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ナレッジマネジメントを起点に
業務削減、医療の標準化へ拡大

月刊「ばんぶう」(株式会社日本医療企画) 2000年10月号
検証:電子クリティカルパスの効用


ばんぶう2000年10月号   「最近、クリティカルパス、クリティカルパスと言うので、若いもんに詳しく聞いてみると、なんてことはない、私が昔からやってきたことを表にしただけではないか」ともらしたのは、都内の某有名民間病院の院長である。この言葉がクリティカルパス(以下パス)の本質を端的に言い当てているように思う。

   従来、医師や看護婦は職人として多くの経験知をもっていた。いわば「門外不出」「名人直伝」的な知識であり、第三者が容易に手に入れられない類のものである。それはあくまでも個々の知識で、経験を積むたびに洗練され、その知識を多く持つ者が名医であり、優秀な看護婦とされた。これらの名医や優秀な看護婦を確保するために病院は、それに見合う報酬を出し、患者も待ち時間を顧みず、そうしたスタッフのいる病院の門前に市をなしている。

   クリティカルパスは周知のとおり、1950年代にアメリカの石油精製業界で使われ始めた生産工程管理手法で、その後、医療のも応用された。ここ数年は、日本の医療機関でも急速に普及し、さらに改良が重ねられて大きな進化を遂げようとしている。これに関する書籍や講演は枚挙に暇がなく、インフォームド・コンセントの充実、在院日数の短縮化、入院単価の管理、医療の標準化による質の確保など、様々な視点から多くの効用が挙げられている。

   感染症の疫学管理者Wenzelは「この領域の初心者は自分が咀嚼できる以上のものを噛み切ろうとしがちである」という言葉を残したが、このことは感染症領域だけの話ではない。私たちは、新しいツールの導入を考える時、すべての効果を期待してしまう。しかし、当該の病院で何を目的にパスを導入するか、しかも目的をいかに「咀嚼しやすく」絞り込めるかが、パスの効果を最大限高めるポイントであることを最初に述べておきたい。

個々の経験による知識を形式知として共有化

   なぜ、日本で数年の間に、急速にパス法が普及したのか。それは、欧米に比べて自己アピールが不得手で、待遇面で公平性を重んじる日本人の国民性が関係しているようだ。すなわち、「質の向上」という大儀のもとで、名人芸ともいうべき経験知を惜しみもなく公開できる国であるからである。また、病院経営の近代化に向けてもそうせざるを得なかったと思われる。

   欧米で、ナレッジマネジメント(knowledge management)という名称で、個人やグループの持つ経験に基づいた暗黙の知識を、形式化された目に見える知識に表出する努力がなされている。それもIT技術を含めた多くの資源を用いてシステマチックに行われている。QC活動が日本で花開いたように、個人の工夫や経験を公開し、共有するといった意識が日本人に元来備わっているのであれば、ナレッジマネジメントについても日本で大きく普及し、研究されていくであろう。

   同様に、医療現場でベテラン医師、ベテラン看護婦の暗黙知を形式知に変え、その上で対話によって改良を重ね、より良いものにし共有していくという日本におけるパスの流れはナレッジマネジメントのツールとして十分耐ええるものであり、日本の国民性にも極めてなじみやすい。

   パスの数ある効用のなかで、当院がクリティカルパスを導入した最大の目的は、今後病院経営でも重要な財産となり得るナレッジマネジメントとを推進するためである。そして、ナレッジマネジメントをさらに効果的に押し進めるためには、パスのデジタル化が不可欠となってきたのある。

オーダリングとの整合性でパスの電子化を迫られる

   当院においては1997年1月にオーダリングシステムを導入した。投薬、注射や検査などのオーダー情報から看護情報などを一元管理するシステムでスタッフは院内にある220台のパソコンから必要な時に必要な情報を取り出せるほか、1患者1日1枚の医師指示書件看護ワークシートの作成により、一人の患者に対する医師や看護婦のワークフローが人目で把握できる。指示・報告の入力はすべてクリック一つで捜査できるため、パソコンに難色を示していたスタッフもすぐに使いこなせるようになった。

   このような基盤のもと、98年3月よりパスの導入に向けたワーキンググループを発足。そのなかの論議で、ある医師から「パスを導入する意義は理解できる。しかし、せっかくオーダリングシステムがあるのに、パス表に沿った処置や検査、処方などをそのつど新たに入力するのであれば業務が増えるだけだ」という意見が出てきた。この部分は、一般にはあまり議論がなされていないものの、医師や看護職のモチベーション低下を招き、パスの広がりを阻む大きな因子ではないかと感じられた。

   こうした問題を解決するために当院では、あえて迂回コースを選択し、実際のパスを作りこむ以前に電子クリティカルパスソフトの開発、すなわちパスをオーダリングシステムに組み込むことを第一のタスクとした。ここでは、パスを業務改善の一手段と位置付け、パスを用いることで指示、転記作業などを徹底的に排除することにより、医師や看護婦が患者サービスに専念できる体制を整えようとした。

   電子クリティカルパスは、適応患者に合わせてパスを画面上で選択すると、あらかじめ作成されていたパスが自動的にワークシートのなかに組み込まれるため、処置や検査等の入力は一切不要である。

   この結果、パス適応患者には高品質でばらつきの少ないケアを提供できるほか、標準的経過をたどっていないなど逸脱事例もすぐに発見可能となった。それ以上に合併症等のためパスが適応できない患者に対しても、パスによって生み出された余力を振り向けることで、より手厚いケアを提供する体制を実現できると考えた。

EBMに基づく医療の標準化に期待

   98年10月に電子クリティカルパスは完成した。横軸に時間を取り、縦軸は注意点、投薬、注射、処置、検査、看護、食事、教育説明、その他からなり、各マトリックスそれぞれに各医療職がベストと思われる内容を記載してパスを作成する。この点は「電子」であろうが、何ら一般のパスと変わるものではない。オーダー画面でこのパスを選択し、基準日を設定することによってパスの内容は自動的に患者のオーダー画面に貼り付けられ、医師指示書や看護ワークシートへ反映される。さらに、処方箋、食事箋、検査伝票などがそれぞれのタイミングで自動的に発行される仕組みだ。

   当院では現在、48種類のパスが稼動し、直近6ヶ月のパス適応症例は541例となっている。本システムはオーダー直結のため、運用の前提としてパスの内容はより詳細に記述する必要がある。たとえば、投薬内容などは具体的な商品名まで記している。膨大なデータをとり、精緻に分析した上で内容を決めていかなければならないため、パス表の作成までかなりの時間を要するが、これはEBMに基づいた診療科別の投薬内容の標準化という副産物も生んでいくものと期待している。

   今後、バリアンスの解析が必要であり、またDRG/PPSに対応した原価管理などへの応用が期待される。ただ、当院においては当面、ナレッジマネジメントと業務削減という切り口を中心に据えてパスを運用・定着させていきたいと考えている。


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