Phase3.1998年11月号 月刊フェイズ3.1998.11月号

紀伊国献三のホンネ対談

一般企業のノウハウを積極的に吸収し
民間病院の経営管理に活用すべき

ゲスト/特定医療法人董仙会理事長・恵寿総合病院院長 神野正博氏


フェイズ3 1998年11月

(記事)

公設民営方式で
傾きかけた町立診療所を再建

紀伊国 本日は石川県七尾市にある恵寿総合病院の神野正博理事長に、民間病院の管理のあり方を中心におうかがいしたいと思います。病院は昭和9年の創立とお聞きしていますが。

神野 開業は祖父の時代です。北海道室蘭市の日本鋼管病院で外科部長を務めていました。七尾は遠い親戚が住んでいたくらいの関係でしたが、病院を開設するにあたり、同じく親戚のいた神奈川県と2ヵ所候補に上がり、占いで七尾に決めたそうです。病院は七尾湾に面していて、当時は電車などなかった時代ですから、船で診療を受けにくる患者もいたと聞いています。

紀伊国 現在は、2つの老人保健施設、在宅介護支援センターなども運営し、また本院も454床の規模で、1日の外来患者数も1,000人を超えるなど、地域はもちろん、県下でも有数の病院に成長されています。また傾きかけた町営の診療所を再建されたそうですが、非常にユニークな運営形態として注目されているようですね。

神野 田鶴浜はもともと無医村で、町長も大変困っていました。大学病院や公立病院に医師の派遣を要請しても色よい返事がいただけなかったようです。そこで私どもが名乗りをあげたのですが、そんな経緯から、診療所に併設している老人デイサービスセンターや在宅介護支援センターなどの施設は町が整備し、運営は民間に委託するという公設民営方式が採用されました。

紀伊国 早い段階から特定医療法人を設立していますが、その歴史を積み重ねてきた結果が地域の信頼を勝ち得たといえるでしょうね。

神野 私どもは、「病院は私物ではない」という考え方で特定医療法人を設立しました。それが町に認めていただいたと思っています。民間病院としては公設民営方式は、町の経営という保証があり、町も経費として予算化できるメリットがあります。

紀伊国 民間病院の地域医療における役割が注目されていますが、七尾市がある能登半島でも公立病院もあれば、民間病院もある。公立病院があっても民間病院を利用する人も多くいると思います。つまり、一部の市民のために公立病院を設立する意味が問われると同時に、財政難のケースが増えてきている。公立病院にも公設民営という形態が出てきてもおかしくないと思いますが、いかがですか。

神野 もちろんそういう動きは出てくるでしょう。実際に公立病院の赤字は深刻で、各自治体は運営形態を見直していく必要があると思います。さらに今は既存の市立病院の新築ラッシュの時期にあり、民間病院としてもつらいところです。このままでは共倒れになりかねませんので、その意味でも公設民営という選択肢は検討していくべきでしょう。

紀伊国 今までの歴史から一概には言えませんが、デイサービスセンターなどは、今後民間病院が自治体と積極的に連携していくことが求められているように思います。

神野 公設民営という形で運営することで、いろいろなノウハウをいただけるというメリットもあります。たとえば、町の福祉課の職員に頻繁に来ていただくことで、どこに困った人がいるかということも把握できます。現在、町から運営を受託している配食サービスなどでも、そうしたニーズの把握が可能です。在宅や在宅支援の分野でも、民間と自治体がタッグを組んでいく意義は大きいと思います。

機能ごとに「メリハリ」をつけた
マネジメントを展開

紀伊国先生紀伊国 2000年の介護保険導入に向けて、複数の施設を運営する立場から、どのように将来の高齢者会をイメージしていきますか。

神野 「ゆりかごから墓場まで」というサービスを提供していくことが理想であると考えますが、それを実現していくには、一医療機関だけではなかなか難しい面があります。今後、医療だけではなく福祉・保健を統合して考えないと、高齢者会のニーズには応えられません。そこで新設の療養型病床群144床と、関連の社会福祉法人で50床の特別養護老人ホームを建設しており、来年度中には竣工する予定です。そうなるとある程度、包括したサービスの提供が可能となります。
医療と福祉がスムーズに連携を図っていくためには、情報の共有化が不可欠です。医療施設でも、家族的な背景など福祉的な情報をある程度得ることができますが、単独の福祉サービスとなると、また新たに情報を収集しなければならない。ですから、情報の統合という観点で言えば、医療機関が福祉分野に進出していくことは重要ではないでしょうか。

紀伊国 そのとおりだと思います。これまで福祉の供給体制が不足していたという歴史的経緯から、医療が福祉の分野をカバーしてきたきらいもありましたが、高齢者にとって最大の心配事は自分の健康であり、そのために医療は大きな役割を担っています。過去、社会があまりにも医療に依存していたという点は大いに反省すべきでしょう。しかし、地域の高齢者が安心して生活を送っていくには、医療施設がもっと力を発揮していかなければならない。民間病院は厳しい状況にありますが、今後の医療面でおもしろい試みができるのではないでしょうか。

対談:神野神野 さまざまな機能の施設を持っている病院の立場から言わせてもらいますと、私の好きな言葉の一つに“メリハリ”というものがあります。たとえば、急性期の患者にとっても確かに快適なアメニティは必要だし、プライバシーの確保も必要ですが、それ以上に大切なのは、患者の命を助けるということです。極端なことを言えば、急性期医療に患者のプライバシーはいらない、昔のナイチンゲール病棟のような形で徹底的に救命を行う。そんな“メリハリ”が施設の位置づけには求められるのではないでしょうか。決してアメニティをおろそかにしろと言っているわけではありません。それ以前に各施設の医療機能を明確にし、その次の段階としてアメニティの向上や医療周辺サービスの充実が必要だと言うことです。

紀伊国 まったく同意見です。確かに今まで多くの病院は、過去においてインフォームド・コンセントやプライバシーの配慮があまりにも足りなかったという反省から、「あたたかみのある医療」が提唱され、アメニティや食事サービスも昔に比べると格段に向上してきました。しかし、いくらアメニティが高くてもそこで提供される医療の質に問題があれば、何のための医療かと本末転倒の謗りを免れない。人々が医療に期待するのは、まず質の高い医療・看護を受けることであり、いかなる場合でもそれが最優先されるべきだと思います。
しかし、医療の質を高めていくにはお金がかかるのも事実です。経済的な理由から十分な看護体制とはいえない病院もありますし、医師の採用も病院の方針によるものではなく、大学に医局など外部からの派遣に依存しているケースも見受けられます。

神野 しかしそうした病院は、経営的にますます追い込まれていくのではないでしょうか。そのような職場では、医師や看護婦の士気が低下していくからです。医師や看護婦のモラール低下は、病院経営では致命傷です。たとえば、財務管理や薬品などの物品管理などのシステムづくりをきちんとして、医療スタッフが本業に専念できる体制も必要になります。医療を提供するまでのシステム上の無駄を省き、なおかつ医師や看護婦の質とやる気を落とさないようなマネジメントを行っていくべきです。

臨床をサポートしていく
ソフトのシステムづくりが重要

紀伊国 恵寿総合病院では、日本医療機能評価機構の認定も受けられています。率直にお聞きしますが、そのメリットはどこにあるのでしょうか。

神野 実際に認定を受けてみて感じたことですが、200床以上のB病院評価基準のハードルが非常に高い。具体的にはどうしたらよいのかなかなかわからない部分があります。このハードルを越える病院は日本には皆無でしょう。ただ、各現場へ自院が超えなければ行けないハードルを認識させることができたという点では評価できる。民間病院では、診療録管理などの診療サポート部門が全部後回しにされてきたという経緯があります。機能評価の項目には納得できない部分もありますが、その部門での目標管理をきちんと示して、それを院内でディスカッションできたという点ではよかったと思います。

紀伊国 その診療サポート部門についても、SPDのマニュアル作成など力を注いでおられるそうですね。

神野 私は今、仕事の比率からいうと、臨床は20%くらいで、残りの80%は経営に力を入れています。周辺の方々には、「外科医なのに手術をしなくてつまらなくないか」とよく聞かれますが、そんなことはまったくありません。臨床を高めていくサポート部門の充実も重要だと考えるからです。
SPDは現在、先進的な企業の管理部門や向上に導入されている物流システムですが、例えばトヨタ自動車の関連会社は、トヨタの納期に合わせてバーコードでスケジュールを管理しています。つまり、川上の動きに対応して管理するという手法です。そうした一般企業のシステムを勉強していくと、病院の管理手法の遅れを痛感するわけです。コンピュータによる工程管理やISO9000シリーズの概念などの管理手法を、病院も学んでもっと積極的に導入していくべきではないでしょうか。たとえば、コンビニエンスストアが、いつも欠品なく補充されているのはどのような仕組みになっていて、それを病院のシステムに生かせないかといったことを考えるのは、なかなか興味深いものです。

紀伊国 米国の医科大学協会の会議で、ボーイング者の社長が、「今わが社は航空業界で成功しているかもしれない。その経営的な秘訣があるとしたら、私は航空業界を『特殊』だと絶対言わないことを決意したことだ」と述べた言葉が印象に残っています。医療業界も特有の歴史や価値観は確かに存在するのですが、人間の一つの営みであることは他業種と共通していて、いかに相手を満足させるかの工夫は大切です。これからの病院の管理責任者にはどのような資質が求められると思いますか。

神野 スタッフの管理が最も重要です。しかし、医師の特性を考えると、大学を卒業して医局に入り、ドクター1年目から「お山の大将」のようになってしまう傾向がある。人数的な比率でも医師は少ないので、看護婦らが医師をサポートするのはあたり前という感覚がどうしても強くなってしまうわけです。その原因は卒後教育にも問題があるのではないかと思います。臨床医をめざす場合でも、組織管理というものを教え込まなければならないと思います。

紀伊国 私は筑波大学病院の副院長時代に、卒後教育を大学で行うという従来のシステムにどれだけの意味があるのかという疑問を持っていました。大半の若い医師は、病院で行う医療とは何なのか、また医師や看護婦の役割は何かといったことを含め、管理のバランスの取れた環境で仕事ができていません。むしろ、他のスタッフにかしずかれることをノーマルと考えてしまう風潮があります。大学病院こそ管理のバランスの取れた環境をつくるべきというのが、私の持論です。同時に民間病院における教育も必要ですが、神野先生は病院を臨床研修指定病院にしていくことも考えておられますか。

神野 現状では施設要件をクリアできていません。しかし、基準を満たしていずれは取得をめざしたいと考えています。

紀伊国 日本医療機能評価機構の問題にしても、臨床研修の問題にしても、日本の医療は構造的なものに視点が置かれがちです。もっと民間病院が得意とするソフトを重視すればバランスの取れた医療が実現するのではないかと思います。
本日はありがとうございました。


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