もあるような気がします。
神野 動機はいたって簡単で診療材料のSPDをやりだしたので、同じことを薬でできないかということです。在庫はうちのものではなくて、使った分だけお金を払うという形は非常にシンプルですし、これにより用度課の職員は仕事がなくなったわけですから、今度は薬の発注管理をするわけです。
鈴木 1社に決まるまでに問題はありませんでしたか。メーカーと卸の関係とか。
神野 薬のSPDをやる場合「なぜ1社か」という話がありますね。幹事会社を作ってやってもよいわけですが、業務を調べたところ1品1品の薬品ごとに各卸から見積をとり、一番安いところに発注していました。1,000数百品目もあり非常に面倒な作業でした。面倒くさいからそれをなくそう、1社にしようということになったわけです。当時おつき合いのあった卸業者は、細かいところまで入れると10社くらいありました。全部お呼びして、「こちらの条件は、おたく1社でやったらこうで、しかも何を買っても何%引きの同一値引き価格でやりませんか。1社ならそれができるでしょう」という話をしたわけです。しかも「1つの病院で1億円の売り上げをだせば、2,000万円の病院を5つ持ったと同じでしょう。1億円そのままあなたのところにあげると言ったら、そんな楽な話はないでしょう」ということで、乗るか反るか、オールオアナッシングということで話をしたわけです。正直な話、だれも乗らないかもしれないと思ったのです。
それから、メーカー系列の話ですが、条件は「とにかく、どこのメーカーの物も、今入っているものを変えるつもりもない。その代わり今入っているデータはすべてお渡しします。どこどこ製薬の何が月間何錠売れている等の情報は全部お渡しします。それで乗ってください」とお願いしました。
1社の卸が受け入れてくれる事になりましたが、実際そうは言ってもメーカーがしばらくは相当抵抗いたしました。「うちの商品だけはこちらの卸からお願いします。そうでないと入れられません」というふうに、2〜3社来ました。
佐合 普通はそうですね。
神野 こちらとしては「それならいいよ、お前のところの薬は使わない」。これはこの話に乗ってくれた卸さんに対して、今度は私がサポートしなければいけませんから。こちらの提案に乗ってくれたのだから、サポートするつもりでかなりのメーカーと、厳しい交渉しなければなりませんでした。
佐合 一時流行ったという言い方をしては何ですが、MS法人を作り法人から納品させるという方法を取らなかった新しい考え方ですね。1社というのは、画期的ですが病院内において変化は生じませんでしたか。
神野 ありませんでした。医者や看護婦へ一応話はしたけれども、話しても「ふうん」で終わりです。結局、彼らは何も困らない。いままで通りの薬をいままで通り使っているだけですから。
鈴木 このような形で、1社に絞り込んで取引をしていく場合、システム導入当初は担当業者にも意気込みがあり上手くいきますが、数年経ち担当者の異動等を口実に変質してくるなどということもあるようですが。先生がこのように1社化ということをポンポンと打ち出していらっしゃるのを見ると、信頼関係というかパートナーシップというか、ただ競争で、ビジネスでやっていくということでなくて、成果や目標というものを共有してやっていこう、という志が伝わってきますが、そのへんは、いかがでしょうか。
神野 何かをやる時に、とにかく小さなところでもよいから一等賞で「あなたの会社とうちの病院でやるので、これは初めてのことだよ、よそに例がないよ」というところを見つけて、くすぐります。ですから、最初のメリットというのは当然、当院が享受します。
この薬の話でいえば、彼らは北陸だけの卸ですが、私のところでやったおかげで同じシステムのお客さまがずいぶん増えました。この規模の病院はないけれども、例えば 100床規模、50床規模のところは非常にやりやすいです。こういった病院は卸が1社となりました。
神野 そうです。当時は単に1社に全部出しますという形で、それもやはりトータルどれだけの値引き、保険点数のどれだけの値引きということでやりました。これも先ほど言ったように、検査技師が「これはA社、これはB社…」というふうに、皆スピッツに分類しているのです。「こんなばかなことはない、血清を入れてポンと渡せばよいのではないか」という話がきっかけです。
鈴木 緊急でやらなければいけないものは自前でやって、他は外注ということですか。
神野 何方式といえばよいのでしょうか。現在は病院の中で検査をしていて、機械・スピッツ・試薬は全部検査会社のものになりました。人員は全部病院の職員です。だから、検査会社のほうから病院へ人件費を払ってくれるわけです。うちは人を貸しているわけです。
鈴木 それはおもしろいですね。人は病院が出して、その人件費相当を検査会社が病院に払い、病院は外注費として改めて相当分を払うというわけですね。
神野 そうです。込み込みの値段ではなく、きちんと人件費はどれだけ、物の値段はどれだけ、器械のリース代はどれだけというふうに分けようという考え方です。
鈴木 なるほど。しかし、普通は、人件費は病院側負担という形が多いと思いますが。
神野 そうなのです。だから、これを何方式というのかわからないのです。
佐合 しかし、これは非常にユニークな方法ではないですか。病院の運営において検査を外注するかという時に、最近はいわゆるブランチという方式はあまり採用されていないのですが、比較的多いFMSという方式などでも、どこを切りつめて人件費をうまくコントロールしていくかという視点がありますが、この方法はそういった問題を全部解決したような方法ですね。
神野 おもしろいでしょう。
鈴木 先方は病院側の人件費というのを何で算出しているわけですか。まったく病院が出した数字で計算しているわけですか。
神野 例えば、これだけの検体量だったら何人の技師が必要とすぐに必要が計算できます。効率的に切りつめれば切りつめるほど、向こうは人件費を払わないし、そのほうが利益になるのでしょう。反対にあまり外注に出しすぐると人件費をコントロールして病院の中でやらせたほうがよいとか、そういう駆け引き、工夫があるわけです。
神野 医事と経理は一体化のものですから、病院経営からすればコスト計算等においてはコンピュータは最大の武器であるし、患者サービスということでいけば当然情報の共有化が可能になります。職員という観点に立てば、同じ伝票を何枚も書かないで済むし面倒なサインは必要ありません。
鈴木 オーダリングの入力は、診療の現場で医師が入力していると思いますが、入力しない医師はいませんか。
神野 いまは全部入れています。検査も投薬も診療の内容も、全部入力しています。電子カルテは、導入していません。
鈴木 カルテは入力しないが、オーダーは全部その中に入れているわけですね。
神野 カルテにはオーダーの手書きは、しません。入力した内容のシールがプリントされそれをカルテに貼ります。医者の仕事ばかりが増えてしまうので、入力するならばカルテには書かないでもよいようにシールにしたわけです。
外来のDoはいちいちシールを出していたら大変なので、゛Do"とカルテに書くようにしています。そこはフレキシブルにやっています。
鈴木 画面で入力することによって指示はシールでカルテに貼り、指示箋は指示箋で現場のほうで伝票(シール)という形で出てくる、ということですか。
神野 だんだん進化して現在、端末数は、250台となりました。それらをすべてLANで結んであります。
鈴木 ペーパーレス化については、いかがでしょうか。
神野 いや、紙はいっぱいあります。かえって紙が増えたのではないでしょうか。カルテが厚くなりました。でも、実際に書いているのではなくて、打ち出した紙が多いわけです。
一番の違いは、既存の印刷物がなくなりました。例えばカルテの表紙にしても、今は白い紙に直接印刷しています。既に印刷したカルテの表紙ではありません、印刷屋さんに出すような印刷物は、ゼロとは言わないけれども非常に少なくなりました。普通の出張願届から、事故届・物品破損伝票・休暇願にしても全部ペーパーレス、印刷物はありません。
鈴木 オンラインでそれがプリンタアウトされるわけですね。
神野 はい。電子認証ソフトもあるのですが、まだ、なじまないようです。
鈴木 次に手がけるとしたら、何を業務改善の一環としてお考えでしょうか、ここで言ってしまうと誰かが先にやるから言えないかもしれませんが、何かテーマはあるでしょうか。
神野 いろいろやることはあるのですが、その中で医療と福祉の統合をしなければなりません。特に介護保険を含んで医療と福祉を統合したコンピュータソフトというのは世の中にないのです。1人の患者さんが、ある時は介護保険である時は医療保険。ある時は在宅である時は施設・病院で。1人の患者さんを追っていくようなシステムがどこにもないのです。皆さんはどうしているのだろうかと思います。
もう1つは、先の話になりますが、これは昔から言っていてなかなか実現しない話だし、とても難しい話なのですが、やはりボランタリーチェーンというか、よそと一緒に事業をやろうということです。グループ化です。うちは現在3か所で建築工事をしていますので、もうお金はありません。これからもう1つ作るとか買収するといっても、しばらくは蓄えなければいけない時期です。しかしこうやって色々なことをやってくると、数のメリットというのはありますね。数のメリットをやる時には、緩やかなチェーンでよいと思います。ここは何とも言えない話ですが、例えば金を出す人を連れてきて、そして病院の経営・管理が得意な人を何人か連れてくる。それをブレーンとする。同じような方式でいくつかの病院の運営をして、成功報酬で1千万円儲かったら3分の1を報酬とする、という考えです。
各地で税金を使って、400〜600億円くらいの大きな病院を建設している。そんな事をどんどんやっているのです。それは本当に、そこの住民の方々が求める医療を提供しているかというと、疑問があります。それだけの同じものがあれば、それを民間に任せればもっと有効にいろいろな部門の使い方ができると思います。他人のふんどしで相撲をとるシステムを考えた時に、金は出せないから、金を出せる人を連れて来て、きちんとやってもらおうとしたわけです。最近話題になっていますが、外資という話もあるかもしれません。
日本の医療の細かい所を知っているのは我々ですから、色々な人が集まり、優れたシステムを作ってやっていけばよいのです。例えば、経営的に危ない病院がもしもあったら、そこへ皆で行って、うまくいったら成功報酬をもらう。その時には、若くて頑張っている奴らを育てておいて「お前、ちょっと半年行って来い」ということになるかもしれません。
神野 48床の療養型病棟を作ろうと思っています。「これだけ施設を持っているから何とかなるだろう」という話はあるのですが、施設へ行けない慢性期の方がいます。
佐合 結局、そこのところなのですね。認定されないで漏れてしまった人たちをどうするか、施設には入れないが、医療は必要だという人達の受け皿、急性期ではないわけですから、じゃ、どうする、ということですね。
神野 そうです。これは来年の話ですからまたコロッと変わるかもしれませんが、恵寿総合病院の療養型は、これから点数がどうなるかわかりませんがあくまでも医療型の療養型であるということです。
佐合 今後例えば公的医療機関ができる範囲内、それから民間の医療機関ができる範囲内、保険の制度や診療の枠内によっていろいろと変わっていくので一概には言えないのですが、生き残るためにはかなりいろいろな考え方をしていかなければいけませんね。そういった意味で包括してやっていくということは、戦略的にかなり有効だとお考えになっているのですか。
神野 そうですね。これは数が増えれば増えるほど、事務管理はオンラインにすれば本社一括管理でよいわけです。事務管理を集中していますから、数があればあるほど確実に運営経費が安く済むのです。
佐合 展開するなかで地元の医師会などからは「恵寿総合病院は1人勝ちではないか」といった軋轢というか、批判は出てきませんか。
神野 そうですね、多少はあると思います。昨日も医師会で飲み会をやったのですが、医師会の先生方からすると、建設中の公立病院に対しは「税金かけてあんなのをやって」という気持ちがあるようです。私どもは「自前でやっているんだ」というスタンスをとっていますから、皆さん基本的には「頑張ってね」と応援してくれます。
医師会の方々も、だんだん世代が代わってくると、野心といっては失礼ですが、少なくなってきていると思います。地域医療計画の策定上診療所を病院にしようと思ってもできないわけです。そうなると病院との棲み分けを希望されてくるようです。
鈴木 先生がいま構築されようとしているシステムは完結型医療でしょうか。一方には、機能分化を進めるシステムが声高に言われます。言葉としては、機能分化というのは極めて言葉として、耳あたりはよいけれども、実態として「機能分化を行い、どうすれば自分の病院が潰れずにやっていけるか」というのは、案外答えが出てこないと思うのですが。
神野 そうですね。もちろん連携という手はあります。この点は当病院の弱いところであり、一生懸命やっている最中です。例えばこの4月から施設連絡会議というのを作りました。今までは各病院ごとに運営していたものを、在宅、ソーシャルワーカー等全部の施設の担当者を集めて、一堂に会議をしているのです。これは非常に活発な会議なのです。「この患者さんはもうすぐ退院できる。次はどこがとりますか」「その次はどうするのか」「ではここの病院を退院したあとに、1回診療所に入って、それから療養型に入ろうか」といったことを全部この時点で決めようというものです。
佐合 各責任者が集って話し合うわけですか。
神野 そうです。1人1人の患者さんを全部一覧表にします。
鈴木 それはすごい。
神野 例えば、1か月以上入院の段階で一覧表に載るわけです。表には介護度等も全部書いてあります。そうすると、これは患者さんにとっては非常によい話であって、次のことまで考えてくれるわけです。ここに在宅の看護婦も一緒に参加しますから、「では私がここの地域を頑張ります」というようなことで調整するわけです。
この機能が出来るまでは、どうしてもバラバラだったのです。「退院していい」とギリギリに言われても「その後どうするんだ」ということで、ロビーで「いやだ」と言いだしたりしていましたから。
鈴木 こういったシステムこそが利用する患者さんにとってみれば一番ありがたいのかもしれません。
物理的に機能分化をすれば、果たしてそれが患者さんにとって真の幸せかというと、決してそうではない、利用者の立場からいえば切実な問題ではないかと思うのです。
神野 この最大の特徴を前面に出して差別化していかなければいけないと思っているのです。隣に立派な新築の病院ができます、うちが増築をしたところで向こうは新築ですから勝てるわけがないのです。
佐合 いまの医療の完結性という意味で、よく厚生省などが言っている「医療の不効率性」、1つの病院が社会的に全部ひっくるめてやるというのは、これからの医療のシステムでは不効率である。だから機能の分化しろ、というような論があると思います。先生がいまここで目指されている医療と福祉と介護領域まで含めた、完結的なシステムとしては、このような考え方に対しては、いかがでしょうか。
神野 施設の性格というものをきちんと認識することだと思います。
療養型は慢性期、一般病床は急性期を診るのだ、ここは超慢性期をやるのだ、ここは老健だからリハビリがきちんとあるのだ、というような特徴さえきちんとつかんでおけば、そこに割り振るだけの話ですから、何も同一であろうが別の施設であろうが、機能的には同じなのです。そこをきちんと分けておくことです。ここの施設のミッションはこれだ、というように。この地域のお年寄りを全部賄うことができるはずも無く、もしも全部を賄おうと思えば、施設はもっともっと必要なのです。そうすれば、やはり他の施設と連携をしなければなりません。
神野 そうですね、組織図的にはきちんとしているのですが、具体的にどうですかと言われると困ってしまいます。いま、うちの事務長は董仙会の事務局長であり、恵寿総合病院の事務長なのです。そこが少々かわいそうなところです。この恵寿総合病院はあくまでも本社であり、あとは支社であるわけですから、経理部門、総務部門、あるいは物品購入から重油代、電気代まで全部ここの本社一括で行っているのです。これは集中しています。
実は、院長と事務長が同時期に就任していますので、パートナーでここまで一緒にやってきました。抽象的な話になって恐縮ですが、いろいろなことをやってきた時に、1つ1つを完結してから次の仕事をしていたら、とても間に合いません。ですから、全軍がSPDに突撃して、そろそろ落城するなというところで、まず大将が帰って、他のところを施工に行くわけです。その時は、事務長はまだ残っているわけです。事務長はもう少し居てある程度出来たらそこで撤退して、最後は担当者が残るわけです。そうやって攻めてきたので、例えば先ほどのSPDなら、用度課と事務長と私の3波攻撃でいろいろなシステムを作っていく時に、攻撃する時には全軍だけれども、撤退する時はその順番でやって、今度は他のところへ行くという形なのです。非常に抽象的な話で恐縮ですが。
ですから、申し訳ないけれども私は最後まで居なくて、途中で事務長にバトンタッチします。そして、次のネタ探しに一生懸命になるわけです。
佐合 これだけ施設なり事業展開が複雑化してくると、いわゆる職種別の管理と事業別の管理というのが必ずどこかでバッティングして、指揮命令系統の問題が出てくると思うのですが、その辺はどう上手く処理をかわされているのでしょうか。
神野 もちろん、経営的な会議とか、お医者さんをたくさん入れた診療運営会議といったものはありますけれども、実質の経営的なものは、第2番目としての中間管理者会議があります。これは、早い話が各部署の長が集まる会議です。例えば、レントゲンの技師長、看護部なら看護部長と副部長、施設のほうは施設の事務長が中間管理者会議のメンバーです。これを2週間に1回、朝に開いて、そこで私の考え方を伝えます。
その中間管理者会議が5班に分かれます。その班は、2年くらいで段階的に少しずつ変わります。今は、環境美化班、福利厚生班、教育研修班、病院機能推進班、QC班に分かれています。この班は、本職や職制はまったく関係なしに5つに分けます。ですから、1つの班の中に施設の事務長もいるし、看護部長もいるし、レントゲン技師長もいるし、施設課のボイラー技士長もいるわけです。そのような班編成をして、その班の下に今度は委員会があるわけです。ですから、5班に分けた中間管理者の人たちがその委員会を引っ張るという形をとっています。
そうなると私が出ていない委員会もたくさんあるわけですが、各委員会では「院長はこんなことを言っていた」とか「今度はこういう戦略だ」という事を伝達し、逆に委員会で出てきた話を中間管理者会議でその人たちから聞くわけです。ですから、例えば福利厚生班になった人は福利厚生のプロではありませんが、「では福利厚生として、今度職員旅行を計画しよう」「忘年会をやろう」と計画します。教育研修班なら「新入職員研修」「5年職員研修」「フォローアップ研修」等の研修の企画を全部やるわけです。職制とは関係のない班を作ってグルグル回しているというのが、この病院の一番機能しているところではないかと思います。
鈴木 そうすると、例えば看護部に所属している看護婦さんは、職場が老健だとしても「私は看護部の者だから、老健の長よりもこちらの指示命令を重視するのだ」というような考えではないわけですね。
神野 転勤等は看護部で行い、看護部が人事権を持っています。しかし、そこの施設長、事務長の管理下に置かれます。
鈴木 管理下に置いて、日常的な仕事を行うわけですね。
神野 そう、そこは縦です。
次にナンバー2のリーダー会議があります。これは病棟婦長や施設の婦長などがそこに入るわけです。メンバーも施設から1人ではなく2人3人と出てくるわけです。これは月に1回だけです。リーダー会議はリーダー会議で、もちろん伝達があり今度はリーダー会議独自で、施設で一緒になってできることは何かということを話しているわけです。
おもしろい取り組みが2つあって、1つはアンケートという形式なのです が、「エレベータには先に乗ります」「はい・いいえ」、「廊下は真ん中 を歩きます」「はい・いいえ」というような、普通の「こうすべきであ る」ということを、一応アンケート形式で半年に1回、毎回同じアンケートを出すのです。アンケートとはいうものの、こうしなさいという話なのです。
鈴木 それは、なかなかしたたかな手ですね。
神野 それから、これは私の提案もあるのですが、例のヒヤリハットをどこでやらせようかという話が出た時に、看護部では細々とやっていたのですが、看護部だけではなくて、施設もいれば介護人もたくさんいますし、ヒヤリハット?をリーダー会議の仕事にしたのです。リーダー会議でヒヤリハット?を挙げさせて、集積し、リーダー会議で、その問題をディスカッションしました。ここには施設も含めて一応ナンバー2が全部入っていますから、けっこう盛り上がってきます。
佐合 これまでの事業展開を伺うと、やはり組織の独自性、施設の独自性もありますが本社機能の集中化と、理念を徹底するということを強く打ち出されている感じがします。
神野 ですから、いろいろな施設にしてみれば、私以上に事務長が恐いでしょう。
佐合 機能を分けることで事務長のチェック機能が生かされています。これだけ大きな組織において、きちんと一体化しているというのはすごいと思います。
鈴木 事務部門の若手の育ち具合はどうですか。
神野 うちのコンピュータシステムの責任者は、まだ30歳代前半です。
彼がけっこう提案するようになったので、これは大したものだと思います。もともと、コンピュータなどまったくやっていない、パソコンが好き程度でした。
彼には特技と言うか、宴会の幹事が非常に上手になのです。オーダリングシステムをやった時には、あちらこちらから文句が吹き出してきたのです。そこで、宴会上手な彼が「そんなこと言わないで、やってよ」というと「お前が言うならしょうがないな」ということになって、キャラクターのおかげなのです。ですから、最初はそういう目的というか、ねらいだったのですが、それが次第に、情報システムに関しては新しいことをどんどん提案してくるようになりましたので、そこはよかったと思っています。
佐合 医事課は外注ですか。
神野 全部自前です。当院の方針としては、事務系で入れた人は全部1回医事課に置くようにしているのです。やはり、病院の基本ですから。まず、医事計算を覚えてから1〜2年経って今度は他の課に回すという形です。最近は医事課の男性は皆中途採用ですね。デパートの外商もいますし、コンピュータ会社にいた人もいます。
鈴木 中途採用の人は何が優れるというか、成功の秘訣だと思われますか。
神野 やはり、他の企業で厳しさというものを少しでもわかっていらっしゃるから。
もう1つは、国公立などを除いて病院という組織には、事務管理というのを新卒でとるのは馴染みがないですね。人数的なキャパシティの問題もあります。例えば新卒で毎年何人か採っていかなければ運営できないような組織ではないのです、看護部と違い。それは、歴史がそうだったのだと思います。
最近の傾向として、昔からの医療法人が大きくなった組織では、事務管理者・マネージメント者を求めるようになりました。
鈴木 先生のところでは人事評価制度はどのように行われていますか。
神野 そこは評価の低いところなのです。ボーナス時に特別報奨というのがあります。これは、自分で「私はこんな良いことをした」申告制なのです。
鈴木 自己申告ですね。職能給とはまったく違うわけですね。
神野 違います。ボーナス時の報奨金です。あとは非常に頑張った部署に対して付けるというようなことはありますが、職能給そのものはまだ入れていなません。事務長と経理課に「早くしろ」と言っていますが。
神野 これまでは、行き当たりばったりでしたから。医療行政の10年後もまったく見えないのに、病院の10年後などわかるかと言えばわからないとは思いますが。
小さい話からすると、私は10年後には白衣を着たくない、ドクターではなくてマネージャーであるべきだと思います。プレーイングマネージャーをやるといつも困るのは、外来等の診察です。現在、週3日外来に出ています。診察を休むわけにいかず、診察中は治外法権になってしまいマネージャーの業務がまったく出来ません。
診療のハード面ではテナントを入れるかもしれません。いろいろな独立した開業医のテナントの集合体です。そして病院は全部開放型病床です。
薬局もテナントであってよいわけだし、もちろん給食はテナントが可能ですね。
もしかしたら、病院本来の機能である手術や入院機能を行うのが私たちの仕事であって、あとはテナント管理というか、先ほどの臨床検査もテナントのようなものだし、施設管理ももちろんテナントでしょうし、10年後にはテナント管理をやっているのかもしれませんね。
まさに、いまのデパートがそうでしょう。昔は百貨店といって何でもあったのが、現在はいろいろなブランド商品の店が入ってきて、派遣社員がたくさんいるという話です。もしかしたら病院もそうなるのかもしれないと思ったりしています。
鈴木 診療報酬では包括の話が出ていますが、そういったことは将来的なかかわりで何かありますか。
神野 もちろん包括に対する対策は立てなければなりませんが、自己負担が2割、3割になったら自己負担の保険とか、変形HMOのようなものができるかもしれないですね。健康保険では7割しかみてくれない、あとの3割、あるいは4割が自己負担になるという世界になったら、自己負担に対する保険というものが出てくる可能性もあると思います。ただ、自己負担に対する保険を保険会社がいかに安くするかという問題があるから、保険会社が契約病院へ行ってくださいという話になれば、結果的にはHMOと同じような形になるかもしれません。 そうすると、いかに保険会社に提案できる病院であるかということも重要になってきます。そのためには、いまやろうとしている原価管理のシステムとか、この病気を請け負ったらだいたい原価はこれくらいで、ここが儲けどころだとか、そういうことを全部知っていなければならないことになるのではないかと思います。
鈴木・佐合 長時間に渡り貴重なお時間をありがとうございました。
鈴木 突然のお願いですが、よろしくお願い致します。
早速ですが、ただ今、神野理事長から、実に広範な事業構想実績について、興味深いお話が伺えました。立体取材として、事務長の立場で忌憚のないご意見が伺えればと思います。まず、率直な質問で、神野理事長のあの方針計画についていけるものでしょうか?
大森 この病院の運営方針は適切と考えます。その実現の為には、ハードだけでなく職員の意識改革が必要なことも認識しているつもりです。
トータル医療を目指して、地域中核医療施設としての位置付けを、地域の皆さんに認知してもらえるよう努めていきたいと思います。様々な改革には、情報公開を積極的に進めること対処していく。
佐合 大森さんは、どのような事務長像をイメージして、職務に就かれているのですか。
大森 アドバルーンを上げるのは、院長であり、事務長はそれをいかにサポートするかが重要であると思います。実行に際しては、課長職の連中を指揮活用して、プロジェクトチームを効果的に機能させ、病院を運営することが大切です。
鈴木 10年後の病院は、事務長はどうなっているでしょか。
大森 現在着手中の建設計画,システムは仕上がっているでしょう。院長は多分より高いレベルの事業構築を進めていることでしょう。私は、この構想に応えられるよう、より戦力アップした事務組織構築に追われているのではないでしょうか。運営に関しては企業的な発想が必要であり、複合化した組織の経営戦略を行っていると思います。
能登の地域の皆さんが、恵寿ケアシステムにより心からの安らぎを得ることが出来る体制が築かれていると思います。
既成の病院に、どっぷりと浸かってしまうことのないように、自戒しつつ、院長カリスマ性のもと、それを支えるスタッフの重要性と、構想実現には事務長の果たす役割が大きいこと、その自負と使命感を持って臨んでいきたいと思います。
鈴木 とても良いお話が伺えた気がします。今日はありがとうございました。事務長として、これからの手腕に期待しています。