お遍路から帰って2カ月。というのに、どこかにでかけたい、ふらりと旅をしたいと思っていた。
お遍路からというもの、旅のほうが日常で、毎日は非日常のような気がしてならない。というとなんだかカッコイイが、要するに日々の風景が退屈なわけである。
わが同期のK島くんといえば、人生が不運で有名な人だが、この人は秋にアタック33に出かける予定だったというのに、計画を提出する直前、会社の不景気のあおりでアタックが凍結になったという不運な人である。詳しくは述べないが、この人の不運の人生からすると、K島くんがアタックに行きそうになったので、天運のほうがアタックを凍結してしまったのではないかと思われるほどなのだ。そこで気晴らしに海外にでも、という話になって、近場でいろいろと検討した結果、関釜フェリー新造船「はまゆう」就航記念プサン日帰りツアーを思い立ったわけだ。
下関を夕方出航し翌朝プサンへ。そしてその日の夕刻、再び船に乗り下関に翌朝帰港するというお手軽なプランだ。主要なコンテンツとしては「カルビ」くらいしかない。と話し合う内容も大してないまま、98年11月2日夕方四時半に下関国際ターミナル集合ということになった。船の予約はしていない。もし座席がなければ下関のフグでも食って帰ろうということになっていた。

さすがに行楽シーズンの連休とあって人は多かった。読売ツアーの一行150人も乗り込んで船はいっぱい。だが一等船室は空きがあり乗れることになった。ただし……帰りの空きがないと告げられ、一瞬とまどったが、特等ならあるという話に「仕方あるまい」とうなずいたのだった。一等は四人部屋で2段ベッドが二つあり、ちょいとしたソファがある。洗面台とシャワーがついている。これで12000円。帰りの特等は18000円。往復の割引は片道の10パーセント割り引きになるのだが、安いほうの割引なので三万円マイナス1200円で28800円。

二人とも身軽な格好。荷物は中学生のセカンドバッグ程度の小さなかばん(私はそのくらいの大きさのリュック)だけ。そのなかに、私はソニーのパソコンvaioが入っているし、彼のバッグの中にはソニーのデジタルハンディカムが入っているというハイテク武装している。いったい何物なのだろうか。
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新造船「はまゆう」の一等船室にはコンセントもあるし、お茶だってのめる快適空間。船内にはグリル、レストランにラウンジバー、カラオケボックス、ゲームコーナー、大浴場完備。船内は当然免税なので自販機のビールは350ミリが170円。500ミリが220円、タバコが150円と大変安い。レストランは学食程度のメニューしかないのが残念だが、それでもビール250円、冷酒300円と安かった。二人とも生姜焼き定食など食べる。
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食後、カラオケボックスに出撃。三畳ほどの小さな部屋だが、Uカラ(日本有線)のカラオケは、ほとんど使用された気配はなく、一時間1000円と安い。ここでサクラ大戦(セガサターンのゲーム)の主題歌ほか仮面ライダー、ウルトラマンメドレー、超電磁ロボ・コンバトラーVのテーマなどなど、アニメソングばかりを1時間半にわたって歌いまくり。この船でこんな歌を歌ったやつはいないだろう。その証拠に、隣の部屋とか、ラウンジバーでは聞いたこともないようなチャンチャカ演歌が終始流れていたのである。船内の免税店でウイスキーなど購入して飲もうかと思ったが、部屋でお安いビールなど飲んですごす。

船は深夜三時ごろにはプサン沖合いに停泊。このときに結構大きな音がするのは福岡発のカメリアと同じ。それでも私はいつものとおり五時には目がさめてしまい、うとうとしたりテレビを見てすごす。船の中では衛星放送だけはきれいに受信できるのだ。
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●タイやヒラメが舞い踊る朝食
プサンは快晴。朝食はチャガルチ市場で食べようと決めている。チャガルチ市場まで2キロ程度の道のりを歩く。露店やら小さな魚屋がひしめき合うチャガルチは、大賑わい。なにやらわめいているおばさんがいたり、原付バイクが人ごみの中を走り抜けたりと、アジア特有のパノラマが展開していた。工場くらいの大きな屋根の下に、小さな区画に魚屋が何十軒と建ち並ぶ市場に入って、魚をのぞこうとすると、即座に日本人と判別されて「サシミタベマスカ、ヒラメオイシイデス、ハマチモアリマス、オキャクサントレガイイデスカ」と声がかかり、兄ちゃんは直ちに手元の網でプラスチックのバケツにヒラメをすくって入れてしまう。イチキロ、イチマンゴセンウォンでイイデス、と言ってどんどん魚をバケツに入れるが「要らないよ」といって足を進めると「イチキロ、イチマンウォン」と、直ちに値段は3分の1になる。それでも、店は何十とあるわけで、どんどん足を進める。
と、すぐに次の店の兄ちゃんは「ヒラメ、イカ、ハマチ、5マンウォン」といって、バケツの中に魚を入れてしまう。「いらんいらん」と足を進めると「3マン5センウォン」と、これまたすぐに安くなる。しばらく歩いて、60年配のおじさんが、まあ達者な日本語で「サシミですか、これイイデス。おいしい。テンネンものです。私の店が2階にあるから、そこで調理できます。チリ、おいしい、チゲもおいしい、サシミもいいです」ということになって、35センチ級の大ひらめ、20センチくらいの小さな天然タイ、ヤリイカ一杯を選んで「いくら」というと「5マンウォン」というので「前の店は35000ウォンだったよ」というと「これは、ヒラメ、大きい、タイは天然、韓国の人でもヒラメだけで5マンウォンもらいます」とのこと。確かに、こちらもモノが違うことは百も承知なのだが、それでも5000ウォン(約450円)負けさせて、45000ウォンになった。
2階の小汚い海の家のような食堂に魚を持ち込んで調理してもらう。無表情だが親切そうなおばさんが、魚をさばいてくれる。しょうゆに、練りわさびもあるが、さすがに韓国、エゴマの葉やチシャの葉に韓国ミソ、コチュジャン、ニンニク、唐辛子などが用意される。カレー皿くらいのプラスチック皿に山盛りになった、大ヒラメ、天然タイを惜しげもなくミソとチシャで食べる。調理といっても、とにかく魚を下ろして、ぶつ切りにするといったものだ。惜しげもなくと書いたが、やはり、丁寧にサシミを引いて、本わさびで食べたらさぞうまかろうと思うと、惜しいとしか言いようがない。しょうゆと、わさびは日本から持ちこんでおくべきだったと反省しきり。ビールを2本飲んで、ごはん、魚のアラをスープにしてもらって調理費は20000ウォン(約1800円)であった。

●見るだけで、といわれ、やはり買う
チャガルチから、電気や洋服、皮製品、かばんなどの商店が無数に建ち並ぶ国際市場までてくてく歩く。国際市場で早速、皮製品屋のオヤジに声をかけられる。「買わないよ」と言って外から眺めていたのだが「見るだけでいいです。見るだけタダ」と半ば強引に店に引き込まれる。見るだけといいながら「これケンゲル皮テス、イイシナモノテス、皮、ほら、トテモヤワラカイ」などと皮ジャンを見せられ、あとは誘導尋問のようなものだ。相手が勧める品物を要らないというと「ジャンバーいらないですか、ハーフコートがいいですか、あります」といってコートを出される。「コートはいらない」というと「ほかのイロがいいですか、はいクロあります、アカルイイロあります」といって出してくる。ケンゲルというのはカンガルーのことだったのだが「皮がね」というと「ヒツジあります、ウシもっと安い」などという。「デザインがきらい」というと「ムートンついているもの、ほらこれあります。寒くないとき外せるものあります」という具合に逃げ道がないのである。「ほかの店を見る」といって出ようとすると「ほかの店より、うちがオロシだから一番安い」などと言い出して譲らない。それでもほかの店を見るといって出ると、オヤジはついてきて、自分がやっている別の店につれて行かれた。そこでまた同様の問答の繰り返しになるのだ。

結局、23000円といった皮ジャンが、これだけの交渉を繰り返し19000円になり「いくらなら買いますか?」と詰め寄られ「15000円」というと「ハイ、それじゃ仕方ない、16000円でいいヨ」といって紙袋に入れられる。「おいおい、15000円と言ったろ」というと「はい15000円デイイヨ」といって買わされた。そこで「しまった、いくらと言われて10000円といえばよかったかな」と思いなおしたが後の祭り。それでも15000円には見えない皮ジャンであった。

●遠路はるばる釜山博物館
プサンの観光地はもう回ったことがあるけれど、まあ観光らしいこともしてみようということで、市立博物館にでも行ってみようかということで、タクシーを飛ばしてちょっと遠くの博物館に行ってみる。タクシーを飛ばしてという表現がまことに似合う町で、タクシーは90キロから100キロで平然と飛ばしていく。その隣には大荷物を積んだリアカーが走っていたり、バイクがいたり、大型トレーラーが無法の車線変更をしようとしていたりと大変なのである。その中をかいくぐるように猛烈に飛ばすタクシー。頼もしいとしか言いようがないが、怖いことといったら……。
釜山博物館は入場料が200ウォンだから約18円。古代から壬申倭乱(秀吉の朝鮮征伐)とか朝鮮通信使、青磁、などなどの文物を紹介。まあまあの展示だが、量も少なく、わざわざくるほとでもなかった。人もいないしさびしい限り。
ついでに、と、近くのUNセメトリー(朝鮮戦争で亡くなった国連兵士の墓)に歩いてでかけたら、ひろびろした墓場というだけで、何もなかった。ああ、時間がもったいない、とつぶやいた。
というのも、帰りの乗船のためには、帰りの切符を当日券に引き換えておく必要があったため、フェリーターミナルにいったん引き返したとき、帰りの船の出航は午後8時だが、出国のためには午後四時にはターミナルに戻らないといけないことが判明したからであった。そのときすでに午後2時。博物館と墓場にまで実らぬ遠出をしてしまったことに後悔するばかりであった。

●腹いっぱい、それでもカルビ
あと2時間というリミットということが判明し、今回唯一無二の目的であるカルビを食べることに全力を注ぐことになったのである。ガイドブックに載っているカルビ屋は、皮ジャンを購入した国際市場のすぐ隣なのであった。また国際市場に戻るかと思うと、またまた「博物館、行くんじゃなかった」と後悔してしまうのだった。てくてく歩いて30分くらいか目指す「釜山カルビ」は現れた。注文したのはビール2本に牛カルビ、豚首肉の2種類をそれぞれ一人前ずつ。豚がうまいとガイドブックに書いてあったので、こういう注文になったわけだ。それにしても、朝、満腹すぎるくらい魚を食べて、まだ腹は大して減っていない。それでこういう軽い注文になってしまった。
お姉ちゃんが無造作にハサミを入れて焼いてくれるカルビはうまかった。特段、表現するほどのうまさではないが、うまい。その証拠に近所に同様の店があるのに、ぜんぜんはやっていない。この店だけは、昼食どきを外しているのに、人がいっぱい、活気もいっぱいなのだ。ここではしめて二人で23500ウォン(2000円くらいかな)。満足。

●豪華!特等はバスタブつき
帰る途中、トイレに行きたくなり、時間がなかったが東和免税店に入る。中は、黒いワンピースのなかなかいけてる風のお姉ちゃんがずらり。だが、姉ちゃんをからかっているひまはない。トイレに立ち寄って、韓国ノリを1箱(570円)だけ購入。出口でご来店のお土産までもらってしまう。
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午後四時。釜関フェリーターミナルに戻り、出国。特等は最上階にあり、ビジネスホテルのツインルームとまったく同じ。ユニットバスがちゃんとあって、バスタブにお湯がためられる。バスタオルも用意されている。そのうえ冷蔵庫の中にはビールと爽健美茶まで冷えている。お茶セットの中にはティーバッグ式のレギュラーコーヒーとか紅茶とかもある。お湯も魔法瓶でなく沸くポットと、一等とは値段が6000円ほど高くなるが、格段にデラックス。大変快適である。こりゃあ、船旅らしい居心地のよさ。出航時のロマンチックな夜景。デッキの照明もステキ。部屋は快適。一緒に旅する相手を間違えたというのが率直な感想である。お互い、そう思ったことであろう。
夜はまたしてもカラオケボックスで、アニメソングのオンパレード。だいたい30半ばの男二人、何をやっているのか。でもまあいいか。気晴らしには最適でした。

というわけで、日帰りの割には、これだけ書くことがあるという、大変充実した旅でした。釜山ではウォンは二人で一万円分しか使ってないし。あとは私の皮ジャン、船の中のカラオケ、夕食代程度。ビザも不要だし、女性と二人でふらりと旅するにはいいもんだな、ということを学びました。男二人でも、現地での夜の誘惑もなく、悪くないもんです。