熊本交響楽団沿革

「熊響30年の歩み」 (1995年11月刊) 内の山崎崇伸熊本交響楽団団長の文より

熊本にあったNHK九州放送管弦楽団のメンバーを中心にアマチュアオーケストラとして活動していた熊本放送交響楽団が、昭和31年、放送管弦楽団の福岡・松山移転に伴い自然解散となり、その後、熊本は市民オーケストラ空白の時期が続いていた。

昭和40年末、当時熊本大学フィルハーモニーオーケストラの指揮者だった合谷春人氏(故人)や熊本県警音楽隊長だった出田憲二氏(現熊本音楽短大学長)らの呼び掛けにより、熊本交響楽団が結成された。

結成直後の昭和41年5月、熊本県立図書館ホール(現熊本県立美術館別館)において第1回定期演奏会を開いている。演奏曲目はエグモント序曲、交響曲「未完成」、アルルの女第2組曲、交響曲「運命」であった。 昭和44年には、第1回八代市中学生音楽教室が開催され、八代市の中学3年生全員が、熊響の演奏を聴いた。この催しは現在も続いており今年(1995年)で28回を数え、既に数万人の中学生が参加している。

昭和44年には、オーケストラと合唱団による熊本音楽連盟が第1回の演奏会を開催、この演奏会も熊本市民会館の自主文化事業として現在まで続いている。また、同年熊響後援会が発足、楽器購入等に多大なご支援をいただき、演奏活動の大きな支えとなっている。

以後、全国アマチュアオーケストラフェスティバル熊本大会、国民文化祭・熊本アマチュアオーケストラ祭などの全国的な催しや、2度に亘る中国演奏訪問、東京での新幹線誘致コンサート、恒例となった県民第九の会演奏会等、地域に根差した幅広い活動を展開しながら現在にいたっている。

この間、昭和49年熊本県文化懇話会新人賞、昭和59年に文化庁地域文化功労者表彰、平成2年にくまもと県民文化賞を受賞している。


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