先生のための小論文指導法

 



月刊「大学受験アルファ」〈4月号〉

小論文指導のヒント(1)
【小論文は内容と表現のバランスが重要だ】
                        代々木ゼミナール講師 平尾 始

 私は高校から小論文指導の講演を頼まれることが多い。そうした機会に先生方からも
様々な質問が出る。そこで、高校の現場での悩みに答えながら、私の「小論文指導法」
を書いてみようと思う。

・作文と小論文の違いは。
 これはよく聞かれる疑問である。一言で答えれば、「人柄を見るのが作文」「学力を
見るのが小論文」と言えるだろう。一般に作文は短い語句を与えて書かせるものが多く、
小論文は長い課題文を読ませ、その理解に基づいて書かせるものが多いのはそのためで
ある。言い換えれば、小論文は「知識・理解・表現」について、受験生の力を実践的に
調べる入試方法なのである。ただし、「作文」「小論文」を名乗っていても実際は逆の
場合もあるから、過去問などで内容を確かめる必要がある。

・まず最初に何を書かせるか。
 初歩から小論文の練習をする場合は、「私の高校生活」のような、短いテーマについ
て書かせる作文型の問題練習がよいだろう。特に推薦入試などでは「私の尊敬する人」
「私の愛読書」など、出題も限られてくるから、「よく出るテーマ」について書いてみ
ることがそのまま受験対策になる。

・内容が大事か。表現が大事か。
 ここで今回のテーマが問題になる。初歩の練習では特にそうだが、直すところが多す
ぎて何に重点を置いたらよいかわからない、という指導する側の悩みが大きいのである。
結論を先に言えば、「内容」と「表現」はどちらも大切であり、この二つのバランスが
取れなければ合格答案にはならない。そして、内容については「論理」が重要であり、
表現については「正確な日本語」が重要なのである。
 「論理」は残念ながら日本の教育で最も軽視されている部分である。私はいくつかの
大学で論理学を講じているが、欧米の古典的常識である「三段論法」を講義するたびに、
文系・理系を問わず学生から驚きの声があがる。多くの学生は「自分の主張に理由づけ
をすること」が論理だとは思っているが、その形式が実に多彩であることを知らないの
である。それゆえ、小論文指導においても「論理的に書くとはいかなることか」をまず
教える必要がある。
 「正確な日本語」についても同様のことが言える。若者が読書をせず、しかも文章を
書く機会がほとんどなくなっている。加えて学校の作文指導は添削もせず「提出させっ
ぱなし」になりがちだ。現代の若者たちは「正しい日本語」を知る機会がないのである。
 そこで、実例を出してこれらの指導法を考えてみたい。次に挙げる課題と生徒の解答
例は私のゼミで実際に使ったものである。


《課題》「私と大学」というテーマで小論文を書きなさい。(六〇〇字以内)ただし、
志望学部、志望のきっかけ、将来の進路の三点を必ず入れること。

《生徒の解答例》「私と大学」
 私が目指しているのは医学部である。将来何になりたいかを考えた時に、1〈手に職
をつけたいと私は思った。そして即座に頭に浮かんだのは医者であった。私にとって、
人の命を救うために働く医師の姿は憧れの的だったからだ。〉それに、学生生活の六年
間を勉強三昧で過ごすことは、2〈一般的な大学生のように遊んで過ごすより、はるか
に有意義なことだと思う。〉そして国家試験に合格し、臨床医としてある程度の経験を
積んだ上で、発展途上国へ行くことを私は希望している。
 今の日本は医師過剰と言われているが、世界には一人でも多くの医師を求めていると
ころもある。例えば、ルワンダなどがそうだ。ルワンダでは医師が不足していて、何百
人といる患者に対して、たった一人の医師が走り回っているような状況なのである。3
〈医師たちには患者の要求を聞く余裕もなければ、一人一人を落ち着いて診療する時間
もないのである。〉私は、そういう所で多くの人を助けるために必要な、伝染病などの
知識を大学で身につけたい。4〈先にも述べたが、大学生活を遊んで無駄に終わらせた
くない。少しでも多くのことを吸収して、少しでも人の役に立つ勉強をしたい。〉
 大学で5〈たくさん勉強した〉結果として、医師を本当に求めている人たちのいる所
で、一人でも多くの人を助けられるような医師になることを私は望んでいる。


・答案をどのように、どこまで添削するか。
 まずお断りしておかねばならないが、この答案は既に「大きな日本語の誤り」を直し
てある。この場合の「誤り」とは、文法・語法・漢字などの誤りである。実は大学受験
生の答案レベルは大変低く、厳しく採点すればこの段階で多くの答案は「失格」となっ
てしまう。逆に言えば、日本語の大きな誤りがなければ、それだけで「差がつく」ので
ある。従って、これらの「誤り」はできるだけ細かく直すべきである。
 さて、「論理」の点から見れば、この問題はきわめて基本的である。つまり、《課題》
の「志望のきっかけ」が「志望学部」「将来の進路」の根拠になっているわけである。
生徒にはまず、この点をよく考えさせねばならない。解答例では1の部分に「手に職を
つけたい」「憧れの的」という志望動機が書かれている。表現の点では悪くないが、内
容的には根拠としての説得力がない。こうした根拠や理由は「ただ書いてあればよい」
のではない。要するに出題者は「なぜ医師でなければならないか」という熱意や適性が
知りたいのである。よって、この部分にはより「知的興味」に関係の深い動機を記さな
ければならない。「書物からの影響」や「自分の印象的な体験」を基にして書くのがよ
いだろう。段落の最後で発展途上国へ行くことを卒業後の進路として述べているのだか
ら、なおさらである。
 2も医学部へ進む根拠の一部になっている。しかし、世間でよく言われることではあ
るが、「大学生は皆遊んでいる」という決めつけには問題がある。他者を非難するネガ
ティブな強調表現は避けた方がよい。「医学部での勉学は特に厳しいと聞いているが、
自分を鍛えるためにあえて挑戦したい。」程度の書き方が適切。
 第二段落は、発展途上国で仕事をしたいという将来の進路希望の根拠である。南北格
差や民族紛争によって虐げられた人々への医療援助に目を向けているところが評価でき
る。欲を言えば、3は日本の医療でも大きな問題点であることを指摘してほしかった。
これで自分の主張に普遍性が出てくる。
 4は前の内容の単なる繰り返しであるから削除する。5は幼稚な表現である。これは
文章を書き慣れていない最近の受験生共通の弱点であるが、小論文は文章語で書くべき
だ。「広く、深く学んだ」などと直せばよい。
 大体、添削の密度に関してはこの位手を入れるのが望ましい。これ以上大雑把だと書
いた本人がどこをどう直せばよいのかわからないし、これ以上添削を詳しくすると指導
できる人数が少なくなる。
 以上、簡単に初歩的練習と添削の実際を述べた。小論文入試では、よく「個性的な意
見を書かなければいけない」と言われる。これを誤解して「突飛な主張をしろ」とか「
どんな課題でもまず反対せよ」などといい加減なアドバイスをしている参考書も目にす
る。しかし、答案を読むのは論文のプロ(大学教員)であることを忘れてはいけない。
 より詳しく進んだ内容については、拙著『スーパー小論文』(有精堂)や『新小論文
ノート』(共著・代々木ライブラリー)を見てほしい。




月刊「大学受験アルファ」〈6月号〉

小論文指導のヒント(2)
【学問的常識がなければ小論文は書けない】
                        代々木ゼミナール講師 平尾 始

 前回、「表現」と「内容」のバランスが小論文にとって重要であることを説明した。
今回は「内容」の点でさらに踏み込んで、「論理」と「学問的常識」の関係について述
べてみたい。

・生徒の「個性」はどの点で評価されるか。
 前回の最後にも述べたが、人格に疑いをもたれるような「個性」の表現は、小論文入
試にとってマイナスである。大学教員に評価される「個性」とは、学問の基礎として必
要な「視野の広さ」や「深い知識」をどれだけもっているか、ということに他ならない。
ここではそれを「学問的常識」と呼ぼう。それらを前提にして初めて、「自分の生き方」
や「将来の進路」を説得力のある形で表現できるのである。

・学問的常識と論理。
 「学問的常識」もまた、論理と深く結びついている。論理を二つに分けると「演繹論
理」と「帰納論理」に分けられる。演繹論理は思考形式の正しさに結びつき、帰納論理
は事実から法則を導く過程の正しさに結びついている。簡単な例で考えよう。
 命題1 全ての社会主義政権は嘘をつく。
 命題2 アウシュビッツは社会主義国にある。
 命題3 ゆえに、ユダヤ人虐殺は嘘である。
 この三段論法は「形式的には」正しい。が、命題1と命題3は明らかに「真」(この
場合、「本当」と言い換えてもよい。)とは言えない。演繹論理の形式の正しさだけで
は、学問的に説得力のある議論はできないのである。そこで、帰納的な論理の正しさも
必要になってくる。つまり、形式的な正しさと同時に、主張が「事実に則して」(経験
的に)正しいかどうかを検討しなければならないのである。これは、経験的な事象を普
遍的な法則(真)に結びつけることであり、科学的に考えるということでもある。それ
ゆえ、正しい議論をするためには、どのような「事実」があり、どのような「学説」が
それを説明し得るかという両面で、正確な知識が不可欠なのである。すなわち、論理的
に書くためにも学問的常識が必要なのだ。
 次に、実際の答案例でこの問題を考えよう。


《課題》「機能と伝統」について述べなさい。(六〇〇字以内)

《生徒の解答例》
 「機能」という言葉を聞くと「新しいもの」というイメージがあり、「伝統」と聞く
と「古いもの」というイメージがある。そして、この二つは対立したものであり、共存
しているようには感じられない。
 では本当にそうなのだろうか。身近な「服」を例に考えてみる。現代の服は見た目を
重視するため、動きが制限されてしまう。よい例が女性のタイトスカートである。これ
は見た目は格好がよいが、脚の動きを大変制約する。これに対してギャザースカートな
どは、見た目はすっきりしていなくても動きやすくできている。これは、昔の人が考え
に考え、経験を蓄積して作った成果である。このように、長い間色々な手が加えられて
作られたものを、現代風に「見た目重視」に作り変えてしまうと、そこには必ず何らか
の問題が生じてくる。
 このことからわかるように、「見た目重視」と「機能」はうまく共存しない。しかし、
昔からのもの、つまり伝統的なものと機能はうまく共存している。ということは、「伝
統」と「機能」は対立しているのではなく、伝統の中に機能が含まれているのだと私は
思う。よって、「機能」イコール「新しい」、「伝統」イコール「古い」とは一概に言
えないと私は考える。


・問題を「学問的」に一般化するには。
 まず「機能と伝統」というテーマを見て、そこにどのような議論の形を組み立てられ
るかを考えなければならない。「〜と〜」という形のテーマは、二項の「対立」か「つ
ながり」を表わしていると考えられる。例えば、「機能」から「機能主義」のように工
業化時代の「新しさ」を連想し、「伝統」から「古いしきたり」を連想するのが普通だ
ろう。しかし、よく考えれば「しきたり」も生まれた時は新しかったはずだ。そこに目
をつけると議論が生まれてくる。(私はこうした考え方を「対立の発想」と名づけてい
る。)
 解答例は「機能」「伝統」「見た目のよさ」を区別して考えたものである。「見た目
のよさ」(格好のよさ)と「機能」(使いやすさ)は共存せず、「伝統」と「機能」は
共存する、という説明が明解で、この答案の核になっている。新しく工夫された「使い
やすさ」が積み重なって「伝統」を生み出すという議論である。自分がよく知っている
分野(服装)を取り上げ、確実な知識に基づいて議論しているところなどなかなかよい
答案だが、「機能」を狭く解釈しているところは改良の余地がある。
 私はこの答案に次のようなアドバイスをした。例えば、例に挙げられている「タイト
スカート」が動作の上で機能的でない(使いにくい)のになぜ用いられるのかという問
題を考える。これを学問的に一般化するためには、「デザインの象徴的・社会的機能」
についての知識が少々必要だ。つまり、服装とは単に「便利さ」という機能だけで決定
されるものではなく、その人の属する性・階級・社会的地位、またその人の信仰や思想
を表現するためのものでもあるということだ。一人の女性が時と場合によって何を身に
着けるかを考えてみても、「タイトスカート→儀礼的に女らしさを示す」「ミニスカー
ト→若さと行動性を示す」「パンツ→職業的な自覚を示す」「フレアスカート→私的な
自分を示す」などのように、服装においては記号としての「表現」の機能もまた重視さ
れるのである。そうすると、伝統的な服装や現代的な服装がもつ文化的な奥行きまでが
視野に入ってくる。こうして、「機能」や「伝統」という言葉の奥行きそのものが深く
考察されるようになるのである。
 今、ここで紹介したのは「記号論」の発想である。記号論自体を深く知らなくても、
「なぜ民族衣装には差異があるのか」「なぜ時代と共に服装は変わるのか」などの問題
を少し詳しく考えてみれば、こうした問題にたちまち突き当たる。小論文のテーマをた
だ与えるのではなく「理論的な見方を例示する」ことが、テーマの学問的一般化に役立
つと言える。

・受験生の常識のなさをカバーするには。
 こうした問題を扱うと、「今の高校生には社会常識さえないのに、学問的常識など身
につくものか」という感想をもたれる先生方も多いであろう。しかし、これも程度問題
である。前述の「記号論」を本格的に知ろうと思うなら、『記号論への招待』(池上嘉
彦著・岩波新書)程度の入門書は読んでおかなければならない。だが、具体的な問題を
扱う場合は、理論の一部分を知っているだけで充分議論に生かすことができる。指導者
にそうした知識がある場合は、入門書の一部分を引用した資料を作るなどして、課題に
理論的な解説を加えるとよい。予備校の小論文ゼミで私が最も力を入れている点の一つ
が、このような資料作りである。手元のデータベースで調べると、昨年度の冬期講習(
五日間)では『ソシオロジー事始め』(中野秀一郎)『哲学のすすめ』(岩崎武雄)『
宗教と科学の接点』(河合隼雄)『ODA援助の現実』(鷲見一夫)『人工知能と人間』
(長尾真)などを使って資料を作っている。単行本でなくとも、『現代用語の基礎知識』
『イミダス』『知恵蔵』などを用いて「新しい学問的知見」や「社会問題の最新像」に
興味を引きつける努力は、小論文の質を高めるためにもきわめて大切である。




月刊「大学受験アルファ」〈8・9月合併号〉

小論文指導のヒント(3)
【考えながら書き、読むことで実力がつく】
                        代々木ゼミナール講師 平尾 始

・生徒に読ませる「よい文章」の見本は。
 前回は「学問的常識」を身につけることの重要性について述べたが、その一例として、
新書を利用した資料作りを紹介した。よく「よい文章」の見本として、新聞の『社説』
や『天声人語』のようなコラムを切り取ってノートに貼らせ、書き写させたりする指導
法を耳にするが、はっきり言ってあまり感心しない。なぜなら、それらには「現実の事
象に対する理論的理解」が欠けているからである。「内容的に濃い」文章を書こうとす
るならば、読むべき文章は、新聞なら『文化欄』『論壇』などに載る専門家の文章であ
る。ただ、それらは少ない紙数に多くの内容を詰め込んであるので、基本的な説明が少
なく、素人には難しいこともある。
 そんな場合は、もう少し詳しく問題を説明した文章を選ぶ方が受験生にはわかりやす
い。前号でも挙げた『現代用語の基礎知識』『イミダス』『知恵蔵』のようなレファレ
ンスブックにある解説や、日本評論社の『法学セミナー』『経済セミナー』などの論文
(これらは大学生を対象にした雑誌だが、高校生に理解できる論文も載っている)、新
書の一部分などが適当だろう。(岩波新書が難しければ『岩波ジュニア新書』『岩波ブ
ックレット』などもある。)
 これらの資料は小論文に引用する形で応用することもできる。次の文例は岩波ブック
レットの『荒れ野の四〇年』を応用したものである。

《課題》戦争を知らない世代の若者として、あなたは「戦争責任」についてどう考える
か、八〇〇字以内で述べなさい。
《私の解答例》
 今年は第二次大戦終結の記念式典が多く、戦争を知らない私も「戦後五〇年」をいや
でも意識させられる。同時に、私はヨーロッパでは敗戦国も過去の歴史を記念している
ことを思い出す。例えば一〇年前、ドイツのヴァイツゼッカー大統領が敗戦記念日に行
なった演説『荒れ野の四〇年』は有名であり、本にもなった。大統領はドイツ人が敗戦
の日を記念するのは、そこに民族としての意義を見出すからだと述べている。それは、
ユダヤ人虐殺を「故意に無視した罪」を各人が反省し、若い世代が前世代と助け合って
過去の責任を負い、過去を直視することで二度と罪を犯さないよう現状認識を鋭くする
ためであるという。
 ヴァイツゼッカー大統領の演説は「戦争を知らない私たち若い世代も戦争責任の問題
を受け継いでいかなければならない」という考え方を示している。これに対して、「過
去の世代には確かに戦争責任があるが、私たちの世代は別である」とか「戦争はいつの
時代も歴史の必然であるから、個人には責任はない」という考え方もある。私は、日本
では後者の意見が多いと感じる。正確に言うと、民衆は戦争の犠牲者・被害者であり、
戦争責任は当時の指導者にあるという「被害者意識」である。
 そうであるからこそ、私は「個人としての自覚に基づく責任」を負う側に立ちたい。
なぜなら、戦前も含めて、現代の世界は空間的・時間的に連続性をもつ「ボーダーレス」
なあり方をしているからだ。例えば、日常のあらゆる経済活動が、途上国の貧困や世界
的な環境問題と関わっていることを私たちは知っている。軍事的な問題に限らず、私た
ちが他の国の人々や次の世代に対して影響を及ぼすことを「知っている」以上、そこに
はナチズム下の市民と同じ責任が生じるのである。戦争責任の自覚は、こうして「一人
一人の現在」に対する自覚につながると私は考える。

・読書指導と小論文指導の関係。
 このように述べてくると、「小論文を指導する場合、読書指導から始めるべきか、そ
れとも問題を先に与えるべきか」で悩む先生方もおられるであろう。結論から先に言え
ば、「書きながら考えさせ、疑問が明らかになったところで読ませる」のがベストであ
る。文章を一方的に与えるだけで生徒に問題意識がなければ、「何が書いてあるのかわ
からず、つまらない」ことになるし、逆に何もネタがないのに書かせようとすれば、「
何を書けばよいのかわからない」ことになる。つまり、小さな疑問から出発して大きな
問題に気づかせることが重要なのである。こうして何度か「書き、読み、考えてまた書
く」ことを繰り返して一本の小論文が完成するのである。

・小論文は何本書けば実力がつくのか。
 このように、一本の小論文を完成させるまでには何回かの「書き直し」が不可欠であ
る。従って、受験までの限られた時間の中では、そう多くの本数は書けない。具体的に
言えば、一〇本から二〇本程度の完成答案が書ければ充分であると言えよう。そのため
には、遅くとも夏休み中に、自分の志望校の傾向に合った課題の答案を一通り書いてみ
ることが必要だ。私の経験では、どんなに急いでも、受験の小論文をものにするには三
ヶ月はかかる。

・学部別の読書リスト。
 最後に、夏休み向けに読書リストをつけておこう。小見出しに対応する学部も記して
おく。もちろん、これは先生方が資料を作る場合のネタ本でもある。(拙著『スーパー
小論文』−有精堂−より抜粋)
*注…(岩)は岩波新書、(中)は中公新書。
〈経済の現状→政治・経済・総合政策・環境情報・国際関係・人間科学・工・農・教育〉
世界経済入門 西川潤(岩)…コンパクトにまとめられた世界経済の大きな流れの解説。
地球環境報告 石弘之(岩)…環境破壊の現状とその原因。
〈社会の変化→政治・経済・法・総合政策・国際関係・社会・外国語・人間科学・社会
福祉・教育・医・看護〉
高齢化社会の設計 古川俊之(中)…これからの日本を予測し、対策を考える。
労働力移動の時代 手塚和彰(中)…国際化を労働力から考える。
〈法律と今日の問題→法・政治・総合政策・教育・社会福祉〉
憲法講話 宮沢俊義(岩)…憲法論議が盛んな今だからこそ憲法の原点に戻って考える。
結婚と家族 福島瑞穂(岩)…実例に即して身近な法律問題と新しい家族像を紹介する。
〈社会科学の基礎づけ→文・政治・法・社会・総合政策・教育〉
歴史とは何か E.H.カー(岩)…何のために歴史を研究するのか。その意味を問う。
日本の思想 丸山真男(岩)…西洋化した日本の変化した部分としなかった部分の探求。
〈科学と人間→医・看護・理・工・社会福祉・文・教育〉
人間にとって科学とはなにか 湯川秀樹・梅棹忠夫(中)…文化の中の科学の位置付け。
インフォームド・コンセント 水野肇(中)…医師と患者の関係はいかにあるべきか。
〈異文化との交流→文・外国語・国際関係・環境情報・社会・教育〉
ことばと文化 鈴木孝夫(岩)…ことばを通じて自らの文化を相対化する。
文化人類学入門 祖父江孝男(中)…異文化といかに接し、何を学びとるか。
〈現代の思想→文・環境情報・人間科学・社会・芸術〉
記号論への招待 池上嘉彦(岩)…新しい角度から社会や意識の世界を見直す。
術語集 中村雄二郎(岩)…現代思想の諸問題をまとめて解説。
〈現代人の心理→文・社会・環境情報・人間科学・医・看護・社会福祉〉
日本的自我 南博(岩)…欧米の社会と比べて際立つ日本社会の特徴とは何か。
コンプレックス 河合隼雄(岩)…我々の心の隠された構造を考える。
〈情報社会と人間疎外→文・環境情報・社会・人間科学・医・看護・社会福祉・教育〉
情報行動 加藤秀俊(中)…情報化社会の中で人間の生活と考え方はどう変わったか。
豊かさの精神病理 大平健(岩)…モノにあふれた現代社会の意外な貧しさ。
〈芸術の意味→文・芸術・教育〉
新しい文学のために 大江健三郎(岩)…文学は人間の生き方といかに関わるか。
名画を見る眼 高階秀爾(岩)…絵の見方がよくわかる、美術史入門。
〈教育の諸問題→教育・文・社会福祉・法・医・看護〉
自由を子どもに 松田道雄(岩)…子どもを一人の人間として尊重する考え方。
教育とは何かを問いつづけて 大田尭(岩)…教育の諸問題をまとめる。





月刊「大学受験アルファ」〈11月号〉

小論文指導のヒント(4)
【評価されるポイントが合格への鍵だ】
                        代々木ゼミナール講師 平尾 始

 11月には推薦入学も始まり、いよいよ入試の季節という気分になる。そこで、今回
は実戦の場で役立つ「得点ポイント」についてお話ししよう。
・大学の採点基準は?
 大学が公表していないものの一つに「採点基準」がある。小論文指導をする際に、こ
の採点基準を意識するだけでも、効果的に答案指導ができる。
 小論文の採点法は大きく二つに分かれる。減点主義(部分点主義)と印象主義(総合
点主義)である。もちろん、この二つを合わせた採点法もある。減点主義は、内容・構
成・表現について、細かな採点ポイントを定め、直すべき箇所が出てくる度に減点する
方法である。採点ポイントの実際は次のようなものである。
◎構成について
a 論旨が明確になるよう論理的に文章を構成しているか。特に理由と結論の関係が論
理的であるかどうか。
b 段落設定は適切か。
◎表現について
a 主述の乱れ・漢字、仮名遣いの誤り・不適切な用語などはないか。
b 字数は制限字数の九割以上書かれているものが特に良く、最低でも八割以上は書か
れていることが望ましい。
 こうした採点方法をとると、構成や表現などの面では、かなり客観的に点をつけるこ
とができる。ただし、減点箇所や減点の程度について、採点者の個人差が若干出る。
 これに対して、印象主義は答案全体を総合的に見て、「ズバリ何点」と決定する採点
法である。例えば、答案をABCDEの五段階評価で分け、さらにその中で上下をつけ
て点数に対応させるようなやり方がある。点数と評価の関係は例えば次のようになる。
 A(八〇点以上)
 B(七五〜五五点)
 C(五〇〜四〇点)
 D(三五〜二五点)
 E(二〇点以下)
 この採点法では近い成績の二枚の答案に優劣をつけるのが困難な場合もある。
・採点は公平か?
 小論文入試で、受験する側にとって一番心配なのが「論文の評価に採点者の主観が強
く入るのではないか」という問題である。そうした不公平を防ぐために、各大学では一
枚の答案を三人から四人の教員で評価し、主観による「評価の揺れ」を防ごうとしてい
る。さらに、採点担当の教員の専攻も人文・社会・自然の各分野から一人ずつ選ぶなど、
配慮が行われている。
 しかし、そこまで配慮しても「揺れ」は生じる。意外にも減点主義より印象主義の方
が採点者間の評価のズレが少なかったという実験の結果もあり、大学によっては細かく
減点するのをやめて「総合評価」に採点法を変えたところもある。
 だが、結論から言えば、複数の教員が推す答案はやはり優れているのである。そうし
た答案が第一回で述べたような「形式と内容の両面で優れている答案」であることは言
うまでもない。
・大学教員の本音
 ここで、私が普段から耳にしている採点担当教員の本音を紹介しておこう。まず、小
論文入試についてはほとんどの教員が「受験生の実力がわかってよい」と評価している。
つまり、「よい答案は目立つ」ということだ。同時に、「数枚答案を見ると、もう疲れ
てしまう」と洩らす教員も多い。なぜなら、答案全体のレベルが低く、「読むに耐えな
い」答案も多いからである。特に「字の汚い答案は一番困る」というのが、圧倒的多数
の大学教員の共通意見である。これらは予備校の小論文ゼミや模擬試験の答案にも共通
して言えることであるから、指導の際に徹底したいポイントだ。
 まとめると、「正しい日本語で」「丁寧に文字を書き」「読みやすくわかりやすい構
成で」「学問的な根拠に裏付けられた議論がなされている」答案が合格答案である。大
学が小論文の問題や配点を公表していない場合でも、とりあえずこうした観点から指導
すれば心配はない。
・学部別、大学別の対策
 さて、小論文を得点源にするためには、学部・大学別に的確な対策を練らねばならな
い。その基本は二つのパターンに分けられる。一つは「共通問題」対策であり、もう一
つは「専攻に密着した問題」対策である。どちらを中心にするかは、志望大学の過去問
を見て決める。もし、これまでに学部の専門分野と特に強い関係がなく、様々な分野か
ら出題されているようなら、「共通問題」対策が必要であり、学部の専門分野に密着し
た問題が出されているなら「専攻に密着した問題」対策が必要である。これは、大学が
総合大学か単科大学か、あるいは文系か理系かには関係がない。理系でも人文、社会系
の出題をする大学は多い。(例えば旭川医大や浜松医大など)
 「共通問題」を「予想問題」風にまとめると、例えば次のようになる。これらについ
て各大学の制限字数で答案を書いておけば、どのような問題にも大体対処できる。(問
題が公表されていない場合も同じ。)「専門に密着した問題」については、過去問に答
えると共に、前回「読書リスト」で紹介した入門書などに述べられている内容をマスタ
ーしておけば十分である。
☆小論文「共通問題」出題テーマ
〈政治〉
▼世界情勢と関連づけながら、これからの日本の進むべき方向について、あなたの意見
を述べなさい。
▼「政治に対する国民の参加のしやすさ」と「政治参加を阻む要因」について、あなた
の考えを述べなさい。
▼日本は現在、世界中から「国際貢献」を求められているが、望ましい「国際貢献」の
あり方について、意見を述べなさい。
▼大きな連邦国家が崩壊した後で民族紛争が激しくなっている。民族紛争はなぜ起こる
のか、また、解決の道が果してあるのか、という二点についてあなたの考えを述べなさい。
▼「前世代の戦争責任を次の世代が受け継ぐべきだ」という考え方に対して、肯定する
立場と否定する立場がある。あなたはどちらの立場に立つか、対立する立場からの反論
を想定しながら論じなさい。
▼「環境権」や「知る権利」など、「権利」についての新しい考え方と、法の役割につ
いて述べなさい。
〈経済〉
▼現在の日本は、さまざまな「貿易摩擦」の問題にさらされている。貿易の「障壁」と
考えられる要素を取り上げ、その解決法も含めて論じなさい。
▼「人口増加」や「人口移動」などの人口問題が経済に与える影響について、国内的問
題と国際的問題に分けて論じなさい。
▼環境保全と経済成長の両立はなぜ難しいのか。発展途上国と先進国の関係を考慮しな
がら論じなさい。
▼日本人の「働き過ぎ」は今や国際問題にもなっている。「働き過ぎ」がなぜ問題なの
か、できるだけ多くの側面から考察しなさい。
〈文化〉
▼異文化理解の難しさとは何か。自分の体験、または読書経験などを元にして論じなさ
い。
▼「男は仕事」「女は家庭」という性別役割分担の考え方について、日本の社会を分析
しながら、あなたの意見を述べなさい。
▼人口構成の高齢化による社会への影響とその対策について、あなたの考えを述べなさい。
▼人工知能の研究が進むにつれ、コンピュータと人間の類似点と相違点が次第に明らか
になってきた。こうした問題を踏まえて、「人間らしさ」とは何かを論じなさい。
〈科学〉
▼現代の高度消費社会では、資源・エネルギーの不足と廃棄物の増加が共に問題となっ
ている。あなたの専攻しようとする学問分野では、これに対してどのような対策が考え
られるか。具体的に述べなさい。
▼現在、問題となっている環境破壊の実例を挙げ、それがいかにして起こるかを説明し
なさい。必要に応じて図や式を用いてよい。
▼科学技術と人間の関わりが今、問い直されている。どのような点が、なぜ問題なのか、
具体例を挙げて考察し、今後の科学技術の向かうべき方向について論じなさい。
▼「脳死」をヒトの死とするかどうかについては、推進派と慎重派が対立している。両
者の意見を要約した上で、あなたの考えを述べなさい。
▼医療の場における医師と患者の望ましい関係について述べなさい。


月刊「大学受験アルファ」〈1月号〉

小論文指導のヒント(5)
【逆転できる小論文をめざそう】
                        代々木ゼミナール講師 平尾 始

 このシリーズもいよいよ最終回になった。受験の本番も目の前である。今回は来年度
受験への準備も視野に入れて小論文対策を考えてみよう。
・「落ちない小論」より「逆転の小論」をめざせ
 時々、地方国立大志望の受験生を指導する(つまりその地方の高校の)先生方から、
「ウチの生徒には二次試験に落ちない程度の小論で充分なのですが、どうしたらよいで
すか」という相談を受ける。確かに、地方の国公立大は伝統的にその地域の受験生を多
く受け入れてきた。高校の側も、当然、こうした大学への進学指導には長年の自信をも
っている。
 しかし、小論文を過小評価するのは危険である。入試に分離分割方式を採用する大学
が八割を超え、前期の二次試験、あるいは後期試験に小論文を課す大学が増えた。それ
と共に、十八歳人口の減少に伴い、大学側は全国から受験生を集めようと、推薦制度の
拡充など、様々な形で受験の多様化を図っている。今年度のセンター試験志願者が史上
最高を記録したのも、不景気のせいだけではなく、入試の多様化が大いに影響を与えて
いるのである。したがって、もはや「地元だから入りやすい」とはとても言えない。例
えば、「センター試験後の1カ月で小論文対策をする」という日程が恒例になっている
学校もあるが、これではあまりに時間が足りない。全国から集まる受験生に地元の受験
生が押し出されてしまうおそれがある。もっと早くから準備すれば、もっと合格者も増
えるはずである。
 小論文に早くから取り組むことは「最後の逆転」も可能にする。特に、センター試験
の成績が振るわなかった受験生でも、小論文の出来次第で逆転できる可能性は十分にあ
る。実際、予備校では「えっ、君が受かったの」と思わず本心を口に出してしまうよう
な「逆転合格者」が毎年合格報告にやってくる。最後まで諦めないのが受験の鉄則とす
れば、小論文でも手も抜かず、粘りに粘るべきである。
・合格答案のレベルは
 それでは、逆転を可能にするような「合格答案」はどの程度の完成度を必要とするの
か。次に示す答案例は、私の「慶應大・環境情報・総合政策小論文ゼミ」の受講生が書
いたものであるが、この受講生は慶應大の総合政策学部と国際基督教大(ICU)に合
格した。

問題 次の文章を読み、高齢化社会の特質に配慮した都市設計のあり方とそれを助ける
技術について1000字以内で論じなさい。(課題文は省略する。ただし出典は次の通
りである。AとCはNHKブックス。Bは中公新書。)
文章A「高齢者対策の基礎条件」濱英彦「人口問題の時代」より抜粋。
文章B「地方幸福都市の特性」古川俊之「高齢化社会の設計」より抜粋。
文章C「作る技術と使う技術」浜口恵俊「高度情報化社会と日本のゆくえ」より抜粋。

〈生徒の解答例〉
 高度に情報化が進み、技術革新が次々となされていく今日の社会を、高齢者の視点か
ら見るとどのように感じられるであろうか。多くの老人が家族から見放され、病院の機
械的なシステムに放りこまれるという現状の中では、当然、豊かに幸福に生きていくこ
となどできない。しかし、家族と一緒に暮らすからといって、今日では必ずしも幸福な
生活が送れるとは限らない。というのも、真の意味で高齢者を援助するシステムが確立
されていないからである。私はこの問題を中心に論を進めようと思う。
 まず、右に述べた「真の意味での援助」について考えたい。これは、直接的に他者が
手を差し伸べる援助だけではなく、間接的に、つまりシステムを通して高齢者の「自立
」を援助できるような配慮を指す。そうすることで、まず高齢者の主体性を尊重し、他
者に依存しなければならない状況から生まれる精神的な「足かせ」も排除できる。直接
的援助はこうしたシステムの上でこそ十分な効果をもたらすであろう。
 ここから、具体的に、老人が自分の力で豊かな生活が送れるような都市設計について
考えたい。まず第一に、地方都市の特性の活用が重要である。落ち着いた生活のリズム
と自然の豊かな環境は、精神的な安らぎを求めるのに適しており、また、社会資本の整
備もしやすい。つまり、地方都市は高齢者にとって暮らしやすいシステムに近いと考え
られる。
 第二に、都市のハードウェア、つまり技術面での対策が重要である。Cの文章にも述
べられているように、今日の社会では「作る技術」ばかりが発達してしまっている。最
新の電気製品を例にとっても、高度な技術ばかりが競争の焦点となり、高齢者ばかりで
なく、より若い世代にも使いこなせないのが現実である。高度な技術をいかに人々が思
いどおりに利用できるかが、今後の技術開発の焦点になるべきだ。ゆえに、人々の要求
を基に高度技術を生かした都市設計をしなければならない。技術は、使いこなせて初め
て人間に豊かさを与えるものであるからだ。
 以上のことから、身体的な側面では使いやすい工学的システムが高齢者を援助し、さ
らに、住みよい環境全体が高齢者に精神的安らぎを与えるような都市設計をし、実現さ
せていくべきだと私は考える。

 この答案を書くために、それほど高度な専門知識が必要なわけではない。この答案が
優れているのは、課題文の内容を正確に読み取り、複数の課題文に共通の問題点を自力
で見つけ、設問の主旨にしたがってそこから考察を展開した「無理のない」答案だとい
うところである。
・一、二年生のうちに何をしておけばよいか。
 以上のようなデータからも、小論文対策は短期でできるものではないことがわかる。
少なくとも一、二年生のうちから「現代の社会」「現代の文化」について入門書を読み、
自分なりに考え、文章を書いて表現する訓練をしておく必要があるが、特に「自分の力
で調べる能力」を身につけることが大切である。例えば、前出の慶應大・環境情報・総
合政策の両学部では、「認知科学」や「カオス」といった先端の理論に関する課題文が
出題されている。こうした項目の解説は、当然ながら国語辞典には載っていない。しか
し、そこで途方に暮れていてはだめで、私の参考書『これからでる小論文』や「知恵蔵」
などのレファレンスブックで調べれば必ず解説が出ている。それを手掛かりに図書館や
書店で関連書を探すことのできる力こそ、学問に直結する「基礎力」なのである。
 もちろん、こうした受験生の力を伸ばすためには先生方の協力が不可欠である。多く
の高校では、小論文というと「国語」の先生が担当になっている。しかし、「日本語の
正しさ」を直すだけならともかく、小論文問題の大多数は社会問題であるから、国語と
いう単科だけで取り組むのはどこから見ても無理である。できれば全教科の教員がチー
ムを組んで課題を研究し、生徒自身による理解への努力をバックアップすることが望ま
しい。「課題研究」のような主体的学習も(指導者がフォローをしっかりする限り)小
論文を書く力の養成につながるだろう。私の実感としては、小論文を課す難関大学合格
者には、やはり高校時代に「研究発表経験」豊富な者が多い。
・ますます広がる小論文入試
 このような「研究発表」そのものを入試の課題にする大学もいくつか現われている。
例えば、法政大の法学部では、「四〇〇字づめ原稿用紙二〇〜四〇枚の研究論文」を書
かせる論文推薦入試を行なっている。原稿用紙二〇〜四〇枚と言えば、もはや「小論文」
ではなく、立派な学術論文である。(専門分野の学会誌や大学の紀要に載せる論文の制
限枚数は普通三〇枚程度。)今年、私のところにもこの制度で受験したいという浪人生
が相談に来た。私がまず確かめたのは本人の「意欲」であった。熱意がなければ、とて
もこの枚数の論文を書くことはできないからだ。幸い意欲は充分であったので、研究テ
ーマの絞り方、資料の集め方、目次の作り方、注のつけ方など、大学生の卒業論文レベ
ルの指導を夏休み前から行なった。
 その結果、論文はなかなかの出来栄えとなり、見事に一次審査・二次審査を突破して
合格することができた。面接では「出来がよすぎて」本人が書いたのかどうか疑われた
そうであるが、もちろん本人の自筆であるから、内容に関する厳しい質問も当然クリア
できたのである。
 この種の論文入試の他にも「自己推薦書」による推薦入試、国語の問題の一部として
課題作文を要求するものなど、入試に小論文を導入する大学が増えただけではなく、小
論文入試自体の多様性もますます大きくなっている。その点で、指導する側にも真剣な
研鑚を要求するのが小論文入試だと言っても過言ではないであろう。
・終わりに
 最近の傾向として、大学入試以外にも大学入学後の「転部試験」、二年次以上からの
「編入試験」、就職活動で提出する論文など、本格的な論文を要求する試験が増え、大
学受験予備校に「大学生」が通ってくるようになった。大学院入試に必要な論文の面倒
を見て合格させた院生も何人かいる。そして、それらの論文と受験の小論文は質的にそ
う変わらないのである。こうなると、小論文入試は「大学生たりうる資格」を問う試験
ではなく、「大学生並みの実力」を問う試験なのかとさえ思えてくる。現場の先生方の
悩みもますます大きくなることが予想できるが、私は微力ながらそのお手伝いをしたい
と考えている。連載した内容に関するお問い合わせなどは、返信用封筒を同封の上、封
書で本校宛にお送り下さればなるべくお答えしたい。この連載が一人でも多くの真摯な
受験生を大学に送ることにつながれば幸いである。



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