Medical Management 1997年4月号

医療ビックバン


いよいよ4月になりました。私の病院のある能登半島はロシアのタンカー「ナホトカ」の沈没による重油漂着という散々な冬でありました。しかし、ようやく日本海側特有の暗くて寒い季節から、冬の苦労を忘れさせるような心ときめく季節となりました。4月といえば新入生、新入社員、そして新年度。多くの病院は決算期を終えて、また新たな気持ちで新年度を迎えようとしていることと思われます。

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全国公私病院連盟が2月1日に発表した1,136病院の病院経営実態調査によると、平成8年は対前年比総収益101.9%に対し、総費用102.0%の伸びで、全病院に占める赤字病院は実に69.6%にも上っている。これは、一般業界で言えばまさに構造不況といってよい数値ではないだろうか。さらに、このなかで自治体病院における赤字病院は89.6%に上り、これらの病院への公的資金からの赤字補填は実質的な国民医療費のほかに「隠れ医療費」の存在(一説には県立病院レベルで2兆円)と理解すべきであると思われる。

過疎地の非採算病院の存在も理解できるが、それ以外にも各県のセンター的病院の赤字も少なくない。医療法人協会の主張する「民にできることは民に」は、現在話題となっている規制緩和問題や行政経費の削減問題と関連付けて考えるべきであると思われる。

これに対して、医療関連産業の経常利益はどうなっているのだろうか。隣の芝生は青く見えるし、他人の財布の中身を覗き込むのはあまり趣味ではないのだが、国民医療費を考える上では避けて通ることはできない。

ここでは、昨年度決算を基に医療材料関連会社2社を見てみる。まず、カテーテルや人工心臓弁を扱う外資系医療用具商社G社は、売り上げ262億円に対して経常利益80億円と、売り上げの30.4%の利益を上げている。別な指標から見ると、店頭企業における経常収支率(経常収入/経常支出)ランキングでは166.72%と、あのゲームソフト「ファイナルファンタジー」のスクウェアに次いで7位と高利益を上げている。また、医療用具メーカーのT社も1,038億円の売り上げに対し、経常利益156億円と、売り上げの15.0%と過去最高の利益を上げている。

さらに、医薬品メーカーの平成9年3月期中間決算(半年分)をみると、第1位のT社で3,113億円(対前年比5.19%)の売り上げに対する経常利益499億円(利益率16.0%)、2位のS社で経常利益537億円(同24.38%)、3位のY社で319億円(同20.58%)と売り上げ・収益共に増加し、不況どこ吹く風の感がある。もしこの数字が今月からの薬価切り下げの一つの根拠となったとしても、切り下げ分をメーカー、問屋、医療機関で分け合う常からすると医療機関側での痛手ばかり大きくなるような気がしてならない。もちろん、これら企業の高収益は円相場の影響、社内のリストラクチャリングの努力の賜物であることは否めないものの、大勝というふうに見るのは私だけであろうか(注:各データはすべて新聞等マスコミ発表によるものである)。

下記表に、昨年6月に出された日本貿易振興会(JETRO)対日アクセス実態調査報告書の中のデータを示す。

表:日本と欧米諸国における医療機器の販売価格調査

日本アメリカイギリスドイツフランス
ペースメーカー160-170万円60-70万円30-35万円40-50万円40-50万円
PTCAカテーテル30万円弱7-8万円N.A.5-6万円6-9万円
冠動脈ステント35万円20万円弱10万円強10万円弱30万円強
MRI(1.5テスラ)2.5-4.3億円2億円程度N.A.2億円弱2億円程度

実にペースメーカーではアメリカの約2.6倍、イギリスの約5.3倍の価格が設定されている。これらを踏まえ、厚生大臣が先の通常国会における衆院予算委員会の答弁で、医療機器について「価格は診察費に影響している。流通実態の把握に努め、価格設定の透明化に積極的に取り組みたい」と述べ、内外価格の格差是正に努力する考えを示したことは納得できる。また一方で、アメリカ政府高官は、「日本で流通している外国製の医療機器や医薬品の価格が高いのは、メーカーの出荷価格が高いためではなく、流通制度や過剰気味のサービスの結果であり、日本では財政難を背景とした医療費抑制の動きが比較的価格の高い外国製の医療機器や医薬品の新たな参入障壁になっている」との懸念を表明している。

政府間の交渉は別にして、われわれ医療機関の観点から以上の論点を単純に整理すると、@国の医療費削減政策、A赤字病院の増加、B医療関連産業の大幅な利益のアップ、C大きな内外価格差、といえよう。

本誌の前号までに、医療機関の企業としての経営努力の欠如を述べてきた。しかし、それだけではなくて流通の改革と規制の緩和を望みたい。旧態然とした特約店制度はスーパーマーケット業界では完全に崩壊しているし、人員配置・面積基準など事細かに規定している現在の医療法、保健制度はHMO(Health Management Organizatoin)の発達したアメリカにおいては存在しない。さらに薬事法による規定も薬剤の効率的な物流や海外からの医材直接輸入の足かせとなっているようだ。現状のままであるならば、医療費削減政策の尻拭いはすべて医療機関だけに求められていく。

今、首相と大蔵省主導で、2001年実施を目標とした金融システムの改革「日本版ビッグバン」が進められようとしている。すなわち@市場原理A透明性B国際性、を求めて銀行、証券、保険業界の相互参入・規制緩和・自由化が推し進められようとしている。医療費高騰は国民の問題である。そこに手をつける努力は必要であるが、いわば医療のビッグバン、規制緩和と自由化なしでは進めることはできないのではないかと思われる。


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