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Lecture: 地域医療連携の考え方

「病院新時代 Medical Network」(三菱ウェルファーマ・大伸社) 2005年3月発行


はじめに

 病院ほど地域密着型の業態は少ないと思われる。地域の産業を見渡せば、多かれ少なかれ、その事業対象は地域の外を向いているのである。すなわち、地域で興った産業も、その拡大とともに販路を地域外に向けて動き始めるのである。これに対して、医療はごく一部の専門特化型病院、あるいはいわゆるブランド病院を除いて、地域住民の健康の保持を見据えながら事業を展開し、その拡大はその地域内での介護保険や周辺事業への進出という形を取るか、連続した面としての地域の拡大に向かうことになるのである。
 したがって、われわれ多くの病院は地域に対しての社会的責任を見据えながら運営していかねばならないのである。すなわち、地域に対して「企業の社会的責任」( CSR:Corporate Social Responsibility )同様に、「規範の遵守」、「製品(病院ではアウトカム)・サービスの提供」、「収益の確保と納税」、さらにこれに加え安全、雇用、環境問題から経営上の問題にいたるまで透明性の確保と説明責任などへの対応が求められているのである。
 このように病院の地域との連携は、その病院の担っている機能や競合他病院の機能、他の医療機関の分布、周辺地域の人口、高齢化率、産業構造などの組み合わせからなり、おそらく一つとして同じものはないと思われる。普遍的な解答がない中で、各々の病院の工夫が大切になってくるものと思われる。

恵寿総合病院のおかれている地域について

 当院は454床(うち開放病床10床)を有し、石川県七尾市に位置する。能登半島の付け根に当たり、古く中世では天然の良港を持つ畠山氏の城下町として北陸の大商業都市として栄えたようであり、またその後には前田利家が最初に領有した城下町としての歴史を持つ。昨年10月に周辺三町と合併した新七尾市は人口約6万4,000人ながら、既に高齢化率24%を超える状況である。広大な面積を有する能登半島全体でも人口約22万であり、高齢化率が40%超える町も存在し、少子高齢化と過疎の地域であるといってよい。
 このような中に、公的病院を中心に能登中部、ならびに能登北部医療圏で約3,000床がひしめく病床過剰地域となっている。
 すなわち、ここでは過疎、少子高齢化、病床過剰、公的病院優位のなかでの地域連携の実例とあり方について示すことになる。そこでこのような背景のもとでの地域の行政との間の連携、地域の医療機関との間の連携の視点で稿を進めていきたい。

地域行政との間の連携

 当法人では、隣接した町に二つの診療所を運営している。いずれも戦略的進出ではなく、無医地区対策として行政から依頼されたものであった。同様に、学校保健や健診活動、保健活動など行政から依頼されたものは地元医師会と調整しながら、可能な限り要請に応えてきた。ここでは、いくつかの連携事業の中から最近の2事例につき紹介する。

  1. 医療・介護・福祉・保健の拠点づくり
     行政に対してわれわれが提案し、実現させたプロジェクトである。七尾市に隣接する石川県鹿島郡鳥屋町(本年3月1日に合併し中能登町に改称)で、従来より存在した福祉センター周辺を整備し、「つくしの里」という医療・介護・福祉・保健ゾーン整備に関わった。
     具体的には、平成11年に町が整備した土地に、町は新たに保健センター、デイサービスセンター、短期入所施設(30床)を建設。さらに、当法人が無床診療所を移転新築した。そして診療所に隣接するデイサービスセンター、短期入所施設は、当法人が運営を委託されることとなった。すなわちこの委託は「公設民営」方式となり、これら施設の人員や運営はすべて医療法人に任されることとなった。これにより、診療所における医療とこの介護施設は一体化して運営され、さらには福祉センター、保健センターとの連携も可能な地域の拠点となったのである(図1)。


    図1 行政と医療法人の共働による医療・介護・福祉・保健の統合事業

  2. 健康増進の拠点づくり
     本事業も提案型事業であるといえる。七尾市に隣接した石川県鹿島郡田鶴浜町(昨年10月1日七尾市と合併)における温泉利用施設として、温水プールや運動娯楽施設が計画されていた。当法人がコラボレイトすることで、厚生労働省認定のクアハウスを目指し、フィットネス施設の充実に加え、当法人が健康運動療法士を養成、人員派遣することとなり、平成12年11月健康増進施設「アスロン」としてオープンした。予防的運動療法のほかに、リハビリテーション専門医による定期的な講習なども実施している。今後の健康増進や介護予防の拠点となるもの思われる。

地域の医療施設間の連携

  1. フェイス・トォ・フェイスの連携
     ITがいかに進展しようとも、医療機関がお互いに「信頼」というキーワードで、患者の紹介やコンサルテーションをするためには、面と向かった、すなわちフェイス・トォ・フェイスの連携が必須であると思われる。
    1. 地域医療連携室と担当者の専任
       当院では、平成10年の開放病床設置時に地域医療連携室を開設した。当初は兼任の担当者であったが、平成15年より専任の地域医療担当者を決め、その業務内容を検討した。
       業務として、連携登録医の側に立って当院の利用をフォローすることであり、具体的には、連携登録医加入の勧めから、要望をいわば「外回り」として傾聴、病院の新しい取り組みの紹介、後に示すコールセンターと共働しての紹介患者のフォロー、紹介状の管理、さらには医療機器共同利用の窓口、開放病床共同診療のお世話、院内の研究会やCPCなどの催し物案内などなど多岐にわたるものとなった。
       また、病院玄関近くには連携登録医一覧を掲示し(図2)患者に告示し、逆紹介の一助とすると共に、医師の交代が多い4月には連携登録医向けに当院医師の名前と専門領域を載せたリーフレットを、当院医師に対しては連携登録医の名前と住所、専門診療科や往診可能の有無などを載せたリーフレットを作成し配布している。
    2. 地域連携のための会合
       従来、院内においては診療科毎に、あるいは薬品メーカー主導で勉強会や症例検討会が開催され、その都度、関心を示した開業医師を招いていた。これらの取り組みを、組織的に行うために、平成16年3月から診療部長の発案で、連携登録医をメンバーとした「能登地域医療研究会」を発足し、事務局を先に紹介した地域連携室に設置した。従来からの勉強会もこの会の下部組織として窓口の一本化を図ったのである。
       この会では消化器、脳神経、循環器、整形外科領域の症例検討会のほか、中央からの臨床や医療制度などに関する「皆が聞きたい」講師を招聘して好評を博している。
       さらに、昨年暮れと年初には、脳外科科長(院長補佐)の発案でわれわれが連携する他の医療圏で出張カンファランスを開催した。具体的には、奥能登の穴水総合病院、市立輪島病院の会議室を借り、各々の病院のスタッフと近隣の開業医を招いて同地から紹介された患者の症例を中心に初期治療や最新の診療について検討を行った(図3)。

    図2:病院玄関横に掲示した連携登録医の一覧表

    図3:市立輪島病院におけるカンファランス風景
  2. フェイス・トォ・フェイスの連携を補完するもの
    1. コールセンター
       そもそも、けいじゅサービスセンター(コールセンター)は介護保険導入の平成12年に開設したものである。法人と関連社会福祉法人の全施設を専用線でオンライン化し、IT化した基盤のもとで32の介護保険事業所の管制塔的な役割、すなわち介護保険サービスの受付・キャンセル・変更・確認窓口からスタートした。
       その後の、時代の流れの中で業務は拡大し、医療の地域連携に関る業務も増加してきているのである。特に病院の電子カルテなどIT化と共に多くの情報はデジタル化してきている。しかし、患者や連携医からの声による情報やFAXによる情報など、そのままデジタル化できない情報も大量に存在する。コールセンターは、このアナログ情報とデジタル情報の橋渡し役としての役割を担うことになったのである。
       具体的には、コールセンターは地域連携室と机を隣り合わせとし、紹介の一括窓口、紹介状のデジタル情報への取り込み、担当医への通知、返書の発送、来院紹介患者の診療予約などを行っている。
    2. 連携誌の発刊
       当院では、患者向け季刊誌「ほっとたいむ」、職員向け季刊誌「董仙」、院内報「とうせんかいだより」のほか、各部署が定期的に患者向け、あるいは職位別の職員向けリーフレットを作成している。さらに、平成15年4月よりは、連携登録医や救急隊を対象とした月刊リーフレット「 Keiju Monthly Letter 」を発行している(図4)。同誌は、私院長の巻頭言に始まって、病院で行われるオープンカンファランスや契約している衛星放送による講座視聴の案内、病院の取り組み、病床稼働率・開放病床稼働率・共同診療件数・在院日数・救急受け入れ患者数などのデータの月次報告、今月の興味ある症例報告などからなる。
    3. インターネットによる診療録閲覧(図5)
       電子カルテ導入の大きな目的のひとつとして「情報共有」があげられる。院内の職員間における情報の共有がまず達成され、その後の流れとしては地域間の医療情報の共有化が図られることになったのである。
       患者情報というきわめてナイーブな個人情報を外部に出すわけで、これには十分なセキュリティの保証が担保になることはいうまでもない。運用として具体的には、患者本人、連携登録医、当院の三者が書面で合意することが大原則となる。その上で、ハード上の取り組みとしてインターネットに接続された閲覧専用サーバーへ電子カルテの基幹サーバーから一方通行で合意された当該電子カルテデータのみを送信することになる。さらに、一般インターネット回線上でバーチャルプライベートネットワークという暗号処理をかけた情報を連携登録医がID、パスワードでログインすることで閲覧可能とするものである。連携登録医側では特別なソフトウェアは必要なく、一般のインターネット閲覧ソフトで閲覧可能となる。
       内容としては診療録のほかに画像データ、検査データ、投薬・注射内容、処置・手術内容、入院時の三測表、退院サマリーなど医事情報を除いて、すべての情報が閲覧可能である。どの内容を閲覧させるかもまた、先に挙げた三者合意の対象となるのである。
       今後この仕組みは、患者自身が自らの診療録情報を閲覧することにも、運用のための約束事さえ決定すれば容易に応用可能である。時代の流れからタイミングを図って実行していきたいと考えている。
    4. ASP事業(図5)
       ASP( Application Service Provider )とは、ビジネス用のアプリケーションソフト(今回の場合は電子カルテソフト)をインターネットを通じて顧客にレンタルする事業者のことをいう。ユーザのパソコンには個々のアプリケーションソフトをインストールする必要がないので、インストールや管理、アップグレードにかかる費用・手間を節減することができる。
       無床診療所を運営する連携登録医に対して、このASPという仕組みを使って電子カルテシステムを提供することになる。電子カルテ端末は診療所に、専用サーバーは当院に存在し、当院の保守スタッフがサーバーを管理することとなる。
      理論的にはオンラインであれば日本中をどこの医療機関でも対象にすることは可能であるが、きめ細やかなバックアップ体制をとることを考え、その医療機関へ時間をかけずに当院の保守部門の職員を派遣できる範囲である連携登録医を対象として事業化しているのである。保守作業の工数が少なくて済むため、ソフトウェアの販売・保守価格は他の事業者に比べて当然安価となり、しかも連携登録医が当院と同じシステムを使っていることは、病院の開放病床を利用する連携登録医にとって、病院の電子カルテに抵抗なくアクセスできるというメリットが大きいことになると思われる。
      この事業は、平成16年5月から、当法人の特別医療法人に認められる収益業務として定款に謳い、実施している。

      図4 連携登録医・救急隊向け月刊誌「Keiju Monthly Letter」

      図5 インターネットによる電子カルテ閲覧とASPによる電子カルテ提供
    5. 画像転送システム
       平成16年9月から、公的病院である市立輪島病院が金沢大学医学部放射線科、当院をつなげて診断と患者搬送を目的とした画像転送システムを構築した。2次救急病院としての奥能登の輪島病院から、主に脳神経外科や循環器科に数多くの患者搬送実績があり、この搬送システムを補完するものとして誕生したものである。画像診断は24時間専門医読影体制を誇る金沢大学医学部放射線科で行い、患者搬送は画像転送した上でより近い当院へということになったのである。当院にとっては、救急車到着前から、詳細な画像情報を閲覧でき、緊急手術や緊急カテーテル検査の準備を整えておくことができるのである。
       公〜公の病病連携の実績は全国的に知られているものの、公〜私の連携の実績は全国的に例を見ないものと思われる。

今後の課題

  1. 個人情報保護法と連携
     本年4月からいよいよ個人情報保護法が施行される。昨年12月24日に厚生労働省から示された「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン」によると、「院内掲示等により公表して、患者に提供する医療サービスに関する利用目的について患者から明示的に留保の意思表示がなければ、患者の黙示による同意があったものと考えられる」とある。すなわち、「患者のためになるはず」の連携に利用することを含めて「掲示」さえ行い、留保の意思さえ示されなければ、連携において情報共有に問題なしと解釈されるのである。
    しかし、われわれに必要なことは、これを機会として連携に対しても、きちんと患者に説明責任を負う必要があることであると思われる。すなわち、連携医もチーム医療の一員であることを内外ともに示す必要があるにちがいないのである。
  2. 経営分野での連携
     今後医療制度は厳しさを増してくるように思われる。そのような中で、病院も診療所も各々一つの独立した事業者として生き残りを賭けて運営に精力を傾けなければならないだろう。しかし、共存共栄、あるいは機能分担という見方に立ち、これからは医療サービス分野だけではなく、経営分野においても連携を模索する時代となると思われる。
    例えば、新GCP基準(Good Clinical Practice;「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」)に基づく薬品の治験の分野では、小規模施設にとって面倒な施設内治験審査委員会IRB(Institutional Review Board )を共同で開催したり、病院に常駐する専任の治験コーディネーターCRC(Clinical Research Coordinator)を診療所に派遣したりすることができるかもしれない。また、マスとしての強みを発揮させるために、薬剤や診療材料の共通化とともに共同購入も可能かもしれない。
    このように、診療サービスそのものでは、機能分担しながら切磋琢磨し、それ以外のバックヤードでは、戦略的連携を図っていく時代であると思われるのである。

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