はじめに

 日常の動きを眺めてみましょう。海に行けば波が寄せては返し、魚が群れをなして泳ぎ、海草が揺らぐようすが見られます。山に行けば木々の枝がそよぎ、葉が揺れながら池に落ちて波紋をひろげます。町では車が赤信号で止まり、青信号で再び走り出します。日常の世界はこのように動きに満ちています。

 このような複雑な動きを生じさせるものは何でしょう。物理学では「力」というものが物体の動きの変化を生じさせると考えます。たとえば、物体が落下するのは重さの力、すなわち重力によると考えるわけです。そして、力と物体の運動を結びつける重要な法則が「ニュートンの運動の法則」です。物理学の学習はこのニュートンの運動の法則を学ぶことが最初の大切な目標となります。

 ところで、私たちは生まれてから今までずっと、物体の動きを見たり物体をつかんで投げたりといった体験をとおして、力と物体の運動のルールを無意識のうちに学んできています。例えばあなたが野球が上手であれば、ボールをバットで打って力を加えれば、ボールはものすごいスピードで跳ね返されることを知っていますし、打たれたボールがどこに落ちるか直感的に予測してボールをキャッチするでしょう。私たちの頭の中には、物理法則を意識していなくても、物理学的な経験と知恵がいっぱい蓄えられていて、それをもとに生活しているといえます。

 さて、学校の理科の時間におこなう物理の勉強では、日常の物体の動きや力などを正確に記録し認識することから始まり、ニュートンの運動の法則の理解へと進んでいきます。普通に生活していれば、物体の動きは日常的なものですから、物理は簡単であるはずです。ところが、実際は全く逆のようです。多くの人が物理はわからない、苦手だと思ってしまっています。どうしてこのようなギャップが生まれてしまうのでしょう。いろいろな原因があるでしょうが、一つの要因に、物理でよく登場する摩擦や空気抵抗がないなどの理想化された世界が、日常の世界とかなりかけ離れていることが多く、違和感を感じてしまうことがあるのだと思います。例えば「力がはたらかなければ、運動している物体は同じ速さで直線上を動き続ける。」という慣性の法則。摩擦や空気抵抗がある日常の世界では、物体が動き続けるためにはずっと力がはたらかなければならないということが、経験上正しいことです。だから、慣性の法則を説明されても、にわかには納得できません。歴史的に見ても、この考えが認められるまで、ギリシャ時代の哲学者アリストテレスからガリレオまで二千年近い時間がかかっています。

 本書と付属のCD-ROM内のJava アプレットと呼ばれる小さなソフトウェアは、このようなギャップを埋めることを第一の目的として作成されています。ニュートンの運動の法則から計算された動きを表示するアプレットをつかって、物体の動きと力の関係をいろいろな場合について疑似体験していく。その過程を通じて、運動の法則が描き出す世界と、日常の物体の運動との関連に気づき、運動の法則の意味を理解していく。そこからより深く物理学というものを理解し、身のまわりの自然の仕組みも理解していく。そのような手助けをしようというものです。だから、できるだけ数式は使わず、アプレットも日常の物体を扱うように直感的に操作でき、いろいろな場合を自由に試していけるようにつくってあります。中には得点が出るアプレットもありますので、楽しみながら使えるでしょう。

 なお、本書を読み進む場合、できるだけ現実の物で観察や実験を行ってみてください。たとえば球を動かしてみるアプレットの場合、手近にあるボールを実際に動かしてみて、アプレットの内容を体で確認してみてください。本書に付属するアプレットは、物理法則から見えてくるものを表示しますが、あくまで物理を学ぶための道具であって、それ以上のものではありません。真の発見はやはり自然を観察したり実験をとおして行われますし、現実の世界から離れてしまっては、物理ではなくなってしまうからです。

 本書は中・高生や、物理に興味を持っている大学生や一般の方を読者として想定しています。したがって、内容は物理学の本当に初歩です。しかし間違いなく物理的な考え方を学ぶ上での大切な部分であり、物理をさらに先へ学んでいくための出発点ともなる部分です。ぜひ、じっくり取り組んでみてください。また、付属のアプレットは理科の先生が、教具として授業などで使うこともできるでしょう。

 本書とアプレットが、物理を学びたいという皆さんの少しでも手助けになればと願っています。

     2004年 9月

加藤徳善   

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