Medical Management 1997年1月号

豊かな国ニッポン


あけましておめでとうございます。年頭より、このコーナーを担当させていただく神野(かんの)と申します。
昨年は、爆発的なインターネットの拡大で、新聞紙上にインターネットの話題が載らない日はないといった様相を呈しているようでありました。通信の世界には「メットカーフの法則」という定理があり、「ネットワークの価値は接続した端末の数の二乗で増える」というものだそうで、インターネット上で、毎日膨大な、しかも混沌とした情報が行き来し、そこから有用な情報をいかに汲み出すかといったことが重要になってくると思われます。
このコーナーは、新しい試みとして、私が個人的に運営いたしておりますインターネット上の「医療経営のホームページ:医療を考えてみよう」(http://www2.meshnet.or.jp/~kanno/)とリンクさせて進めてみたく思っております。ご意見や、ご感想などを電子メール(kanno@po.incl.or.jp)で頂くことができましたら、インターネット上でも、並行して議論していきたく思います。よろしくお願いいたします。
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先日ある講演会で21世紀になくなるものという話を聞いた。「シルバーシート、甥・姪、二十世紀梨」であるということだった。梨はオチとして、「シルバーシート」はみんなが高齢者になれば意味がなくなるという意味で高齢化を、「甥・姪」は兄弟が少なくなれば、当然叔父・叔母、甥・姪がなくなるという意味で少子化を指している。2015年には5人に1人が65歳以上の高齢者となるともいわれる世界一の超高齢化社会を迎えるだろうニッポンはこれからどうなっていくのであろうか?
昨年の介護保険問題、医療保険審議会(厚生大臣の諮問機関)の報告、経済審議会(総理大臣の諮問機関)の報告では、「国民負担率」(国民所得に占める租税と社会保障負担)をいかに少なくするかということが問題の中心に据えられている。そしてその対策として、介護保険という新たな保険制度の導入や、老人を含めた医療費の自己負担の引き上げ策(表)が、厚生省に限らず、各省庁の官僚により、数多くマスコミに流されている。それは先の総選挙で各党が公約としてあげた小さな政府・規制緩和による行政改革さらに行政経費節減を棚上げにし、社会保障負担を少なくすることにより「国民負担率」上昇を低減する効果を期待しているものに他ならない。

(表)患者負担引き上げに伴う財政効果資産
平成9年平成13年
老人1割1,000億円1,500億円
老人2割2,900億円4,100億円
被保険者本人2割3,500億円4,000億円
若年2割1,300億円1,200億円
若年入院2割外来3割6,600億円7,500億円
若年3割7,000億円7,900億円
薬剤3割4,700億円6,000億円
薬剤5割9,300億円1兆1,800億円

昨年7月に、「国民負担率」70%を誇る(?)福祉先進国のスウェーデンのスィードブ貿易大臣(通産大臣)が、私の住む石川県七尾市に来訪された。その際に、スウェーデンの福祉政策について直接お話を伺う機会を得た。スウェーデンでも社会保障負担が重要な問題であり、年金等の社会保障費を削減させるために、定年を延長しようとしたところ、逆に、若者の失業率が上がるとの予測が出た。そこで、国は現在のところ、失業率を下げることを優先し、社会保障費の率が高くなっても、定年を延長せず、さらに早期退職報奨金(年金)までも導入しているとのことであった。国として、高負担やむなしといった選択をしているとのことであった。
我がニッポンは経済成長率の鈍化がいわれてはいるものの、まだまだ豊かな国である。そんな中で、失業率の問題は大きな問題とはなっていないものの、いずれ産業の空洞化に伴い、この問題が浮上してくるやも知れない。その時に、ニッポン国として、何を優先させるべきかという方針を、国民負担が増えたことばかりを強調するのではなく、十分議論すべきではないだろうか。また、昨秋の総選挙の際にこういった問題が全く議論されなかったことを大変残念に思う。
国の財政で国債234兆円、地方債136兆円、旧国鉄未清算分28兆円などに特別会計を含めて440兆円(国民1人当たり約400万円)の借金があるといわれている。GDPの90%に達するという世界にも例を見ない、最悪の状態なのである。この根元は、リゾート法などでの官民一体となったバブル経済が破綻したことであることは衆知の通りなのである。そして、その後の景気回復策としての公共事業へのばらまき予算、また多額の補助金が傷口を広げたものと思われる。バブルに乗らなかった(乗れなかった)のは、余裕のなかった医療・福祉の世界だけだったのだ。今、バブルのつけが医療・福祉に乗りかかろうとしている。現在の、医療福祉の制度改革議論は、まさに「はじめに金ありき」が根底にあり、弱いところへのしわ寄せが押し寄せてきているように思えてならない。
豊かな国ニッポンが、高齢化社会の訪れと時を同じくして豊かでなくなるかもしれない。すべてのものを追うわけにはいかない。ニッポンが豊かな今こそ、国民は何が重要で、何を優先させるべきかをしっかり議論すべきなのではないだろうか。議論のうえで、福祉は自助努力に期待し、公共事業に金を使うのもよし、医療・福祉といった健康に金を使うのもよし、中途半端な金の使い方は、どれも混乱を招くように思えてならない。今年は介護保健法の議論や、医療費自己負担問題など、21世紀へのガイドラインが決定される重要な年なのである。
そして、われわれ医療機関は、現状に安閑とすることなく、今後図らずも到来するであろう新しい制度の選択肢を整理し、まだ「豊かな」うちに、内部の機構や、今後の計画を適合させていかなければならない時期にきている。今まさに、リストラクチャリングとリエンジニアリングの時期なのではないだろうか。

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次号では私が取り組んでいる一つのリエンジニアリングの試みを掲載いたしたく思います。

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