週刊「社会保障」(法研) 2000年1月3日・新春特別号 週刊「社会保障」(法研) 2000年1月3日・新春特別号

焦点・ルポ

医療分野における情報化が普及・進展

先駆者の亀田病院・恵寿病院の事例をみる


週刊社会保障2000.1.3

(記事)

  医療分野における情報化は、一部の先進的な医療機関による取り組みから、オーダリングシステムや電子カルテの導入など、ハード・ソフト両面の機能充実が進む中で、その推進・普及が図られている。厚生省はこうした情報化推進を支援してきており、昨年4月には、「診療録等の電子媒体による保存について」の通知で、電子媒体により診療録等を保存することを認めるとしている。情報化は医療情報の標準化やシステム開発コストなどの課題も多いが、医療現場における業務改善や、待ち時間解消など患者サービスの質の向上に大きな効果が期待されている。そこで情報化推進に先進的に取り組んできた千葉県鴨川市の亀田メディカルセンター、石川県七尾市の恵寿総合病院を取材した。



情報化が医療分野にも影響

  情報のデジタル化は、あらゆる産業・分野に大きな影響を及ぼしている。医療分野もその例外ではなく、診療録(カルテ)開示の方向と連動した形で、その本格的な開発に注目が集まる「電子カルテ」など、患者サイドから求められる医療情報の提供に極めて有効な手段として、医療情報のデジタル化に期待が集まっている。一方、医療機関・医療提供者サイドでも、業務の効率化やコスト削減の意味から、情報のデジタル化の流れがますます促進されつつある。

  こうしたなかで、国公立病院や大病院を中心に普及しているオーダリングシステムの活用は、診察室から検査部門や薬剤部門、さらには医事会計部門までをオンラインで結び、情報の共有化を図ることで。待ち時間の解消など患者サービスの向上や、レセプト電子化にも大きな効果をもっている。

  一方、厚生省は昨年4月21日付で、健康政策局長、医薬安全局長、保険局長連名の「診療録等の電子媒体による保存について」を各都道府県知事に通知し、法令に保存義務が定められている診療録等について、一定の基準を満たす場合には、電子媒体による保存を認めることとした。これまで診療録等の電子媒体による保存の可否が明らかにされなかったことが、事実上の制約となり、情報化の推進にとってマイナス要因となっていたが、今回の通知により、電子カルテ等の電子媒体の導入が促進されることが見込まれる。

  また、実際の診療の現場では、治療過程等の管理表ともいえる「クリティカルパス」の導入が進められつつあるが、このクリティカルパスのデジタル化も試みられている。

  これら情報化の取り組みは、単独のシステムでは、業務の効率化や患者サービスの向上に十分な効果が上がらないとの視点で、システムの統合化が図られる方向にあり、また、共通システムの普及を図ることで、ネットワークとしての地域的な広がりをみせはじめ、さらには医療に止まらず、福祉・介護分野への活用の道が模索されている。診療情報の標準化が未整備であることや、システム開発のコスト、制度上の制約等、さまざまな課題があるなかで、医療分野の情報化に先駆的に取り組んできた千葉県鴨川市の亀田メディカルセンター、石川県七尾市の恵寿総合病院を取材し、情報化の進展の方向性を展望する。

亀田メディカルセンターの取組み

第2世代電子カルテを稼動

データベースの活用ツールに

患者との意思疎通にも有用

    (略)

恵寿総合病院の取組み

専門知識・情報を共有化

  石川県七尾市にある特別医療法人財団董仙会恵寿総合病院(理事長・院長=神野正博氏)は、病床数454床を有し、能登半島地域を中心とした地域医療の中核的役割を果たしている。

  同病院の本格的な情報化への取組みは、神野理事長が院長に就任した平成5年から始まる。当初、バーコードを活用した診療材料院外SPD(Supply Processing Distribution)化に代表される業務改善(リエンジニアリング)が実施されていたが、その経過の中で、さまざまな分野を統合して管理する必要性から、コンピュータによる総合的な管理システムの構築が図られることとなった。つまり、コンピュータ導入の当初の目的は、既存のシステムの統合にあったことになる。

  しかし、その後の統合オーダリングシステムの導入やイントラネットサーバーの稼動、電子化クリティカルパスの運用という段階に至り、各システムの統合からステップアップし、「Knowlege Management」のツールとしての活用が意識されるようになっている。神野理事長は「病院では、さまざまの分野の専門家が独自の知識を持っている。その知識・情報を形式化し、共有可能なものとするためのツールとして、コンピュータを活用した情報のデジタル化は重要となる」と語る。

  神野理事長は、就任当初から、医療経営方針の見直しに取り組み、組織の再構築、業務改善、合理化の可能性の検証、情報管理などを徹底している。情報化への取り組みとしては、まず、業務改善の一環として、病院内の「物」の流れに対する見直しが行われた。

  同院は業務改善に、アウトソーサーを巻き込んだ形で取り組んできた。神野理事長は、「大規模な病院において、独自にシステム開発を行う場合も多いが、これは相当のコストも時間も必要になる。当院の場合、それとは異なる発想である。外部との委託・契約によって、より低コストでスピーディーな業務改善を目指した」と説明する。具体的には、診療材料SPD、薬剤物流・在庫管理、検査システム、コンピュータシステム(情報システム)を専門の企業と共同で開発してきた。同理事長は「企業が開発したシステムを他の医療機関に販売することで、同じシステムが地域的な広がりを持つことにもつながる。今後の地域医療の展開を考える上でも、ひとつのポイントとなるのではないか」とのべる。

患者を中核としたシステム

  これらの業務改善を踏まえ、同院では各部門のシステムを統合化するオーダリングシステムを平成9年1月から導入している。同システムは、患者を中核に据え、情報が球状に取り囲む構図で考えられており、KISS(Keiju Information Spherical System)と呼ばれる。特徴としては、すでにバーコードで対応していた材料、検査、薬剤等の管理と、その他のシステムの統合化を図り、システム全体をバーコード対応としていることである。バーコードを読み取ることで、さまざまな情報に到達することができるようになっており、バーコードシステムとしては全国初の実用化である。患者が持つ診察券にもバーコードが印刷され、新患受付からカルテ管理、患者情報の確認等あらゆる場面で機能することになる。例えば、検査等の場面では、オーダー用のバーコードを読むことで、検査のオーダー内容を読み取ることができ、また、診察や処方といった内容は、バーコードがシールとしてプリントアウトされるため、それをカルテに貼るという、極めて効率化された業務の流れが実現されている。

  こうした情報システムのメリットとして同理事長は、「一度入力したデータを、さまざまな切り口で活用することができる。ばらばらに入力される看護婦の入力データ、医師の入力データ等の各種データはサーバーに集積されるが、そこから必要なデータを選択して、別の形式に整理することもできる」とのべ、「したがって、従来は書類の転記作業というものが、スタッフの相当な負担となっていた面があった。こうした作業はいわば間接業務であるが、情報システムの活用は、これら間接業務の省略を可能とし、より本来的な業務への比重を大きくするものではないか」と指摘する。さらに、「患者の待ち時間の短縮、効率的な診療予約、スムーズな患者への情報提供など、多くのメリットがある」とのべた。

  平成9年10月にはイントラネットサーバーを稼動し、院内の情報の共有化を図っている。これにより、電子メールによる情報伝達、定型文書や資料等をデータとしてファイルすることで、ぺーパレス化が図られている。このイントラネットは平成10年9月から拡張され、同院関連医療機関や施設とのオンライン化が進められた。同理事長は、「現在は、グループ内のネットワークであるが、今後は、強調できる医療機関であれば、その医療機関とのネットワーク化は当然視野に入れていきたい」と語る。

効率的な医療の提供に有用

  平成10年10月には電子化クリティカルパスをオーダリングシステムと統合することで、画面上に設定したクリティカルパスが、患者に対して行われる処置、検査、食事などのオーダーとして登録されることになる。同理事長は、「従来から、クリティカルパスは診療内容の標準化、在院日数の短縮化やインフォームド・コンセントに役立つと指摘されている」とのべるとともに、「加えて、ある意味で“手を抜く”ためのツールとして有用である。医療のなかには、標準化が可能なものも多い一方で、標準化できない難しい医療も少なくない。標準化することでその医療に必要な人員であったり、所用時間を効率化できれば、その分を重傷度が高い患者、難しい医療に配分することができる」と指摘する。

  その他、最近の情報化推進の取り組みとしては、電子カルテを視野に入れたワーキンググループを設置し、検討を開始している。ワーキンググループには、同病と同一のコンピュータシステムのソフトウェアを使用する病院も参加している。同様に、今後予想されるDRG/PPSへの方向に対応するため、原価管理システムの構築に向けたワーキンググループを設けており、同システムは本年3月完成を予定している。

  さらには、介護保険対応の統合(施設・在宅・福祉)ソフトウェアの開発を進めている。これは、介護保険制度の導入を念頭においたシステム開発であり、同理事長は、「ある時は病院で医療を受け、その後は老人保健施設に入り、さらに特養老人ホームに移る。そしてまた重症化して病院で医療を受けるというケースが相当数起きると考えられる。しかし、従来はそれぞれが独立して動いているため、適切なサービスが提供できない。一人の患者を軸にして、医療・介護の情報を統合するとのコンセプトでシステムの開発を進めており、本年3月の完成予定である」と説明し、医療分野にとどまらず、介護分野も視野に入れた情報システム構築の必要性を強調した。

  同病院で取り組んできた一連の業務改善・情報化について、同理事長は、「実際の診療から会計といった流れは、確実に速くなっている。結果として外来患者数の増加につながっている。システム開発にはそれなりの経費もかかっているが、総体としてみれば、コストパーフォーマンスのあるシステムとなっているのではないか」と語り、病院経営面での効果も期待できるとの見解を示した。

介護や福祉への情報活用に期待

神野正博 特別医療法人財団董仙会理事長(談)

  今後、情報の電子化が進むことで、顧客データ・患者情報が蓄積されていくことになる。その結果、医療だけではなく、介護や福祉、保険といった分野への情報活用が可能となることが期待される。さらに特別医療法人に認められている物品販売分野への展開も考えられる。
  新しい情報システムの導入に当たっては、スタッフにも、やはり抵抗感もあったように思うが、結果として高い評価が得られている。
  一方で、情報化を進める際に、法的な制約もある。薬品の情報・物流を管理しようとした場合に、薬事法の規定で小分け搬送が認められていないことも一つの例である。また、オーダリングシステムの活用に関しては、システム上は紙が必要なくなったとしても、署名、捺印が必要な書類が多数存在していることが、徹底した情報化を進める観点では、阻害要因となっていることは否めない。情報化されたシステム化では、コンピュータにログインする際に、IDとパスワード等で管理することで十分な場合もあるはずである。国が情報化を進める方針であるにもかかわらず、一方で、制度的に進め難い状況が残されているというのが現状である。
  電子カルテの導入についても検討しているが、入力方式等について相当の工夫が必要であろう。そもそも、現在カルテに書かれている情報が、すべて情報化され、システム上で共有化することに馴染むものなのかについても、さらに検討する必要があるかもしれない。


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