メッセージ(日本)

真実に立つ勇気 

真理に立つときにのみ、神の祝福と報いがある


ユダヤ人議会(サンヒドリン)に立つイエス・キリスト

[聖書テキスト]

 「さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった。イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである。すると、数人が立ち上がって、イエスに対する偽証をして、次のように言った。
 『私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造って見せる。』と言うのを聞きました』
 しかし、この点でも証言は一致しなかった。そこで大祭司が立ち上がり、真中に進み出てイエスに尋ねて言った。『何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか』
 しかし、イエスは黙ったままで、何もお答えにならなかった。大祭司は、さらにイエスに尋ねて言った。『あなたは、ほむべき方の子、キリストですか』
 そこでイエスは言われた。『わたしは、それです。人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです』
 すると、大祭司は、自分の衣を引き裂いて言った。『これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか』
 すると、彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決めた」(マルコの福音書一四・五五〜六四)


[メッセージ]

 今日は、「真実に立つ勇気」と題してご一緒に恵みを受けたいと思います。いま開いた聖書箇所は、イエス様の裁判のところです。イエス様がユダヤ人の議会(サンヒドリン)で裁判にかけられている。それは不正な裁判でした。
 「祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった」(一四・五五)
 と記されています。ふつうは、証拠が見つかってから裁判をするものでしょう。
 ところが、ここでは裁判を始めたのちに、証拠をつかもうとしている。まず、「イエスを死刑にする」という目的があり、それで裁判を開いて、次に証拠を見つけようというわけでした。
 祭司長たちやパリサイ派の人たちは、イエス様を非常にねたんでいました。というのは、彼らの不正や偽善をあまりにイエス様が明らかにしてしまったからです。それでイエス様を何とか死刑にしたいと思った。それで裁判に持ち込んだのです。有罪か無罪か決定するための裁判ではなく、イエス様を死刑にするための裁判。結論は決まっていました。ところが、死刑にできるような証拠を捜したけれども、「何も見つからなかった」。
 「イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである」(一四・五六)
 と記されています。旧約聖書によれば、裁判のときに証人を出しても、一人ではダメで、二人または三人の証言が一致する必要がありました。一人では、証言者がウソを言っている場合もあるからです。
 それで旧約聖書の律法の中で、裁判の証言は、二人または三人の証言が一致するものではないと採用してはならない、となっていました。イエス様の裁判でも、証言者が出たり、偽証する者もいましたが、一致するものがなかったのです。
 不利な証言もたくさん出ました。しかしこのあいだ中、イエス様はただ黙っておられました。ご自分のための弁明はなさらなかった。すべてを神にゆだねておられたのです。
 そのとき、大祭司がイエス様に尋ねました。「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」。
 あなたは神の子、また旧約聖書に予言されたメシヤ(救い主=キリスト)か、と尋ねた。するとイエスははっきり言われました。「わたしは、それです」。

命がけの真実

 イエス様は、ご自分が神の子であり、メシヤだと明言されました。実際にイエス様はそういうおかたでした。でも、この発言は当時のユダヤ人指導者たちを怒らせました。さらに、イエス様は続けて、
 「人の子(キリスト)が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです」
 と言われています。これはダニエル書の予言の引用です(ダニ七・一三)。かつて預言者ダニエルが、来たるべきメシヤについて予言した言葉が、いまやイエス様において成就しているのだと言っておられるのです。この発言は、当時のユダヤ人指導者たちには、神への冒涜と受け取られました。


「真理はあなたがたを自由にします」

 もし彼らユダヤ人指導者たちが、旧約聖書を神様の教えとしてよく学んでいたら、イエス様を事実、神の御子、メシヤとして認めたことでしょう。しかし彼らは旧約聖書以外にも、様々な口伝律法や、のちにユダヤ人指導者たちが付け加えた細々とした律法を持って、そちらのほうを重要視する傾向がありました。そのために、彼らは真実が見えなくなっていたのです。そしてイエス様が真の神の御子、メシヤだとわからなかった。それでイエス様の発言を、神への冒涜と解し、イエス様を死刑にすべきと断定しました。
 イエス様の言葉を聞いて、大祭司は自分の衣を引き裂きました。これは激しい嘆きを表すユダヤ人の風習です。大祭司は言いました。
 「これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか」
 すると、「彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決めた」と記されています。イエス様の発言は、真実を語ったものでしたが、イエス様の死刑を決定づけました。
 私は、この裁判の光景を読むとき、
 「ああ、この世はなんと虚偽に満ちていることだろうか
 と思います。正しいことを明らかにするための裁判なのに、虚偽に満ちている。人々の指導者たちが、神の御子、メシヤ、人類の救い主を目の当たりにしながら、主を十字架につけてしまうのです。
 国の裁判といえども真実でない。人々の指導者たちといえども、信頼のおけるわけではない。
 これは当時の世界だけのことではありません。今の世界も、あちこちに虚偽があふれています。それを思うとき、一体私たちはどう生きていけばいいんだろうか、と思います。何を頼りに生きていけばいいのか。

真実なおかた=イエス

 しかし、ここに徹頭徹尾、真実に生きたおかたがいます。それがイエス様。
 イエス様は、どんなときにも真実を語られました。どんなときにも真実に立って生きられました。イエス様はこの裁判の被告席においても、言葉の一つ一つに命をかけておられます。「このことを言えば、彼らは私を死刑にするだろう」ということも知っておられました。しかし、あえて真実を言われた。
 「わたしはそれです」
 と。なぜ、そこまで真実にこだわるのでしょうか。それは、このことに私たち人類の救いがかかっていたからです。イエス様こそが、メシヤである。キリスト、救い主である。この真実を抜きに、人の救いはあり得ないのです。イエス様は、このことに命をかけられた。
 旧約聖書イザヤ書によると、来たるべきメシヤは私たち全人類の罪咎(つみとが)を背負って、身代わりに死ぬと予言されています(イザヤ書五三章)。それが今や成就しようとしていました。
 イエス様はこれがご自分の死という結果をもたらすことを知っていながら、ひるまず真実を語り、真実に堅く立たれました。真実を語る、真実に立って行動するということにおいて、イエス様は私たちの最高の模範です。イエス様は言われました。
 「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたは本当にわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(ヨハ八・三一〜三二)。
 イエス様の言葉は真理です。あなたがイエス様の言葉すなわち真理に立つなら、あなたは本当にイエス様の弟子です。しかしそうでないなら、あなたはイエス様の弟子ではありません、と言われる。そして「真理はあなたがたを自由にします」と。本当の自由はそこにありますよ、ということです。真理、真実に立つことはときに勇気のいることですね。しかし、そこにこそ、本当の自由、本当の救い、本当の幸福があります。
 私たちがクリスチャンになることにも、ときに勇気がいります。家族に反対されたり、友だちに馬鹿にされたりすることもある。迫害されるかもしれない、そうした不安がよぎる場合もあるでしょう。しかし、私たちは真理に立つ、真実を知り、それに堅く立つとき、本当の自由、本当の救いがあります。

真理に立つ勇気

 私は、高校二年生のときにイエス様を信じて、クリスチャンになりました。しかし、なりたての頃、学校では友だちからずいぶん馬鹿にされました。
 「なぜキリスト教なんか信じるんだ。信じるなら僕は仏教のほうがいいね」
 「神なんていないよ」
 そう寄ってたかって、私を変人扱いしました。しかし、かえってそれによって、福音を証しする機会を与えられた。ずいぶんきたえられましたよ。それによって、私を馬鹿にしていた人たちが、あとでクリスチャンになっていきました。
 ひとり、クラスは違いましたが同じ部活の友だちが、私のキリスト信仰をずいぶんからかいました。高校を卒業後、ひょんなことから町でバッタリ彼と会いました。
 「久しぶりじゃないか」
 私たちは、喫茶店で話しました。すると彼は照れくさそうに、
 「じつは僕はクリスチャンになったんだよ」
 という。「僕の彼女がクリスチャンでね」。彼はその彼女と結婚しました。幸せそうでした。かつて、あんなに私がクリスチャンであることを馬鹿にしたくせに、彼もクリスチャンになったという。彼と話しながら、私もイエス様の真理に立って生きてきてよかったと思いました。
 真実に立つ、それが私たちの人生をつくりあげていくのです。
 この世の中では、ときに誤った教えが語られることがあります。これがあなたが幸福になる道ですと言って、サタンの道が語られることがある。しかし、イエス様の教えを学ぶ者には、真理が与えられます。大切なのは真理を知り、その真理に堅く立つことです。
 この世の中を歩んでいると、ときに多くの虚偽に出会います。人々について、世界について、日本について、まことしやかにウソが語られていることがある。そういうときに真実を叫ぶことは、勇気のいることです。
 そのときも、真実を語らせてくれるのがイエス様です。イエス様の弟子には勇気が与えられる。本当の道はこうですよ、真実はこうですよと叫ぶ口を、私たちは失うことなく、いつまでも持ち続けたいものです。
 
裁判で偽証した溥儀
 
 ここで幾つか、勇気をもって真実を語った人の例、また真実を語らなかった人の例をみてみたいと思います。
 かつて朝鮮半島の向こう側に、満州国という国がありました。私の父はもう亡くなりましたが、先の戦争のときは、その満州国にいました。満州国は、最後はソ連の侵略を受けて、つぶされてしまいました。その際、何十万人もの日本人が虐殺されたり、シベリアへ強制連行されて奴隷化されました。父はよく生き残ったものだと思います。
 満州は、今は中国東北部といいます。中国に編入されてしまいました。でも、そこはもともと中国の領土ではないのです。満州は、万里の長城の外側の地です。そこは歴史的に満州人が住んできた土地でした。
 しかし満州の地は、「匪賊」(ひぞく)といって強盗ばかり出る荒れ果てた所で、民衆はたいへん苦しんでいました。また国家としての体をなしていなかった。それでかつて日本は、その強盗たちを追い出して、そこに大陸で初めての近代的国家をつくりました。それが満州国です。満州国の皇帝となったのは、満州人の溥儀(ふぎ)という人です。


溥儀。彼は東京裁判で偽証した。
そのために日本は大きなダメージを受けた。

 溥儀は、中国の清朝の皇帝でしたけれども、清朝が滅亡したので、そののち満州国の皇帝として迎えられました。溥儀自身も、心から満州国の皇帝となることを望んだのです。以前、「ラスト・エンペラー」という映画がありましたね。皇帝・溥儀の生涯を描いたものです。溥儀役はジョン・ローン。坂本龍一の出演も話題になりました。
 映画の中で、溥儀の家庭教師としていつも溥儀のそばにいたイギリス人が登場します。彼はレジナルド・F・ジョンストン郷という人です。溥儀のあつい信頼を受けた人でした。ジョンストンはのちに、『紫禁城の黄昏』という名著を書きました。
 この本には、満州国がいかにして成立したか、ということが詳しく書かれています。そして、皇帝・溥儀が満州に行ったのは日本に強制されたものではなく、自由意志であったことが書かれてあります。また、心から喜んで満州国の皇帝になったということが書かれています。
 満州国は、日本が国造りを指導した国ではありますが、「五族協和」のスローガンをかかげて、五つの民族――日本人、満州人、朝鮮人、蒙古人、支那人が協力しながら、国造りをしていました。
 また、共産主義がいやでソ連を抜け出したロシア人たちも若干いました。満州国には満州鉄道というのがあって、特急アジア号というのが走っていましたが、そこではロシア人女性のウェイトレスなどが働いていました。
 満州国は毎年大発展して、年間一〇〇万人もの人々が周辺諸国からなだれ込んできました。満州国が、もし左翼のいっているようなひどい地獄のような国であったなら、そんなにたくさんの人々が先を争って入ってくるはずがありません。そこが周辺の国々よりもはるかにいい国であったから、こんなにたくさんの人々が新天地と豊かな生活を求めてなだれ込んで来たのです。もし満州国が今日残っていたら、それはいわばアジアの合衆国となって、大発展していたでしょう。
 しかし、日本の敗戦と同時に、満州国はソ連の侵略を受け、つぶされてしまいました。そのとき、皇帝・溥儀は日本に亡命しようとしました。しかし日本行きの飛行機に乗る寸前、ソ連兵につかまってしまい、ソ連に連れ去られました。溥儀は、ソ連でかなりの脅迫を受けました。戦後、日本を裁くための東京裁判(極東国際軍事裁判)が開かれて、そこに溥儀も証人として出廷させられました。
 そのとき、溥儀は偽証をしたのです。
 溥儀は、自分は日本軍(関東軍)に無理矢理強制されて皇帝にかつぎあげられたのだと証言しました。しかも、在任中は自由な手も口もないロボット同然だったと言いました。このために、関係する日本側の被告人たちは有罪になってしまったのです。
 けれども、溥儀のこの証言は偽りでした。東京裁判から一八年後、北京で出版された自伝『わが前半生』の中で、溥儀は、
 「私は戦争犯罪人になるのを恐れて偽証した
 と告白しているのです。つまり、命が惜しくてウソをついた。彼はソ連に脅されていましたし、また中国からは漢奸(国賊)として追求されることを恐れての偽証でした。
 命が惜しくてウソを言う気持ちはわかります。私たちもそうした状況に置かれれば、そうなるかもしれない。しかしそのために、日本が満州国をつくったのはすべて悪だったという主張が、戦後まかり通ってしまいました。彼のウソのために、その後の日本がどれだけ迷惑を受けたか知れません。

第二次大戦を予言したケインズ

 一方、同じ二〇世紀において、勇気をもって真実を語る人たちもたくさんいました。
 たとえば、経済学者として有名なジョン・M・ケインズという人がいます。


ケインズ。
第二次世界大戦の勃発を初めて予言した

 二〇世紀のはじめに第一次世界大戦という、ヨーロッパ中を巻き込んだ大戦争がありました。第一次大戦が終わったとき、フランスのベルサイユで、戦後処理を話し合う会議が開かれました。このベルサイユの会議を事実上リードしたのは、フランスの首相クレマンソーでした。彼は、戦争を起こしたドイツに対して、非常に過酷な賠償金を課そうと会議で主張しました。そのほか、考えられるありとあらゆる束縛を、ドイツに加えようと計ったのです。
 というのはクレマンソーは、ドイツとフランスはまたいずれ戦争をやることになるだろう。その時期を一日でも一ヶ月でも延ばすために、この機会にドイツを徹底的に叩きつぶしておきたい、と考えたのです。そうした国粋主義的な考えから、ドイツを徹底的に痛めつける内容の「ベルサイユ条約」の原案がつくられました。この原案に、アメリカの大統領ウィルソンも「はい、そうですね」と言って乗りました。
 ところが、このとき一人憤然として反対を唱えた男がいます。イギリス大蔵省から会議への使節として派遣されていた経済学者ケインズです。ケインズは、
 「この条約が通ったら、第二次世界大戦が必ず起こることになるだろう。こんな条約は絶対につくってはいけない
 と言って、イギリスの首相ロイド・ジョージや、次官たちに食ってかかったのです。けれども、ケインズの言葉は一切聞き入れられませんでした。そこで彼は断固として辞表を叩きつけて、一人でロンドンに帰ってしまいます。
 第二次世界大戦を史上初めて予言したのはケインズなのです。大戦が実際に起こる二二年前のことでした。
 ベルサイユ条約は結局採択されてしまいました。そののち天文学的な賠償金がドイツに課せられました。ドイツは苦しみました。そして強く反発したのです。
 「こんな形で無慈悲にドイツを痛めつけるなら、必ず第二次世界大戦が起こるぞ」
 と言ったケインズの言葉通り、その後ドイツにはヒトラーが現われ、ヨーロッパは再び第二次世界大戦の戦火に包まれていったのです。
 じつは日本にも、第二次世界大戦が起こる前に、それが起こることを明確に論文の形で予測した人物がいます。高橋亀吉という人です。高橋さんは熱心な反戦主義者でした。第二次大戦の九年ほど前に、彼はその論文を書いて、第二次大戦はこのようにして起こるだろうと予測しました。
 実際、彼の予測通り、第二次大戦が起きました。そして戦後、アメリカはあまりの図星に腹を立てて、一度も戦争に賛成したことのない高橋さんを公職追放としました。高橋さんは、このままでは大戦争になるから何とかしなければならない、という警告の意味で論文を書いたのです。彼も勇気ある人でした。
 真実を語ることは、ときに非常に勇気がいるものです。真実を語ったからと言って、聞き入れられるかどうかわからない。ひどく拒まれ、痛めつけられ、迫害されるかもしれません。
 しかし、最後まで残るのは真実です。真実こそが、人類に本当の平和と繁栄をもたらす道。かつて内村鑑三先生は、後世に残る最大のプレゼントは何かと問われたとき、それは
 「勇ましい高尚な生涯だ
 と答えました。そのような真実に満ちた「勇ましい高尚な生涯」こそが、あとあとまで生き続けるのです。

東京裁判で真実を語った弁護人

 私も、ケインズや高橋亀吉、内村鑑三先生ほどにはいきませんけれども、つねに真実を書きたいと願い、それを実行してきました。レムナント誌を出して、今まで誰も言わなかったようなことをあえて書いてきたこともあります。
 ときに、日本の教会に論争を巻き起こすこともありました。そのとき熱烈に賛成してくれる人もいれば、一方では、ひどい反対をぶつけてくる人もいました。また、
 「もっと万人受けする内容で出せば、部数も伸びるんじゃありませんか」
 とアドバイスしてくれた人もいます。しかし、万人受けする内容の雑誌なら他にたくさんある。レムナント誌は、むしろ真実を大胆に語る雑誌でありたい。あり続けたい。そうでなければ、神様がこの雑誌にお与えになった役割を果たすことはできない、と考えたのです。そのスタンスを、創刊当時から崩さずにやって来ました。
 そして主の恵みにより何らかの良いものを、この日本と教会に残すことができたのではないかと思います。レムナント誌の購読者が予約購読代を振り込んでくださるとき、しばしば振込用紙の通信欄に、
 「これからも大胆に聖書の真理を語ってください」
 と書いて下さるかたがいます。そうした言葉が大きな励ましとなって、今まで続けることができました。真理、真実に立つ勇気、私たちに必要なのはそれです。私たちはどんなときにも、イエス様の勇気と真実を見上げていきたい。
 先ほど、東京裁判の話を少ししました。溥儀は偽証をした。しかしその裁判のとき、一方で、敢然と真実を語ってくれた人たちもいます。
 日本を裁くこの裁判で、日本の被告のために、何人かアメリカ人の弁護人がつきました。彼ら弁護人は大胆に真実を語りました。そのうち幾人かは、あまり率直なのでクビになったほどです。たとえば、ブレイクニー弁護人は言いました。この裁判は誤りである。原爆投下という空前の民間人虐殺、国際法違反を犯した国が、この被告らを裁く権利はない、と。
 彼はそんな痛烈な発言をしたのですが、発言の途中で日本語の通訳を中断されてしまいました。議事録からも外されてしまいました。だから、当時は日本人にも知らされなかった。彼の発言は、かなりのちに裁判の記録映画が公開されて初めてわかったことです。アメリカ人にも、良心と勇気をもって真実を語る人たちがいたのです。
 また、ローガン弁護人は言いました。西欧列強は日本に対し経済封鎖を行なった。これはすでに戦争行為である。さらにそれに軍事的包囲網の脅威が加わって、日本は生きるか死ぬかの危機に立たされたのだ。
 またアメリカは、真珠湾攻撃の三五年も前から、すでに「オレンジ計画」と呼ばれる日本を叩きつぶす計画を練っていたではないか。日本をつぶしさえすれば、アメリカは中国の権益をわがものにできると
 一方、日本が対米戦を意識し始めたのは、開戦のわずか一年前である。どちらが挑発者か。どちらが先に戦争の意志を持っていたか、一目瞭然ではないか。そんな者たちに日本を裁く権利はない、と言いました。まさに正論を述べています。

日本は無罪と主張したパール判事

 さらに、何といっても忘れてはならないのが、パール判事です。
 東京裁判には、一一人の判事がいました。パール判事はその一人です。彼はインド人で、カルカッタ大学の副総長(総長はイギリス人)、また裁判官として最高の地位にあった人でした。判事らの中で唯一、国際法の本当の専門家です。ほかの判事は、国際法に関しては素人ばかりでした。


パール判事。
東京裁判でただ一人、被告の全員無罪を主張した

 パール判事は、この裁判はおかしい。法律のような衣をまとっているが、じつは単なる復讐劇、リンチにすぎないじゃないか。また日本の近代史を事細かに調べ、日本には共同謀議など存在しなかった。日本は、自己の生存を脅かす勢力に対し、自存自衛のために立ち上がったに過ぎない、としました。そして彼は、
 「日本は無罪だ」
 と結論
したのです。
 また、有罪とするならむしろ白人の国々のほうである、ともパール判事は言いました。パール判事は、国際法を吟味し公平に歴史を判断するなら、法的な見地からして日本は無罪だと言ったのです。日本は正当防衛をしたのだと
 パール判事は、約一〇〇〇ページ以上にも及ぶ判決文(意見書)を書き上げ、日本人被告の全員無罪を主張しました。
 無罪を言ったのは、一一人の判事中、彼だけです。パール判事の判決文は、東京裁判においては朗読すらされませんでした。その出版も、GHQの占領が終わるまでは許されませんでした。なぜなら、これはイエス様を死刑にするために開かれたあのサンヒドリンの裁判と同じで、最初から裁判の結論は決まっていたからです。それは日本の指導者たちを葬るための裁判だった。はじめに判決ありきです。
 けれどもそうした中、パール判事は勇気をもって真実を語りました。彼の判決文は東京裁判では完全に無視されましたが、そののちヨーロッパでは大波紋を呼びました。新聞はトップニュース扱いで、宗教団体や法学者、平和主義者などの間で一大論争を巻き起こしました。そして、
 「パール判事の判決が正しい
 とする学者が大勢現われました。今日も、パール判事の判決は非常に正当なものだったと、世界的に評価されているのです。国連の国際法委員会でも、パール判事の判決が正しかったとみる見方が常識となっています。

 (ところが、そうした中、世界の中でこの日本においてだけ、パール判事の判決に異議を唱える学者が少なくありません。これは、東京裁判史観とも呼ばれる自虐史観が、今も日本に根強く残っているからです。最近も、パール判決書を前後の文脈を無視して都合よくつまみ食いし、曲解して、「パールは日本無罪を主張したわけではない」と主張する本が出版されました。左翼の学者や、左翼共鳴者がそれを称賛し、NHKもそれを鵜呑みにして放送して混乱を与えています。しかしパールの判決書をよく読むなら、彼ははっきりと日本の無罪を主張したのです――詳しくは、小林よしのり著『パール真論』)などを参照)。

 東京裁判で「A級戦犯」とされた東條英機や、松井石根、そのほか「戦犯」とされた人々も、処刑されるまでの間にこのパール判事の判決書を読みふけりました。そして彼らは、
 「私たちが言いたかったことを全部言ってくれている。じつに事細かに真実を述べてくれている。これで安堵して死ねる」
 と感謝の言葉を残して刑場に向かいました。それほどに当時の世界情勢をよく分析し、日本の行動と立場をよく理解して書かれた判決書なのです。
 しかしパール判事は、決して「日本に同情して」このような判決文を書いたのではありません。戦後、パール判事が来日したとき、ある日本人が話しかけて、
 「日本に同情してくださって、あのような判決を出してくださってありがとうございました」
 と言いました。しかしパール判事は、
 「私の判決は決して同情してのものではありません。それが真実だから、そう判決したのです
 と、きっぱり同情論を否定しています。
 不法な暗黒裁判にすぎなかった東京裁判でしたが、ひとりでもあのように「真理に立つ」立派な判事がいたことを思うとき、私たちは深い慰めを得ます。
 のちに、東京裁判を開いた当のマッカーサー元帥自身、トルーマン大統領との会談において、
 「東京裁判は誤りでした」
 といった内容のことを発言しています。東京裁判の主席検事だったキーナンも、東京裁判は感情論に過ぎたとの反省を、新聞記者に発表しています。裁判が終わって五年後のことです。
 ああ、もっと早く気づいてくれたら、と思います。そのときにはすでに、かつての日本の指導者たちは「A級戦犯」の汚名を着せられて、処刑されていました。またB、C級戦犯として処刑された人々も大勢いました。
 そして今も、多くの日本人の心の中に、「日本は悪者だった」という自虐史観が残ったままです。東京裁判はいかに大きな傷跡を、日本人の心に残したことか。それはイエス様を死刑にした裁判と同じく、虚偽に満ちていました。
 それでも、あのとき東京裁判で弁護人たちやパール判事が、勇気をもって真実を語ってくれたという事実を知るとき、それは私たちをどんなにか励ましてくれることでしょうか。
 もし真実を語る者が誰もいなかったなら、私たちはこの世界に希望を持つことができなかったでしょう。けれども、真実を語る者がいる限り、この世界も捨てたものではない

人類の恩人=イエス

 あの弁護人や、パール判事は、日本の恩人です。
 そして、ここに人類の恩人がいます。イエス様です。私はイエス様を見上げると、心がいやされます。この世を見ると心が傷つくけれども、イエス様を見上げると、それがいやされる。
 それはイエス様が真実なおかただからです。イエス様は最初から最後まで、神の真理に立たれました。そしてご自分の命を投げ出してまで、私たちの救いのために働いてくださった。
 イエス様が十字架上で最期を遂げる際に言われた言葉は、
 「父よ、私の霊を御手にゆだねます」
 です。これは旧約聖書三一篇五節からの引用です。その聖句を全文引用すると、
 「私の霊(魂)を御手にゆだねます。真実の神、主よ。あなたは私を贖い出してくださいました」
 と書かれています。イエス様は、「真実の神」の御手にご自分の霊をゆだねられたのです。その死の瞬間、つまりイエス様が私たちの身代わりに死なれたときに、私たちの罪と滅びからの「贖い」(あがない 救い)が成し遂げられた。イエス様は、「真実な神」と一体のおかたとして歩み、十字架の贖いのみわざを成し遂げらました。私たちの人生にも大切なのは、この「真実な神」を知ること、その神の真実に堅く立つことです。聖書には、
 「神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました」(第一コリ一・九)
 と書かれています。私たちは、キリストを通して、真実な神との生命的交わりの中に入れられたのです。この真実な神との交わりこそ、私たちの人生の力です。
 「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」(第一コリ一〇・一三)
 とも書かれています。聖書は「神は真実な方ですから……」といいます。神のなさることはすべて「真実」に基づいているのです。
 「主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守ってくださいます」(第二テサ三・三)
 「あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます」(第一テサ五・二四)
 神のなさることはすべて「真実」に基づいている。イエス様は、この神の真実にすべてをかけられた。私たちも、そうでありたいものです。信仰とは、神の真実にすべてをかけることです。そして、私たちも神と共に真実に生きることです。真実を語る勇気、真実に立つ勇気はそこから来ます。「神」というおかたを知っているからこそ、ウソの多いこの世の中でも、真実なものを信じて生きることができるのです。
 それを思うと、私は信仰を持っていてよかったと本当に思います。この世の中だけをみたら、ウソばっかりで、希望がありません。しかし、神の真実を信じる者は、希望を持てる。
 真実にかたく立った生き方をするなら、真実な神が必ず報いてくださることを信じることができるのです。たとえこの世で認められなかったとしても、真実な神はちゃんと見ていてくださる。そして、やがて来たるべきときに、相応のご褒美をくださるのです。

久保有政

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