比較宗教(仏教とキリスト教)

法華経と聖書

法華経の三大思想はなぜこうも聖書に似ているのか。


日蓮。彼は法華経に帰依(きえ)することを広めた


法華経=日本仏教のバイブル

 法華経(ほけきょう)は、いわば日本仏教におけるバイブルのようなものとして、古くから宗派の別なく、仏教徒の間で読まれてきた経典です。
 法華経は、日本でははじめ、叡山(比叡山の略称)の天台宗において研究されました。法然、親鸞、道元、日蓮など鎌倉新仏教の祖師とされる人々も、一度は叡山の学僧となりましたから、彼らはみな法華経にふれています
 彼らのうち、とくに道元と日蓮は、最後まで法華経と深い関係を持ちました。
 道元の著した『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう)には、法華経の言葉が数多く引用されています。また彼は、病重きを悟ったとき、法華経の詩句を口に唱えながら、死に対する心の準備をしたといいます。
 一方、日蓮は、法華経をシャカの唯一の真の教えとし、「南無妙法蓮華経」の題目を説き、法華経信仰を広めました。彼はまた、自分を「法華経の行者(ぎょうじゃ)」と呼び、苦難の中でも法華経信仰に生きました。
 法華経は、仏教の発祥地インドでは、ほとんど見向きもされなかった経典です。しかし、大乗仏教の伝わった中国や日本では、非常に重要視される経典となりました。
 今日、中国の大乗仏教はほとんど消滅状態にあるので、日本は、法華経が今なお篤く信奉されているほとんど唯一の国です。
 天台宗では、法華経を"第一の"経典とし、日蓮宗では、法華経をシャカの"唯一の"真の教えとしました。こうした宗派では、法華経は絶対的な権威を持った経典なのです。
 近代の仏教系新興宗教の中にも、法華経を信奉するものが、数多く現われました。「霊友会」「立正佼成会」は法華経信奉団体ですし、「アメニモマケズ」の宮澤賢治も法華経信者でした。
 彼らの"法華経信仰"すなわち"一書に対する信仰"は、ある意味では、クリスチャンの"聖書信仰"にも比べられるものです。クリスチャンが聖書のみを信仰の拠り所とするように、日蓮・法華信奉者においては、法華経のみが信仰の拠り所とされているのです。


日蓮臨終の時、枕頭にかか
げられたとされる大曼陀羅。


法華経は一〜二世紀に記された

 法華経の現代語訳は、岩波文庫に収録されているものを見ると、上中下の三巻となっています。しかし、その半分のページは漢訳と文語訳に占められ、また注も多いので、本文の現代語訳そのものは文庫本一冊程度の分量です。
 それはちょうど、マタイ・マルコ・ルカの三福音書を合わせた程度の分量に匹敵します。ですから、それほどの量ではなく、読もうと思えば誰でもすぐに読み通せるでしょう。
 法華経は、いつ頃記された経典なのでしょうか。学者によると、西暦一〜二世紀にかけて記されたとされています。立正大学の田村芳朗教授は、こう述べています。
 「方便品第二から授学無学人記品第九までを第一類とし、西暦五〇年頃の成立と見なし、法師品第一〇から囑累品第二一までと序品第一とを第二類とし、西暦一〇〇年頃の成立と見なし、薬王菩薩本事品第二二から普賢菩薩勧発品第二七までを第三類とし、西暦一五〇年頃の成立と見なす」。
 法華経は、西暦五〇年〜一五〇年頃に記された、とされているのです。それまで口伝で伝えられていたものを、経典としてまとめた、というわけです。
 シャカが在世した時代は紀元前六世紀ですから、法華経はシャカの死後、じつに約六〇〇年もたって記されたことになります。
 実際、現代の学者がインド原典について調べた結果、法華経の原典に出てくる単語はシャカの時代のものではなく、ずっと後世のものであることもわかっています。
 これはちょうど、二〇世紀に生きる人が、一四世紀の人物・・たとえば後醍醐天皇の伝記を書くようなものです。そんなに昔の人物に関して、正確なことを書くことがいかに困難であるかは、ちょっと想像してみただけでもわかるでしょう。
 これに対し聖書・・たとえば新約聖書は、イエス・キリストの在世された時代である西暦一世紀の間に記されました。とくに新約聖書の福音書は、イエス・キリストの直弟子たちによって記されたものです。
 イエス・キリストと寝食を共にした弟子たちが、自分の見聞きしたありのままを記しました。新約聖書の書簡も、キリストの直弟子や、キリストから直接啓示を受けた者(使徒パウロ)によって記されました。
 このように新約聖書は、キリストの在世された西暦一世紀の間に、キリストを実際によく知っていた人々によって記されたのです。これは、シャカの死後六〇〇年もたって後世の人々が記した法華経とは、著しい対照をなしています。


法華経はシャカの直説ではない

 ここで、六〇〇年も後に記された法華経が、本当にシャカの言説そのままなのか、という疑問が当然わいてきます。これについて、田村教授(仏教徒)はこう述べています。
 「キリスト教ではバイブル一冊なのに、なぜ仏教では、いくつもの経典ができあがったのか。・・・・合理的な批判精神の発達した現代人なら、すぐ察しがつくように、経典の多くは、シャカなきあと、長期にわたって仏教徒が作りあげていったものだろう、ということである。
 経典を読めば、現実とかけはなれた空想的な事柄やフィクションでいっぱいなことを知るので、『法華経』とても例外ではない。これだけでも、後世の産物であることがわかる。
 では、仏教徒が勝手に作り上げたと一見してわかるものを、どうしてシャカの言説としたのだろうか。悟りを開いてブッダ(仏陀)となったシャカの名を語るわけであるから、あつかましいと言えば、これほどあつかましいことはない。
 この点については、いろいろと理由が考えられているが、その一つとして、インド人は歴史というものに関心が薄かったからだとされる。・・・・」
 当時のインド人は、現代の欧米人や日本人とは違い、歴史を正確に保存しなければならないという意識が、きわめて希薄でした。実際、インドには歴史書がないと言われます。
 インド人は、自分の新しい考えを述べようとするとき、著者を自分とはせず、あたかも過去の偉大な人物が語ったかのように記すのが、常でした。今日で言えば歴史の歪曲にあたりますが、当時のインド人の間ではそうしたことは日常的であり、とくに責められることもなかったのです。
 こうして、後世の仏教徒の作である法華経も、シャカが語った言説とされました。田村教授は言っています。
 「インドの仏教徒たちは、シャカについていえば、その歴史的な事実に興味はなく、ひいては後世の作である経典を、シャカの言葉や教説としてはばからなかった」。
 仏教の経典には数多くのものがあり、それらはどれもシャカの語った言説という形をとっていますが、互いに教えが矛盾しています。本当にシャカが語ったものなら、どれも同じ教えのはずなのに、経典ごとに教えが違っているのです。
 これは大乗仏典というものが、じつはシャカの説いた直説ではなく、後世の仏教徒の作であるからなのです。
 こうした事情は、キリスト教ではどうでしょうか。
 キリスト教では、六六巻から成る聖書が「正典」とされています。しかし、じつはこれ以外にも、「外典」「偽典」と呼ばれる書物が存在しています。
 たとえば私たちの聖書には、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四つの福音書が収録されていますが、じつはこれ以外にも、聖書中に収録されなかった『ナザレ人福音書』(二世紀)、『エビオン派福音書』(二世紀)、『ヘブル人福音書』(二世紀)、『エジプト人福音書』(二世紀)、『ペテロ福音書』(二世紀)、『トマス福音書』(二世紀)、その他の『福音書』が存在しています。
 けれども、これらはみな、キリストを直接知らない後世の人々が記したものなので、キリスト教会はこれらの書物をみな、聖書正典から除外しました。これらは神の霊感を受けていない、としたのです。
 もしキリスト教会が、これらの書物も『聖書』正典としていたら、キリスト教の教えは仏教界と同様に混乱したものとなったでしょう。しかしキリスト教では、信頼に値しないものは、正典に入れなかったのです。
 また反対に、もし仏教界が、キリスト教会のとったような取捨選択を行なっていたら、仏教界の混乱は避けられたかもしれません。しかし、シャカ自身の記したものや、シャカの直弟子たちの記したものは何も残っていないので、それもできなかったのでしょう。


キリストは久遠実成(くおんじつじょう)
の救い主である ホフマン画


自画自賛の法華経

 つぎに、法華経の内容について見てみましょう。
 法華経には随所に、法華経自体に対する賛辞の言葉が記されています。たとえば、
 「私(シャカ)の滅後(死後)、この経を信じ、他者のために生き、努力するなどの行ないをする者は、その功徳は大空が地をおおうほどのものである」
 「人々の中にあって、もし法華経を信じ、あるいは読み、唱え、説き弘め、書写する者があれば、その眼、清浄にして八〇〇〇のすぐれた能力を獲得するであろう。その者は、全世界の何であれ、くまなく見ることができる。下は地獄から、上は神々の世界に至るまで、そのなかの一人一人の様子をも明らかに見る眼を持つであろう」。
 これらはほんの一部ですが、法華経自体が、法華経を信じる者に説いている功徳の例です。法華経は、こうした自画自賛に満ちているのです。『日蓮の本』(学研)と題する解説書には、こう記されています。
 「法華経には、常識的な考えではとんでもないような空想的な話が、次から次へと出てくる。それよりも不思議なのは、法華経というありがたい経典があると、法華経の中で説かれていること。遠い昔から多くの仏が説いてきた究極の経典が法華経であり、信じる者には無限の恩恵が与えられると、繰り返し語られている。
 しかし、そのありがたい法華経自身の中身は何かとなると、まったく語られていない。こういうのを自画自賛というのかも知れないが、法華経が法華経をほめちぎった経典が、いわゆる法華経という変なことになっているのである」。
 法華経の内容は、大部分が自画自賛で、肝心の中身はほとんどない、と感じた人々は昔から多くいました。これがいわゆる「法華経=無内容説」で、かつてそれを説いた一人に、平田篤胤(ひらたあつたね 神道家、一九世紀)がいます。
 彼は、法華経は"中身のない能書き"だと評しました。富永仲基(儒学者、一八世紀)も、
 「法華経は自画自賛ばかりで、教理らしきものがなく、経と名づけるに値しない」
 と言っています。現代の仏教学者の中にも、法華経には理論というものがない、と評する人が少なくありません。田村教授も次のように述べています。
 「法華経にざっと目を通してみると、効能書きのみで内容がない、との感を受ける。前半では教説らしきものが見えるが、分析的でなく、精密な理論の展開は存せず、後半になると、盛んに法華経を信奉することの功徳が説かれてくる。
 極端な言い方をすれば、法華経とは法華経の賛嘆でしかない、ということである。法華経とは何か、ということは語られていない」。
 たしかに法華経は、教理を説いた所が非常にわずかです。しかし、全くないわけではなく、幾つかの新しい思想も説いています。
 法華経には、おもに三つの新しい思想があると言われています。それらは「一乗妙法」と呼ばれる万人成仏の思想、「久遠本仏」と呼ばれる永遠の救い主の思想、また「菩薩行道」と呼ばれる実践論です。
 「一乗妙法」とは、すべての人を平等に成仏させることのできる唯一の教えを意味します。「一乗」は"ただ一つの乗り物"の意味で、法華経の教えのことです。
 法華経が記された当時、「声聞」と「縁覚」は仏になれない、という考えが広まりつつありました。しかし、声聞も縁覚も菩薩も、みな平等にただ一つの教えによって成仏することができる・・それが法華経の教えだと、説かれたのです。それが「一乗妙法」です。
 つぎに「久遠本仏」とは、シャカは"永遠の仏"であるという教えです。シャカが二九歳で出家し、三五歳の時に悟りに達したというのは仮の姿であった。シャカは実は"久遠の昔"・・永遠の過去にすでに仏になった者なのだ、という思想です。
 シャカは、過去・現在・未来にかけて、永遠に人々を教化し続けている、とされました。法華経において人間シャカは、"永遠の仏""永遠の救い主"に昇格させられ、いわば"神格化"されたのです。
 もう一つの「菩薩行道」は、法華経を広めることが成仏のための行(ぎょう)だという教えです。「菩薩」とは仏の候補生のことで、やがては仏になるが、今はそのために修行を積んでいる者のことです。
 菩薩は、布施(分け与える)、持戒(戒律を守る)、忍辱(迫害に耐える)、精進(実践する)、禅定(心を安定させる)、智恵(真理を知る)という六つの教え(六波羅蜜)を守る必要があります。しかし法華経は、これら六つの教えも推奨するものの、さらにはるかに重要なのが、
 「この経を弘めること」
 だと主張しているのです。すなわち、法華経の宣布を、菩薩行の最大のものとしたのです。


法華経の思想と共通するものをすでに聖書が説いていた

 このように、「一乗妙法」とはすべての人を平等に救うことのできる唯一の教えがあるということであり、「久遠本仏」は永遠の救い主がおられるという教えであり、また「菩薩行道」は人生において伝道が非常に重要であることを説いたものです。
 このように考えてみると、これら法華経の三大思想は、聖書の教えとの間に明確な共通点を持っていることがわかります。これら法華経の三大思想と本質的に共通するものを、すでに聖書が説いていたのです。
 まず、"すべての人を平等に救うことのできる唯一の教えがある"ということから見てみましょう。
 聖書は、声聞・縁覚・菩薩というように、人々の能力によって教えを変えるようなことが、もとよりありません。すべての人に対して、ただ一つの教えを説き、その教えによってすべての人は平等に救われると説くのです。
 その教えとは、神の御子イエス・キリストを自分の救い主と認め、その十字架による罪の贖いを信じ、彼に従っていくことです。この教えに従うなら、だれでも救われます。
 そこには、声聞・縁覚・菩薩というような別はありません。国籍や、老若男女の別もありません。幼児でも、障害者でも、病人でも、ただ一つのこの教えによって救いに入るのです。聖書は言っています。
 「だれでも、キリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(二コリ五・一七)。
 聖書は、一乗妙法を説いているのです。
 つぎに、"永遠の救い主がおられる"という教えはどうでしょうか。これも、聖書が説いているところです。
 救い主イエス・キリストは、久遠の昔から永遠の未来まで生きておられるかたです。彼は万物の存在するようになる前から存在し、また永遠の未来まで存在されます。
 「御子は万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています」(コロ一・一七)。
 聖書では、永遠の救い主がおられ、その方はイエス・キリストである、と説かれているのです。
 では、永遠の救い主は聖書でキリストとされ、法華経ではシャカであるとされているのは、なぜでしょうか。
 先に述べたように、法華経は西暦五〇年以降に記されました。当時のインドには、すでにキリストの一二弟子の一人トマスが、伝道に入っていました。
 このことは、NHKの番組「シルクロード」の中でも述べられました。番組によると、インドのケララ州においては人口のいまだ五分の一がキリスト教徒であり、彼らは自分たちのことを「トマ(トマス)の子」と名乗っているとしています。
 トマスが建てたと言われる教会も現存しています。トマスはまた、その後中国へも伝道に行ったとのことです。


インドの聖トマス教会(チェンナイ=旧マドラス)
もともと使徒トマスがこの地に教会をつくった。
トマスのキリスト教思想の
仏教的焼き直しが法華経である。

 この頃のインドは、ローマ帝国との交易も盛んで、キリスト教のイエス・キリストに関する教えは少しずつ入り始めていました。
 こうした事情から、他宗教に対抗しなければならないという思いを持った仏教徒の中には、人間シャカを"永遠の救い主"に昇格させ、神格化しようとする者が現われました。インドの高名な宗教学者アーマンド・シャー博士によれば、キリストの使徒トマスの福音に対抗して、シャカを聖人から救い主に昇格させたのが大乗仏教である、とのことです。
 つまり"シャカは永遠の救い主である"という法華経の教えは、"キリストが永遠の救い主である"という聖書の教えの、仏教的"焼き直し"なのです。
 最後に、"人生において伝道が非常に重要である"という教えはどうでしょうか。これも、聖書の教えです。
 イエス・キリストは、昇天される前に弟子たちを集めて言われました。
 「わたしは天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして父・子・聖霊の御名によってバプテスマ(洗礼)を授け、またわたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい」(マタ二八・一八〜二〇)。
 キリストは、福音宣教を私たちの第一の義務とされました。私たちは福音宣教を実践することによって、神の子としての愛と義務を全うします。
 そしてこの福音宣教は、神からの啓示の書物・・聖書に土台していなければなりません。聖書にこそ、救いに必要な知識が十全な形で記されています。"聖書の伝道"こそ大切であり、それを行なう者には、神からの豊かな祝福が限りなく注がれるのです。


人々が仏教の名のもとに求めてきた
ものの究極は聖書の中にある


 これらのことから、私たちは何を結論することができるでしょうか。
 私たちは、法華経を通して人々が本当に求めてきたものは、じつは法華経の中にではなく、聖書の中にこそある、と知ります。
 すべての人を平等に救うことのできる唯一の教えは、聖書の中にあるのです。聖書のみが、真に実在される永遠の救い主について、述べています。
 それは神の御子イエス・キリストです。また聖書を信じ、聖書を宣べ伝える者に、神の祝福は限りありません。
人生の答えは、聖書の中にあります。人々が仏教の名のもとに求めてきたものの究極は、聖書の中にあるのです。

久保有政

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