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医療の質向上と効率化経営は両立するか

月刊「クオリティマネジメント」(日本科学技術連盟) 2005年6月号
特集 医療の質向上への取組み


はじめに

 去る4月25日JR西日本の福知山線でJR発足以来最大の惨事となる脱線事故が起きた。本件の原因究明のために論ぜられる数々の仮説の一つにJRの民営化に伴う効率性の追求イコール悪だという論評がなされたことにはいささか考えさせるものがある。すなわち、運転士に対するオーバーランの処分方法や、1秒単位での遅延原因の追及など、いわれているJR西日本の「効率性」の追求は、本来のあるべき効率性とは違うものと見るべきなのだ。
 本来の効率性を考えるうえでキーワードになるのが(品)質だろう。質の確保を目的とする効率性の追求は企業として当然の目標であるに違いないのだ。ここで、JR西日本が私鉄との競争に勝つために速度を上げつつ正確なダイヤを維持して効率を上げていくことは、企業として当然の取り組みだ。そのための手段が適切であったかどうかは考えるべきであるものの、効率性の追求は悪玉という考えからは切り離した方がいいと思われるのである。
 翻って、医療に目を向ければ、鉄道事業者の品質に関わる最低限の目標が「安全」であると同様に医療においても品質の基本は「安全」にあることは間違いない。しかし、昨今の医療を取り巻く状況においては、医療は雇用を生む伸ばすべき「産業」というよりはむしろ、削減すべき「コスト」であると捉えられていると言っていいだろう。これにより、政府や健保連などからの医療費削減圧力は今以上にますます強くなってくるものと予想される。これに対して、医療消費者である患者側の視点に立った時、自己負担率が上昇していることを忘れてはならない。この流れは、保険医療ばかりではなく、今後ますます導入されてくる特定療養費(敢えて、混合診療とは言わない)負担も重くのしかかるに違いないのである。当然、患者は支払いの増額に応じた質を求めてくるわけである。このような医療機関にとっては収入減、患者にとっては負担増という図式が出来上がるのである。これに応えていくために、われわれ医療機関は、まさに
 低いコストで高い品質
を目的としていかなければならないのである。
 そのために、われわれが取組まなければならないことは、経営の効率性の追求であり、さらに効率性を求めて、BPR( Business Process Re-engineering )、TQM( Total Quality Management )やカイゼン活動を駆使した業務改善活動やITの利用促進なのである。加えて一般企業で活用されているようなCRM( Customer Relationship Management )、BSC( Balanced Score Card )などと呼ばれるような数々の経営・マーケッティング手法を道具として活用することが求められてくるものと思われるのである。

戦略と戦術ということ

 そもそも、われわれ非営利事業である医療であれ、営利を目的とする企業であれ、組織というものは本来、戦略(目的といってもいいだろう)を実行するための集合体に過ぎないと思われる。医療で言えば、各病院で策定されている基本理念は、まさに戦略と言うことになろう。さらには、当然競争の中で事業を進めていく以上は、何らかの「差別化戦略」というものも必要であると思われる。
 これに対して、戦略を実行するためには戦術というものが必要となる。戦略は簡単にぶれることのない芯が通ったものである必要があるが、戦術は、その時々の状況に応じて変わりうるものであろうし、同じ戦略を実行するにも戦術はクリティカルなものから、いろいろな回り道があるに違いないのである。
 先に挙げた業務改善手法や経営手法と呼ばれるものは、ここでいう戦術の一つに過ぎないと思われる。したがって、「…ねばならない」というものではなく、戦略さえ実行できればどのような道筋を辿ってもいいものであるに違いない。

けいじゅヘルスケアシステムの紹介と戦略

 基幹となる恵寿総合病院…20診療科.病床数:一般406床,療養48床(回復期リハビリテーション病棟).1934年創立、1969年特定医療法人、1999年特別医療法人.1998年日本医療機能評価認定.1994年から全国の病院に先駆けてITを利用した物流管理システムを導入.1997年オーダリングシステム、2004年電子カルテシステムを導入.2000年にはコールセンター設立.
 グループは特別医療法人財団董仙会と社会福祉法人徳充会をけいじゅヘルスケアシステムと総称し、総合病院のほか療養型病院(143床)、2診療所、2介護老人保健施設、介護老人福祉施設、2身体障害者施設、短期入所施設、ケアハウス、3デイサービスセンターなどを運営している.入院・入所定員は1,182床.

 さらに、われわれのミッションというべき当法人の基本理念を紹介する(表1)。
 そもそも、医療、介護、福祉、保健などわが国には様々な制度が各々歴史とともに創られ、別々の監督行政の下で動かされている。しかしながら、一人の利用者の視点に立った時、どの制度を利用するかではなく、「健康」のための世話(=ヘルスケア)がなされればいいだけのことなのではなかろうか。制度間をシームレスに利用できるならば、それで十分なのではないだろうか。そこで、われわれは差別化のための戦略として、表2のように複合体としてのサービスの幅の充実を一番に揚げ、次にサービスの質、そしてITを利用した効率的な業務運営を掲げることとした。これを実行するために数々の戦術を利用してきたことになる。

 

戦術実行のための基本方針

 私が10年前に個人的に作成し、戦術実行の時に反芻している7か条を紹介する。

  1. 組織の再構築(Re-structuring)をしたか 
     もちろん、日本語でリストラと表現されるもの、イコール人減らしではない。しかし、組織が複数存在するならば、同じ組織は統合すべきであろうし、別組織として存在させるならば、各々にその存在意義や目的というものを明確化させなければならないものと考える。
  2. 業務の改善(Re-engineering)をしたか 
     業務改善の手法は、物事をゼロから見直してみることから始まると思われる。その上で自己評価(セルフアセスメント)の後、本来業務(コアミッション)を明確にし、他社や他業種と比較すること(ベンチマーキング)によって改善点が見えてくるように思われるのである。
  3. 合理的(Streamline)であるか
     振り返ってみて、成功事例というのは理路整然とフローチャートが書けているものである。これに対して、多くの労力をかけたにもかかわらず失敗した事例というのはきちんとしたフローチャートかけていないものであった。したがって、多くの労力をかけるにもかかわらずうまくいかないことは、どこかに無理があるもの、合理的でないものと考え、直ちに撤退することが必要であろう。
  4. 予算・計画に一貫性があるか(Integrated Health Planning) 
     予算は計画についてくるものであり、計画が明確ではない予算と言うものはありえないものと心得たい。
  5. 効果の監視(Monitoring)と評価(Evaluation)は行われているか 
     どんなにうまくいったと思われることであっても、きちんと第3者による監視と評価を受け、さらなる改善へのアクションを起こさなければならないと考える。
  6. 職員の人事管理がなされているか(Personnel Management) 
     組織とそれを構成する職員のベクトルが同じ方向に向くよう、目標を管理していく必要があろう。
  7. ネットワークができ、情報管理がなされているか(Network & Information)
     人と人、部署と部署、施設と施設ばかりではなく、地域、さらには制度間まで垣根なくつながるネットワークを目指すべきであろう。

改善のための土壌としてのQC活動

  1. 当院におけるTQC活動の原則
     TQC活動はあくまでも品質管理活動のひとつの道具であり、すべてではないことを強調したい。TQC活動が他の活動と相まってこそ、その効力を発するものと考える。しかし、当院の改善活動の中では最も古いものであり、職員の中にしみこんだQCマインドがその後の活動にも反映されているに違いない。
     当院では1988年3月に「ふれあいサークル活動」として導入し、現在43サークルが活動している。去る3月に第34回の発表大会を終えた。TQC活動は@顧客指向、A全員参加、B科学的、合理的解析手法、C小集団としてのQCサークル主体 の4つを原則としている。この4原則からも明らかなように、TQCの手法はトップダウンではなく、ボトムアップの品質管理運動である。現場各部署における小単位のQCサークルは、自部署における業務、患者サービス上の問題点をあげ、これをQC手法と呼ばれる客観的データを重んじる解析法で解決策を模索し評価する。だれでも、QC手法に則ればそれなりの結果を生み出せるといった特徴がある。当院では、この活動から在庫管理、待ち時間の短縮、伝達業務の見直し、サービス改善など数多くの成果を上げてきた。
     当院のQCサークルの活動方針を紹介しておく。 
    一、患者様本意のサービスを積極的に提供しよう 
    一、人間性を尊重した生きがいのある明るい職場づくりをしよう
    一、自己研鑽を積みチャレンジ精神を発揮しよう 
  2. TQC活動の問題点と進化
     最近、TQC活動から撤退する企業、病院が多いと聞く。そこでは現場で全く問題点がなくなったとは考えにくい。しかし、閉塞感が出てきていることも事実のようである。というのは、小単位のサークルでの問題解決努力では企業全体のシステムや業務の見直しにつながらないことや、せっかくの問題解決が他の部署で取り入れられない(水平展開できない)ことなどが問題となってくる。さらに、企業や医療を取り巻く環境の変化のスピードはボトムアップを待っていられないという心理が経営側にも働いているようにも思う。
     いずれにしても、現場に問題点はなくなるわけでもないし、経営者がすべての現場の業務に精通するわけにもいかない以上、TQC活動を存続させていく意義は十分にあると思われる。
     そのような中、トップダウン的な要素も取り入れて、1999年度から当院では、病院における経営方針とリンクさせたTQC活動へと進化していった。当院では、中期的に継続する基本方針として、「評判の向上」「お客様満足の向上」「経営の健全性向上」を揚げ、これらに加えて単年度の事業目標を揚げている。もちろん、QCとは別にこれら継続基本方針ならびに年度方針を各部署における事業計画へ落とし込みむものとし、部署単位で行動目標、有形成果目標、無形成果目標とそのタイムスケジュールを作成し、提出と説明を求めてきた。これら目標管理とTQC活動が有機的に関連することによって、TQC活動は目標に対しての有形効果の評価の一指標となっていくことになるのである。

戦術の実例

 質の向上には、サービスそのものの質の向上とともに、経営の質の向上をも見据える必要があろう。すなわち企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)に相当する納税、雇用の確保、社会貢献などを全うしてこそ、経営の質が裏付けられるものと考える。人様に迷惑をかけることなく社会的責任を担っていくためには、冒頭に挙げたように「低いコストで高い品質」というジレンマと相対していかなければならないことを改めて強調したい。
 そのような中、われわれが実行してきた、改善の軌跡を紹介してみたい。表3に本格的に取組み始めた1994年からの軌跡を示す。さらに、代表的な流れを図1に示す。図1の左側は具体的な試みであり、右側はその試みを実行するために後ろ盾となった経営手法と呼ばれるものである。

 

表3: けいじゅヘルスケアシステムにおける取り組み

1994年12月 診療材料院外SPD化
1995年 5月 臨床検査LAN稼動、外注会社一社化
   10月 薬剤在庫管理システム、納入卸一社化
1996年 3月 インターネットホームページ開設
    7月 大型医療機器共同利用開始
   10月 事業所内PHSシステム
   10月 放射線デジタル画像処理システム
1997年 1月 統合オーダリングシステム
    4月 クレジットカードによる医療費払い導入
    4月 病院デイケアセンターオープン
    6月 常用自家発電・コジェネレーション設備導入
   10月 イントラネットサーバー稼動
1998年 3月 医療機能評価認定(初回)
    4月 フロアコーディネーター・在宅担当看護師配置
    9月 開放型病床設置、病院−直営診療所間オンライン化
   10月 電子クリニカルパス運用開始
1999年 4月 鳥屋診療所リニューアルオープン・鳥屋町在宅複合施設運営受託
    9月 特養オープン、老健・特養−本院間オンライン化
    9月 特別医療法人化
   10月 ホームヘルパー事業開始
2000年 3月 デビットカード導入
    5月 増築棟竣工・(特別医療法人直営)医療福祉ショップ開業
    6月 コールセンター開設
    7月 CAFM( Computer Aided Facility Management )導入
    8月 病院内24時間オープンコンビニ開設
   10月 鹿島デイサービスセンター運営受託
   11月 放射線デジタル画像サーバー稼動
   11月 田鶴浜健康増進施設「アスロン」運営受託
   11月 本院に療養型病床開設(48床)
2001年 2月 医療費・介護保険料の口座振替開始
    4月 患者別原価管理システム稼動
    4月 組織改革(本部−事業部制)
    6月 平成12年度会計から企業会計原則導入(11億円の特別損失計上)
    6月 在宅総合ケアセンターオープン
    7月 医療福祉ショップでインターネット通販開始
   11月 組織目標管理制度導入
   11月 新GCPによる治験事務局開設
2002年 4月 感染性医療廃棄物リサイクル(油化)装置導入
    5月 電子カルテ運用開始
    9月 韓国Samsung Medical CenterとPET検診提携
2003年 2月 患者誤認防止、入退室管理システム稼動
    5月 回復期リハ病棟開設(療養型より)
    6月 セントラルキッチン稼動
    6月 医療機能評価更新審査認定
    9月 特殊疾患療養病床開設
   10月 病児保育室「あんず」開設
2004年 4月 消化器病センター・脳神経センター開設
    4月 臨床研修指定病院(管理型)
    5月 インターネットによる電子カルテ参照システム稼動、電子カルテASP事業開始
    7月 亜急性期病床開設
    9月 市立輪島病院との間で画像転送システム稼動(公〜私)
2005年 2月 医療機能評価リハビリ付加機能認定
  1. BPRによる物の管理
     効率化の先兵としてまず1994年から医療に関わる物品管理に取組むこととした。そこではBPR( Business Process Re-engineering )の視点から従来の業務をゼロから見直し、さらに各医療現場における本来業務を改めて見直すこととした。
     最初に取組んだ実例を示す。診療材料においては従来より現場における過剰在庫、期限切れが問題となっていた。その原因と対策を検証してみた。まず、在庫量の定数化や発注点の検討、現場のモノに対する意識の高揚などで解決しようと考えがちであった。しかし、根本的に考えてみると、現場でこれらの材料の管理に当たる看護職員の本来の業務(ミッション)は患者への看護であって、決して在庫管理ではないという当たり前の事実に直面する。にもかかわらず、看護職員に在庫や発注管理させていたことに真の原因があると思われた。そこで、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの流通に詳しい商社と手を結んで、JITS( Just in Time and Stockless )を目的としたSPD( Supply Processing Distribution )システムを立ち上げることとなった。
     既に医療におけるSPDシステムは急速に全国規模で拡がりつつあり、詳細は他書に譲りたいが、要は診療材料を小分けパッキングし、そこに材料の種類・規格、部署名と入り数などとともに、そういった内容をコード化したバーコードが印刷してあるカードを入れておく。現場で使用する際に、パックを開封し、このカードを取り出し、カードのバーコード情報をコンピュータに読み取らせることで、発注となる。そして業者の手によって同じパッケージが所定の日数で同じ部署へ配送されることとなる。これによって、現場職員による在庫管理や発注作業がなくなったわけである。成果として、看護業務における間接業務は著しく削減され、その分を本来的な直接看護に向けることができ、いわゆる看護の質の向上が図れたわけである。さらには、導入約4年後に第3者機関として監査法人に依頼して効果を測定したところ、約3億円強の効果がはじき出されたのである。
     このあと、BPRの視点から、物の管理として臨床検査と薬剤の管理についても見直しを行った。これによって、臨床検査部門ではバーコード添付による工程管理、最新の自動分析装置の導入、加えて低頻度検査の思い切った外注化で検体検査部門の効率化を図り、そこで生まれた余剰人員を医療の質の中心たる安全のための感染管理部門と人の技術を要する生体検査部門(超音波検査や心電図検査など)へシフトさせることができた。また、薬剤も診療材料管理で培ったノウハウのもとでバーコードによる在庫管理システムを導入することができた。この部門でも薬剤師の在庫管理業務は削減され、それに代わり薬剤管理指導など質の面の向上を図ることができた。診療材料と同じく監査法人による評価では、各々4年で約3億円、2年で約2億円の導入効果が示されている。
  2. 組織における知の管理
     上記の取り組みは、物をコード化しITを駆使して管理するものであった。しかし、その情報はあくまでも物の出入りだけのものであった。そこで、これら物情報と、物の消費者たる患者情報をつなげることによって、物の動きや患者へ提供した診療内容の質の評価ができるものと考えられた。
     時代はまさにIT化の急速な進展の後ろ盾として、日本で生まれ欧米で花開いたKM( Knowledge Management )の考え方が一世を風靡した時期であった。野中郁次郎によって提唱されたこの考え方では、知識には暗黙知と形式知があることを理解することから始まる。暗黙知は、主観的な知(個人知)、経験知など文字や数字に表していない知であり、形式知は、客観的な知(組織知)、理性知など、教科書やマニュアルなどで学び得る知である。
     ナレッジ・マネジメントの本質は知識創造のプロセスを明確にしていくことにあるようだ。すなわち、知識変換は次の4つのモード、各モードの頭文字をとったSECIプロセスにあり、このプロセスがらせん状に回転しながら上昇していくことによって個人の、そして組織の知が創造されていくものとなるという。 
    1)共同化( Socialization )
     個人は同じ時間と空間の中でリアルな体験をすることによってスキルを共有したり、他人の立場に立つことでその状況をどうみているかを共感したりする。弟子が匠の技ばかりではなく、コツ、勘などを盗んでいくプロセスやOJT( On the Job Training )のプロセスになる。
    2)表出化( Externalization )
     お互いに共感された暗黙知を、対話や思慮によってグループの知識として統合され、明示していくことで形式知化する。業務内容を話し合い、マニュアル化していくことなどのプロセスになる。
    3)連結化( Combination )
     表出化によって創り出された新しい形式知同士や、新しい形式知と既存の形式知を連結することによって新しい知識とする。複数の部署が話し合い、院内統一マニュアルを作っていくプロセスになる。
    4)内面化( Internalization )
     形式知を実践することによって、新たな暗黙知を獲得していくプロセスになる。マニュアルを実践する経験を積んでいくうちに自分のものとして確立し、さらに新しい意味を学ぶことになるプロセスとなる。 
     以上のようなSECIプロセスは、「思い(共同化)を言葉に(表出化)、言葉を形に(連結化)、そして形をノウハウに(内面化)」というフレーズで表現することができるのである。 
     この考え方を具現化するものとして、まず物の管理で利用したバーコードを患者管理、診療のプロセス管理にも応用するという設計思想のオーダリングシステムを1997年初頭に立ち上げることができた。すなわち、すべての患者情報ばかりでなく指示などの診療プロセスもコード化しバーコードを添付させ、コード同士を結びつけていくシステムとしたのである。これによって、患者情報と物品情報がつながり、原価管理やコストパーフォーマンスの確認が可能となったわけであり、さらにはIT上でこれらの情報と知識が蓄積されていくこととなったのである。
     また、恵寿総合病院内だけのネットワーク化( LAN: Local Area Network )から、関連施設間のオンライン化( WAN: Wide Area Network )を進めた。これによって、けいじゅヘルスケアシステム全体で共通IDによる利用者情報の共有化を図れることができた。さらにはグループウェアと文書サーバーを導入して、暗黙知から形式知化したマニュアル類の共有化を図ることとした。ここで初めて、サービスの幅における差別化という当初の戦略の基盤ができたわけである。
  3. 顧客情報の管理・活用
     WANによって基盤は完成したが、それを活用するために顧客情報を管理するシステムの構築が急務となった。もちろん、オーダリングシステムや医事システムを経由した医療情報の共有化や介護保険システムによる介護情報の共有化は既に完成していたものの、それらを縦横に結びつけ、さらに1999年に認可を取得した特別医療法人としての医療・介護用品に関わる物販などの収益業務への参入を図る必要があった。
     そこで2000年に、けいじゅサービスセンター(コールセンター)を設置した。ここではCRM( Customer Relationship Management )の考え方のもとで5人のオペレーターが、オンラインコンピュータを駆使して、すべての関連施設をカバーする一本化された窓口として医療における予約や問い合わせ、介護におけるスケジュール確認・キャンセルや問い合わせ、物販窓口業務など、患者・利用者からみて、施設間の垣根を越えて、さらには制度間の垣根を越えて対応する窓口としたのである。
     さらに、病院給食の調理部門の統合による効率化とCRMの考え方による個人別対応を目指して2003年に1日に5,000食対応可能なセントラルキッチンを設立した。チルド調理と真空調理を組み合わせることで、大量生産ばかりではなく少量多品種生産・供給も可能とした。治療の一貫である医療食の質に関わる改善事例と言えよう。
  4. 診療内容の質の向上と連携体制の確立
     2002年からBSC( Balanced Score Card )を念頭に置いた目標管理制度を導入した。時を同じくして同年から電子カルテシステムを導入した。
     電子カルテは現在も進化し続けている。そのアイディアは各部署が策定したBSCも大いに役に立っていると思われる。われわれは、現場の各部署で目標を策定するに当たって決して横文字アレルギーが起きそうなBSCという言葉は用いない。各部署が法人の年度方針の下で「顧客の視点」「経営の視点」「業務の過程(プロセス)の視点」「学習と成長の視点」を縦横に組み合わせ、それぞれに目標を策定し、その根拠となる具体的目標数値を挙げさせているわけで、これらは空欄を埋めていくことによって完成できるものとしているのである。
     図2にそれまで導入されていたオーダリングシステムと電子カルテシステムの違いを概観してみた。重要なことは、経営的にも患者の待ち時間短縮効果にもオーダリングシステムで十分であり、電子カルテを導入したからといってこれらの項目で改善が見られるとは考えられないということである。しかしながら、医療の質という面では図4右に挙げるように、透明性(同僚(ピア)レビュー・監査)、検索性、情報の共有化、情報開示、ネットワークによる連携などで、電子カルテは大いに勝るものと考えられるのである。したがって、最終的に医療の質を論議する上で上記に加えて、国が示した電子カルテの3原則「真正性・見読性・保存性」をも担保する以上、医療の質に大いに貢献するものであると言っていいだろう。
     電子カルテは、さらなる可能性も秘めている。既にわれわれは、2004年から電子カルテのASP( Application Service Provider )事業やインターネットを利用したVPN( Virtual Private Network )経由で連携医が紹介患者の電子カルテを閲覧可能なシステムを立ち上げた。また、同じく2004年9月からは、奥能登地域の市立輪島病院との間で遠隔画像転送システムを立ち上げた。これらの取り組みはこれまでの施設内LAN、関連施設間WANを越えて、法人外の地域における連携を目指したネットワークの構築の第一歩であると位置付けられる。すなわち、一医療機関、あるいは一法人内における質の確保から地域における医療の質の確保への橋頭堡を構築することができたものと考えられるのである。

おわりに

 今まさに、平成18年度医療法改正論議が真っ盛りである。そのなかでは地域医療計画の見直しが盛り込まれている。これは地域における医療連携と分担が大きな柱となっていくようである。国における財政逼迫の折、医療に関わるコストも削減されてくる。求められているのは、生き残りのための各医療機関や関連法人における改善努力から、さらには地域住民の幸せのための地域全体における医療の効率化と質の改善の両立であるに違いない。


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