公教育に携わる教師は公務員で、一度採用されれば何の努力もしなくても良いし、滅多なことでは首にはならないので、競争意識や向上心に欠けていると信じている人も多いのではないだろうか?私立の学校は民間企業と同じで、教師は絶えず向上心が旺盛で日夜努力していると思っている人もいるのではないだろうか?

 学校の中には、生徒指導が著しく難しい学校もあるし、学級崩壊している学校もある。一方では、ほとんど手の掛からない学校もある。学校が悪くなって喜ぶ教師は1人もいないし、その中で授業をする人間は一番苦しいのである。どんな教師でも自分の学校が良くなるように、努力しているものである。

 私立の学校は単純に理事の意向が大きく学校経営に反映されているために、教師は自分の価値観で教育することが難しい。さらに、教育現場に民間の競争原理を持ち出すことはあってはならないことである。もし、教育現場が競争原理で動き出せば、生徒は商品と同じ扱いを受けざるを得ない。事実一部の進学校や、進学塾の生徒の扱いは大学の合格率という形で完全に商品化されている。甲子園や花園に出場する野球部やラグビー部の生徒も同様である。

 どんな私立の学校よりも、公立の学校の方が生徒は手厚い教育サービスを受けることができる。授業料等の経済的な面は言うに及ばず、暴力的な生徒も学級崩壊の原因となるような生徒も、不登校の生徒も学校生活を続けられるように指導される。今の公教育の問題は、どのような問題を抱える子供にも一般の生徒と同じ教育サービスを受けさせなければならないと思いこんでいるところである。

 私立の学校の方が公立よりも優れていると思っている人も多いと思うが、私立の教育サービスの方が公立よりも優れていることはあり得ないし、私立の教師の方が競争意識にさらされて優秀だと言うこともない。ただ、私立の教育の方針が自分の思うところと一致していれば幸せなことであろうし、一致しなければその学校から放り出されることになるだろう。誰も自分の子供が学校から見放されることは考えないから、問題児がどんどん放り出される私立の学校の方がよく見えるのだろう。

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