終末論

終末の時代に起こること 第4章

キリスト者の携挙

彼らは世の悪が最高潮に達したとき、天に携え挙げられる

再臨二段階説・患難「前」携挙説は正しくない
再臨も携挙も患難時代の終わり頃に起こる


再臨は二段階か、一段階か
携挙は患難の前か末期か

 レムナント誌の読者で、アメリカの神学校に在学中の方が、次のようなお手紙を下さいました。
 「私は、これまでずっと日本の教会において、キリストの再臨は『空中再臨』と『地上再臨』の二段階であるという説を聞いてきました。
 すなわち、患難時代の始まるときにキリストの空中再臨があり、それと同時にキリスト者の復活や、携挙(キリスト者が空中に携えあげられること)がある。それから七年の患難時代が始まって、その患難時代の終わりにキリストの地上再臨がある、という説です。
 しかしこの間、アメリカの神学校の有名な教授が、この再臨二段階説・患難前携挙説は間違いである、と講義していました。
 私はたいへん驚かされ、また興味深く聞きましたが、教授によれば再臨はただ一度であり、再臨も復活も携挙もみな患難時代の末期における出来事であるとのことです。・・・・」
 また、日本でも最近、著名なある牧師は次のように語りました。
 「私も長い間、患難時代の直前に空中再臨があって、そのときにキリスト者の携挙があるという説が正しい、と思いこんでいました。しかし今では、再臨は二段階ではなく、ただ一度であり、再臨も携挙も患難時代の末期に起こる、と考えています」。
 さらに、レムナント誌の読者で、ある伝道者はこう語りました。
 「レムナント誌が、再臨は二段階ではなく、ただ一度患難時代末期に起こること、携挙もその時であることをはっきり語っているのを読んで、たいへんうれしく思いました」。


再臨二段階説・患難前携挙説は一九世紀に初めて説かれた

 "キリストの空中再臨とキリスト者の携挙があってから患難時代が始まり、また患難時代の終わりにキリストの地上再臨がある"
 とする再臨二段階説――これはまた患難「前」携挙説でもありますが、この説は聖書的に妥当なものでしょうか。
 再臨二段階説・患難前携挙説は、初代教父の時代や、中世にはなかったものです。カトリックの人々もこれを信じていません。ルターやカルヴァン、またその他のプロテスタント宗教改革者たちも、これを説きませんでした。一八世紀の大伝道者ジョン・ウェスレーも、これを説いていません。
 では、いつこの説が始まったのでしょうか。それは初代教会から一八〇〇年もの歳月を経た一八三〇年頃になって、英国の神学者ダービーが、初めて説きました。以来、教会の多くがこれを受け入れるようになったものの、C・H・スポルジョン、チャールズ・フィニー等の大伝道者は、これを説きませんでした。
 今日、多くのクリスチャンがただ教えられるままに受け入れている再臨二段階説・患難前携挙説ですが、もしこの説が本当に聖書的なものなら、私たちはさらなる確信をもって、それを信じるべきでしょう。しかしもし反対に、聖書に反するようなら、私たちは躊躇なく、それに代わる正しい聖書的な説を求めなければなりません。私たちは、
 "キリストの再臨は二段階か、それともただ一度か""携挙は患難時代の前か、それとも末期においてか"
 という問題について、聖書をよく調べてみる必要があります。


再臨二段階説 対 患難末期再臨説

 まず両説について、簡単に説明しておきましょう。再臨二段階説では次のように考えます。

(1) 患難時代の始まるときに、キリストは空中まで降りて来られる(空中再臨)。このとき、キリストにある死者の復活、および、そのとき地上に生きているキリスト者の携挙が起こる。彼らキリスト者たちは空中に携えあげられ、空中でキリストに会い、以後キリストと共に天にいる。
(2) こののち地上には、患難時代が始まる。地上に住む人々には神の裁きが下る。また、「獣」と呼ばれるサタン的独裁者が現われ、世界は荒れ果てる。
(3) 携挙の時点で、地上にクリスチャンは一人もいなくなる。しかし聖書を見ると、明らかに患難時代の最中に地上にクリスチャンたちがいる。たとえば黙示録に、
 「わが民よ。この女(大バビロン)から離れなさい。その罪にあずからないため、またその災害を受けないためです」(黙示一八・四)
 と言われている(そのほか黙示六・九、一三・七、ダニ七・二五)。彼らは、携挙の出来事があったのちに、地上で回心して新たにクリスチャンとなった人々である。あるいは、不熱心だったため携挙されなかったが、のちに熱心になったクリスチャンである。
(4) 患難時代の終わりに、キリストは地上の悪の勢力を一掃し、千年王国を始めるために地上に降りて来られる(地上再臨)。

 つぎに、再臨はただ一度であるとする患難末期再臨説は次のように考えます。

(1) 患難時代の前に教会の携挙はない。教会は継続して地上にいて、患難時代を通過する。彼らは独裁者「獣」のもとで迫害を受けることになるが、迫害やすべての患難のただ中で、神からの力強い守りを受ける。
 それは彼らにとって試練の時であるが、その中で、なまぬるいクリスチャンはもはやいなくなり、彼らはキリストの花嫁として真に整えられた聖徒となるであろう。
(2) 患難時代の終わり頃、キリストは空中まで降りて来られ(空中顕現)、そのときキリストにある死者の復活と、地上のキリスト者の携挙が起こる。キリスト者たちは空中でキリストに会うが、やがて引き続いて、キリストは彼らと共に地上に降りて来られる(地上再臨)。
 すなわちキリストの空中顕現と地上再臨は、両方とも患難時代の"終わり頃"の出来事であって、ほぼ連続的に行なわれる。

 さて、これらの説のどちらが聖書に合致するでしょうか。
 本誌は、後者の"再臨はただ一度である""復活・携挙は患難時代「末期」(「後」ではない)に起こる"という説に立ちます。
 かつて初代教父たちも、再臨はただ一度であると教えていました。彼らは教会が患難時代を地上で通過することを書き、また警告しました。
 初代教父たちの中に、教会は患難時代の前に地上から取り去られるとか、再臨は二段階であるとか教えた人は一人もいません。このことは、英国のHARVESTER誌一九五八年一月号の質問欄において、英国マンチェスター大学の代表的神学者F・F・ブルースが詳しく答えています。


教会は患難のただ中で守られる

 聖書を調べてみましょう。第一に、"再臨は二回、あるいは二段階である""携挙は患難時代の前である"と明確に述べている聖句が、聖書中どこかにあるでしょうか。
 どこにもありません。
 再臨二段階論者は、自分の説の根拠として幾つかの聖句をあげているものの、そのいずれもが、明確な形で彼らの説を支持するものではありません。複雑な解釈と憶測を加えて、ようやく彼らの説を擁護しているにすぎないのです。
 再臨二段階説および患難前携挙説が人々に説かれるとき、最も引用された聖句は、ヨハネ黙示録三・一〇でしょう。
 「あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう」。
 この聖句について、再臨二段階説の人々はこう注釈します。
 「『試練の時には・・・・守ろう』の『には』の原語はεκ(から)であり、これは『試練の時から・・・・守ろう』と訳される。だから教会は、来たるべき試練の時である患難時代の前に、地上から携挙され、取り去られて守られるであろう」。
 この主張は本当でしょうか。しかし、もし本当なら、私たちの手元にある原語に忠実な聖書訳(新改訳や口語訳等)が、いずれも「試練の時から」と訳していないのは一体なぜでしょうか。
 いや、ここの訳は「試練の時には」で良いのです。この聖句の意味は、教会が患難時代の前に地上から取り去られることによる守りを言っているのではなく、教会が患難時代の"ただ中で"守られる守りを言っているのです。
 ギリシャ語学者は、もしこの聖句が患難前携挙を言おうとしていたならば、εκよりはαπο(〜を離れて)が用いられたであろうと述べています。また米国の代表的神学者メリル・C・テニーも、こう述べています。
 「ギリシャ語成句tereo ek(守る)は、他にはヨハネの福音書一七・一五にのみ使用されており、肉体を分離させることによる守りではなく、悪の攻撃を免れさせる守りを意味している」。
 テニー博士がここに引用したヨハネ一七・一五は、次の言葉です。イエスは祈って言われました。
 「彼らをこの世から取り去って下さるようにというのではなく、悪い者から守って下さるようにお願いします」。
 この「守って下さるように」は、ギリシャ原語において、先の「(試練の時には)守ろう」と同じ言葉なのです。このように、「試練の時には・・・・守ろう」は、教会を世から取り去ることによる守りではなく、世の"ただ中で"守る守りであることがわかります。
 このように、再臨二段階説・・患難前携挙説の"もっともらしい聖書的根拠"としてあげられている黙示録三・一〇も、実際は患難前携挙説を否定するものであり、むしろ患難末期携挙説を支持するのです。


エノクやロトの例は患難前携挙のモデルにはならない

 第二に、再臨二段階説・・患難前携挙説の人々は、その根拠としてしばしばエノクやロトの例をあげますが、これは妥当なことでしょうか。
 エノクは大洪水の前に携挙されたではないか、というわけです。しかし、エノクの携挙は大洪水の六〇〇年も前のことです。彼は大洪水が近づいたから携挙されたのではありません。彼の携挙と、大洪水は関係がありません。
 またロトについても、彼はソドムとゴモラへの裁きが及ぶ前に町の外へ出されたではないか、と言われます。しかし、ソドムとゴモラの町々に襲ったのは、「患難」ではなく「破滅」です。誰一人生き残れない破滅がそこに襲うはずだったので、ロトは憐れみを受けて、事前に外へ出されたのです。
 一方、終末の患難時代は、破滅ではなく患難が地上におよぶ時代です。それは誰一人生き残れないような破滅が世界におよぶ時代ではなく、むしろ人々の「試練」の時代です。したがってその試練の時代に、神がクリスチャンたちをそのただ中で守ってくださると考えることは、理にかなったことです。
 もし聖書中に実例を探すなら、聖書の実例は明らかに、患難のただ中での守りを示しています。
 良い例は、エジプトの十の患難のただ中で守られたイスラエル人たちです。モーセは神の力によって、エジプトに十の災いを下しました。しかしそのとき、エジプトに住んでいたイスラエル人たちは、それらの患難のただ中で守られたのです。


エジプトに下った災い。しかし
そのただ中で、イスラエル人は守られた

 携挙は、罪の世からの脱出であり、いわば"第二の出エジプト"とも呼べる出来事です。かつてイスラエル人がエジプトで患難のただ中で守られた後に出エジプトしたように、やがてクリスチャンたちは、患難時代のただ中で守られた後に携挙され、悪の世から脱出するのです。
 また、もう一つの良い例は、ノアの箱舟でしょう。ノアの家族は大洪水のただ中を通りました。しかし、そのただ中で守られたのです。
 "ただ中で守られる"というのは、どういうことでしょうか。再臨二段階説・・患難前携挙説の人々は、患難末期携挙説を批判してこう言います。
 「教会が患難時代を地上で通過するのでは、彼らが生き残るのは困難ではないか」。
 しかし、私たちは「試練の時には・・・・守ろう」と言われた主のお言葉を信じるべきです。使徒パウロも、その日クリスチャンたちは「火の中をくぐるようにして助かります」(一コリ三・一五)と言っています。
 主イエスはまた言われました。
 「あなたがたは忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます」(ルカ二一・一九)。
 「あなたがたの髪の毛一筋も失われることはありません」(ルカ二一・一八)。
 これだけ守りの約束があれば、充分ではないでしょうか。
 教会は患難時代の前には携挙されず、ひき続いて地上で患難時代を通過するでしょう。その試練の中で、彼らは練られ、なまぬるいクリスチャンはもはやいなくなり、真にキリストの花嫁としてふさわしい聖徒たちとなります。
 そののち、彼らは携挙され、空中で主との婚姻の時が持たれます。以後、彼らはいつまでも主と共にいるのです。
 もし患難時代の前に携挙があるのであれば、なまぬるいクリスチャンたちは一体どうなるのでしょうか。携挙される人と携挙されない人とは、どこで区別されるのでしょうか。
 しかし、携挙は患難時代の前にはなく、クリスチャンは患難時代の試練の時を経て練られ、真の聖徒として変えられていくのです。


ダニエルの3人の友も火のただ中で守られた


人の子が再臨の戸口まで近づくのは患難時代末期

 第三に、次の聖句が、患難時代の前に空中再臨はないことを明確に示しています。
 主イエスは、終末の時代に起こる様々の出来事として、「荒らす憎むべきもの」の出現や天変地異等を語られた後、こう言われました。
 「これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子(キリスト)が戸口まで近づいていると知りなさい」。
 「戸口まで近づいている」というこの言葉は、マタイ福音書二四・三三にも、マルコ福音書一三・二九にもあります。またルカ福音書には次のように記されています。
 「これらのことが起こり始めたら、からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい。贖い(救い=携挙)が近づいたのです。・・・・これらのことが起こるのを見たら、神の国は近いと知りなさい」(二一・二八、三一)。
 空中再臨は、キリストが「戸口まで」来られることです。キリストが再臨の戸口まで来られるのは、いつでしょうか。それは、
 「これらのことのすべてを見たら」
 です。「これらのこと」とは何でしょうか。文脈上、患難時代のすべての出来事です。聖書の前後関係を読めば、これは誰にでも明らかなことです。
 すなわち、再臨は患難時代の終わり頃になって初めて起きます。「空中再臨」であれ何であれ、再臨は患難時代の前にはありません。


キリストが再臨の戸口にまで来られるのは、私たちが
「これら(患難時代の出来事)のことのすべてを見た」あとである。

 しかし、これに対して、再臨二段階説の人々はこう反論します。
 「キリストがこれを語られた相手は、ユダヤ人クリスチャンであった。異邦人クリスチャンたちの携挙があって患難時代が始まったあと、ユダヤ人の中には回心者が起きてクリスチャンになる人々がいるであろう。キリストはそういう人々に関して、これを言っているのである」。
 これは的を得た議論でしょうか。いいえ、
 「これらのこと(患難時代の出来事)のすべてを見たら、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい」
 という言葉は、たとえ誰に対して語られたものであるにせよ、空中再臨が患難時代の前にないことを、明確に語っています。なぜなら、「(再臨の)戸口まで近づく」のは、患難時代末期だと明言されているからです! 誰に対して語られたにせよ、この真理自体は変わりません。さらに、主イエスは患難時代に関する御言葉を語られた後、
 「わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです」(マコ一三・三七)
 と明言されました。主の御言葉は、異邦人クリスチャンたちをも含む、全世界の人々に対して語られたものなのです。私たちに対してもです。したがって、教会は患難時代が始まったときもひき続き地上におり、患難時代の終わり頃になって主の再臨を迎えることがわかります。
 このように再臨二段階説は、聖書的根拠がないだけでなく、聖書に矛盾すると言わなければなりません。

 ここまでの議論だけでも、再臨はただ一度であり、再臨も携挙も患難時代末期であることが、充分に示されているはずです。しかし、さらに詳しい議論を望む人々のために、あと八つの事柄に関して検討してみましょう。


「空中で主と会う」は空中で主を出迎えるの意味

 第四のこととして、第一テサロニケ四・一六〜一七の次の言葉は、患難「前」携挙説を否定し、患難「末期」携挙説を裏づけます。
 「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者がまず初めによみがえり、つぎに生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちはいつまでも主と共にいることになります」。
 ここに、携挙された人々は「空中で主と会う」と言われています。「会う」と訳されたギリシャ原語アパンテーシスは、じつは「会う」ではなく、(空中で主を)"出迎える"と訳されるべき言葉なのです。実際、この原語は「花婿を出迎える一〇人の娘」のたとえにおいて、
 「そら、花婿だ。迎えに出よ」(マタ二五・六)
 と言われている箇所や、使徒パウロの一行を兄弟たちが、
 「出迎えに来てくれた」(使徒二八・一五)
 といった箇所に用いられています(ほかにもヨハ一二・一三等)。この言葉は、他の箇所では常に、「出迎える」「迎えに行く」と訳されている言葉なのです。


花婿を出迎えに行く娘たち。「出迎える」とは、途中まで行って、
そこで会い、会ったらまた一緒に元の場所へ戻ってくることである

 この言葉には、"自分がもといた場所から遠く離れた所へ行って人と会ったのち、その人とそこにずっといる"という意味はありません。"行って出迎えたら、その人とすぐ一緒にもとの場所へ戻ってくる"という意味なのです。
 すなわち、先の「空中で主と会う」は、むしろ「空中で主を出迎える」と訳されるべき言葉です。携挙された者たちは、空中で主を出迎えたのち主と一緒にすぐ地上に戻ってくること、と読めるのです。
 このことは、患難末期携挙説によく一致します。患難時代の終わり頃に、携挙された者たちは空中で主を出迎えたのち、ひき続いて主と一緒に地上に戻ってくるからです。
 しかしこのことは、患難前携挙説には一致しません。


携挙は地上に不法の人が現われた後

 第五に、第二テサロニケ二・一〜八の次の御言葉も、患難前携挙説を排し、患難末期携挙説を裏づけます。
 「兄弟たちよ。私たちの主イエス・キリストが再び来られることと(再臨)、私たちが主のみもとに集められること(携挙)に関して、あなたがたにお願いすることがあります。・・・・主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子(黙示録でいう「獣」のこと)が現われなければ、主の日は来ないからです」。  
 使徒パウロはここで、再臨と、携挙・・「私たちが主のみもとに集められること」について、テサロニケ教会の人々の思い違いを正そうとしています。パウロは再臨と携挙の日を「主の日」と呼び、
 「不法の人・・・・が現われなければ、主の日は来ない」
 と述べました。言い替えればパウロは、不法の人・・「獣」が現われてのち「主の日」・・再臨と携挙の日が来る、と言っているのです。
 ところが、この箇所に関して、再臨二段階説・・患難前携挙説の人はこう解説します。
 「テサロニケ教会の人々は、主の日はすでに来てしまって、携挙はすでに起こってしまい、自分たちは取り残されてしまったのではないか、と思って悩んでいた。しかし、使徒パウロは次のように言って、テサロニケ教会の人々を慰めたのである。不法の人『獣』はまだ現われていないし、主の日はまだ来ていない。だから、教会の携挙はまだ行なわれてはいないし、あなたがたは、あとに取り残されてはいない」。
 これは、じつは使徒パウロを患難前携挙論者にしてしまっているのです。しかし、賢明な人々は、この巧みな解釈に惑わされることはないでしょう。
 なぜなら、もしパウロが患難前携挙論者であったなら、自分たちは携挙に取り残されたのではないかと思い悩んでいる彼らに対して、むしろこう書き送ったはずだからです。
 「テサロニケ教会の人々よ。ローマ教会の人々を見なさい。またコリント、ガラテヤ、エペソ、ピリピ、コロサイ教会の人々を見なさい。彼らはまだ誰一人携挙されてはいません。私パウロでさえ、携挙されていないではありませんか。みな地上にいるのです。だから、まだ携挙の時は来ていません」。
 これのほうが、ずっと説得力があったでしょう。パウロがもし患難前携挙論者だったなら、そう書き送って彼らを慰めたはずです。しかし、パウロはそのようなことは全く書きませんでした。彼は、
 「不法の人が現われなければ主の日は来ない」
 と書いたのです。つまりパウロは、テサロニケ教会の人々の思い違いを正そうとして、次のことを言おうとしたのだとわかります。
 "不法の人が現われなければ、再臨と携挙の日は来ません。だから誤解してはいけません。携挙は患難時代の前にはないのです。不法の人が現われ、患難時代に入ってのち、再臨と携挙の日が来るのです"。
 使徒パウロは、患難前携挙論者ではありませんでした。彼は患難末期再臨論者であり、末期携挙論者だったのです。


再臨や携挙は「終わりのラッパ」のとき

 つぎに、第六のこととして、「終わりのラッパ」に関する第一コリント一五・五一〜五二の次の言葉が、患難末期再臨説すなわち患難末期携挙説を裏づけます。
 「私たちは・・・・みな変えられるのです。終わりのラッパと共に、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです」。
 これは「終わりのラッパ」と共に、キリストが再臨され、キリストにある死者は栄光の体によみがえり、また地上のキリスト者は栄光の体に変えられて携挙されることを、述べたものです。第一テサロニケ四・一六でも、
 「主は・・・・神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます」
 と言われています。この「神のラッパ」は「終わりのラッパ」と同じものです。
 もし患難時代の前に空中再臨と携挙があるのなら、「終わりのラッパ」と言われているのは、まことに奇妙です。なぜなら、黙示録によれば患難時代に七つのラッパが吹かれることになっており、その最後のラッパとは第七のラッパであって、それは患難時代末期に吹かれるからです(黙示一一・一五)。
 黙示録は、このときに携挙(黙示一四・三)、またキリストの再臨(黙示一九・一一)があると述べています。したがって、「終わりのラッパ」が黙示録の第七のラッパであることは、明らかです。


「終わりのラッパのとき」とは、第7のラッパのときである

 すなわち、「終わりのラッパ」のときに主の再臨とキリスト者の復活・携挙がある、という先の聖句は、患難末期携挙説を支持しています。


「のがれる」は携挙を意味しない

また、第七のこととして、次のことはどうでしょうか。再臨二段階説・・患難前携挙説の人々はこう主張します。
 「ルカ二一・三六には、『あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい』と記されている。だから、いつも油断せずに祈っているなら、患難時代のすべてのことからのがれることができ、その前に地上から取り去られ、携挙されるであろう」。
 しかし、この「のがれる」という言葉は、患難時代の前に教会が地上から取り去られることを意味しているのでしょうか。いいえ、そのようなことを意味しているのではありません。なぜなら、この節の直前の三五節に、はっきりこう記されているからです。
 「その日は、全地の表に住むすべての人に臨む」。
 患難時代は、全地のすべての人・・クリスチャンにもノン・クリスチャンにも、すべての人に臨むのです。さらに、この数節前においても、
 「これらのこと(患難時代の出来事)が起こり始めたなら、からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい。贖いが近づいたのです」(二一・二八)
 と言われています。もし患難時代の前に携挙があって教会が患難から逃れられるなら、キリストがこのように言われるはずがありません。携挙は患難時代に入ってのちの事柄だから、こう言われたのです。
 聖書は、文脈を無視して解釈してはいけません。その意味は前後関係の中で判別すべきなのです。したがって、キリストは「のがれる」という言葉で、次のことを言おうとされたことがわかります。
 "あなたがたは、患難時代を地上で通過するであろう。しかし、そのただ中で(かつてエジプトの災いのただ中で守られたイスラエル人たちのように)すべての患難からのがれ、災いを受けず、忍耐をもって勝利を得、ついには患難時代の終わりにキリストの前に立てるように、あなたがたはいつも油断せずに祈っていなさい"。


第一の復活は患難時代末期

 つぎに第八のこととして、「第一の復活」に関する事柄が、患難前携挙説に反対し、患難末期携挙説を支持します。
 黙示録二〇章には、「第一の復活」と呼ばれるものが記されています。
 「彼らは生き返って、キリストと共に千年の間王となった。そのほかの死者は、千年の終わるまでは生き返らなかった。これが第一の復活である」(二〇・四〜五)。
 これは千年王国の前に、キリストにある死者がよみがえることを言っています。全時代・全世界のキリストにある死者(黙示二〇・四「多くの座」)、および、患難時代に殉教した人々が復活するのです(黙示二〇・四後半)。
 「第一の復活」という以上、もちろんこれは最初の集団的復活です。それ以前に集団的に人々が復活することはありません。
 「第一の復活」は、第一テサロニケ四・一七で述べているキリスト者の復活と同じものです。すなわち、
 「(キリストの再臨が起こると)キリストにある死者がまず初めによみがえり(第一の復活)、つぎに生き残っている私たちが、たちまち雲の中に一挙に引き上げられ(携挙)・・・・」
 ます。このように順序は、キリストの再臨→第一の復活→携挙です。黙示録は、このうち第一の復活が患難時代の終わり頃だ、と述べているのです。そうであれば、明らかにキリストの再臨も携挙も、患難時代の終わり頃です。
 再臨二段階説のある人々は、患難時代の前の空中再臨の時に第一の復活があるとしています。しかし、これは黙示録の記述に矛盾します。なぜなら、第一の復活においては全時代のキリスト者たちだけでなく、患難時代中に殉教した人々も一緒に復活するからです(黙示二〇・四)。
 また再臨二段階説の別の人々は、患難時代の前の空中再臨の時に全時代のキリスト者の復活があり、さらに患難時代の終わりに殉教者たちの復活があるとしています。しかし、これも黙示録の記述に矛盾します。
 黙示録は、患難時代の終わり頃に起こる復活を「第一の復活」と呼んでおり、それ以前に集団的復活があることを否定しているからです。したがって「第一の復活」に関する考察は、患難時代末期携挙説以外に考えられないことを示しています。


再臨二段階論者の強引な聖書解釈

 つぎに、第九のこととして、再臨二段階説・・患難前携挙説における、強引な聖書解釈についても触れておきましょう。
 たとえば再臨二段階説のある人々は、黙示録三章と四章の間に、じつは空中再臨と携挙があるのだが、その記述が省略されていると言っています。しかし、そのような重要な事件を聖書が省略するとは、まことに奇妙な話です。
 また、再臨二段階説のある人々は、黙示録四・一で使徒ヨハネが、
 「ここに上れ、この後、必ず起こる事をあなたに示そう」
 と言われていることは、教会の携挙の型なのだと言っています。しかし、これはヨハネが、天の預言的幻を見るために霊的に上げられたことを意味しているにすぎず、教会の携挙とは何の関係もありません。
 実際、ヨハネはこの後、再び地上に立っています(黙示一〇・八、一一・一、一七・三、一八・一等)。ヨハネは、霊的に天や地や海に連れられていって、預言的幻を見せられているにすぎないのです。
 私たちは自分の説を聖書に読み込むのではなく、聖書の教えによって自分の説が変えられていかなければなりません。黙示録の健全な研究は、患難時代の前に空中再臨や携挙はないこと、再臨は患難時代の終わり頃にあり、携挙もそうであることを示しています。


患難時代の大半は人の悪の増大による患難の時

 つぎに第十のこととして、私たちの福音宣教は、世の終わりまでと命じられているのであって(マタ二八・二〇)、患難時代の直前で終わるのではないということです。
 私たちは、患難時代が「試練の時」だからといって、それを前に携挙されてこの世から逃げ出すことなど、一体どうして出来るでしょうか。神も、そのようなことをなさるでしょうか。
 患難前携挙説の人々の多くは、患難時代の直前にクリスチャンたちは全員携挙されるので一時的に地上にはクリスチャンが一人もいなくなり、その後地上にサタンの活動が活発化すると教えます。しかし、サタンの活動が活発化して人々を惑わすのなら、クリスチャンはなおのこと引き続き地上にいて、滅びゆく人々に神の福音を伝える義務があります。
 また患難前携挙説の人々の中には、クリスチャン携挙と共に聖霊も地上から取り去られる、と教える者もいます。ところがそれと共に、携挙のあとに地上で回心してクリスチャンになる人がいる、とも教えるのです。
 これは矛盾と言わなければなりません。なぜなら、聖霊なしにどうして人が回心できるでしょう。「聖霊によるのでなければ誰も『イエスは主です』と言うことはできません」(一コリ一二・三)。
 このように、患難時代の前にクリスチャンが地上から取り去られるという説は、矛盾に満ちています。むしろ、クリスチャンは引き続き地上にいると考えたほうが、より筋が通っているのです。患難時代を私たちが通過するとしても、決して驚くべきことではありません。
 「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない」(使徒一四・二二)のです。しかし、そのような試練の時にも、神は深い恵みと摂理のうちに、私たちを守って下さいます。何も恐れる必要はないのです。
 「もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまって下さるからです」(一ペテ四・一四)。
 再臨二段階説=患難前携挙説の人々は、この点で大きな誤解をしています。彼らは、患難時代とはすなわち「神の裁き」「神の報復」の時だから、教会はその時を通過せず、その前に地上から取り去られるはずだ、といいます。しかし、サタンの活動が活発化することが、なぜ「神の裁き」になるのでしょうか。どうみても理解に苦しみます。
 また"患難時代の全体は神の裁きの時"とする見解に、再臨二段階論者の根本的な誤解があります。ある再臨二段階論者は、患難時代についてこう言っています。
 「信仰者は、神の大使であり、罪人たちに神との和解、神との平和を勧める者たちである(二コリ五・二〇)。さて、平和を提案することを命じられた大使たちが、もし冷笑的に拒絶され、侮蔑されたときは、本国政府は彼らを召還し、そこに戦争が始まる。神がその大使たちを召還されたとき、次には恐ろしい報復が始まるのである。同様に、教会が地上から天国に召還され携挙されたのちに、地上に患難時代が始まる」。
 この文章に見られるように、再臨二段階論者は、患難時代の全体は"神の戦争のときであり、神の報復の時だ"と理解しています。
 しかし聖書を見てみると、患難時代の大半は、むしろ人の悪の増大による患難の時であることがわかります。患難時代の初期から中期にかけて、戦争や、暴力、紛争、またエルサレム蹂躙、独裁者「獣」による圧政、背教、迫害等が起きます。これらはみな、人の悪の増大による患難です。
 しかし、患難時代の末期になって、ついに神の怒りが下されます。黙示録において「神の裁きの時が来た」と言われているのは、患難時代の末期においてです(黙示一四・七、一一・一八)。


地上の悪に対して神の裁きを実行する天使

 そのとき、最終的にキリストが再臨され、地上の悪を一掃されます。神の裁きは、患難時代の終わり頃に下されるのであって、患難時代の全体が神の裁きの時なのではありません。
 "患難時代は神の報復の時だから、教会はその始まる前に携挙される"という考えは、安易な憶測というものです。教会は、そのようなことを教えて信徒にいたずらな安心感を与えるべきではありません。患難時代の大半は、むしろ人の悪の増大による患難の時であって、神なき世界の矛盾が一斉に噴き出すときなのです。
 その時代にこそ、クリスチャンたちはひき続き地上にいて、最後の証しをする必要があります。クリスチャンは、患難時代末期の携挙の時まで、地上でたとえ迫害を受けようとも、幾人かでも滅びゆく魂を神のもとに回復させなければならないのです。それが、クリスチャンに与えられた使命というものです。


主の日は不意にやって来るが・・・・

 最後に、主イエスの次の御言葉は、再臨二段階説に有利でしょうか。それとも、患難末期再臨説に有利でしょうか。
 「主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。人々が『平和だ。安全だ』と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません」(一テサ五・二〜三)。
 主の再臨と携挙の日が、「人々が『平和だ。安全だ』と言っているそのようなときに」、不意に、夜中の盗人のように突然訪れる、というこの言葉は、患難時代直前のまだ比較的平和で安全な時期に、主の再臨があることを示しているのでしょうか。
 そうではありません。なぜなら、この句の中に、「ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので」とあります。患難時代末期の、患難が最高潮に達する時期こそ、新しい時代を産み出そうとする、まさに「産みの苦しみ」のときです。その激しい陣痛の時期に、主の再臨と携挙があると考えるのが一番妥当です。
 また黙示録によれば、患難時代末期はちょうど、「獣」(独裁者)が世界制覇を成し遂げ、「獣」につく者たちが「平和だ。安全だ」と言って豪語し、欲と悪にふけっている頃です。
 「獣は、傲慢なことを言い・・・・あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた」(黙示一三・五〜七)。
 しかし、主の日は、そのようなときに突如として彼らを襲うのです。そして、地上のクリスチャンたちは主のもとに携挙されて守られるでしょう。
 主の日は、ノンクリスチャンたちにとっては、まったく不意にやって来ます・・ちょうど盗人のように。
 しかし、主の御言葉を学んでいるクリスチャンたちにとっては、全くの不意ではありません。ある程度の予想をつけることはできます。なぜなら、先の第一テサロニケの引用箇所に続いて、こう記されています。
 「兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません」(一テサ五・四)
 主も、こう言われました。
 「いちじくの木や、すべての木を見なさい。木の芽が出ると、それを見て夏の近いことがわかります。そのように、これらのこと(患難時代中の出来事)が起こるのを見たら、神の国は近いと知りなさい」(ルカ二一・三一)
 「これらのこと(患難時代中の出来事)のすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい」(マタ二四・三三)。
 主の再臨と携挙の日は、その正確な日時を特定することは誰にもできません。しかし、主の御言葉をよく学んでいる者たちは、その日が近づいたとき、時のしるしを見きわめることによって、少なくとも「再臨と携挙の日は近い」と知ることはできます。
 このように聖書のあらゆる箇所は、患難末期再臨説、すなわち患難末期携挙説によく合致しています。


まとめ

 一九世紀以来、再臨二段階説・・患難前携挙説という奇妙な説がクリスチャンの間に広まってしまったことは、非常に残念です。しかしこの説は、非聖書的であるばかりか、自己矛盾に陥っており、神のご計画を正しく伝えるものではありません。
 この説の信奉者は、時代が患難時代に突入したとき、大きな失望と落胆を味わわなければならないでしょう。
 いままで、ただ教えられるままに無批判にこの説を受け入れていた人々も、本当は何が正しいのか、聖書を自分でよく調べる必要があります。知恵と悟りの霊が、本誌の読者の上に豊かにありますように。

久保有政

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