創造論(科学的創造論) 創造科学

人類と地球の年齢

それらは思いのほか「若い」!


進化論者が「数百万年」と主張している人類の化石の
年代も、炭素14法では、せいぜい数万年にすぎない。

人類の年齢は数百万年か

 最後に、人類、および地球、宇宙の年齢、すなわち、それらが誕生してから現在まで一体どれぐらいの年月がたっているのか、という問題を検討してみましょう。
 これらの年齢の問題については、進化論者と創造論者との間に、大きな論争があります。進化論者によれば、宇宙、地球および人類の年齢は、どれくらいと言われているのでしょうか。ある進化論の解説書には、こう書かれています。
 「一五〇億年ほど前にビッグ・バンがあって、宇宙が始まった」(カール・セーガン著『コスモス』第三巻四〇頁)。
 「地球は約四五億年前に誕生した」(同七〇頁)
 「いまから二百数十万年前になって、わたしたちの人類の祖先がついに誕生した」(同九四頁)。
 しかし、これらの膨大な数字は、いったいどれだけ信頼に値するものでしょうか。本書では、まず人類の年齢について、次に地球、宇宙の年齢について検討していきましょう。
 現在よく使われる年代測定法の一つに、「炭素一四(C-14)法」と呼ばれる測定法があります。これは、ウォレット・レビーが考案したもので、彼はこのために、一九六〇年にノーベル賞を受けています。
 創造論者もこの方法は高く評価しており、この方法は四千年前ぐらいまでのものならば、年代のわかっている考古学的文書や資料との比較によって、その信頼性が確認されています。レビーは、
 「二組の年代(考古学的資料によってわかっている年代と、炭素一四法による年代測定結果)は、四千年さかのぼるところまで一致している」(トーマス・F・ハインズ著『創造か進化か』六二頁)
 と述べています。それ以上さかのぼる場合は、確かな考古学的資料がほとんどないので、その信頼性をチェックすることはできませんが、一般的に炭素一四法は、かなり信頼できる年代測定法と考えられています。
 彼はこの方法によって、人類の化石を調べ、人類の年齢を推定しました。その結果はどうだったでしょうか。それは、人類の年齢として"数百万年"というような数字を出したでしょうか。
 いいえ、決してそのような膨大な数字は出てきませんでした。『アメリカン・ジャーナル・フィジクス』に載せられた彼の論文によると、彼はその中で、人類の遺骸に関して到達できた年代は、いくら長くみても二万年から四万年位である、と結論しています(『マハナイム』九号四頁)。
 E・ハロンクウィスト博士も、炭素一四法で調べられた様々な標本について、次のように述べています。
 「ホモ・サピエンスの最も古い化石の一つと考えられている頭蓋骨(進化論者が二〇〜三〇万年前と教えているもの)は、炭素一四法で、八五〇〇年を示したにすぎません
 アウストラロピテクスは、一〇〇万年前から二〇〇万年前のものとされていますが、アウストラロピテクスが発見されたと同じ位置の、エチオピアのオモ川渓谷の動物の骨の年代は、炭素一四法で、一万五五〇〇年を示したにすぎません。
 ジャンジャントロプスが発見されたと同じ所の、アフリカのケニアのオルドバイ渓谷の哺乳動物の骨は、二〇〇万年前と報告されていますが、わずか一万一〇〇年を示したにすぎません」(『マハナイム』九号三頁)。
 さらに、次のように述べています。
 「炭素一四法の年代測定に関しては、(読者が)大学の図書館に行き、科学閲覧室で『Radiocarbon誌』を取り、自分で調べてみるならば、以上のことを裏付けることができます。この雑誌に記されている年代と、その調査結果をみると驚くでしょう。
 いわゆる有史以前の化石の炭素一四法による年代測定が、数百人の科学者によってなされました。その中にはネアンデルタール人、クロマニョン人、ブロークンヒル人、マンモス、マストドン、犬歯がサーベル状に発達したトラ、及び他の絶滅動物ばかりでなく、化石の木、森、石炭、石油、天然ガスの年代もすべて含まれ、これらはわずか数千年の古さにすぎないことがわかりました」(同)。
 これは、いったいどうしたことでしょう! 進化論者がとてつもなく長い年月を与えている化石も、炭素一四法によればどれも皆二万年以下です。
 これは、桁を間違えているのではありません。
 炭素一四法によれば、人類の年齢は、長くても二万年程度にすぎないのです。それでは進化論者は、いったいどこから"数百万年"という数字をもってきたのでしょうか。


進化論者は進化論に合う結果を選び取った

 一九六七年に発見された、化石化したひじの骨の小片について、新聞は、次のように伝えました。
 「ケニヤで発見された骨は、人類の年齢が二五〇万年であることを示す」。
 この「二五〇万年」という数字を、進化論者はどのようにして出したのでしょうか。
 これは、「カリウム―アルゴン法」と呼ばれる年代測定法で出されたものです。この方法は、放射性同位元素を用いているということでは「炭素一四法」と同じですが、原理的には全く異なっています。
 炭素一四法の場合は、直接、生物の化石を調べますが、カリウム―アルゴン法の場合は性質上それができないので、化石のなるべく近くの火山岩の年代を調べるのです。
 カリウム―アルゴン法の与える年代は、その火山岩が冷えて固まった時の年代を、意味します。そして、その火山岩の年代をもって、その生物の年代とみなすわけです。


カリウム・アルゴン法の与える年代は、火山岩が冷えて
  固まった時の年代をさすはずなのだが・・・・

 しかし、カリウム―アルゴン法による年代測定は、その信頼性に疑問がもたれています。カリウム―アルゴン法は、放射性カリウムの「半減期」を利用して年代を測るものですが、その「半減期」は一、三〇〇、〇〇〇、〇〇〇(一三億)年もあります。その膨大な時間をかけて、カリウムはその半分がアルゴンになるのです。
 カリウム―アルゴン法は、このカリウムとアルゴンの割合を測って、年代を決めようとするものです。数千年前のものであろうと、数百万年前のものであろうと、この方法で年代を測定しようとすれば、「半減期」の数字が何桁も違うのですから、それはあたかも"時針しかない時計で秒をはかる"ようなものです。正確な数字は、とても期待できません。
 また、この方法は幾つかの薄弱な仮定に基づいており、実際、今やこの方法による結果がきわめて不確かで、信頼性に乏しいことは、全世界から報告が入ってきています。東大の小嶋稔博士は、こう述べています。
 「『カリウム―アルゴン法』は、往々きわめて古い、もちろん真の年代とはまったく関係のない年代を与える傾向のあることが、知られている・・・・(また)求められた年代が、岩石の真の年代なのかどうかのチェックが大変むずかしい、という欠点をもっている」(『地球史』一二〇頁)。
 例えば、ハワイのファラライ火山で一八〇〇年から一八〇一年に形成されたとわかっている熔岩を、カリウム―アルゴン法で測定した結果が、一九六八年発行のある学術雑誌に出ています。
 カリウム―アルゴン法の半減期は一三億年もあるので、このようにわずか一七〇年前のものを測ると、その結果はほとんどゼロと出なければなりません。ところが、一億六〇〇〇万年ないし三〇億年前に形成されたと出て、どう取り扱ってよいかわからないと、報告しています(『マハナイム』九号四頁)。
 また、一九六八年一〇月一一日付けの科学雑誌『サイエンス』は、二〇〇年に満たないとわかっている火山岩が、一二〇〇〜二一〇〇万年を示したと報告しています。同様な結果は、ノルウェー、ドイツ、フランス、ロシア等、世界各地から報告されており、カリウム―アルゴン法が、往々にして真の年代よりも、はるかに古い年代を示すことを告げています。
 また、有名なリチャード・リーキー博士が発掘したアウストラロピテクス(「猿人」と呼ばれている最古の人類)にあてがわれた年代は、この方法を用いたもので、「二六〇万年前」とされています。ところが、年代測定の専門家E・T・ハル教授によると、最初調べられた時は、実は「二億二〇〇〇万年前」と出たということです。
 しかしこれは、年代があまりに古すぎるという理由だけで拒絶され、別の岩石の標本が調べられました。この標本の年代は、もっと受け入れやすい年代「二六〇万年前」という数値を出しました。それで、この数値が採用されたのです(シルビア・ベーカー著『進化論の争点』九三頁)。
 このことにも表れているように、進化論者はつねに、自分たちの進化論に合う結果だけを選び取り、他の結果は無視してきました。しかし進化論者が採用した年代は、きわめて根拠に乏しく、信頼に値しないと言わなければなりません。


人類の年齢は六千年程度

 進化論者は、炭素一四法による結果が、彼らの進化論に合致しないことがわかると、カリウム―アルゴン法による結果をもってきて、それを採用しました。しかし、それはカリウム―アルゴン法による結果が信頼に値するとわかったからではなく、単にその結果が、長い時間を必要とする進化論の考えに合ったからに過ぎません。
 進化論者には、一般に、きわめて長い年月を与える方法を受け入れようとする傾向があります。それは、人類がここまで進化するために長い年月を必要としたという考えに、とらわれてしまっているからです。へンリー・M・モリス博士の言っているように、
 「進化論の証拠は、単に進化を前提としているにすぎない」
 のです。進化論の「証拠」とされたものは、単に「進化は事実だ」という信仰に合うと見えるものが持ってこられたにすぎません。実際は、進化論に反する多くの証拠があるのです。
 もし、人類が下等な生物から「進化」してきたのではなく、はじめから人間として「創造」されたのだとすれば、その創造が何百万年も昔であったと考える必要は、ないことになります。そして実際、そう考えた方が、知られている科学的事実をよく説明できるのです。
 私たちの手元にある最も信頼できる証拠は、人類は生まれてから、まだそれほどの年月を経ていないことを示しています。じつは、さきほどの炭素一四法が与えた「数万年」という人類の年齢でさえ、真の年齢よりも大きくなってしまっている、と考えるべき理由があります。
 炭素一四法は、四〇〇〇年くらい前までのものならば、あらかじめ考古学的に年代のわかっているものと照らし合わせることによって、その精度を高められています。しかし、四〇〇〇年以上さかのぼるものに関しては、考古学的に年代のわかっているものがほとんどないので、その精度の確かさを知ることができません。
 炭素一四法は、ある特殊な前提の上に立っています。その前提とは、
 「大気中の炭素一四の量は、全時代を通じて一定だった」
 というものです。もし一定であったなら、四〇〇〇年以上前のものでも正しい計算が出来ますが、もし一定でなかったならば、正しい計算はできません。
 じつは、ノアの大洪水以前の地球における大気中の炭素一四の量は、現在よりも少なかった、と考えるべき理由があります。

 先に述べたように、大洪水以前の地球の上空には、「大空の上の水」と呼ばれる広大な水蒸気層が存在し、地球と大気をおおっていました。この水蒸気層は、宇宙線の侵入をはばみ、宇宙線によって生成される炭素一四の量を、少なくしていたはずです。
 当時の炭素一四の量が今より少なかったとすれば、年代を算出する際に、どのように影響するでしょうか。ある科学雑誌は、述べています。
 「大気中の炭素一四が今より少なかったとすれば、その生物が生存していた時からの期間として我々が算出するものは、長すぎることになろう」。
 つまり、大洪水前のものを炭素一四法で測ると、その結果は、真の年代よりも古く出てしまうことになります。したがって、人類の真の年齢は、先に述べた炭素一四法の示す結果「数万年」にさえも及びません。
 人類の創造は、聖書の文字通りの解釈によれば、今からおよそ六千年前です。炭素一四法による結果は、聖書のいう人類の年齢六千年という数字を、ほぼ支持していると考えてよいでしょう。


地球は若い

 次に、進化論で「四五億年」ないし「四六億年」と言われている地球の年齢については、どうでしょうか。
 創造論に立つ科学者らは、人類の年齢と同様に地球も非常に若い、と考えています。その証拠とされる幾つかの事実を、見てみましょう。


(一)宇宙塵の堆積年数
 まず、「宇宙塵」について見てみましょう。
 「宇宙塵」とは、宇宙のチリであり、非常に小さな隕石であって、宇宙のあらゆる方向から、つねに地球や月にゆっくり降り注いでいるものです。この「宇宙塵」の量は、地球も月もきわめて若いことを示しています。
 宇宙塵の降り注ぐこの速度は、概算では大体のことがわかっています。しかし、地球には大気や海があり、地表には常に動きもあるので、地球創生時から現在までに降り積もった宇宙塵の量を測定することは困難です。
 しかし月には、大気も海もなく、表面に動きもないので、月面に降り積もった宇宙塵は、月の創生時から現在までのものがそのまま積もって、残っているはずです。
 進化論者は、月の年齢は地球と同じく約四五億年と考えています。それで彼らは、月面の宇宙塵の量は数十メートルにも達しているだろうと考えていました
 実際、アポロ宇宙船に乗って人類初の月面着陸を果たしたニール・アームストロング船長は、あとでテレビのインタビューを受けたとき、最初に何を思ったかと聞かれて、こう答えました。
 「私は最初に、チリの中に埋もれてしまうのではないかと思いました」。
 彼は「古い宇宙」という考えと、進化の考えを教え込まれていたのです。しかし実際は、彼はチリの中に埋もれてしまったりはしませんでした。月面の宇宙塵は、数ミリしかなかったのです(『インパクト』二九号三頁)。月はきわめて若かったのです。
 月がそうであれば、地球もそうです。地球も若いのです。米国テキサス大学教授ハロルド・S・スラッシャー博士は、言っています。
 「宇宙塵の堆積年数は、数十億年というより、むしろ五〜六千年にしかならないことがわかります」(『インパクト』二九号三頁)。


月の宇宙塵は数ミリしかなかった


(二)彗星が存在すること
 第二に、太陽系内に彗星が存在するという事実を見てみましょう。
 彗星は、太陽のまわりをまわっている星です。その大部分は氷で出来ていると考えられています。それが太陽の近くを通り過ぎるとき、太陽風(太陽からの放射線)に表面を吹き飛ばされて、尾を引いて見えるのです。
 有名なハレー彗星は、大きな長い楕円形を描いて太陽のまわりをまわっていますが、七六年ごとに太陽の近くを通過するので、その尾を引く光景は地球からもよく観察できます。
 彗星は、この尾を引くときに、自分の持つ物質をしだいに失っています。つまり、年月がたてばたつほど、彗星は小さくなっていくのです。
 彗星は、どのくらいの期間で小さくなり、なくなってしまうのでしょうか。彗星は最大で一〇万年程度、またたいていの彗星は一万年程度でなくなってしまう、という計算結果が出ています(ラッセル・ハンフリーズ著 "Evidence for A Young World" Creation Science Foundation)。
 ですから、もし進化論者のいうように太陽系の年齢が四五〜五〇億年もあるとすれば、現在においてなおも系内に彗星が存在するという事実は、本当に不思議です。
 実際、進化論者らは、太陽系のはるか端のほうに、地球からは観測できない所に"彗星のもとになるものが存在しているのだ"という仮説を提出しています。そのような仮説でも立てなければ、彗星が今も存在するという事実を説明できないからです。
 しかし、"彗星のもとになるもの"は観測されたことがなく、また理論的にもそのようなものが存在するということは理解しがたいことです。
 ですから、彗星が今も存在している事実は、太陽系がきわめて若いことを示していると創造論者は考えています。


(三)大気中のヘリウムの含有量
 大気中のへリウムの含有量に関する考察も、地球が若いことを示しています。
 ヘリウムは、地殻の岩石などの中にある、放射性物質のウランやトリウムの崩壊の際に、たえず生成され、大気中に放出されています。大気中のへリウム含有量、また岩石からのへリウム噴出率と、その他の要因を考慮すると、大気、および地球の年齢を推定できます。
 その結果について、デュアン・T・ギッシュ博士とリチャード・B・ブリス博士の論文には、次のように記されています。
 「放射能崩壊からへリウムが大気に加わる率で測定するなら(たとえへリウムが、いくぶん逃げたと考えても)、地球の年齢は約一万年です」(『インパクト』五六号三頁)。


(四)海への流入物
 進化論者も、創造論者も、海は地球誕生の直後に形成されたと考えています。海の年齢は、地球の年齢とほぼ同じであるはずです。
 海には塩分が含まれています。塩分は、川から海に塩分が運ばれて流入することにより、徐々に増えています。もし、過去においても現在と同じ速度で塩分が流入したと仮定して計算するなら、海の塩分がゼロから現在の濃度に達するまで、どのくらいの時間がかかったと出るでしょうか。
 その結果は、炭酸塩について言えば、一〇万年、硫酸塩について言えば一〇〇〇万年でした。どちらも、進化論者のいう地球の年齢四五億年にはほど遠い数値です。
 しかも、これらの「一〇万年」「一〇〇〇万年」という数字は、上限値と考えられるものなのです。最高でもそのくらい、という数字であって、実際はもっと小さいという数字です。
 なぜなら、これは過去においても現在と同じ速度で塩分が増加してきたと仮定して出した数値であって、実際は、過去には現在よりも塩分の流入速度が大きかったはずだからです。
 現在は、塩分をかなり出し切った状態にあると考えられます。ですから昔は、川から海への塩分の流入量は、現在よりも多かったでしょう。そうであれば、海の年齢は一〇万年にさえも達しないはずです。


海への塩分の流入量から算出した
地球の年齢の上限は、10万年程度。

 さらに、海の年齢がもっと若いと考えるべき理由があります。
 創造論者は、ノアの大洪水のときに、全地が激しく洗われたと考えています。この説に立つなら、そのとき海への塩分の流入は激しく起こったでしょう。ですからこの場合、海の年齢が一万年以内だという考えは、納得のいくものとなります。
 そのほか、川から海への流入物質に関する調査が、他の諸物質に関しても幅広く行なわれました。海へのニッケルの流入、ケイ素、カリウム、カルシウム、銅、水銀、鉛、錫、亜鉛、コバルト、そのほか数多くの物質の流入量に関して調査がなされました。それらはみな、海がきわめて若いことを示していたのです。
 また海の土砂の堆積物も、地球が若いことを示しています。
 科学者の見積りによると、毎年約二七〇億トンもの土砂などの堆積物が、川によって陸から海に運ばれ、海底に移動しています。現在、海底の火山岩の上に堆積している堆積物はどのくらいあるかというと、厚さにして、平均八〇〇メートルくらいです。
 そこで、堆積物が海に運び込まれる速度が全時代を通じて一定だったと仮定して、現在海洋にあるすべての堆積物が堆積するのにどのくらい時間がかかったかを計算すると、その結果は「約三千万年」です。
 しかしこれは、堆積物が常に現在と同じ速度で、ゆっくり堆積していったと仮定したときの値であって、実際はノアの大洪水の時に、堆積層の大半が形成されたと考えられます。ですから、期間はもっと縮められなければなりません。スチュアート・E・ネヴィンスの言っているように、
 「海洋は、約一万年、またはそれよりも、もっと若いものと信じるのは、たいへん理にかなっている」(『インパクト』九号五頁)
 のです。したがって地球の年齢も、その程度と考えられます。


(五)地球磁場の減衰
 地球の磁場の研究も、地球の年齢が一万年以下であることを示しています。
 よく知られているように、地球は一個の巨大な磁石になっています。この地磁気があるために、登山家は霧におおわれた中でも、コンパス(磁石)を用いて方角を知ることができます。
 地球の磁場は、一八二九年に初めて測定されて以来、毎年測定されてきました。この測定結果は、磁場が少しずつ減衰していることを示しています。
 地球の磁場は、一八二九年以降、今までの間に約一四%も減衰しているのです。これはかなり急速な減衰です。
 では一八二九年以前も、地球磁場は減衰していたのでしょうか。
 減衰していました。それは古磁気学によって知られます。考古学者が研究した煉瓦、陶磁器、キャンプファイアーの石、そのほか人と関係のある物体の磁化に関する研究です。
 それらの物体の中の酸化鉄は、それらが最後に常温に冷却されたときの地球磁場の強さと方向を記録にとどめています。
 世界的に収集された古い磁気を帯びた物のデータにより、西暦一〇〇〇年頃の地球磁場の強さは、今よりも約四〇%も強かったことがわかりました。さらに、紀元頃の地球磁場は、今よりも五〇%も強かったのです。
 しかし、それ以前はというと、地球磁場は何回も反転したりして大きく変動したことがわかっています。これは、岩石の生成時に閉じこめられた磁力を研究する、古地磁気学によっても知られています。
 古地磁気学は、地球の地層が形成されたときに、磁場に何回も変動や反転があったことを示しています。
 進化論者は、こうした現象を説明するために、四〇年以上にわたって「ダイナモ理論」と呼ばれる説の研究に従事してきました。しかし、これは大きな成果が得られませんでした。さらに、最近になって行なわれた海底の電流の測定結果は、ダイナモ理論を否定するものでした。
 これに対し、最近アメリカの著名な科学者で創造論者であるラッセル・ハンフリーズ博士が提出した新理論(ダイナミック減衰論)は、地球磁場の変動をよく説明しています。
 ハンフリーズ博士の説は、かつて天王星と海王星の磁場の予測にも適用され、その正しさが、アメリカの惑星探査機ボイジャー二号によって実証されました。
 進化論者は、天王星の磁場は全くないか、非常に小さいだろうと予測していたのですが、ボイジャー二号が一九八六年に天王星の近くを、また一九八九年に海王星の近くを通過したときに送ってきたデータは、ハンフリーズ博士の説と一致していたのです。
 詳細な理論の説明は省きますが、博士によると、地球創造時に磁場は最も強い状態にありました。しかし、次第に一定の割合で減衰していきました。
 紀元前二五〇〇年頃のノアの時代になって、全世界的な大洪水が地球表面に起きると、地球内部にも流体の乱れが生じ、それが磁場の急速な反転や動揺を引き起こしました。そして、そののち二千年以上にわたって、地球磁場に上下の変動を生じさせたのです。
 この磁場の変動は、大洪水によって全地に形成された地層の中に、岩石の地磁気記録として残りました。
 しかしキリストが降誕された紀元頃の時代になると、地球磁場は本来の自然な状態に落ち着きました。そして以後は、現代に至るまで、一定の割合でなめらかに減衰し続けているのです。
 ハンフリーズ博士の理論は、進化論者の説明できなかった地球磁場の反転や変動の仕組みを、うまく説明しました。
 博士によると、地球磁場は大洪水の時の乱れにより一時的に反転や、多極化等の変動を起こしたものの、確実に全体の磁場エネルギーを減らしつつあります。もし、過去にさかのぼって、地球磁場の限界に至るまでの年代を概算するなら、それは「最大で八七〇〇年」です。
 もしそれ以上過去にさかのぼると、地球磁場は、あり得ないほどに大きくなってしまうのです。ですから、地球の年齢は最大でも八七〇〇年であり、実際はもっと若い、ということになります。
 この年齢は、聖書のいう地球の年齢約六〇〇〇年という数字とよく一致しています(『インパクト』一七六、一八八号)。


(六)大気中の炭素一四の量
 つぎに、大気中の炭素一四(C-14)の量が、地球の年齢は一万年以下であることを示しています。
 炭素一四は、放射性同位元素と呼ばれるものの一種で、大気中にある窒素一四に宇宙線(宇宙からの放射線)がぶつかることによって生成されます。
 炭素一四は徐々に放射能を出して崩壊し、しだいに炭素一二に変わっていきます。炭素一四の半分が炭素一二に変わるまで、約六〇〇〇年の時間がかかります。この時間は、「半減期」と呼ばれています。
 炭素一四は、大気中の窒素一四に高エネルギーの中性子がぶつかることにより生成され、大気中に少しずつ増えていきます。宇宙から飛んでくる中性子の量は時代を通じてほぼ一定と考えられるので、大気中の炭素一四の増加速度は、ほぼ一定です。
 一方、炭素一四は放射性物質ですから、放射能を出しながら崩壊し、減っていきます。この減る量は、もとの炭素一四の量が多いほど、それに比例して多くなります。
 したがって、大気中の炭素一四の量は、ある程度までは増えますが、ある程度まで達するともうそれ以上は増えません。生成される炭素一四の量と、崩壊して減る炭素一四の量が、バランスがとれて平衡状態に達するのです。
 これはちょうど、底に穴のあいた樽に、上から水を流し込むときに生じる現象に似ています。樽に水を流し込むと、中の水位はしだいに上昇していきますが、底に穴があいているので、出ていく水もあります。
 それで、ある水位まで達すると、もうそれ以上は増えません。入る水と、出る水のバランスがとれて平衡状態になったからです。
 大気は、炭素一四を入れる大きな樽のようなものなのです。
 大気中の炭素一四は、窒素一四に中性子が当たることによって徐々に増え、一方では放射能崩壊によって減っていくので、やがてある程度たまって、もうそれ以上は増えない平衡状態に達します。科学者は、この平衡状態に約「三万年」で達することを知っています。
 進化論者は、地球の年齢を約四六億年と考えていますから、このことを最初に考えついた人は、
 「大気中の炭素一四は、とっくの昔にこの平衡状態に達しているはずだ」
 と言いました。ところが、調べてみると、まだ平衡状態に達していなかったのです。
 現在の大気中に存在する炭素一四の量から算定した結果は、地球が誕生してからまだ一万年くらいしかたっていないことを示していました。
 進化論者も、この算定結果について知っています。そして頭をひねっています。しかし、創造論に立つなら、この事実は当然のこととして理解できるのです。
 また、大気中の炭素一四の量がまだ平衡状態に達していないのなら、大洪水以前の大気中の炭素一四は、なおのこと少なく、まだ増加途中にあった、ということです。とすれば、先に述べたように炭素一四法で大洪水以前のものを測った場合、古いものを測ったときほど、真の年代よりもより古く出てしまう、ということになります。
 つまり、炭素一四法の示した人類の年齢"数万年"は、なおのこと、真の年齢よりも大きすぎるのです。
 人類の真の年齢は"数万年"よりもずっと若く、実際は聖書の言うように"六千年"程度でしょう。そして地球の年齢も同じくその程度、と考えられます。


(七)岩石は数ヶ月以内に形成される
 つぎに、岩石や化石というものは、何億年もかけずとも、数か月というようなきわめて短期間に形成される、という事実にも私たちは注目する必要があります。
 私たちは、堅い岩盤や、地層、また生物の遺骸が石化した化石等を見て、とかくそれらが形成されるには何億年もかかる、と思いがちです。しかし、実際にはそんなに膨大な時間は要しません。
 岩石や化石などは、条件さえ整えば、自然界において数か月以内というきわめて短期間に形成されるのです。
 たとえば、アメリカの創造研究所(ICR)の「創造と地球史の博物館」に、興味深い岩石が展示されています。この岩石は堅い砂岩で、アメリカのオレゴン州で発見されたものです。
 この岩石には、自動車のキーが二本閉じこめられています。そのキーホルダーには、くさりの先にプラスチックの丸い飾りがついていたようで、それも岩石から半分顔をのぞかせています。


岩石中に閉じこめられた車のキー(ICR博物館)。

 これらのキーは、一九六〇年代の車のものであることが判明しました。このように、岩石が形成されるには、必ずしも何億年もの膨大な年月は要しません。
 岩石が形成される重要な条件は、圧力と、地層内の化学物質です。
 土砂や、堆積物、沈澱物などが、安定した高圧力化に置かれると、それは数か月以内という短期間に岩石化します。この事実は、火山活動によって一九六三年に北大西洋上に新しく出現した島「サーチー島」でも、観測することができます。
 そこでは、熔岩だけでなく、火山活動の土石流等でできた新しい堆積岩などが、崖となってそそり立っていたり、丸石となっている光景を見ることができます。きわめて短期間にそのようになったのです。
 また、現代の技術は、炭の塊から短期間に人工ダイヤモンドをつくることができます。真っ黒な炭の塊をしばらく高圧力化に置くと、分子構造が変化して、透明なダイヤモンドになるのです。それをつくるのに、何万年とか何億年もの期間は要しません。圧力があれば、短期間に出来上がるのです。
 また圧力だけでなく、地層内の化学物質の働きによっても短期間に堅い石となります。いい例がセメントなどですが、液状のものが化学物質の働きにより急速に岩石化するのです。実験では、ビーカーの中でオパールなどの宝石を数か月以内につくることに成功しています。
 自然界で岩石ができたり、化石ができたり、宝石ができたりするために、何億年もの時間は要しません。それらは、きわめて短期間に形成されるのです。私たちは岩石や化石、宝石等を見たとき、それが形成されるのに何億年もかかったという先入観は捨てなければなりません。


進化論者は「長い時間」を求めた

 では、地球が若いことを示すこのように多くの証拠があるにもかかわらず、なぜ進化論者は地球の年齢を「四五億年」ないしは「四六億年」だと主張するのでしょうか。
 二〇世紀初頭において、多くの科学者たちは、海の塩分濃度や地層の厚さに関する研究から、地球の年齢の「上限値」を算出していました。それによって、二〇世紀初頭の科学者たちは、地球の年齢をどの程度と考えていたでしょうか。
 一九二四年に、地殻の化学組成研究の開拓者クラークは、こう述べていました。
 「化学的、古生物学的、天文学的研究は、地球の年齢として、一致して五〇〇〇万年〜一億五〇〇〇万年を与える」(『地球の歴史』二八頁)。
 つまり、二〇世紀初頭において科学者は、地球の年齢は多くてもこの程度と考えていたのです。しかし、進化論に対する信仰が広まったとき、科学者らは、この数字でさえも地球の年齢としては小さすぎる、と考えるようになりました。
 その程度の時間内に、生命が生まれ、さらにはアメーバのような生物から人間にまで進化できるだろうか、と考えたのです。それで進化論者は、もっと長い年月を与える年代測定法を探し求めました。
 二〇世紀中葉になって、「放射性同位元素」による年代測定法が考え出されました。この方法には、先に述べた炭素一四法のほかに、カリウム―アルゴン法、ウラン―鉛法、ルビジウム―ストロンチウム法、アルゴン―アルゴン法、鉛―鉛法などがあります。
 これらの中で、炭素一四法だけは生物の化石を直接調べる方法ですが、他はすべて"岩石の年齢"を測る方法です。
 岩石の年齢を示す放射性同位元素の方法が考え出された時、進化論者たちは、その結果を熱狂的に受け入れました。それらは数値的にはひどく「不一致」でしたが、地球の年齢として"数十億年"という大きな数値を出したからです(『地球の歴史』三八頁)。
 進化論者は、この結果をひじょうに喜びました。進化論は、どうしても「長い時間」を必要とします。「宇宙や生命は、長い時間をかけて進化してきた」は、進化論者にとって一種の信仰告白であり、彼らは、その考えを支持すると見える証拠を探し求めていたのです。
 まず進化論の教義があり、次にそれに合うデータがもってこられました。これについては、進化論者自身が、こう述べています。
 「注意すべきことは、地質学的データが集積したので、いつともなく地球の歴史がたいへん長いことがわかってきたという順序ではないことだ。実は逆で・・・・仮説が先に出てきたのだ。この仮説は、データによって十分に証明されたとは言えない、一つの仮定的な思想だった。・・・・データの方が、その考えに合うように解釈された」(『地球の歴史』二六頁)。
 このように、「進化は事実だ」という教義がまずあって、次に、その考えに合う証拠が選ばれて受け入れられました。数十億年という長い年月を与える放射性同位元素法が、進化論者の間で熱狂的に歓迎されたのも、そのためです。
 ICR(創造調査研究所)総主事へンリー・M・モリス博士は、その著『創造の科学的論証』の中で、考えられる様々な方法で地球の年齢を計算した結果を、表にして載せています。そこには「七〇通り」もの方法による計算結果が載せられていますが、その結果について、博士は次のように述べています。
 「(これらの結果の)すべては、進化モデルに適合させるには、あまりにも若い年代となっています。放射性同位元素の崩壊を指標として調べうる非常にわずかの系(ウラニウム、カリウム、ルビジウム)だけが、数十億年の年代を示しているように思われます・・・・」(五四頁)
 このように、地球の年齢に関する数ある計算方法のなかで、わずかにウラン、カリウム、ルビジウムなどの放射性同位元素を使った測定法だけが、長い年月を示しているのです。そして進化論者は、長い年月を与える測定方法だけは受け入れ、短い年月を与える他の多くのデータは、「どこかおかしい点があるのだ」で、かたづけてしまいました(『地球の歴史』四二頁)。
 しかしモリス博士は、
 「すべての点を考慮して、そのさし示す下限の値から得られた年代の方が、上限の値から得られた年代よりも正確なように思われます」(『創造の科学的論証』五四頁)
 と述べ、その理由をいくつか述べています。また、次に示すように、放射性同位元素の与える大きな数値も、仮定事項の検討次第では、大きく書き替えられる可能性があります。


いわゆる「有史以前」は存在しなかった

 進化論に立つ人類学によると、人類の歴史は一般に、「歴史時代」と「先史時代」の二つに分けて考えられています。
 「歴史時代」とは、文字で書かれた記録で知ることのできる時代のことで、大体、都市文化(文明)がみられるようになった頃からの時代です。現在、最古の文字使用は五千年ぐらい前と言われていますが、世界最古の文明であるメソポタミヤ文明等は、今からおよそ六千年ほど前に始まったと言われていますから、大体、歴史時代はその頃からと言ってよいでしょう。
 歴史時代は、長くても六千年程度ということになります。そして進化論的人類学によると、それ以前にひじょうに長い「先史時代」、あるいは「有史以前」と呼ばれる時代があったとされているわけです。
 しかし、「先史時代」「有史以前」というような時代は、本当にあったのでしょうか。
 今まで見てきたように、人類や地球は、進化論で考えられていたよりずっと若く、何十億年というような長い歳月は経ていません。下等な生物から人類へと"進化"してくるほどの長い時間は、存在しなかったのです。
 人類は、下等な生物から"進化"して、今日のような姿になったのではありません。人類は、何千年か前――おそらく約六千年前に、他の生物と同様、独自に創造されて出現したのです。
 人類は誕生とほぼ同時に「歴史時代」に入ったのであり、人類にとって「有史以前」というようなものは存在しませんでした。聖書によれば、人類は誕生当初から、ある程度の文化文明や文字をもっていたのであり、当初から、文字で書かれた記録によって知ることのできる「歴史時代」だったからです。


人類は当初から「歴史時代」だった

 例えば文字の原始的形態は、聖書によれば、アダムの最初の息子カインの時に、すでにありました。カインが殺人の罪を犯して追放されたとき、神は「彼に一つのしるしをつけられ」(創世四・一五)ました。この「しるし」が、どのような形であったにせよ、それが文字の起源になったことは疑い得ません。
 そして文字が実際に使用され始めたのが、かなり古くからであることは、アダム以来の歴史が細かなところまで記録されていて、それが後に編集されて聖書となった、という事実からも明らかでしょう。このように聖書によれば、文字は、人類のきわめて初期からあったとみることができます。
 様々な文化も、当初からありました。アダムとエバは堕落後、神から「皮の衣」を与えられ、それ以来衣服を着る習慣を身につけました。
 また「カインは土を耕す者となった」(創世四・二)と記されていますから、農耕はもちろん、「耕す」ための、おそらく石器の道具も、自分で作ることをすでに学んでいたでしょう。
 アダムとエバも、自分たちの裸を恥じた時、
「いちじくの葉をつづり合わせて腰に巻いた」(創世三・七)というように、ものを加工して役立てる知恵をもっていたのですから、すでに道具を作ることを知っていたはずです。
 さらに聖書によれば、アダムの第二子アベルは「羊飼い」となりましたし、アベル以後も、ヤバルが家畜を飼うようになりましたから、早くから牧畜文化がありました(創世四・二、二〇)。
 都市文化も、早くから成立しました。カインは追放されて後、アダムとエバが後に生んだ女子が成人した後に、結婚して子孫を増やし、「町を建て」(創世四・二一)ました。
 また紀元前三五〇〇年頃には、すでにカインの子孫のユバルは、琴や笛などの音楽文化の祖となりましたし(創世四・二一)、トバルカインは青銅器、鉄器文化の祖となっていました(創世四・二二)。
 このように聖書によれば、人類は誕生当初から、様々な文化文明をもっていたのであり、早くから都市文化を築くことを知っていました。すなわち人類は、はじめから歴史時代だったのです。
 また一般的に知られている歴史時代の内容と、聖書に記された歴史時代の内容とがよく一致していることも、注目すべきことです。様々な考古学的事実は、問題なく、聖書の記している歴史時代の内容を裏付けており、また細部をより明確化することに役立っているのです。

久保有政

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