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不透明な時代の病院経営戦略

月刊「新医療」(エム・イー振興協会) 2006年5月号
特集:時代の岐路に立つ病院経営とその方策


要旨:診療報酬・介護報酬削減の時代における病院経営戦略に定石はない。しかし、制度をつなぎ、空間をつなぎ、そして患者や職員の心をつなぐことは必ず多くのニーズに応える戦略であると思われる。

Strategic Medical Management in the Period of the Financial Structural Reform
There are no answers for the strategy of medical management in the period of the financial structural reform. However, I think the fusion of public system and distance is one of strategies. Moreover, I believe the fusion of the heart of people is most important strategy.

 改革の名のもとに、診療報酬・介護報酬の削減が叫ばれ、未曾有の診療報酬マイナス3.16%、介護報酬マイナス2.4%(17年10月分を含む)改定となった。さらには、介護療養病床の廃止論議など今後の道筋に光明は見えず、医療関係者の厭世観が拡がるばかりの時代となった。

 特に、医療や介護の経営者、運営者が悲観論を吐くことはさらにそこに勤務する職員の士気の低下が懸念される。そして、その結果として一定の品質を保ち、かつ効率的な世界に名だたる日本の医療や介護が崩壊するという最悪のシナリオにならないことを祈るばかりなのである。

 ここで、われわれ医療機関の経営者は、医療・介護従事者が自信と誇りを持つことを目指して目標を定め、時代の変化に柔軟に対応していく体制を整えるべきであると考える。このような時代に「病院経営向上」の定石はないものと考える。しかし、自らの地域の人口構成、産業構成、競合関係などによって、目標に向かってのさまざま道筋があり得るものであろう。そこでは、決してクリティカルなパスウェイである必要はないだろう。回り道でも自らの選んだ道筋を修正しながらでも突き進んでいく、泥臭さが求められているのではないだろうか。

健康関連産業がこれからのニーズの主役

 どのような時代であっても、どのような地域であっても消費者・住民のニーズに多くのビジネスのチャンスがあり、行政の施策の種があるに違いない。しかし、そのニーズの本質は時代とともに変わってくることを忘れてはならないだろう。

 現代のニーズに「不足しているものを欲しい」といったものがどれくらいあるのであろうか?特にこれから大方の人口を占める高齢者、団塊ジュニア世代の中にである。

 これに対して、「あるものを失いたくない」といったニーズはこれから大きくなっていくのではないだろうか?すなわち、健康であり、家族であり、財産であり、社会的立場であり、働き甲斐であり、生き甲斐であるかもしれないのである。満ち足りた成熟社会であればあるほどこの後者のニーズが大きいのではないだろうか。このニーズに対峙するサービス産業としてわれわれが提供する健康に関わる医療や介護が筆頭に挙げられるのではないだろうか。

 そして、その他に観光、保険、警備保障、余暇提供、アミューズメント施設、さらにはコミュニティービジネスと呼ばれるNPO法人やボランティア組織までを挙げることができるのである。すなわち、われわれの産業は、これからの時代におけるニーズの主役となるものであることを認識し、自信と誇りを持っていく必要があると思われるのである。

診療報酬改定・医療制度改革の潮流

 病院における診療報酬改定や医療制度改革の方向性を見ていくうえで、平成15年に厚生労働省から出された「病院の機能分化のイメージ(将来)」が有用であると思われる(図1)。図の左上で示された急性期医療はニアリイイコールとしてDPC導入で財政的な担保を提供していくものと考える。

 また、一般病床の中での「糖尿病治療」「在宅医療の後方支援」といった分野は亜急性期病床として存続していくことになろう。したがって、DPCでも亜急性期病床でもない一般病床は改定の影響を大きく受けることとなるのである。

 また、図の左下の療養病床は医療度の高いもののみが財政的支援を受けることとなる。さらに、在宅は方向性として医療費の支援が大きいものとなろう。図右手の救命救急、集中治療、周産期医療、難病、緩和ケア、脳卒中のリハビリ(決して整形疾患のリハビリではない)分野は政策的に重点が置かれるものであろう。したがって、財政的にも保護される図式となっているのである。

医療の運営にもポートフォリオは重要

 資産運用の世界では、安全性と高収益性を見据えながら、株式などのハイリスクハイリターン商品から国債などのローリスクローリターン商品、さらに最近ではオルタネイティブ商品などを組み合わせる分散投資手法が常識である。どの商品をどの程度組み入れるかをポートフォリオという。

 われわれ、医療、さらには介護などの運営に当たっても事業のポートフォリオが重要であると思われる。その時代で強いといわれる高収益部門は、必ずといっていいほど次の制度の見直しで削られてくるのが、われわれの経験知として染み付いているのである。ならば、医療から介護までのいろいろな事業分野が相互に補完する体制を組むことは、患者や利用者の利便性ばかりではなく、このような運営上のポートフォリオとして機能するものと思われる。

けいじゅヘルスケアシステムの戦略

 われわれは、少子高齢化の進む石川県能登半島で454床の恵寿総合病院を旗艦として療養型病院、2診療所、2介護老人保健施設、短期入所施設、2デイサービスセンター、健康増進施設(クアハウス)、小規模多機能施設(本年度開設予定)、セントラルキッチンなどを運営する(特定)特別医療法人董仙会と身体障害者施設、介護老人福祉施設、ケアハウス、身体障害者福祉ホーム、デイサービスセンターなどを運営する社会福祉法人徳充会をあわせて「けいじゅヘルスケアシステム」と総称している。ここでの、入院・入所病床区分を表1に示す。急性期一般病床部門は平成18年4月からDPCによる支払い方式となっている。

 われわれの大きな戦略として「つなぐ」を挙げる。すなわち、上に示したこれら施設群が、ばらばらに動くのではなく強固に連携して動くことを目指すものなのである。これは、各施設群を光ファーバーでつなぎ、その上に電子カルテを代表とする医療の他、介護、給食、物販、グループウェアなど約3,000本のソフトウェアを動かしている。

1 制度をつなぐ
 医療、介護、福祉、保健などいった制度は、本質的には「健康のお世話(ヘルスケア)」以外何者ではない。ならば、これら制度間を縦割りに見ることなく、上記ITを担保として、「健康のため」にあらゆる情報を共有し、サービスを縦横に提供することは、他の病院、施設との大きな差別化に他ならないと考えている。

2 空間をつなぐ
 病院から関連施設をつないできた。さらに平成16年5月からは、地域の他の医療機関との間をインターネット回線とVPN( virtual private network )でつなぎ電子カルテ情報を共有したり、電子カルテをASP ( application service provider )で提供したりすることとなった。さらに今後は、町おこしなどを通した地域社会とのつながりまでに空間を拡げていくことが必要であると思う。
 そして、地域とつながることは、イコール公益性の獲得に他ならず、それはとりもなおさず第五次医療法改正で誕生した社会医療法人取得への対応に他ならないと思うのである(図2)。そして、それが医療計画の担い手の一翼として経営基盤の強化につながることだと思われるのである。



心のつながりが最大の戦略

 時代の潮流とわれわれの戦略を紹介した。今のような不透明な時代であっても、病院と患者・利用者の心と心がつながること、さらには病院管理者とそこで働く多くの職員の心と心がつながることが強い病院を作り上げる最大の戦略のように思えてならない。


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