メッセージ(日本)

愛と誠 

愛のない誠は非力であり、誠のない愛は偽善である


せりにかけられる黒人奴隷(アメリカ)

[聖書テキスト]

 「忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、他のほうもおろそかにしてはいけません」(マタイの福音書二三・二三)
 

[メッセージ]

 いまこの地球上の超大国といえば、やはりアメリカでしょう。アメリカは約二〇〇年ほど前に独立した、若い国です。アメリカの独立宣言に、
 「我々は次の事実を自明と信じる。すべての人間は平等であり、神により生存、自由、そして幸福の希求など、侵すべからざる権利を与えられている」
 とあります。「すべての人間は平等であり……」。ああ、何と素晴らしい言葉だろうか、と以前の私は思ったものです。さすがキリスト教国の独立宣言だ、と。
 たしかに素晴らしい面もあります。かつて、幕末の時代に勝海舟らがアメリカの視察旅行をしました。そのとき、アメリカは、一般の庶民であっても選挙で勝つなら大統領になれる国だと聞いて、たいへん驚いたという話があります。実際、白人の間での平等はかなり行き届いています。しかし「すべての人間は平等であり……」というこの独立宣言には、大きな偽善がありました。
 この独立宣言を書いたのは、トマス・ジェファーソンという人です。彼は後に第三代大統領になりました。ジェファーソンは、アメリカ先住民インディアンを大々的に迫害し、また黒人奴隷を一〇〇人以上も所有していたのです。最近、ジェファーソン家で働いていた奴隷の子どもが、ジェファーソンの子孫であるらしいことがDNA鑑定で判明して、一流科学雑誌にも発表されて話題を呼びました。


ジェファーソン像。「すべての人間は平等であり……」と宣言
したが、その「人間」には有色人種は含まれていなかった。

 そういうことを知りますと、「すべての人間は平等であり……」は、ただの美辞麗句に見えてくるわけです。「人間」という言葉には、黒人は含まれていませんでした。アメリカの先住民インディアンたちも含まれていなかった。平等な「人間」とは、単に白人だけを意味していた。一体このような偽善がまかり通る世界は、何なのか。しかも、それがキリスト教国といわれる国においてなされてきたのです。このように、
 「すべての人間は平等であり、神により生存、自由、そして幸福の希求など、侵すべからざる権利を与えられている」
 といいながら、大規模な黒人奴隷制を維持し、人種差別を行なってきた歴史があるのです。

愛がなければ偽善

 私はよく、キリスト教国にさえこのように多くの偽善がみられるのは一体なぜなのか、と思ったものです。ジェファーソンが、「すべての人間は平等であり」と言いながら、黒人奴隷を一〇〇人以上も所有していられたのは、彼の心の中に、民族を越えた人間愛というものが欠けていたからでしょう。
 たとえ、神の存在を信じ、「神よ、主よ」という祈りをする人であったとしても、民族を越えた人間愛がなければ、そこに必ず偽善が入り込んでしまいます。キリストの使徒パウロが、
 「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です」(第一コリ一三・一三)
 と言っています。彼は「信仰」を第一にあげつつも、信仰・希望・愛の中で、最もすぐれているのは「愛」だと言っている。愛がなければ本当の信仰もありません。愛がなければ偽善的な信仰になってしまいますよ、という警告として受け取ってよいでしょう。
 今から五〇〇年ほど前、日本に、カトリックの宣教師フランシスコ・ザビエルがやって来ました。彼は教皇庁にあてた手紙の中で、
 「日本人は私が出会った民族の中で、最も優れています。日本人は一般的に良い素質を持ち、悪意がなく、交際していて非常に感じがよい
 と書きました。ザビエルは、日本の文化や伝統も愛しました。


ザビエル像。彼は日本の文化・伝統を愛した。

 一方、ザビエルのあとに来日した人で、カブラルという宣教師がいました。彼は一五七〇年から八年間、日本宣教の指導的立場にいた人物でしたが、教皇庁にこう書き送りました。
 「私は日本人ほど傲慢、貪欲、不安定で偽善的な国民をみたことがない」
 このカブラルは、日本人そのものも風習も文化も嫌悪していたと言われます。同じ時代、同じ日本で伝道したこの二人が、なぜこれほどに違うことを書いているのか。
 それはやはり、民族を越えた人間愛を彼らが持っていたか否か、ということでしょう。これは西欧人の特質なのかもしれませんけれども、白人優越主義のゆえに、民族また人種を越えた人間愛をなかなか持つことができない人が、多かった。これは非常に残念なことです。
 私たちも気をつけなければいけないのは、愛のない信仰は偽善だ、ということです。イエス様がここで、ユダヤの律法学者やパリサイ派の宗教人たちについて、こう言っておられます。
 「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしているのです」。
 容赦ない批判ですね。イエス様は罪人に対してはやさしいけれども、偽善者に対してはまことに手厳しい。ユダヤの律法学者や、パリサイ派ユダヤ教徒らは、きちんと十分の一献金はするし、聖書はよく読むし、神殿で熱心に祈るし、周囲の人々からは、それはそれは熱心な信仰者とみられていました。しかしイエス様は、彼らは、
 「律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしている」
 と言われています。ここで主は、「正義」「あわれみ」「誠実」の三つを特にあげられました。それらを、彼らはおろそかにしていると。これらは信仰を持ったから「もうどうでもいい」というものではない。信仰を持ったなら、なおのことこれら三つを大切にしなければならない、とイエス様は言われている。
 それらは「正義」「あわれみ」「誠実」。旧約聖書の律法の根幹がそこにあるのです。

正義・あわれみ・誠実

 信仰があるからそれらはいらない、というのではなく、むしろ信仰によって、それら三つのものが完全なものにされていく。それが本当の信仰であるわけです。
 あわれみのない信仰は偽善になります。慈愛のない信仰は偽善になる。アメリカの独立宣言だけでなく、私たち人間はすべて、それを心に留めたいものです。民族を越えた人間愛というものを持つ必要がある。それに気づいたのが、リンカーン大統領でした。アメリカはダイナミックな国です。偽善もあるけれども、一方では、それを是正する力もある。
 リンカーン大統領は、深い神への信仰と愛を持った人でした。そして彼は、奴隷制は聖書の教え、神の教えに反すると考えた。彼は奴隷制を廃止するために、命をかけて立ち上がったのです。そしてついに、奴隷制をアメリカから追放した。
 民族を越えた人間愛の勝利です。愛があって初めて信仰は完全なものとなります。


リンカーン大統領。アメリカには偽善も
あったが、是正する力もあった。

 リンカーンが奴隷制廃止を訴えたとき、奴隷を持つ人たちは一斉にいろいろな理屈を言っては、リンカーンに反対しましたよ。しかし、奴隷制がいけないというのは理屈の問題ではない。論理ではない。人間愛の問題です。藤原正彦さんが書いたベストセラー『国家の品格』の中に、こういう話が載っています。以前、日本の学校で生徒が、
 「先生、なんで人を殺しちゃいけないの?」
 と質問した。みなさんなら、何と答えますか。
 そのとき先生たちは、なぜか一生懸命に「論理的な答え」を探そうとしたそうです。そして考え込んだ。でも誰も、論理的な答えなんて出せませんでした。今の先生たちは、生徒の質問に論理で答えるように習慣がついてしまっているのです。
 情けないことです。しかし、こういうことは論理の問題ではない。なぜ人を殺してはいけないのか。答えは簡単です。ダメだからダメ。これは論理のことではない。人間愛の問題です。頭で考えることではない。心で感じることです。そういう心の教育をやってこなかったから、いま教育現場で、いろいろなひずみが出てきてしまっています。
 奴隷制がいけないというのも論理ではありません。人間愛の問題です。
 最近、学校では、いじめが問題になっています。そして、いじめを受けた生徒たちのためにカウンセラーを学校に常駐させたり、相談所を設けたりしています。そういう対症療法をやっている。しかし、そういう対症療法をやる前に、
 「弱い者いじめは人間として卑怯(ひきょう)な行為だ
 と何故教えないのか。卑怯なことはしてはいけないのです。これも、論理で答えの出る問題ではありません。理屈ではない。「正義」と「あわれみ」と「誠実」の問題なのです。
 藤原さんは、小さい頃に父から、
 「弱い者いじめの現場を見たら、自分の身を挺してでも、弱い者を助けろ
 と教えられていたそうです。父は、「弱い者がいじめられているのを見て見ぬふりをするのは卑怯だ」と言った。だから藤原さんにとって、「卑怯だ」と言われることは、「お前は生きている価値がない」と言われることと同じでした。
 今は、「弱い者いじめは卑怯だ」と教えることが、少なくなってしまいましたね。しかし、そう教えることが大切です。昔、日本で武士道が生きていた頃は、「弱い者いじめは卑怯だ」とは誰もが思っていることでした。
 倫理は頭で考えることじゃありません。心の奥底に感じ取ることです。「卑怯だ」というのも、理屈ではありません。たとえば、桜が美しいというのも理屈ではありません。心で感じることでしょう。満天にきらめく星空が神秘なのも、理屈ではありません。心で感じることです。同様に、卑怯なことをしてはいけないというのも、理屈ではない。心の底で知ることです。
 「すべての人間は平等であり」といいながら、有色人種を迫害するのは卑怯なことです。
 人間がまず学ばなければならないのは、理屈ではない。心のことなのです。正義とあわれみと誠実。そういう人間の生き方の根本です。それは頭に覚え込ませるものではない。体で覚えること。人間の心の奥底に植えつけなければならないものです。それがないと、たとえ美辞麗句を並べても、人間は偽善になってしまうのです。

武士道とのつながり

 イエス様は、表面的な宗教的行為ではなくて、それ以上に正義とあわれみと誠実が大切だと、言われました。旧約聖書の精神はそこにある。それがなければ偽善だと。
 考えてみると、この「正義」と「あわれみ」と「誠実」は、古来、日本に伝わる武士道の根本精神と同じであることわかります。クリスチャンの新渡戸稲造先生が書いた名著『武士道』には、武士道の根本精神として幾つかのものがあげられていますが、中でも「義」「惻隠(そくいん)の心」「誠」はその中心といえるものです。
 「義」は、正しい行ないです。正義を行ない、悪事をこらしめる。人の道に反することをせず、筋の通ったことをする。道理にかなうことです。一方「惻隠の心」とは、あわれみ、思いやり、武士の情けです。弱い者や、負けた者、苦しんでいる者などを痛めつけない。同じはかない命を持つ者として、はかない命に対して同情を寄せる心をいいます。
 そして「誠」は、誠実なこと、やましさのない、うそのないこと。二心でない、清き明き心をいいます。また卑怯なことをしない。卑劣な行動をとらないことです。武士たち、また多くの日本人は昔から、
 「至誠天に通ず
 と信じました。不思議にも旧約聖書の根本精神は、この日本に伝えられていたのです。
 これは古代の日本にイスラエル人や、古代東方キリスト教徒がやって来ていたからだと私は考えていますが、詳しいことはここでは述べません。いずれにしても、旧約聖書の根本精神が、この日本に昔から存在していた。
 最近、武士道の大切さが見直されるようになってきています。武士道に帰依する人々が増えている。いま、日本で武士道に関する本がとてもよく売れるようになっています。新渡戸先生の『武士道』も、一〇〇年も前の本なのに、現代訳がよく売れている。


「武士道」を著した新渡戸稲造

 いいことだと思います。神様はこの日本に、武士道というとても素晴らしい宝を与えて下さった。私たちは、それをもう一度よみがえらせていく必要があります。
 武士道というのは、「旧約的な」神の賜物なのです。それに「新約」、つまりイエス・キリストの福音が合体すると、世界最強のものとなります。内村鑑三先生は、
 「武士道の台木にキリスト教を接いだもの――それは世界で最善の産物だ。それには日本国だけでなく、全世界を救う力がある
 といいました。内村先生がなぜこう言ったのか。内村先生は、欧米を見てきたことのある人です。キリスト教国へ行って、いいところも悪いところも見てきた。内村先生は、キリスト教国にはいいところも多いけれども、なぜこれほどに偽善が多いのだろうと思いました。
 欧米のキリスト教徒の多くは、新約聖書はある程度は読みますが、旧約聖書はほとんど、あるいはあまり読みません。そして、「信ずれば救われる」ということだけを強調し、旧約聖書の根本精神である「正義」「あわれみ」「誠実」などには、ほとんど関心を示さないのです。偽善は、そこから生まれます。

偽善な信仰

 じつは、その最も残念な例は、欧米よりもむしろ中国にありました。
 かつて日中戦争のとき、蒋介石は日本軍の追撃を食い止めようと、黄河の堤防を破壊しました(一九三八年)。そのとき日本軍の進路ははばまれましたが、日本兵はひとりも死にませんでした。しかし、蒋介石が破壊した堤防からあふれ出た大洪水により、中国の民衆約一〇〇万人が死に絶えたのです。ふつう戦闘ならば、死者の数はふつう数千とか数万人といった程度のものです。しかし一〇〇万人も死んだ。
 しかも兵士ではない民間人。蒋介石からみたら同胞です。蒋介石は堤防を破壊するならそこにいる中国民衆がみな死ぬということを知っていながら、それを命じたのです。大洪水により、家を失ったり負傷したりといった被災者たちも、約六〇〇万人に達しました。またこの洪水のために田畑は破壊され、中国の広範囲に大飢饉が広がりました。それにより、その後さらに数百万規模の死者が出たのです。日本兵たちはそれを見て、
 「なんというひどいことをするのだ」
 と言って怒りました。そして日本兵たちは、まだ生きている中国の民衆を手当し、堤防を修復し、伝染病を防ぐための防疫作業をしました。そして中国民衆を、必死になって救済したのです。しかし当時、蒋介石は、
 「日本軍を半年にもわたって足止めさせたぞ」
 と言って喜んでいました。この蒋介石はクリスチャンだという。彼の妻(宗美齢)も、アメリカでは敬虔なキリスト教徒を演じ、得意の英語力を生かしてお涙頂戴の話をなし、同情をさそってはアメリカの莫大な援助を引き出していました。


蒋介石。彼は「キリスト教徒」を演じたが……

 ところが実際の蒋介石は、自分が天下を取るためには、中国人同胞を何百万殺そうと平気でいる人物だったのです。ああ、いったい何のための戦いか。これは中国の民衆のための戦いではないのか。まったく信じられない話です。
 しかし、何でもあるのが中国。これは現実の話でした。しかも蒋介石率いる国民党は、中国国内ではキリスト教の宣教師たちを殺し、略奪し、ミッションスクールに火をつけ、反キリスト教を推し進めていました。外の顔と内の顔がまったく違ったのです。
 ところが、こうした正しい情報はアメリカに伝わらず、アメリカは蒋介石を中国の希望の星と持ち上げ、莫大な援助をいつまでも国民党に流し込んでいました。要するに蒋介石がクリスチャンというのは、アメリカの同情を誘うための演技に過ぎなかったということです。
 蒋介石以外にも、中国には同じような人物がいました。有名な馮玉祥です。彼は、クリスチャンを称することが有利だと察すると、すぐに洗礼を受け、配下の全軍にも命令して、整列させたところを消防車で放水して洗礼を受けさせました。ところが、彼はそののちも詐欺はするわ、恐喝はするはと、やりたい放題。クリスチャンの行動など、どこかへ行ってしまいました。それで、やむなく宣教師たちは彼と手を切っています。
 当時の中国人の多くは、うまい汁さえ吸えればクリスチャンにもなったのです。金になるなら喜んでクリスチャンになった。しかしそれがなくなれば、すぐ手を返します。彼らは下心があって入信した「にわかクリスチャン」にすぎませんでした。
 こうした当時の実情に心底嫌気がさし、中国での宣教をやめた宣教師たちもいたほどです。たとえばダイモンドという宣教師がいました。彼は、中国人のために骨身を惜しまずに伝道した立派な宣教師です。人々から尊敬され、多くの支部をかかえる大教会の長を務めていました。
 ところが、彼は二年後に中国を出てしまいました。その理由は、「あまりにウソが多い中国人」に嫌気がさしたからでした。その晩年に、ある人が、
 「中国で何人がクリスチャンになりましたか」
 と聞くと、彼は肩を落としてこう答えました。
 「名目上は数千人もいましたが、真の信者はひとりもいません」
 と。蒋介石も、そういった「にわかクリスチャン」「似非クリスチャン」のひとりでした。日本人クリスチャンには考えられないことでしょうが、これが事実です。当時の日本は、こんな人物と戦わなければならなかった。それが、どんなに大変なことだったか。何度も和平を提案した日本でしたが、それが無視され続けたのも、こんな人物を相手にしていたからです。
 蒋介石は結局、アメリカの援助で日本との戦争には勝ちましたけれども、そののち中国民衆から見捨てられ、台湾へ逃げるはめになりました。
 「正義」「あわれみ」「誠実」がないなら、どんな宗教を持とうと偽善にすぎません。
 イエス様は、旧約聖書を廃棄するためではなく、成就するために来られたのです。「正義」「あわれみ」「誠実」――それを心に刻まない限り、私たちはイエス様の真の精神を心に宿すことはできません。

誠の心

 ここでとくに、「正義」「あわれみ」「誠実」のうち、「誠実」について詳しくみていきたいと思います。日本でよくなされるアンケートで、
 「あなたは人生で何を一番大切にしていますか」
 というのがあります。その答えの多い順でいいますと、第一位と第二位に必ず来るのが、愛と誠実です。愛が一位で、誠実が二位だったり、またはその逆だったりする。日本人は、愛と誠を尊んできた民族です。この愛と誠は、非常に関連し合っています。愛のない誠実はあり得ませんし、誠実でない愛というのもあり得ない。互いに深く関係しているのです。愛のない誠は非力であり、誠のない愛は偽善です。
 クリスチャンは「愛」ということを大切にします。しかしその「愛」も、誠実なしには決して成り立ちません。誠実、誠とは、偽善がないことです。下心がない。また二心(ふたごころ)でないこと。純粋な心で事をなします。たとえ表面上、愛にみえる行ないであっても、もし下心があるなら誠実ではありません。それは本当の愛ではなくなる。
 先日、私の友人が悲しそうに話していました。じつは彼は、人々から「愛の人だ」と言われているある人と一緒に仕事をしていました。その人は、困った人を助ける活動をしていて、多くの人たちから感謝されている。それで立派な人だと思って、その人と一緒に仕事をし始めたのだけれども、つき合いが深くなるに従って、その裏側が見えてきた。その人は、自分の名誉になることはするけれども、名誉に結びつかないようなことはしない。
 また、人から借りたお金を返さずに、踏み倒して平気でいる。家賃も代金も払わない。その一方で、口を開けば、表では人々への愛を説き、非常に立派な教えをいいますが、陰では、今まで自分がつき合った仕事仲間の悪口ばかり言っている。
 世話になった人の悪口を言う人に、立派な人はいません。それで、いやになってしまった。偽善を感じて、つき合いをやめてしまったというのです。これ以上つき合っていても、ろくなことはないと。このようにたとえ表面上、愛にみえても、誠実のないものは愛になりません。ただの偽善でしかない。
 私たちにとって大切なのは、人々から「愛の人」と思われることではない。見かけだけそうであっても何の意味もありません。「愛の人」と呼ばれる前に、誠実でなければならないわけです。それで初めて、誠実な本当の愛を持つことができます。
 人が誠実な愛を持っているか、あるいはただの偽善かということを、神様はぜんぶ見透しておられます。ぜんぶご存知。私たちはまず神様の前に、誠実な愛を持つことが大切ですね。
 イエス様はあるとき言われました。
 「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」(マタ六・二四)
イエス様は、二心はいけないと言われています。神様に対して誠実でありなさい、と。
 とりわけ神と富の両方に兼ね仕えることはできない。「私は神を愛します」といいながら、裏では「富を愛します」ということはできません。イエス様は、それは二心、偽善だと言われているのです。神に対して誠実でない。神と人を愛するために富を用いるのは、良いのです。富自体が悪いわけではない。しかし富を、自分の神であるかのように愛してはいけない。富に生きるのではなく、富を生かす生き方が大切だということです。

神への誠実

 こうした神様に対する誠実な心、二心のない態度というものは、とりわけ昔から日本人が大切にしてきたものでした。古い和歌に、
 「山は裂け 海はあせなむ 世なりとも 君に二心 わがあらめやも」(源実朝)
 とあります。この世がどのようになろうと、主君に対して二心は決して持ちませんという。日本人は昔から、誠実を大切にしてきたのです。やましさのない誠実な心。昔、新撰組は「誠」という文字を大きく、羽織に書きましたね。誠は、日本人が一番尊んできたものです。
 これは日本特有のものです。日本神道には、清き明き心という理想があります。そこからも、日本人は清く、汚れのない、やましさのない、二心でない誠ということを、大切にしてきました。ユダヤ人もそうです。ユダヤ人も、清く、汚れのない、やましさのない、二心でない誠の心を最も尊んできました。神に対して誠実であり、人に対しても、主君に対しても誠実にふるまう。よこしまな人間は最も嫌われたのです。イエス様もここで「誠実」が非常に重要だと言っておられます。
 「正義、あわれみ、誠実……これこそしなければならないことです」。


イエスが言われた「正義」「あわれみ」「誠実」は、
武士道でいう「義」「惻隠(そくいん)の心」「誠」に近い

 一方、中国では、孔子が現われて「仁」という徳を説きましたね。仁とは、相手の立場を重んじる心をいいます。相手の気持ちをおしはかる優しい心のことです。礼儀にさらに優しい心を加えることです。これは愛に近いものと言ってもいいでしょう。中国ではそのほか、約三千年にわたって、礼、義、廉(分別)、恥、忠孝、信義、平和などの徳目が存在しました。しかしそういう中でも、ついに「誠」という徳は生まれなかったのです。というのは中国では、支配者も庶民も、一般的に「誠」を無用の長物と考えてきた傾向があります。あるいは誠を不要と考えてきた。現代の中国においても、
 「良心ある人は社会から疎外され、孤立する」
 という諺が生きているほどです。これは中国人なら誰でも知っている諺。
 良心的な生き方をする人、誠実な人は、この世では生きていけない、というのです。批判するためではなく、中国の現実を知るために言いますが、たとえば中国に行って、ブランド品を買おうと思って店に入ります。店の主人に、「これは本物?」と聞くと、「ええ、本物ですよ。他の店のはみんなニセモノです」と言われる。そして他の店に言って同じことを聞くと、また同じ答えが返ってきます。
 しかし、ユダヤ人の間でも日本人の間でも、誠は非常に尊ばれてきました。その徳目が生きてきた。これは神様の恵み以外の何ものでもありません。神様が、私たちや先祖をどれほど愛していてくださったか、ということです。こういう大切なものを尊ぶ民族は、決して滅びません。

至誠天に通ず

 今から三〇年以上前、一九七二年に、イスラエル・テルアビブのロッド空港で、日本赤軍の岡本公三らによる銃の乱射事件が起きました。
 三人の日本人テロリストが、空港で自動小銃を乱射したのです。この無差別テロによって二六人が死に、一〇〇人近い人々が負傷しました。たくさんのユダヤ人が殺されました。
 「なんというひどい事件だ」
 世界中の人々が、そのニュースを聞いて震撼しました。乱射事件ののち、犯人のうち二人は自決しました。しかし残りの岡本公三は、自決する前に、生きたまま捕らえられました。岡本は、取り調べを受ける中、自分がなした行ないに関して
 「自分は悪いことをした」
 とは決して言いませんでした。悔恨の情を絶対に示さなかった。しかし、この岡本に会うために、わざわざ日本からイスラエルへ飛行機で飛び立った人がいました。クリスチャンの手島郁郎(てしまいくろう)先生(「キリストの幕屋」創始者)です。先生は、イスラエルのユダヤ人らの前で土下座して、
 「同じ日本人がこんなひどい事件を起こして申し訳ありません」
 と涙ながらに謝ったそうです。これは先生がやったことではないのに、あたかも自分のことであるかのように、ユダヤ人に謝罪した。その後、手島先生は、岡本公三のつながれている獄へ向かいました。先生はイスラエルには多くのつながりを持っていたので、先生が願い出ると、岡本公三に面会することを許されました。
 彼らは一対一で会った。岡本公三は熊本の出身。対する手島先生も、熊本出身です。先生はおそらく熊本弁で話しかけたでしょう。具体的にそのとき先生がどのような話をしたか、詳しいことはわかりません。しかしその面会後、岡本公三は初めて、みなの前で、
 「私は悪いことをしました。申し訳ありません」
 と悔恨の言葉を述べた
のです。この悔改めは、手島先生の熱誠がなさしめたものです。先生の誠の心がついに通じて、岡本公三に初めて、真人間の情が宿ったのです。手島郁郎先生は愛の人でした。そして熱誠の人でもあった。愛の中心に誠があって初めて、愛は本物となるのです。クリスチャンに大切なのは、熱誠に貫かれた愛です。


テルアビブ乱射事件。岡本公三は手島師
との面会後、初めて悔恨の情を示した

 もう一人、私の印象に強く残っている人のことをお話ししましょう。好地由太郎(こうちよしたろう)という人です。彼は、もと極悪人でした。しかし、のちに熱誠の人になった。
 好地由太郎は、明治時代に発作的に人を殺してしまい、二三年の獄中生活を送った人です。しかし、獄中でキリストによる大回心を経験、特赦となって出獄、そののち伝道者となって全国を巡回し、数多くの人をキリストに導いたのです。
 好地は一八歳の時、情欲の虜となり、その末に発作的に勤め先の女主人を殺害してしまった。彼は犯行を隠すために、その家に放火。しかし、捕らえられ、未成年であったため終身刑を科せられました。獄中でのある日、義母が聖書を差し入れてくれました。それを読んでいるうちに、好地は御言葉に捕らえられ、ただひとり回心した。
 彼は心底から生まれ変わり、模範囚となり、やがて特赦を受けて出獄を許されます。それは、獄に下ってからじつに二三年目でした。しかし、人を殺して獄にいた者を見る世の人の目は、当然ながら厳しいものでした。痛ましい殺人の記憶は、好地の心からも、関係者の心からも消え去るものではありません。
 けれども、どんな極悪人であっても、キリストの罪の赦しと祝福によって人生は変わります。好地由太郎の心は、キリストの愛と赦しによって真に生まれ変わっていました。ここで一つの出来事をご紹介しましょう。それは彼が、日本全国の監獄をたずね、巡回伝道をしているとき、北海道・函館の監獄であったことです。以下は、好地由太郎本人の筆によります。

人を動かす愛と誠

 「ぜひ語りたいことは、函館監獄において、中之目丹治という死刑囚の悔い改めたことであります。私が帰途、函館にまいりました時、ちょうどクリスマスの前でした。いずれの教会もその準備に没頭して、臨時集会などを開くのは不可能だと言われて、私は失望しました。しかし中之目丹治の悔改めを見て、ただこの一事のご用のために、今回の北海道のご用の全部を犠牲にしても、決して悔いるところはないとまで感謝しました。実は函館監獄を訪ねて、すでに数回の講話をした後のことでした。ある日、典獄(刑務所長)が、
 『独房に、一人の囚徒がすでに死刑の宣告を受け、その執行を待っています。それは樺太の人間で、中之目丹治といい、相当の家に生まれ、教員をしたことのある青年です。ところが彼は自分の刑に服せず、裁決が不法だと言っては、誰にでも食ってかかり、悪口雑言、乱暴極まりなく、始末に困っています。どうか会ってやってください』
 という頼みです。私は快諾して、面会しました。
 彼は目をむき出して、大喝一声、「貴様は何者だ!」と尋ねます。
 『私は、昔は君と同じように死刑の宣告を受け、鉄窓二三年の憂き年月を送った者だが、今はキリストを信じて、神の子とせられ、司法大臣の許可を受けて、真人間にしていただいたお礼に、日本全国の監獄をお訪ねしている好地由太郎という者です。ご不満のことは何事でも打ち明けてお話しください。ご相談のお相手になりましょう』。
 彼はしばらく黙って、何か考えている様子でした。それから手を握り、口を開いて、
 『ぼくは日本男児です。教育家です。善人です。慈善家です。それなのに、このぼくを捕らえて死刑に処するとは何事か。裁判官も弁護士も、典獄(刑務所長)も看守も、教誨師(受刑者を善導する人)も、ろくな奴は一人もいない。ぼくが何と言っても取り上げず、取り調べもせず、自分勝手に罪に定めて、天下の良民を死刑にするとは何事か。ぼくは死刑にされるのが恐ろしくはない。ただ不法の宣告を受けたのが残念だ。なるほど人を殺したから、道徳上は幾らかの罪はあるだろう。けれども正当防衛だ。死刑にされるはずはない。君も一度はそんな目にあったならば、ぼくに同情することができるだろう』
 と、自分一人でしゃべり続けます。私は、このように自分を身勝手に義人呼ばわりする頑迷な心を、いかにして悔い改めに導けるかと、一時は当惑しました。それから神に祈って助けを求め、
 『それ神のことばには、あたわぬことなし』(ルカ一・三七)
 と信じました。
 『君は罪を犯したが、死刑はひどすぎると言われる。元来罪というものは、商品と異なり、高い安いとこっちから値切れるはずのものではない。先方のくださるものを喜んで受けるべきはずのものです。また、何年でも憂いて受けるなら死となり、喜んで受ければいのちとなります。君も長く生きたいと思うなら、喜んで殺していただくことです。人に殺されますと死にますが、お願いして殺していただけば決して死にません。必ず永遠のいのちを見いだします。
 死にたくなくて殺されるから、苦しくもあり、また肉も霊も共に死にます。ですから、死刑を安く値切らず、君の方から喜んで死刑にしてもらいなさい。そうすれば、君も私と同じように、老・病・死という、いやなものから救われて、不老不死に至ります。つまり無色の色を見、無声の声を聞くことができます。君は今、人生問題を解決するに最も好適な交差点に立っております。地獄へ行くも天国へ行くもただ一息です。私も死刑の宣告を受けた時は、この交差点に立って苦しみました。
 私は二五歳までは命がけで、悪しき事のために死にたいと思いましたが、外面からは勇ましく見え、また自分でもそうだと思っていました。それはただ死の力であって、全く悪魔に欺かれておったのです。そこで二五歳、すなわち明治二三年一月二日限り、大改革をして、今度は良き事、正しき事のために早く殺していただくことを定めました。神のみ旨とあらば、いつでも、否、今すぐにでも死んであげますと、決心して祈ると同時に、心の煩悩は全く取り去られ、真の平和が心に宿ったのです。爾来、今日に至るまで、その死の与えられる日を待ちながら、このようにご恩に報いるために働いております』
 と自分の偽りのない体験を語って、同情の涙と共に、熱誠を込めて説きました。すると、さしもの彼もその場にぺたんと座して、両手をつき、
 『先生、恐れ入りました。神の声が聞こえました。神のみ顔が見えました
 と、涙にむせんで悔い改めました。げに奇しきは、神の愛であります。石のような心がたちまちに砕かれて、肉のように柔らかく温かくなり、私ども二人は手を取り合って、共に祈り、感謝の涙にむせんだのでした。
 かの十字架上の盗人(ルカ二三・四一〜四三)と同じように、私ども二人は、この日、明治四三年一二月二五日、身は函館監獄の典獄室(刑務所長室)にありながらも、霊は主と共にパラダイスにあるを覚えました。また、罪なくして罪人とせられ、我らに代わって贖いとなってくださったキリストの御名を、心の限り賛美したことであります。
 その後における中之目丹治の変わりようは、きわめて著しいものがありました。典獄はじめ役人たちも非常に感心し、一般囚徒の模範となり、また監獄改良の好材料ともなるとして、語り伝え、聞き伝えして大評判となりました。
 ついには典獄から司法大臣へ上申した結果、中之目丹治の刑の執行期限が、百日のところを満一か年猶予することになりました。それだけでなく、毎月数回の通信が特別に許され、自己の修養をすると共に、家族その他、多くの人々を救いに導き、監獄の内外にたいへん良き感化を残しました。そして翌明治四四年一一月二九日、喜び勇んで刑の執行を受け、一足跳びに天父のもとに帰りました」。

イエス様からの愛と誠

 好地由太郎は、そのように思い出を語っています。
 ここに彼が、自分の生命を全く、主キリストに捧げていたことが読み取れます。そして「至誠天に通ず」「至誠神に通ず」の心をもって、生きていたことがわかります。その人が本当に誠の人か、そうでないかは、人間にはしばしばわかりにくいことがあります。しかし、神様からみれば一目瞭然です。神様にはすぐわかる。
 好地由太郎にはまた、こんな逸話もあります。彼が、家庭学校に勤めていたときのことでした。これは不良少年たちを集めた学校です。好地先生は、よく夜中に人知れず起きて、外に出かけていました。ある夜、ひとりの生徒が目を覚ましました。いつものように好地は、真夜中に部屋から静かに外へ出ていきました。
 生徒は、はてなと思って、眠っているふりをして見ていました。すると、好地先生はしばらくして帰って、静かに寝てしまいました。その生徒は心の中に、先生は独身だから、だれか女に会いに行ったな、よし今晩は一つ後をつけて女もろとも押さえてやろうと考えました。
 さすがは不良少年だけありまして、大喜びでその時を待ち受け、次の夜は寝たふりをして見ていると、好地はそんなことは知ろうはずもなく、例のとおり起き出て、静かに外に出ていきました。生徒はしめたとばかりに、抜き足差し足でついて行きます。ところが事務室ででも密会するのかと思いのほか、礼拝堂へと入りました。
 生徒はますます腹を立て、場所もあろうに礼拝堂で密会するのは、いよいよもってふらち千万、と思いました。相手はだれかと息をこらして物陰で見ていたのですが、どこからも女は出てきません。はてなと思って耳をそばだてると、中ではすでに話し声がします。
 さては相手は先に来ておったのかと、戸口に寄って立ち聞きしましたが、先生一人の声だけが聞こえて、相手の声はさっぱり聞こえません。変だと思って忍び寄ってよくよく見ると、なんと先生は涙を流して、熱心に自分たち生徒のために祈っているではありませんか。


なんと先生は涙を流して、熱心に
自分たち生徒のために祈っていた

 生徒は驚き、恐れ入り、すぐその場で告白しようと思いました。しかしそれを我慢して、自分の床に戻り、そしらぬふりをして寝てしまいました。けれども、その生徒は以後、まじめな人間に生まれ変わりました。そして立派な社会生活を送るようになったのです。
好地由太郎は、至誠は天に通ずることをよく知っていました。「右の手のしたことを左の手に知らさなくても」、神はすべてをご存知で、必ずや私たちの誠に答えて下さるのです。
 好地由太郎の愛も、熱誠に貫かれていました。私たちも、及ばずながら、そうした先輩たちが示して下さった範に従いたいと思います。
 さらに、好地由太郎が信じたイエス様、そして手島郁郎先生が信じたイエス様は、それらにもまさる素晴らしい熱誠を示して下さったおかたです。
 「誠」という字は、「言」が「成る」と書きます。イエス様は神の言が人と成ったお方です。神の言は偽りがない。必ず成就する。そして神のなさることは、義と愛と誠に満ちています。
 聖書には、何度も「神の真実」という言葉が出てきます。「神は真実であり……」(第一コリ一・九)、「主は真実な方ですから……」(第二テサ三・三)。真実とは、誠、誠実ということです。イエス様は、この神の真実、神の「誠」が受肉したおかたです。神の誠がそのまま人となられた。誠実とはこういうことですよ、という最高の模範を、イエス様は生涯をかけて私たちに示してくださいました。
 私たちの愛と誠は、すべてイエス様から来ます。イエス様は聖霊を送って、私たちにそのような生き方を与えて下さるのです。

久保有政

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