Medical Management 1997年5月号

欲望という名の・・・・


この原稿が皆様のお手元に届いたころには、政府与党案通り、医療保険改革法案が国会を通過し、医療界にとっての大きなエポックメイキングの真っ只中にあることと思う。

4月の消費税アップと共に、今回の改革は国の財政難を背景にした(本誌1月号で示した通り、国の債務は440兆円、GDPの90%)ものであり、健康保険本人負担割合のアップ、老人の自己負担のアップ、薬剤費自己負担の新設と従来に比べて多いケースでは4倍以上の自己負担を強いるものとなっている。今後さらにこの自己負担率は上昇するであろうし、3月18日の財政構造改革会議に首相から発表された指針によれば、国民負担率(租税負担と社会保障負担の国民所得に占める比率)を高齢化のピーク時でも50%以内に抑えるという大義の基で、医療費の削減はもとより、「高齢者すべてが経済的弱者ではない」という認識の上で年金給付にも所得制限を設ける方針にあるらしい。

医療保険改革は診療報酬のアップとは異なり、医療機関側の収入に変化はない。しかし、受診者側には値上げ感が激しく、これまで以上のコスト意識と共に、コストに見合うサービス提供を求められてくるように思う。

ホスピタルと同じホスピタリティーを語源とし、サービス業界の勇たるホテル業界においては、評価する者が医療者であるという医療機能評価機構などという生やさしいものではなく、「一度は泊まりたいホテルランキング」とか「ビジネスマンが選ぶホテルランキング」などといった評価が絶えずマスコミ等をにぎわし、しかも巨大海外資本の脅威にも曝されている。優良ホテルの顧客戦略として「いかにお客様のわがままに応えることができるか」というものがあると聞く。そして、「わがままに乗れば、3−4倍もリターンは大きくなる」ということだそうである。

これに対して、医療の世界は、先に述べたように自己負担率の増加に従い、受診者側のわがまま(欲望)も比例して増加してくる可能性がある。しかしながら、基本的な医療サービスが保険制度(=公定料金)でなされている以上、現実的には病院は企業努力としてのサービスの向上で応えていくことしかできない。ホテルのような直接的なハイリターンは期待できない土壌にあるわけである。

確かに、医療保険は「保険」であって、相互扶助制度である。医療が必要なときの扶助を求めて医療保険料を収めたあげく、いざとういう藁をもすがりたい時、高額な自己負担を求められたのではたまらない。これに対して月に定額を支払えば、何度でも病院にかかれるということで、毎日のように病院へ診察に通うという場合は、収めた保険料は完全に回収でき、さらなる健康・便宜・経済面での供与を得ることができる。ここで、相互扶助という問題と現実の医療費高騰という問題に対する考え方を改めて整理する時期にきているのではないだろうか。

そこで、アメリカにおけるHMO(Health Management Organiztion)の考え方を参考に、これからの医療を、@必要、A要求、B欲望の3つの段階に分けて考えたい。

必要とは:本来の医療ニーズであり、相互扶助制度としての保険で治療すべきものである。必要にして十分な治療に自己負担のアップはなされるべきではない。すなわち、現在の日本の保険制度の誇るべき特徴である“誰でも、どこでも、いつでも、しかも安価で必要なときに”最善の治療を受けることができるということを堅持すべきある。

要求とは:必要な治療に加えての要求である。たとえば、「家に面倒を見る人がいないので病院で面倒を見て欲しい」「知人がガンで死んだ。よって、ガンが心配だから検査して欲しい」。これらの要求は明らかに必要以上のものと判定すべきで、自己負担化すべきもののように思われる。しかし、「切除不能胃ガンといわれたが、高機能病院の有名なA先生に手術してもらいたい」は、A先生のたぐい稀なる技術がコンセンサスならば、保険の対象として判定される。A先生の技術にコンセンサスがないならば、転院にかかる紹介状や初診費用は自己負担と判定される。たとえが悪かったかもしれないが、要求に対しては、客観的に判定した上で保険、自己負担を分けていくことが重要であろう。

欲望とは:ここは保険制度から切り離して自己負担化していくべきであろう。現在の個室における室料差額はここにあるわけであるが、さらにたとえば、医師指名料、特別食事メニューに始まり、手術材料の指定、薬品の指定などと、現在の療養担当規則において自費と保険診療を混合させてはいけないという縛りを超えた治療の指定も考慮すべきであると考える。前述のホテルにおける例同様、欲望に応えて、ハイリターンを期待してもいいのではないだろうか。

今回の医療保険改革はいわば「平等な自己負担増」である。しかし、患者側からの様々な必要、要求、欲望に可能な限り「保険を使って」応えている現状と一線を画して、自己負担にめりはりをつけて医療を見ることが、今後の医療費高騰時代に向かっての一つの解決策のように思えてならない。


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