第2章 害敵手段の規制における原則

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 武力紛争に適用される国際法には二つの系列がある。一つはハーグ法といわれるものである。ハーグ法は主として、害敵手段や戦争の開始や停戦、降伏について適用される国際法の規則である。ハーグ法は1989年に締結され1907年に改正された陸戦の法規慣例に関する条約の付属書である陸戦の法規慣例に関する規則(以下、ハーグ陸戦規則)が核となっている。
もう一つはジュネーブ法と呼ばれるものである。これは、武力紛争時における傷病兵や捕虜、文民の保護を目的として規定されている国際法の規則である。もっとも、1949年の4つのジュネーブ諸条約ならびに1977年に作られた1949年8月12日のジュネーブ諸条約に追加される国際武力紛争の犠牲者の保護に関する議定書(以下、第一追加議定書)により、ジュネーブ法による保護の対象が元々のジュネーブ法による保護の起源である傷病兵から、海上の傷病兵・難船者、捕虜、敵権力下及び占領下の文民、そして戦闘時における文民や戦闘員へと展開していき、それとともに軍使や降伏規約などを除いたハーグ法のほとんどの領域がジュネーブ法の対象となった(*31)。このことを鑑みると、この二者の区別は後者が前者を包括する形でなくなりつつある。そこで、本論文ではジュネーブ法と害敵手段に関する規制に関するハーグ法を加えたものを国際人道法とする。
 この国際人道法を論じた最近の例としては、1996年7月の核兵器の違法性に関する国際司法裁判所の勧告的意見を挙げることができる。この勧告的意見の中で、裁判所は人道法を構成する主要な原則は文民と非軍事的な対象を保護し、戦闘員・非戦闘員の区別を確立すること、そして戦闘員に対して不必要な苦痛をもたらすことの禁止の二つであるとした。そして、裁判所は前者の原則の適用により、国家は文民を攻撃対象としたり、文民と戦闘員を区別せずに攻撃する兵器を使用することはできないとした。同様に、後者の原則により、国家は使用する兵器の選択について無制限の自由を有していないと述べている(*32)。さらに裁判所はこれらの基本的な人道法の原則は国際慣習法の逸脱できない原則を構成すると判断している(*33)
 この章では軍事目標主義と無差別攻撃の禁止の原則と不必要な苦痛を与える兵器の使用禁止の原則について、これまでの害敵手段を規制した条約、第一追加議定書を手がかりにその保護や規制の内容を概観する。

  第1節 不必要な苦痛を与える兵器の禁止

 不必要な苦痛、過度の傷害を与える兵器の禁止など武力紛争における戦闘手段や方法についての一般的な規制は追加議定書の第35条1項及び2項で「一般原則」という題の下で存在している。しかし、この条項の内容そのものは1907年のハーグ陸戦規則、もしくは1868年のセント・ピータースブルグ宣言にまでさかのぼることができる。
 このセント・ピータースブルグ宣言で実質的に決定したことはこの宣言の締約国間における戦争において、400グラム以下の爆発性若しくは燃焼性を持つ物質を充填した発射物を使用することを禁止することのみであった。しかし、この宣言の前文には不必要な苦痛を与える兵器の禁止の発展の基となる内容を含んでいる。
 まずこの宣言において、軍事作戦の目的とその方法を明確にした。宣言によると、武力紛争において国家が達成しようとする唯一の正当な目的は敵の兵力を弱めることであり、そのためにはなるべく多くの兵士を戦闘外に置くことで足りうるとしている。この文言は不必要に苦痛を与え、時には死に至らしめる兵器を禁止するためのリ−ドセンテンスとなり、将来の不必要な苦痛を与える兵器を禁止する可能性を認めるものであった。さらに、この宣言の後半部では「締盟国及加盟国ハ将来ノ理学ノ効果ニ因リ兵器ノ改良サルルニ当リ、此レニ確定シタル原則ヲ維持シ戦争ノ必要ト人道ノ法則トヲ調和スルノ目的ヲ以テ精確ナル提案ノイヅル時ハ更ニ此レニツキ協議スルコトヲ留保」している。この結果、第一回ハーグ国際平和会議においてダムダム弾及び毒ガスの禁止に関する宣言が採択、発効した。
 1907年の第二回のハーグ平和会議で改正されたハーグ陸戦規則ではセント・ピータースブルグ宣言の前文にある原則は条文の形に変化して取り込まれた(*34)。ハーグ陸戦規則第23条1項(e)で「不必要ノ苦痛ヲ与フベキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」が害敵手段として禁止された。第二次世界大戦後のニュルンベルグと東京の国際軍事裁判所はハーグ規則が文明国間で常に遵守されてきた慣習法であると宣言し(*35)、確立された国際慣習法の原則としてみとめられた。追加議定書第35条1項及び2項はこの原則を再確認したものであるといえる。
 ところが、この慣習法化への過程において不必要の苦痛という概念があいまいとされたまま対象を兵器一般に拡大したのである。この結果、この原則で兵器一般を規制する事ができるかという問題が生じた。
 これまでに展開されてきた不必要な苦痛の認識についての学説は、他の武力紛争における国際法の規則と同様に、軍事的必要性と人道の要請の比較衡量に基づいてなされるものであった。この学説は1973年に赤十字国際委員会によって開催された「特定通常兵器の使用に関する政府専門家会議」でも広く合意されたものである。しかし、この会議ではこの比較する両者が極めて異質なものであり、比較が困難であることについても合意に達した。その代替として、複数の兵器が利用可能であり、その害敵能力が同等である場合には、与える傷害が最も少ないと予想される兵器を使用しなければならないという具体的な基準を示した(*36)
 この基準についても批判がある。害敵能力を敵兵士に対する死傷率である対人害敵能力と兵舎や通信所などの軍事施設の破壊力である対物害敵能力に分ける場合、ほとんどの兵器がこの両方の能力を備えている。その場合、それぞれの害敵能力が異なる一方で、全体としては害敵能力は同等であるとはありえないという批判である。その理由としてそれぞれの害敵能力は異なるもので比較することはできないからである。
 ところが、兵士に対してのみ害敵能力を待つ兵器(対人兵器)は害敵能力の比較が容易である。よって、ある対人兵器全体の害敵能力が別の対人兵器のそれと同等という予想を立てることは可能であり、そのような場合も考えられる。これから、対人兵器に関しては先述の不必要な苦痛の基準は明確であり、妥当なものであるといえる。ゆえに、もともとのセント・ピータースブルグ宣言では、銃弾という対人兵器を規制していることから対人兵器に限った不必要な苦痛の概念といえる(*37)
 以上から、対人兵器に関しては不必要な苦痛という概念は具体的に適用することができると考えることができる。他の兵器一般については、不必要な苦痛という概念はいまだに曖昧さを持つものであり、これのみでは兵器の規制という面ではこの原則は作用しないと考えられる。しかしながら、不必要な苦痛を与える兵器の禁止の原則は戦争の惨禍を害敵手段の面からできる限り軽減させようとするハーグ法の目的を体現したものである。ゆえに、これがないと、先に述べた通り国家に使用する兵器について際限無き自由を与えることになる。よって、この最悪な状態を防ぐために不必要の苦痛という概念があいまいなままでも消す理由が無く、追加議定書まで受け継がれ国際慣習法の原則に変化したと考えられる。

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  第2節 攻撃対象の区別原則と無差別攻撃の禁止

 前節では、戦闘方法・手段を行うもの(主体)の規制である不必要の苦痛を与える兵器の使用禁止の原則について検討を行った。次に戦闘方法・手段の対象物(客体)に対する規制について検討を行う。
 核兵器の違法性についての国際司法裁判所勧告的意見では、不必要の苦痛を与える兵器の使用禁止の原則が適用されると、国歌は兵器の使用について無制限の自由を有さないとしている。この原則は攻撃対象の選択についてもあてはまり、交戦国が敵対行為を行いうる地域や対象も無制限ではない。一般的に場所については、中立国ないし第三国の領域及び月や南極地域(*38)など特に国際法上禁止された領域や場所では敵対行為は禁止される。それ以外の地域においても、一般住民保護の観点から一定の対象に対して攻撃あるいは敵対行為により直接被害を与えることが禁止される。その原則が攻撃対象の区別原則と無差別攻撃の禁止の原則である。
 これらの原則が条文の形で表れたものの一つがFrancis Lieberによる1863年のアメリカ軍の陸戦規則(*39)である。そして、これらの原則が国際法の平面に表れたのは1874年のブリュッセル宣言草案(*40)である。同宣言により、この原則が武力紛争における規制の基盤を形成するようになった。具体的な条文となったのは、ハーグ陸戦規則、戦時海軍力をもってする砲撃に関する条約、そして空戦に関する規則である。後二者は、1899年のハーグ陸戦規則で表明された主義主張を海軍力による砲撃ならびに航空機による攻撃についても及ぼそうとしたものである。しかし、それぞれの条約における規定は異なるものとなっている。
 ハーグ陸戦規則では、防守都市と無防守都市に占領対象を区別し、後者に対しては軍事目標を除いて攻撃が禁止される(第25条)。また、前者に対しては無差別攻撃が認められてはいたが、砲撃を通告することと宗教・技芸・学術のために供せられる建物及び歴史上の記念建造物への損害を防ぐために必要な一切の措置を執ることが条件となっている(第26条、第27条)。戦時海軍力をもってする砲撃に関する条約は先のハーグ陸戦規則と同様に防守地域の無差別攻撃が認められているが、非防守地域では、軍事上の工作物、軍の建設物など同条約第2条の例外を除き、砲撃が禁止される(第1条)。一方、空戦に関する規則では第22条で普通人民を威嚇し、非戦闘員を損傷させるための爆撃を禁止している。さらに爆撃の目標は第24条で軍事目標のみの爆撃を適法とし第2項で軍事目標を列挙しており、明確な軍事目標主義を採用している。これらから、区別の程度の差はあるものの、攻撃の対象を区別し非軍事的な対象への攻撃を禁止している。
 しかし、二度の世界大戦、特に第二次世界大戦中における戦闘手段のおびただしいまでの発展は国家実行において、攻撃目標の区別という原則を危険にさらした(*41)。戦後、ニュルンベルグや東京の国際軍事法廷は、前節の不必要の苦痛を与える兵器の禁止と同様に、この区別の原則が文明国の間で常に遵守されるべき国際慣習法になっていると判断した。
 戦後のこの原則の発展は国連総会や赤十字国際委員会が中心となった。国連総会は攻撃目標の区別の原則を含む武力紛争下における基本的な原則を再確認した1965年の赤十字国際会議の決議を取り上げた決議2444(]]V)を採択した。国連総会はその後、それぞれの会期において人道法の再確認と発展について一ないし複数の決議を採択した。特に「武力紛争下における文民の保護に関する基本原則」と題された国連総会決議2675(XXV)では区別原則を含む8つの原則を将来の人道法の見直しにおいても武力紛争における文民を保護する基本原則であることを確認しているが、この決議で国連総会によって規定された原則が第一追加議定書全体に組み込まれている(*42)
 第一追加議定書では、第48条、第51条、第52条に区別原則や無差別攻撃に禁止について規定している。第48条は「紛争当事国は文民たる住民及び民用物に対する尊重及び保護のため、常に、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標とを識別することができるようにする。紛争当事国の軍事行動は軍事目標のみを対象とする」ことを敵対行為の影響に対する文民の一般的な保護の基本原則として規定している。赤十字国際委員会による第一追加議定書のコメンタリーによると、第48条は文民と民用物は武力紛争において尊重若しくは保護され、その目的のためにそれらは戦闘と軍事目標から区別されなければならないという戦争慣例や武力紛争法の明文化の基盤であるとしている(*43)。また、第51条では文民たる住民の敵対行為からの保護について詳細な規定を置いているが、コメンタリーによると第51条が文民ができるだけ敵対行為の外にとどめ置かれ、武力紛争から生ずる危険に対して一般的な保護を享受するという国際慣習法を明確に確認したものとしている(*44)
 第一追加議定書では区別の基準について軍事目標主義が取り入れられたが、この軍事目標の定義も空戦に関する規則から変化していった。
 先に述べた空戦に関する規則第24条では「その破壊またはき損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標」を軍事目標の定義とした。しかし、この定義における軍事的利益は攻撃を行う当事者国の一方的な評価に依存することになるから、極論として、再広義の軍事必要観念を導入し、いかなる攻撃をも正当化してしまう危険性を孕んでいる(*45)
 第一追加議定書はこの定義に所与の状況における明確な軍事的利益という状況的要素が導入された。すなわち、第一追加議定書第52条2項において軍事目標を「その性質、位置、用途または使用が軍事活動に効果的に貢献するもので、その全面的又は部分的な破壊、奪取または無効化がその時点における状況下において明確な軍事的利益をもたらすもの」(強調文字筆者)という定義がなされている。しかし、この定義においても状況下における明確な軍事的利益に主観的な裁量が入ることになり解釈の相違が表れる可能性がある。
 第一議定書第51条4項では無差別攻撃を禁止している。無差別攻撃は軍事目標主義や攻撃対象の区別原則の論理的帰結であるが、この条項は赤十字国際委員会による第一追加議定書の最終案では文民保護の原則規定として位置づけていた(*46)。第51条4項によると、無差別攻撃は(A)特定の軍事目標を対象としない攻撃、(B)特定の軍事目標のみを対象とすることのできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃、(C)この議定書に規定する限度を超える影響を及ぼす戦闘の方法及び手段を用いる攻撃のいずれかであり、そして軍事目標及び文民または民用物の区別無しに打撃を与える性質を有するものと定義している。

 さて、以上二つの原則を対人地雷について適用するとどのように言えるのであろうか。対人地雷の廃絶を主張する立場からは、対人地雷による被害が主に文民であることと、軍事施設のみならず街の中にまで対人地雷を埋設されている状況から、軍事目標及び文民または民用物に区別なく打撃を与える兵器と主張することもできる。また、あえて対人地雷の爆発力が成人の手足を吹き飛ばす程度の押さえていることをもって不必要の苦痛を与える兵器であると主張し、そして対人地雷の使用が国際慣習法上違法であると結論づけることも可能である。
 その一方で、対人地雷を実際に使用している国は対人地雷も使用方法によっては適法であり且つ正当な兵器であると主張している。その理由として、第一に文民への被害は地雷の存在の善悪より地雷の敷設方法に依拠するものであること、第二に不必要の苦痛や軍事目標といった二つの原則の根幹を構成する概念が確固としておらず、各国が受け入れることができる定義がなされていないことを挙げている。
 よって、これまでの国際法の慣行では、実際に使用を禁止・制限する特定の兵器については個別に条約が作成され、適法・違法の問題が明確にされてきた(*47)。次章以降で取り扱うCCW条約の第二議定書やオタワ条約もこの慣行に基づいて作成されたものである。


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