Medical Management 1997年10月号

西暦2000年


西暦2000年は、われわれ医療界のみならず、日本の経済、政治にとってきわめて大きな節目となる年になろうと思われる。

医療界にとっては、言わずと知れた公的介護保険制度の施行時期であると共に、8月に発表された厚生省の医療保険制度抜本改革案(『21世紀の医療保険制度』)の導入目標年度である。さらに、国全体としての財政構造改革や省庁の統合再編問題も、ここに目標を置いていることはマスコミ報道から明らかである。

財政構造改革から端を発する一連の改革は、従来の資本主義経済下で、「政府による積極的な市場介入政策(総需要管理政策)」であるケインズ経済学からの決別であり、政策的にはリベラルから保守への回帰にほかならない。本来リベラルの立場に立つアメリカのクリントン政権が財政上の問題から保守(共和党)寄りになったことからも世界的な潮流と言え、日本のリベラルを自認する「社民党」、「さきがけ」や「民主党」の動向も注目される。すなわち、今後は国民も企業も、規制緩和イコール自由化であり、それはとりもなおさず、政府による財政的な援助を期待できない(!)ということを、強く認識しなければならないということになる。繰り返すが、国民も企業も、規制から開放される代わりに、自助努力により自分たちの生活を守っていかなくてはならないということになる。

ここで重要なことは、この財政構造改革と対になる規制緩和政策がすべての分野に公平に施されるかという問題かと思われる。より具体的に言えば、公的事業と民間事業との間の競争が正当に行われるかという問題が懸念される。すなわち、強い官僚機構のもとで民間事業を自由競争下に置き、公的事業を財政的保護下に置かないかという問題である。改革は、やるならば徹底してやることが重要であり、中途半端な改革は民間の活力を削ぎ落とす結果に陥ってしまうように思われる。

このような背景のもと、2000年までの残された2年数ヶ月の間にわれわれ医療機関が取り組まねばならない課題を私なりに整理し、列挙してみる。

  1. 補助金体質からの脱却
  2. 政策的な補助金、例えば「医療施設近代化整備事業」「療養型病床転換事業」などの補助金の廃止は当然予想される。現行の医療保険制度に対する締め付けがますます厳しくなる中で、病院施設のキャピタルコストの捻出が極めて難しくなると予想される。病院の財務体質の強化が強く望まれる。
  3. 経費の削減
  4. 病院の収入源である診療報酬上の規定から、医療従事職員の削減はかえって収入ダウンに結びつく。したがって、人件費以外の諸経費の削減に取り組まざるを得ない。平成10年春の診療報酬改定では更なる薬価基準の値下げが取り出さされているものの、薬品費、診療材料費の削減に向けて、卸業者との間で生きるか死ぬかの攻防と、組織立った在庫削減努力が必要とされよう。
    また、各診療行為別に原価計算を徹底して、来る日本版DRG(定額制)に向けて部門毎の収益性を監視することが必要となろう。これは一般企業における最近の分社化、カンパニー制が優れた模範となってくれるものと思われる。この結果により、高原価分野に対しては思い切った撤退の道も視野に入れる必要が出てくるように思える。
    さらに、マスの効果を狙った共同購入グループやもう一歩進んだ病院のフランチャイズ制、M&A(吸収合併)も2000年以降の姿として見えてくるように思える。
  5. 外注化と委託の獲得競争
  6. 経費削減対策としての外注化については本誌9月号で触れた。病院本来の使命の外郭をなす部分の外注化は取り入れるべきであると考える。そして、逆に病院が健康・福祉・介護に関わる周辺分野に打って出て、委託の獲得努力を民間企業との間で競争する必要があるだろう。ここでは、介護保険における介護サービスの提供者という大きな市場と新規業態が待っている。
  7. 情報の共有化とスピード
  8. 各個人の記録・記憶に頼った質の高いサービスから、新入職員でも、10年生職員と同様なサービスを提供するためには、企業としての組織的な情報の共有化が求められてくる。それが、ひいては信頼される病院としての評価を勝ち得るものと思われる。そのためには情報機器の導入に躊躇すべきではないと考える。すでに蓄積された情報を引き出し・関連付け・加工するスピードはコンピューターがもっとも得意とする仕事であり、これを利用しない手はない。
    さらに、外部機関との情報ネットワークの構築は主導権を握ったものが、囲い込みの権利を獲得していくものと思われる。
  9. 癒しの環境
    公的医療機関の新築ラッシュと共に出てきた感さえある流行語である。限りなく抑制された医療費の中で、ゆったりとした十分な空間と環境を提供できるか?自由競争下におけるホテルの室料と設備、部屋面積の関係を見れば一目瞭然である。高額な室料のホテルは、かゆいところに手が届く良質で快適な環境と利便性を約束してくれる。これが自由競争下で「環境・快適性を買う」ということであるといってよいと思う。

医療機関において、公定価格内で極めて良質な環境が約束されているとするならば、それは公定価格以外の収入源がなければ為し得ないことと思われる。その収入源として、税金を投入するのか(公的機関に対する普通交付税や赤字補填)、受益者に負担してもらうかである。民間医療機関においては、いかに後者の受益者負担を納得して払ってもらえる環境、サービスを提供できるかとということが鍵となっていくように思われる。


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