聖書一日一章

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1日 旧約・エズラ記五章
 エルサレムの神殿再建工事は、近隣の者たちの妨害により、一五年間も中止されていた。
 しかし紀元前五二〇年、ペルシャのダリヨス王の治世の第二年に、ユダヤ人は預言者ハガイと預言者ゼカリヤの奨励を受けて、工事を再開した。
 このとき、ペルシャ帝国のもとでパレスチナ一帯を管理していた総督は、突然神殿再建工事が始まったのを見て驚き、これが許可されたことなのかどうかをユダヤ人に尋ねた。
 ユダヤ人は、神殿再建工事はもともと「バビロンの王クロス」が発した命令による、と答えた(一三)。
 クロスはペルシャの王である。なのに「バビロンの王」とも呼ばれているわけは、彼はバビロンを征服したとき、自分はバビロンを継ぐ正統な王だと主張したからである。
 総督は、ユダヤ人の返事を確認するため、ダリヨス王に手紙を書き送った。今日では電話をかければすぐ済むことだが、当時は手紙で確認を得るまで何か月もかかった。
 しかしその間も、ユダヤ人の上には「神の目が注がれ」(五)、神の保護があった。それで彼らは工事を続けることができた。私たちにも、神の目が注がれている。
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2日 旧約・エズラ記六章
 ペルシャのダリヨス王は、ユダヤ人に対して寛大であった。彼はクロス王の政策を引き継ぎ、ユダヤの神殿を再建させた。
 神殿の再建工事は四年間続き、紀元前五一六年、ダリヨスの治世第六年についに完成した(一五)。考古学者が発見した古代バビロニアの有名な「ベヒスタン碑文」にも、ユダヤの神殿の完成がダリヨスによって同年なされた、とある。
 こうして神殿は再建されたが、このとき、市街や城壁の再建はまだなされていなかった。それらはこの後七〇年以上にもわたって進展しなかった。しかし、少なくとも神殿が再建されたことは、ユダヤ人にとって大きな希望となった。
 エズラ記では、ペルシャからの帰還民は「ユダヤ人」とも呼ばれる一方で(四・一二)、「イスラエル人」とも呼ばれている(六・一六)。
 帰還民はまた、神殿完成後「イスラエルの部族の数に従って、イスラエル人全体の」罪のためのいけにえとして、雄やぎを「一二頭」ささげた(一七)。これは注目に値する。
 これは帰還民の中には、北王国イスラエルの一〇部族の人々も若干いたからなのである(一〇・二五)。
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3日 新約・マタイ二章
 ローマ帝国のもとでパレスチナを統治していた領主ヘロデ大王が残虐な人間であったことは、考古学者にも知られている。ヘロデは、自分が死んだときには誰も悲しまないから、多くの人の血を流して悲しませてやるのだ、と言っていた。
 ヘロデは、二歳以下の男の子を皆殺しにするという事件を起こした(一六)。多くの人がこの事件において、激しい怒りと悲しみを覚えた。
 しかしこの事件後、まもなくヘロデ自身が死んだ。そのとき、悲しむ者は誰もいなかった。
 事件の際に死んだ幼児たちは、天国へ行った。死んだ幼児たちは天国へ行くのである(マタ一八・三)。
 しかし幼児たちは、この地上で生きる権利を奪われたわけで、それを奪い、人々に大きな悲しみを与えたヘロデの罪は重い。彼は死後、よみの「苦しみの場所」に落ちたであろう。
 ヘロデは、そこで最後の審判の法廷に出る時を待たなければならない。彼が地獄に行くかどうかは、そのとき神が決定されることである。
 地上世界は、目に見えないところで、天国にも地獄にもつながっている。その世界にキリストが降誕されて、人々を導かれるのである。
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4日 旧約・エズラ記七章
 本章の「アルタシャスタ」(歴史学ではアルタクセルクセス)は、アルタシャスタ二世であり、四章のアルタシャスタ一世とは別人である。
 これはユダヤ人の最初の帰還後八〇年、神殿完成後六〇年を経過した紀元前四五七年のことであった。この年、レビ族の祭司であるエズラが、エルサレムに帰還した。
 エズラは律法学者でもあり、主の律法を熱心に調べていた。彼の帰還の目的は、エルサレムで人々に律法を教え、宮を美しくし、その礼拝を復活させることにあった。
 アルタシャスタ王はエズラに、「天の神によって命じられていることは何でも、熱心に行なえ。御怒りが王とその子たちの国に下るといけないから」(二三)と言っている。そしてエズラに、多大な援助を与えた。
 この背景には、純粋にアルタシャスタ王の宗教的な動機があったと見ることもできる。しかし、それだけでなく政治的な動機もあって、王がユダ州の政治的安定を望んだから、と見ることもできる。
 いずれにしても、神は異国の王にこの心を起こさせ、ご自身の計画を進められたのである。
 「主はほむべきかな」(二七)。
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5日 旧約・エズラ記八章
 エルサレムに帰還するエズラ一行は、神殿に持っていく多くの金銀を携えていた。もし強盗や追いはぎにでも会ったら大変である。
 それに、エズラ一行はかなりの大集団だった。非常に目立つ。彼らは、「道中の無事を神に願い求めた」(二一)。
 彼らは神に願い求めるにあたって、このとき「断食」をした。これは彼らの真剣さのあらわれである。
 願い求めるときに、必ず断食をしなければならないというのではない。しかし断食することにより、切なる思いがより強く神に伝わる、ということはある。
 神は彼らの願いを聞き入れ、「道中、敵の手、待ち伏せする者の手から・・・・救い出してくださった」(三一)。
 これはおそらく、彼らが敵に全く会わなかった、ということではないであろう。敵に会ったが、神の恵みにより、結局その難をのがれることができたのである。
 「神の御手は、神を尋ね求めるすべての上に幸いを下す」(二二)。
 私たちは今日も、神を尋ね求めているだろうか。私たちに必要なのは、何よりも、神ご自身である。
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6日 新約・ローマ二章
 「神は、ひとりひとりに、その人の行ないに従って報いをお与えになります」(六)。
 これは、聖書全体を貫く教えである。私たちが神に従い、信仰によって善を行ない、愛を実行するなら、それに対する報いは、天国の至福、永遠の命、歓喜、躍動、栄冠である。
 しかし、神に従わず、信仰に生きず、悪を行ない、真理から離れるなら、それに対する報いは、患難、苦悩、神の怒り、そしてついには滅びである。
 私たちは、やがて世の終わりに神の最後の審判の法廷に立つ日が来ることを、決して忘れてはならない。クリスチャンはそのとき、主の十字架の恵みにより、地獄への審判を受けることはない。
 しかし、クリスチャンもそのとき主の御前に立って、あることを問われるのである。それは自分に与えられた「タラント」「ミナ」「愛の機会」を充分に用いたかについてである。
 私たちは、今日の行ないについて、いずれ問われることになる。良いことについても、悪いことについても問われることになる。
 良心と、信仰に恥じない歩みをしよう。
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7日 旧約・エズラ記九章
 「のがれた者」(八)とは、残りの民=レムナントである。これは神学的に非常に深い意味を持った言葉であって、聖書全巻を流れる思想である。
 神はイスラエルの残りの民として、バビロン捕囚にあったユダヤ人を帰還させてくださった。そして、やがてこの残りの民の中から「真の残りの者」イエス・キリストが降誕されるのである。
 しかし、せっかく神がバビロン捕囚から帰還させて下さった残りの民でありながら、彼らはモーセの律法を捨てていた。
 当時、異邦人はひどい偶像崇拝の中にあったから、モーセはその汚染を防ぐため、彼らとの雑婚を禁じていた(一二)。しかし、民は雑婚をしていたのである。
 これを知ったとき、エズラは主の前に泣いて悲しんだ。このときエズラ自身は、律法を犯していなかった。しかし彼は、「私たちの咎は・・・・」(六)と言い、罪を犯している民の一人として懺悔している。
 クリスチャンには、ときに悲しみが必要である。憂いが必要である。神のために泣く涙が必要である。涙を通して初めて見える世界がある。
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8日 旧約・エズラ記一〇章
 指導者エズラが深刻に悲しんで祈っているという知らせは、やがて多くの民の間に知れ渡った。これは深い感化を及ぼし、民の間に罪を悲しみ憎む心を生じさせた。
 「大集団が彼のところに集まってきて、民は激しく涙を流して泣いた」(一)。
 エズラの深刻な祈りをきっかけに、民の間に一大リバイバルが始まったのである。エズラのように罪を悲しむことのできる人こそ、人をして罪を悲しませることができる。
 シェカヌヤは、自分自身は雑婚をしていなかったが、エズラに対し、「私たちは、私たちの神に対して不信の罪を犯しました」(二)と言った。これはエズラの感化である。
 同胞の罪を自分の罪のように悲しむ人こそ、周囲に深い感化を及ぼす。
 一九世紀アメリカの大リバイバリスト=チャールズ・フィニーは、ある日、道ばたで売春婦に出会った。すると彼は彼女を、深刻な悲しみと涙で見つめた。
 この感情が魂の奥底から出たものであることは、売春婦にもはっきり読み取れた。彼女はやがて泣き出した。そして、悔い改めてクリスチャンになったのである。
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9日 新約・マタイ三章
 ヨハネが授けていたバプテスマは「悔改めのバプテスマ」であった(一一)。そのバプテスマを、なぜ悔い改める必要のない、罪のない清い御子イエスがお受けになったのか。
 これはイエスが、罪人とご自分を「同化」されるためであった。「同化」ということが、イエスのご生涯を理解する重要な鍵である。
 イエスは、降誕して肉体をとることにより、人間と同化された。また生後八日目に割礼を受けられたことにより、イスラエル人と同化された。
 そして悔改めのバプテスマを受けることにより、罪人と同化された。またやがて十字架にかかって、審判と死にご自身を同化される。さらに、その三日後に復活して、その死を爆破されるのである。
 イエスは、幾つかの「同化」の段階を経て、人間の最も根源的な問題の中へと、つき進んで行かれた。彼は人間世界の不幸の中枢にまで入っていって、そこで不幸の根源を解決されたのである。
 ここに、イエスのご生涯の最も深い神学的な意味がある。イエスのご生涯は、まさに人間の不幸の中枢にまで入り込んでいく生涯であった。
 そしてその中枢で、人間の不幸を解決されるのである。
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10日 旧約・ネヘミヤ記一章
 本書は、バビロン捕囚からの帰還民によるエルサレム城壁の再建、および彼らの間になされた宗教改革について記したものである。
 ネヘミヤは、ペルシャの王宮で「王の献酌官」であった(一一)。給仕である。しかし王の側近として仕える役人であって、王の信任が厚くなければつけない役柄であった。また宮廷にも影響力があった。
 この仕事にある限り、彼には豪華な服も、食事も、住居も約束されていた。申し分ない身分であろう。
 しかし、ネヘミヤは故国の惨状を耳にしたとき、「すわって泣き、数日のあいだ喪に服し、断食して天の神の前に祈った」(四)。
 この光景は、かつてマザー・テレサが裕福な子女の学校の校長でありながら、貧しい人々の惨状を見て涙し、彼らのために生涯を捧げようと決心をした時等を思い起こさせる。
 神に用いられた人は、エズラにしても、モーセにしても、パウロにしても、みな深刻な涙の人であった。
 ネヘミヤの祈りは、まず罪を告白し、つぎに神の正義に服している。そして神のお約束を持ち出し(八)、御言葉によって望みを抱き、贖いの恵みに頼って願い、「どうぞ今日」(一一)と信仰をもって祈っている。
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11日 旧約・ネヘミヤ記二章
 ネヘミヤは、「キスレウの月」から「ニサンの月」まで四か月の間、「今日」(一・一一)という信仰をもって祈りつつ待ち望んだ。そしてついに道が開けた。
 ペルシャの王は、ネヘミヤの願いを聞くと、快くそれを受け入れてくれた。その願いは、ふつうなら厚かましいと思われるようなものだが、快く受け入れられたのは、ネヘミヤがいかに信頼されていたかを示す。
 ネヘミヤは、華やかなシュシャンの町にいたが、その心は常に荒廃したエルサレムにあったのである。
 これは、かつてヤコブ、ヨセフ、モーセにおいても同様であった。彼らはエジプトにいて、高い地位を占めていたが、その心は常に神の地であるカナンにあった。
 同胞を愛する者は、つねに憂いを抱く。キリストはかつて、地上の人々を愛し憂えたゆえに、荒廃した地上に降りて来られた。同様にネヘミヤも、エルサレムと神の民を愛し憂えるがゆえに、荒廃したその地に旅だった。
 新渡戸稲造が「悲哀の使命」ということを書いているが、私たちが生涯で最も尊い仕事にたずさわるのは、多くの場合、悲哀をきっかけとするのである。
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12日 新約・ローマ三章
 「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです」(二四)。
 「義と認められる」とは、今までのすべての罪が赦され、罪に満ちた過去が神の記憶からも消され、私たちがあたかも何も罪を犯さなかった者であるかのように、正しい者として神の御前に立つことができる、ということである。
 これが、神の恵みとキリストの贖いとのゆえに「価なしに」得られる、と聖書は言う。価となるものは、すでにみな神とキリストが支払ってくださった。だから、私たちは価となるものを何も差し出す必要はないのである。
 私たちは救われるために、良い行ないの数々を積み上げる必要はない。信仰をもって、救いを受け入れればよい。
 そして良い行ないは、救われるためにではなく、救われた感謝として行なっていけばよい。これが「信仰の原理」(二七)である。
 私たちはすでに救われたのだから、良い行ないをもって主の御名があがめられるように生きていきたい。
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13日 旧約・ネヘミヤ記三章
 かつてバビロン捕囚のさなかに、預言者エレミヤは、こう預言していた。
 「見よ。その日が来る。――主の御告げ。――その日、この町は、ハナヌエルのやぐらから隅の門まで、主のために建て直される」(エレ三一・三八)。
 これがネヘミヤの時代に成就した。エルサレム城壁は、様々な人々の協力により、紀元前四四四年、再建されたのである。
 その工事には、大祭司や祭司たちをはじめ金細工人、香料作り、商人、そのほか様々な職業の人々が参加した。女性たちも参加している(一二)。
 誰が何をしたか、名前も詳しく記されている。これは、神が私たちの仕事を十把一束に扱わず、各自の労をいちいち記憶して、相応の報いを下さることを示している。
 神はやがて天国で、クリスチャンたちの名前を一人一人呼んで、各自にふさわしい報いを下さるであろう。
 また、教会員は社会的地位のいかんにかかわらず、みな一致協力して神の家のために奉仕すべきことを、ここから学ぶ。主の御用が忙しいとき、来て協力しない者は祝福を失うであろう(士師五・二三)。
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14日 旧約・ネヘミヤ記四章
 ユダヤ人の領土の古い敵であるアラブ人、アモン人、アシュドデ人たちにとって、エルサレムの城壁再建は脅威にうつったのであろう。彼らは陰謀を企て、工事の妨害に出た。
 しかし、彼らのたくらみはネヘミヤに悟られ、神はその陰謀を打ち壊された(一五)。ネヘミヤは優れた統率力をもってユダヤ人をまとめ、幾多の障害にもかかわらず、夜を日に継いで工事を進めた。
 ネヘミヤは、神から示されたことをなしているのに、その実行には幾多の障害が伴った。
 私たちも、神から示されたことを実行する際に何の障害もない、と思ってはいけない。たいていは障害がある。障害があったときに、
 「神の導きのもとで始めたのに、なぜ障害があるのか」
 と思ってはいけない。私たちは困難や障害の中で、神に頼ることを学ばなければならない。
 かつてマルチン・ルーサー・キング牧師は、黒人の公民権運動を展開しているとき、幾つもの障害を乗り越えなければならなかった。いやがらせや、妨害が激しく彼に向けられたからである。しかし、私達は共におられる神によって困難を乗り越えるのである。
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15日 新約・マタイ四章
 イエスの最初の弟子となったペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネらは、みな漁師であった。
 一二弟子となったそのほかの者も、みな社会的な地位は低く、学歴もなく、無学な人々であった。イエス昇天後に弟子となる学者パウロ、医者ルカなどはともかく、イエスの最初の弟子たちは「無学のただびと」だったのである。
 しかし、そういう人々をイエスがあえてお選びになったのには、意味がある。「無学のただびと」だからこそ、やたらにこの世の知恵に富んだ人々よりも、素直に自分の生涯を神のために捧げられる。
 彼らは、「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」とのイエスの言葉を聞いて、すぐに従った(二〇)。
 私たちが神の使徒となるために第一に必要なのは、知識でも学歴でも社会的地位でもない。素直さである。
 使徒の働き四・一三には、
 「彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスと共にいたのだ、ということがわかってきた」
 とある。イエスと共にいることによって、私たちは優秀な弟子となる。
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16日 旧約・ネヘミヤ記五章
 当時は、貧困が進むと、その人は奴隷に売られた。ユダヤ人の貧民も相当数が奴隷に売られていたようである。しかし、ネヘミヤたちはそうしたユダヤ人奴隷たちを、できる限り買い戻していた(八)。
 ところが、エルサレムのユダヤ人富裕層は、無慈悲な行動のゆえに、新たに貧民を多く生み出そうとしていた。彼らは、ききんで苦しむ貧民に金を貸す際、担保をとっていたのである。
 モーセの律法では、同胞の貧民に対して慈悲深くあることが命じられていた(申命一五・七〜八)。たとえ担保を取っても、それを日没までに返さなければならなかった(申命二四・一〇〜一三)。
 同胞の貧民から利息をとることも禁じられていた。もちろん、同胞が奴隷に売られるような状態を許してはならなかった。
 ところが、ユダヤ人富裕層は、貧民のわずかな土地を担保にとった上、彼らがお金を返せなかった場合は、それを取り上げて、貧民が奴隷にされるのを許していた。ネヘミヤが怒った理由はここにある。
 ネヘミヤの義憤は、富裕層の良心を呼び覚ました。彼らは貧民の借金を、すべて帳消しにしたのである。
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17日 旧約・ネヘミヤ記六章
 敵は、エルサレム城壁の再建を阻止しようと、手を変え品を変えて妨害してきた。
 彼らは三つのわなをしかけた。第一は、ネヘミヤを平地の村に呼び出して殺害しようとしたことである(二)。しかし、ネヘミヤは行かなかった。
 第二は、脅迫である。ネヘミヤは王になろうとしているというようなうわさを、ペルシャ王に知らせるといった言葉をちらつかせて、ネヘミヤをおどしたのである(七)。
 しかし、それは事実ではなかったから、ネヘミヤは正々堂々としていた。また彼は神に祈っている(九)。
 第三は、敵はネヘミヤに罪を犯させようとした。彼らは、シェマヤという人物を買収して偽の預言をさせ、ネヘミヤを神殿の中におびき入れようとした(一〇)。
 しかし、神殿の本堂に入れるのは祭司だけである。ネヘミヤに、入る資格はない。もし入ったら、敬虔なユダヤ人はネヘミヤに敵対するようになる、と敵は考えたのである。
 ネヘミヤは、この手にも乗らなかった。彼は律法を守っていたので、わなに陥らなかった。私たちもネヘミヤと同じように、サタンの策略に打ち勝たなければならない。
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18日 新約・ローマ四章
 神は、「無いものを有るもののようにお呼びになる」(一七)かたである。
 アブラハムにまだ子が一人もいなかったとき、神は彼を「多くの国民の父」と呼ばれた。アブラハムはそれを信じた。それは彼の義とみなされた。
 また主イエスは、すでに命のないラザロの墓の前で「ラザロよ、出てきなさい」と言われた。すると、ラザロは出てきた。無いものを有るもののように呼ばれたのである。
 聖書には、
 「私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」(ピリ四・一九)。
 と記されている。
 私たちは事業をなすとき、たいていは乏しい資金や、人材の中で始めなければならない。しかし無から有を生じさせることのできる神は、主イエスにあるあなたの必要を、一切満たしてくださる。
 これを信じることが、私たちの義となるのである。
 私たちは神にあっては乏しいことがない。主は私たちを緑の牧場にふさせ、憩いのみぎわに伴われる。
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19日 旧約・ネヘミヤ記七章
 再建されたエルサレム城壁の中の広さは、東西に五〇〇メートル、南北に一キロ程度だったと言われている。しかし、まだそこにいる住民が少なかったため、それは「広々として大きい」(四)と感じられた。
 当時ユダヤ人の数は、ユダ州全体でも、わずか五万人程度であった(六六)。これは、かつて出エジプトをした民が約六〇万人であったことを考えると、ずいぶん減ってしまったものである。
 イスラエルはかつてソロモン王の時代には、世界最大の王国を誇った。周囲の国々の人々は、現在のユダヤの国を見て「ずいぶん落ちぶれたものだ」と思ったであろう。
 しかし、ユダヤは新しいスタートをしようとしていた。それは少数のレムナント(残りの者)によって再建されようとしていた。
 たしかに、ユダヤはまだペルシャ帝国の属国だったし、前途は多難だった。けれども、それを再建しようとする人々は、熱意と信仰に燃えていた。
国であれ、会社であれ、家庭であれ、またどんな事業であれ、それがどのような将来を持つかは、最初のひとにぎりの創設者たちの心と信仰で、ほとんど決まるのである。
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20日 旧約・ネヘミヤ記八章
 民はみな「いっせいに・・・・集まってきた」(一)とあるが、原語の直訳は、「ひとりの人のようになって集まってきた」である。
 民はみな、心を一つにして御言葉を慕った。御言葉を慕うのは、恵まれている証拠である。
 民は御言葉に熱心に耳を傾け、それを聞いて心を刺され、あるいは自分の過去を思って涙を流した。彼らは、自分たちがこれまで愛の神の前にいかに罪深かったかを思って、泣いたのである。
 しかし、いまや神が喜んでおられるので、彼らも喜ぶように励まされた(九)。
 御言葉に心を照らされれば罪を悔いて悲しむが、いつまでも悲しんでいてはならない。悔改めのために泣けと聖書に命じられてあるが(ヤコ四・九)、一方では信じる者は喜べと記されている(ピリ四・四)。
 民は喜び、聖書に記されているとおり祭りを祝った。彼らはごちそうを食べ、甘いぶどう酒を飲んで楽しんだ(一〇)。
 聖書は決して、一年中質素な生活をせよとは命じていない。主の祭りにおいては、私たちはごちそうを食べ、贈り物をしたり、踊ったりして、主を喜ぶべきである。
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21日 新約・マタイ五章
 ここに記された主イエスの山上の説教は、未信者に語られたものではなく、弟子たちに語られたものである(一)。これはこの世の人々が守るべき道徳として語られたのではなく、神の国に生きる人々が目指すべき倫理として語られたのである。
 じつは山上の説教は、ただ一つの教えに要約される。それは二〇節の、
 「もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に入れません」
 である。「律法学者やパリサイ人」は、道徳的には比較的すぐれた生活を送っていた。彼らは盗みや殺人をしなかったし、人様に迷惑をかける生活をしていなかった。
 しかし彼らの道徳は、自分たち自身の義のためだった。彼らの義は、自分の行ないによる義だった。
 けれども、キリスト者の義は、自分の義を現わすものではなく、キリストご自身の義を現わすものである。自分を通してキリストがあがめられることを願う生き方である。
 これは、律法学者やパリサイ人の義にまさっている。なぜなら、キリスト者の義は、自分の義ではなく、キリストご自身の義だからである。
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22日 旧約・ネヘミヤ記九章
 民は聖会を開き、主の律法の書を朗読し、それに耳を傾け、また告白し、讃美をして主を礼拝した。
 彼らは、主が「赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かであられる」(一七)と告白した。
 私たちは「一日一章」で、すでに旧約聖書の半分を通読してきた。私たちも彼らと同じように、旧約聖書の神が「赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かである」ことを、本当に感じざるを得ない。
 ある人々は、旧約聖書の神は怒りやすく、不可解な神であるかのように思っている。しかし聖書をよく学ぶなら、それは大変な誤解であることがわかってくるのである。
 民は、「私たちに降りかかって来たすべての事において、あなたは正しかったのです。あなたは誠実をもって行なわれたのに、私たちは悪を行なったのです」(三三)と告白した。
 私たちは神を非難する前に、まず自分自身を反省しなければならない。そうすれば、神には落ち度がなく、常に正しいことをなさっていることがわかってくるのである。
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23日 旧約・ネヘミヤ一〇章
 バビロンからの帰還民たちは、主の律法に従って歩むことを決意し、様々な取り決めをした。
 彼らはまず、外国人との雑婚を禁止した。これは当時、宗教というものに非常に血縁的な要素が強かったからである。
 結婚というものは、結婚する二人の結びつきだけではなく、二つの家の結びつきをも意味する。当時はとくにこの家の結びつきが非常に強く、それは宗教的同一化をも意味したから、外国人との結婚は即、異教の流入だったのである。
 民はまた、安息日を守ること、七年ごとの安息年を守ることを約束した。安息年には、すべての負債が帳消しにされた。これは貧しい人々が奴隷に売られないためであった。
 彼らはまた捧げ物等についても約束し、神殿がなおざりにされないようにした。彼らは一致団結し、信仰によって建国の意志に燃えていた。
 彼らはペルシャ帝国の支配下にあって、政治的・経済的自由は限られていたものの、できる限りのことをしていった。それは小さな国であった。しかし、紀元前五世紀の時代において、これほどにすぐれた国は世界のどこにもなかった。今日でも、ないかも知れない。
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24日 新約・ローマ五章
 「信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています」(一)。
 クリスチャンは、「神との平和」の中にある。
 私たちはかつては、生まれながらにして罪の中にあり、数々の罪を積み重ねてきたので、神の怒りのもとにあった。しかし今や、信仰によって義と認められ、主キリストによって神との平和を得ている。
 あの放蕩息子の父(ルカ一六章)が、息子を喜んで迎え、接吻し、涙をもって抱きしめたように、私たちは神との平和の中にある。神の家族の一員として、神の愛の中で生きることができる。
 つまり「神との平和」は、単に「おだやかで何もないこと」ではない。それは愛と幸福に満ちあふれているのである。
 ビリー・グラハム師が「神との平和」ということを書いているが、この平和が、私たちの平安また幸福の基礎である。
 神との平和を得ている者は、患難さえも喜ぶことができる(三)。それは患難が、忍耐、品性、希望へと私達を高めるからである。また神が私達を助けて下さるからである。
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25日 旧約・ネヘミヤ一一章
 エルサレムはここで初めて「聖なる都」と呼ばれている(一、一八)。
 イスラエル王国の栄光の日にもほとんど「聖都」という言葉は使われなかったが、ここに至って人々はエルサレムを初めてそう呼んだのである。
 時代的には、ユダヤはまだペルシャ帝国の属国にすぎなかったし、ユダヤ人の数も少なかった。しかし、人々のエルサレムへの思いは、かつてなく聖なるものとなっていた。だからこそ、エルサレムは「聖都」と呼ばれた。
 黙示録で、来たるべき新天新地の首都「新しいエルサレム」も、「聖都」と呼ばれている(二一・二)。それは「天にあるエルサレム」と呼ばれる天国が、新世界に降り下ったものである。それは来たるべき神の国である。
 私たちが今住む地上世界は、人の支配下にある。サタンの攻撃もある。しかし、私たちは来たるべき聖なる都を待ち望んでいる。
 私たちは来たるべき神の都を、聖なる思いをもって待ち望む。そこで神およびキリストと共に住める日がやがて来ることは、私たちにとって大きな希望であり、慰めであり、力である。
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26日 旧約・ネヘミヤ一二章
 捕囚からの帰還民は、生活の中心を神と聖書に置いた。彼らは礼拝を第一にし、讃美と感謝の生活をなした。
 エルサレム城壁の奉献式では、「数多くのいけにえをささげて、喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子供も喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた」(四三)。
 神をあがめる生活には、大きな喜びが伴う。その喜びの声は、はるか遠くまで聞こえるであろう。
 民は、様々の楽器を用いて神を讃美した。「十弦の琴」「立琴」またダビデ王発明の楽器等も用いて讃美した(二七、三六)。聖歌隊もいた。教会でも様々の楽器を用いて讃美することは、良いことである。
 人々は神をあがめ、指導者をあがめることはしなかった。指導者として活躍した総督ネヘミヤや祭司エズラは、神をあがめて、自分があがめられることを望まなかった。民も、人をあがめず、ただ神をあがめた。
 繁栄の基礎はここにある。牧師も信徒も、ただ神をあがめる。神中心、神第一の生活にこそ祝福がある。
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27日 新約・マタイ六章
 「自分の宝は天にたくわえなさい」(二〇)。
 私たちは、地上に宝をたくわえやすいものである。しかし、今までにどれだけの宝を、天にたくわえたであろうか。
 「七〇〜八〇年」と言われる人生である。それも、もし何も考えずに過ごすなら、あっと言う間に過ぎてしまう。私たちは人生の終わりに立ったとき、
 「ああ、私は人生において何をなしたのだろう。神様のお役に立つことを何かしただろうか。また神様の愛にもとづく良い行為を、何かしただろうか。私が生きたことによって、何かの益があっただろうか」
 と問われる時が必ず来る。そのとき、神様に、
 「お前はよくやった」
 と言われるような歩みをしよう。その一言を神様からいただくことさえできれば、私たちの労苦は報われるのである。
 しかし、よくやったしもべたちのために、神は単に言葉だけでなく、天国の宝を積んで待っていて下さる。私たちが、地上で信仰と愛に基づく良き行為をなすたびに、その宝が積まれるのである。
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28日 旧約・ネヘミヤ一三章
 ネヘミヤの留守中に、様々のことに関して、民の間に堕落の芽が育ち始めていた(六)。
堕落の芽は、はやくつみとらなければならない。ネヘミヤは、神殿を清めたキリストのような熱心さをもって、その芽をつみとることに全力を注いだ。
 ネヘミヤはそれをなし、
 「私の神、どうか私を覚えて、いつくしんでください」(三一)
 と言っている。彼は、人からの誉れではなく、自己満足でもなく、ただ神からの誉れを求めた。
 たとえ、人からほめられることがなくても、ただ神からほめられ、覚えていただきさえすれば、それだけで報われるのである。
 ネヘミヤはまた、神を「私たちの神」とは呼ばず、「私の神」と呼んだ。神は私たちの神であると共に、「私の神」でもある。ネヘミヤは「私の神」と呼ぶことによって、神とのより密接な関係を求めた。
 神はこうした思いを、決して無駄にはなさらない。神は私たちの思いをはるかに越えて、私たちに良くしてくださるであろう。
神に覚えられる歩みを、私たちはなしているであろうか。最終的には、人生はそれに帰するのである。
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29日 旧約・エステル記一章
 本書は、紀元前四七三年にペルシャ帝国内のユダヤ人を絶滅の危機から救った、一人のユダヤ人女性エステルに関するものである。
 時代的には、ゼルバベルによるエルサレム神殿再建よりも後のことであり、またエズラとネヘミヤのエルサレム帰還よりも前のことである。
 当時は、ユダヤ人の多くがまだペルシャに残っていた。彼らの中には、帝国内で高い地位につく者もいた。
 ペルシャ王アハシュエロス(クセルクセス一世)は、ある日大宴会を催した。この宴会は、有名なギリシャ遠征の準備に催されたものであったことが、考古学者の発見したペルシャの碑文によってわかっている。
 アハシュエロス王には、ワシュティという王妃がいた。しかし、宴会の席で彼女が命令に従わなかったので、王は彼女を王妃の位から退ける。
 これを機会に、のちにユダヤ人女性エステルが、王妃たちの一人として迎えられることになるのである。そして、ユダヤ人を絶滅の危機から救う機会を得る。
 もしエステルがユダヤ人を絶滅から救わなかったら、エズラとネヘミヤの祖国帰還はなかった。そして、その後のユダヤ人の歴史も、キリスト降誕もなかったのである。
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30日 新約・ローマ六章
 「私たちの古い人がキリストと共に十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています」(六)。
 罪からのきよめを受ける道は、「古き人」に死ぬことである。大死一番、古い自分に死ぬのである。キリストと共に十字架につけられて、あなたの古き人は死んだ。
 そしてキリストと共によみがえらされた。今私たちが生きているのは、自分が生きているのではない。自分のうちでキリストが生きておられるのである。だから聖書は、
 「あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい」(一一)
 と言っている。事実があり、聖書がそう言っているのだから、そのように思わなければならない。キリストと共に死に、キリストと共によみがえったという霊的事実を、心から受け取り、そう思うのである。
 力強い生涯は、きよめにかかっている。きよい人は強い。罪からのきよめは、自分という「古き人」に死に、キリストという「新しき人」に生きることにある。
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