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まちづくりに医療・福祉は貢献するか

月刊「日経研月報」(財団法人日本経済研究所)2004年2月号
今月の特別記事


本稿は、平成15年11月6日に東京で開催されました講演会の講演要旨です。

はじめに

 昨年出版されたP・F・ドラッカーの著書「ネクスト・ソサエティ」では、“ネクスト・ソサエティ”が“次の世界”ではなく“異質の社会”と訳され、少子高齢化、労働力人口の多様化、製造業の変身、社会的制度の終焉あるいは価値観の多様化などが述べられています。医療の世界も同様で、お客様である患者さんの価値観が多様化しており、それに対して医療界がどれだけ変わっていけるかが課題です。

1. 一般企業と同じ病院ビジネス

(1)市場規模

@今後10年の経済構造改革効果試算(2000年11月)
 通産省(当時)の「今後10年の経済構造改革効果試算」(表1)によれば、今後のGDP押し上げ効果は情報通信(IT)分野が最も大きいのですが、医療分野、介護分野も大きいとされています。

Aサービス産業と雇用創出のシナリオ(2001年5月)
 また、経済財政諮問会議の下部組織のデータ(表2)でも、“健康増進サービス”“介護などの高齢者ケアサービス”“医療サービス効率化、透明化”などの分野で、多くの雇用が生まれるという数字が出ています。

B健康サービス産業における雇用・市場規模・医療費抑制効果
 さらに、経済産業省サービス産業課から今年出された報告書(表3)では、健康増進活動の推進により医療費はマイナス4兆円になるという数字が出ています。どうやら、医療界以外が頑張って医療費を下げるという流れに変わってきたのではないかと、私どもとしては気になるデータです。

(2)“Social Satisfaction”
 さて、Customer Satisfaction(顧客満足)が喧伝されています。もうひとつ、Employee Satisfaction(従業員満足)というものも言われています。そして、Dealer Satisfaction(お取引先あるいは私どもで言えば紹介元などの満足)といったものもあります。ただ、これら3つの上に、私が勝手に作った言葉ですが“Social Satisfaction”と申しましょうか、社会が満足しなくてはいけないということもあると思います。「おまえのところは、経営あるいはサービスが悪いから退場しろ」と言われたら、それは社会がそう言っているのだから仕方がありません。社会に満足してもらえるように、私どもは経営をしていかなくてはならないのだと思います。

(3)病院の社会的責任
 企業とステイクホルダー(利害関係者)の関係がよく議論されますが、そのなかの“顧客”を“患者”に置換えれば、そのまま病院とステイクホルダーの関係になります。つまり、皆様方“企業”と私ども“病院”は同じなのです。
 同様に、“企業の社会的責任”を“病院の社会的責任”に替えてみますと、これも全然変わりません。ただ、私ども医療法人は一応、法的には非営利法人ですから、株主利益の保護だけはありません。しかし、法人税を取られているし、固定資産税も取られています。営利を出さないことには新たな投資ができないという構造ですので、何が非営利なのかよく分からりません。ですから、病院が株式会社になってもいいのではないかと思うところもあります。
また、リスク・マネジメントの強化、ブランド価値の向上、優秀な人材の確保、市場からの評価の向上などが、これからの企業の社会的責任だと言われていますが、私たち病院も全く同じです。特に“ブランド価値”に力を入れています。医療、福祉などを展開していくためには、やはりブランドがないとお客様に来ていただけません。そのためには、期待を裏切らないように一所懸命にやらなくてはいけません。
 さらに地域社会という観点からは、雇用創出なども私どもの責任だと思っています。

(4)経営戦略

@戦略マップ
 私どもも“戦略マップ”を作っていますが、他の企業、他の産業と全く同じスタイルです。そこには、自分たちがどういう戦略で事業を遂行していくかが書かれています。具体的には、人ベースあるいはITベースのナレッジ・マネジメントを浸透させていく、それにより業務効率を上げてサービスをよくする、ブランドイメージを高くする、そして“地域に信頼と質の高い医療・福祉を提供する”というミッションを目指す、ということになります。

Aビジネスモデル
 図1は董仙会のビジネスモデルです。基本的な戦略は、モノをマネジメントする“院内資源マネジメントプロセス”とサービスを提供する“中核業務プロセス”を同時にやるのがベストだということです。ただ、IT化などにお金をかけても“診療報酬”という公定価格では一銭の得にもなりません。ですから、IT化あるいは業務やサービスの改善のための原資を独自に作らなくてはいけないという悩みがあります。そこで私どもは、この“院内資源マネジメントプロセス”で徹底的なIT化を進め、業務の効率化を実現し、原資を捻出しました。その上で、その原資を“中核業務”のサービス提供部分に振り向けるという戦略をとってきたのです。
 それに対し、世の中の多くの病院、特に税金が投入されている公的病院は、最初からサービス提供部分に多額のお金をかけていきます。例えば、島根県立中央病院はIT化に70〜80億円かけていますが、そのお金は税金以外の何ものでもありません。いわゆる医療費からそれだけのお金は出てきません。おそらく、NTT関東病院なども同様の額がIT化に投資されています。
しかし、私たちはそれをやりたくてもできなかったので、まずモノを管理し、そこで無理・無駄・ムラを省き、そこで浮いたお金でサービスのためのIT化を進めていったわけです。

B行動規範
 次に、私が勝手に作った私どもの行動規範をご紹介します。
 まず、1番目は「組織の再構築(Re-structuring)をしたか」ということです。例えば、ひとつの病院の中にもいろいろな病棟があります。その病棟毎にきちんと機能、役割を発揮させようということです。また病院以外にも、老人保健施設や特別養護老人ホームなど、いろいろな施設があります。同じような人が別々の施設に入っているのはおかしいのです。やはりきちんとRe-structuringをして役割・機能を明確にし、各々の役割に沿った業務をやっていくことが必要だと考えたわけです。
 2番目は「業務の改善(Re-engineering)をしたか」。これも流行り言葉ですが、ゼロからものを見直そうというものです。
 3番目は「合理的であるか」ということです。いろいろなことを手掛けてまいりましたが、誇れるのはスピードです。速くやってきたということです。その実現過程の中で“合理的である”というのは大きな柱だったと思っています。つまり、うまくいったのは私が偉かったからではなく筋道が合理的だった、フローチャートがきちんと書けていたからだと思います。うまくいかなかったことも沢山ありましたが、今振り返ってみると、それらは、誰かが悪いから失敗したのではなく、やはりどこかに無理があった、筋道が通らなかったから失敗したのだと思います。それならさっさとやめてしまえということで、撤退も早くできます。
 4番目に「予算・計画に一貫性があるか」。これは、皆さんの会社でも、当たり前のことだと思います。
 5番目に「効果の監視と評価が行なわれているか」ということも重要な行動規範として挙げています。今、例えば健康食品とかがよく新聞に載っています。みのもんたさんもテレビでやっています。でも、「飲んだ、治った、よかったね」というのではおかしいのではないでしょうか。100人に飲ませて、それで何人が治ったのでしょうか。1人だけなのか、あるいは99人が治ったのか。そういった評価が、健康食品であろうと、医療の世界の薬あるいは手術だろうと、必要なのだと思います。そうしたことから、今、私どもの世界では“Evidence based medicine(証拠に基づいた医療)”をやろうと言っています。
 6番目に「職員の人事管理がなされているか」。
 7番目は「ネットワークができ、情報管理がなされているか」。私どもでは、最近、これに力を注いでいます。

2.医療界を取り巻く環境

(1)現状
 さて、日本の医療界の現状あるいは窮状をお話ししたいと思います。
 日本の医療費は対GDP比で7.7%、アメリカは15.5%です。ということで、OECD諸国、つまり先進国の中で第20位です。そういう意味では、もっと医療にお金をくださいというのが日本医師会の主張です。
 ところが、少し視点を変えて総医療費、実際の額はどうかということになりますと、実は世界第2位です。そして、1人当たり医療費は世界第7位で、他の先進国並みです。だんだんこういう数字がばれてきて、医療界に対する風当たりが強くなっているのが現状です。

(2)業界動向
 次に、医療業界というのはどういう業界かということをお話いたします。
 ベッド数は、他の先進国の2〜3倍で、現在、日本には120万床のベッドがあります。ところが、医療従事者は他の先進国の2分の1〜3分の1しかいません。そして在院日数(病院に入院している期間)は3〜5倍という状況です。つまり、ベッドは多くて、人が少なく、長いこと入院させられてしまう。その上、医療費も高い。ということで、私どもに対する風当たりが強くなってきたわけです。
 皆様方の企業環境は、バブル終焉後、右肩上がりが一変し大変な状況だったと思います。ところが、私どもの医療界は、バブル終焉に関係なく医療費は上がり続けていました。それが昨年4月、初めて公定価格である診療報酬が下がりました。それまでの右肩上がりが、去年4月をもって終わったのです。うちも含め、多くの病院が慌てております。つまり、皆様方がもう何年も前に経験されたことを、初めて経験したわけです。右肩上がりという前提で人や設備を増やし、そして体制を作ってきたのですが、医療費がドカンと下がったうえ、患者さんも自己負担が増えたために受診抑制を行い、病院に来なくなりました。

(3)構造改革
 ということで、右肩上がり構造がなくなり、そのままの構造でいけば病院経営は成り立たないという状況に陥ったのです。そこで、私たちは“構造改革”をしなくてはいけなくなりました。小泉さんが首相になった時に「構造改革をやるんだ」と言ったのは、まさにこういうことだったと思います。
 改めて“構造改革”ということを考えてみますと、構造改革というのは政府とか社会の組織を変えることです。そして、組織とは目的を実行するための手段です。と考えると、目的のない構造改革は、ただ混乱を招くだけです。これは私たちの業界においても同様であり、構造改革は必要だが、しっかりとした目的を設定しなければ、構造改革はできません。そこを見誤らずにやっていかなくてはいけないと思っています。

@早期退院、安い医療費、治る
 そして世の流れは、“速い、安い、うまい”を良しとするハンバーガーのMさんや牛丼のYさんなどが高い評価を受けています。私たち医療業界も、これからは“速い、安い、うまい(上手い)”を目指し、“早期退院、安い医療費、治る”ということをやっていかなければなりません。
 ただ、その裏には当然“高回転率”ということが必要になってきます。牛丼屋では、ものの5分で食べ終わり、260円払って帰ってきます。これは非常に良いお客さんで、御飯を食べるのに30分かける人の6倍の価値をもって迎えられている筈です。ということならば、私たち医療業界も、これからは“速い、安い、上手い”に加えて、“高回転率”ということを目指さなくてはならないということになってきます。
 しかし同時に、これとは反対の“スロービジネス”、スローな部分も作っておかなくてはいけないと思います。こちらのほうがよいという人もいらっしゃいますし、そうしなければならない方もいらっしゃいます。その辺を見極めていくべきだと思います。

A包括化
 もうひとつの世の流れとして、大学病院等では医療費の“包括化”が始まりました。ひとつの病気に対して幾らという方式です。早く退院しようが長く入院しようが、合併症が起ころうが起こるまいが、値段は同じです。それに対し、一般病院はまだ出来高制、使った分だけお金をいただける方式になっています。
 ここ数年のうち、おそらく3年後くらいに日本の病院の大半は包括化に移行していくと思われます。これは私たちの業界にとってドラスティックな変化です。コロコロ変わるのがいいのかどうかは別にして、制度が変わったときにいつでも対応できるようにしておく、そうした適応力が求められています。

(4)効率化

@ 医療費
 診療報酬という収入がお上の決定で減少してしまいました。医療機関にとってはデフレです。一方、患者さんにとっては自己負担が上昇しました。インフレです。医療機関はコスト削減を求め、患者さんはたくさん払ったのだからもっといいことをしてくれとおっしゃいます。ここに来て、“低コストで、かつ高い品質”のサービスが求められているというのが私たちの業界の特徴です。これに対する“打ち出の小槌”のはありません。やはりIT化の推進や規制緩和の実現により効率化を進めていくことしかないと思っています。

A効率化
●効率化の座標

 効率化の座標として、次のようなものが考えられます。まず、セルフアセスメント(自己評価)をしようということです。次に、ベンチマーク、人と比べてみようということです。3番目にミッションコア、本来業務は何かということを考えてみようということです。概ねこういうことになると思われます。
 特に、ベンチマーキングに取り組んでいると、楽しいことがいっぱいあります。
 例えば、普通のビジネスホテルでチェックアウトする場合、キーを出した時点で、もう請求書が出ます。それが当たり前です。ところが、病院では会計に診察券を出しますと、「お名前を呼ぶまで、お待ちください」などと座らせられます。他の業界では、こんなバカな話はありません。IT化を進め、コンピューターがたくさん並んでいる病院でも、そういうところはたくさんあります。それはやはりおかしいからやめようと考えるわけです。
 あるいは、私どもでは大卒、医学部卒、看護専門学校卒などの従業員を雇っているのに対し、コンビニエンスストアでは高校生やフリーターを使っています。それでもコンビニエンスストアは、売れ筋商品がきちんと並んでいますし、ニコニコ笑って愛想よくお釣りを渡してくれます。どうしてこんなに違うのだろうと考えたりしますと、楽しくなります。
 私どもの病院にローソンを入れました。彼らには、たくさん面白い所があります。例えば、分厚いマニュアルがありますが、そんなマニュアルを読むフリーターなんか一人もいません。では、どうするのか。テレビデオです。それも、飽きさせないようなドラマ仕立ての5分間ビデオです。「初めてコンビニにアルバイトに来たA子さんは店長から言われました」から始まるドラマ仕立ての社員教育ビデオを見せます。10分、15分見せますと寝てしまいますので、5分間くらいのビデオです。それで第1段階終了。それから1週間ほどバイトが続いたら、また次のステップのビデオを5分ほど見せるという教育をなさっています。正しいやり方だと思います。私たちの業界でも、接客態度が悪いというので、よくいろいろな講演を1時間も2時間も聞かせますがちっともよくなりません。やはりオーディオビジュアルでやるべきかななどと考えたりしています。
 よその企業がやっていること、あるいは世の中では当たり前のことというのを自分の業界、自分の会社でやってみると結構新しいことになるというものが沢山あると思いました。

●効率化の成果
 IT化を進めていく場合、“医療の質を確保しよう”“患者さんの利便性を向上させよう(例えば会計を早くするなど)”“職員の業務を削減しよう”といった目的がある筈です。しかし、「流行性IT化」というのもあります。「隣の病院がやっているから、そろそろうちもやらなければ」というようなIT導入です。
当たり前の話ですが、コンピューターは単なる箱、道具です。一番得意なのは、計算をすることです。とても速いです。しかし、何も考えてくれません。そうすると、先程お話ししました“モノの管理”という分野がコンピューターの一番得意なところで、ここをまずやらせて、それがきちんとできることを確認してから、次に行くというのが道筋だと思っています。
 そして、今やっているのは、私たちの紹介元である診療所さんとの連携システム、あるいは患者さんへの情報開示システムです。インターネットを使って、患者さんが自分の電子カルテをインターネットでご覧になれる、あるいは紹介していただいたドクターがインターネットから自分の紹介した患者さんのカルテをご覧になれるような仕組みができあがったところです。これからは、こうした地域の連携が必要になってくると思います。もちろんプラバシー、セキュリティの問題がありますので、公開するときにはご本人あるいは病院側の同意のもと、その方に限りお見せできるということになると思います。
 もうひとつ新しい仕事として、地元で開業している先生が私どもの病院のサーバーを使って、電子カルテを作成したり、レセプト(請求書)を発行したりする、といったASP(コンピューターの管理代行業)も始めたところです。
 また、安全対策でもIT化を進めています。

3.けいじゅヘルスケアシステムの事業展開

(1)立地
 図2は能登半島の地図です。医療圏人口は22万人で、七尾市の高齢化率は28%、門前町の高齢化率は45%です。つまり、ここは2025年の日本なのです。
 実は、私どものコンペティター、即ちある程度の大きさがある病院というのは国公立病院ばかりで、多額の税金が投入されています。人口22万人の地域に、これだけの病院が必要かということになりますと、これは完璧に過剰地域です。競争は、東京だけでなく、田舎にもあります。あるいは人口が減って過疎地域だからこそ、非常に競争が厳しい地域になっています。

(2)オンライン網
 そのなかで私どもは、医療を中心とする董仙会という医療法人と、関連法人の徳充会という社会福祉法人から成る「けいじゅヘルスケアシステム」というものを作っています。こういった形態の、いわゆる医療・福祉複合体は世の中にたくさんあります。ですから、何も自慢すべきものではありません。ただ、これを全部コンピューター回線でつないだということが私どもの自慢です。そこで地元の新聞社の方に「日本で初めて全施設をコンピューターでつないだんだ」と自慢しましたら、「田舎の郵便局はみんなオンラインでお金がおろせるよ」と言われてしまいましたが。
 ただ、コンピューターをつなぐのも大変です。例えば、FOMAという携帯電話は、今、人口の99%をカバーしていますが、私どもの地域はダメです。残りの1%に入ってしまいますから、FOMAが使えません。また、私の自宅は七尾駅から車で5分のところにございますが、ADSLは引いてもらえません。さらに、ケーブルテレビなんて、とんでもない。付けてもらえません。
 ということで、公共の通信インフラがないところで、コンピューターをつなぐのは大変困難です。ただ、私どもはある所に目をつけました。電線に光ファイバーが付いています。そこで、電力会社と交渉して、光ファイバーを少し分けてもらい、少しずつ光化を進めました。
 私どもの事業は多岐に亘ります。例えば健康増進という分野でも、“急性”から“在宅”まで多数の施設群を用意しています。いくらブランドイメージを築こうと頑張っても、例えば、ある病院にかかっていた方が別の急性病院に運ばれたときに、その方の情報が何もなくて「大変だ、ファクスを送れ」と言っているようでは、ブランドイメージなど確立できません。そこで、全部オンラインにして、どこの施設にいらしても、「あなたのことは、みんな分かりますよ」という体制を作ろうと思ったわけです。

(3)特別医療法人制度
 老人保健施設は医療法人立です。また、特別養護老人ホームは社会福祉法人立です。これらを狭いところに造ったものですから、隣の医療法人からこれらの老人ホームに食事をデリバーしたら施設が少なくて済むだろうと考えました。ところが、法律上はダメなのです。違う法人に給食を出してはいけないと言われました。ところが、平成11年に特別医療法人制度というのができました。医療法人は非営利なのですが、収益事業をやってよいというのが特別医療法人です。そこで、すぐに申請して特別医療法人の資格を取り、ようやく医療法人が社会福祉法人に給食をデリバーしてもよいと認可されました。

(4)公設民営

@ショートステイ
 七尾市の隣町に鳥屋町という自治体があります。その町に私どもが提案して“つくしの里”というゾーンをつくりました。ここには保健センターや老人福祉センター、さらには短期入所施設(ショートステイ:30床)もあります。短期入所というのは、例えば介護されていたお年寄りを土日だけお預かりするとか、あるいは家族の方が出かけなければならなかったり、急に病気になったりした時に、お年寄りをお預かりする施設です。こうした施設を、町は“公設民営方式”で造りました。町は、人件費も含め運営経費を負担しません。私どもに施設を提供するだけです。私どもも何とか黒字で運営しています。

Aデイサービスセンター
 次に、同じく七尾市の隣の田鶴浜町と鹿島町では、やはり町が造り、運営は私どもに委託するという公設民営方式で、デイサービスセンターを開設しました。特に鹿島町の建物を見ると、「デイサービスセンターというより保育所みたいですね」などと言われますが、実はかつては本当に保育所だったのです。ところが、町に子どもがいなくなってしまい、その遊休地をどうしようかという話が出てきたとき、町長さんと私どもがご相談させていただき、デイサービスセンターにしましょうということになりました。そして、公設民営方式のデイサービスセンターを造ったわけです。先ほど言いましたようにオンラインで全部私どもが管理させていただいています。

Bクアハウス
 温泉利用の、いわゆるクアハウスもあります。厚生省認定の温泉利用施設ですが、これも町が造って、健康運動指導士の派遣あるいは温泉療法医による健康面の指導だけを私どもに委託していただきました。週に1回リハビリテーション科の医師がここへ行って、いろいろなご指導をしたり、逆に病院の患者さんをバスでお連れして水中リハビリをしてもらったり、というようなこともやっています。これも、町にとってはそうした付加価値が付く、私どもにとっては自分たちで投資しないで利用できる、というお互いのメリットがある形です。

(5)様々な取り組み
 これまで私どもは様々なことに取り組んでまいりました。日本の医療業界で第1号というものも幾つかあります。

@クレジットカードの利用
 平成9年にクレジットカードで医療費が払えるようにしました。皆様のご商売では、今時クレジットカードが使えない会社などないと思いますが、医療の世界では私どもが日本第1号なのです。それだけのことで日経新聞に載りました。

Aフロアコーディネーター
 これはドアマンです。ホテルにはドアマンがいて、黒塗りの車に乗ってきた社長さんのドアをパカッと開けてくれます。でも、元気な社長さんにその必要はない筈です。ところが、病人が乗ったタクシーが着いても、誰もドアを開けてくれません。おかしいと考え、ドアマン、ドアガールを病院の前に配置し、非常に好評をいただいています。もちろん、余計といえば余計な人件費ということになるわけですが。

Bコンビニエンスストア
 24時間オープンのコンビニエンスストアを設置したりもしました。

C企業会計原則導入
 平成13年の6月、法律上どこにも義務はなかったのに、勝手に「企業会計原則を導入する」と言って実行したところ、退職給与引当金11億円の特別損失を出さなくてはいけなくなりました。「しまった」と思ったのですが、とにかくできるときにスッキリさせておこうということで、実行してしまいました。

Dその他
 その他にも、韓国のSamsung Medical CenterとPETという癌検診の提携をしたり、あるいは今年6月にはセントラルキッチン事業を行ったりしています。

(6)アウトソーサーを巻き込む
 これらの事業展開をスピードを持ってやろうと思うと、お金もノウハウもないので、いろいろな企業と一緒にやるというのが私どものスタンスです。
 例えば、注射器などの診療材料のSPD( supply processing distribution )は三菱商事さんと一緒にやりました。三菱商事さんは大企業ですが、この分野は経験がありませんでした。どこか適当な進出先を探しておられたので、お誘いして日本第1号でやらせていただきました。
 診療材料のSPDというのは、材料を小さな包装にして少量頻回発送する、いわゆるコンビニエンスストアのやり方です。そこで、バーコードカードを付けて管理します。コンピューターで発注して、翌々日に同じものが配送されるという、トヨタのカンバン方式をそのまま医療業界に持ってきたわけです。これで在庫削減もできましたし、発注担当者も要らなくなってしまいました。
4年4カ月経った時点で、監査法人の方に第三者評価をしていただきました。やはり、あることをやったときは、良いか悪いかを評価していかなくてはいけません。監査結果は、3億7千万円の導入効果があったということで、いいことをやったとやっと分かりました。
 他にも検査システムを変えて約3億円、薬剤の発注形態変更(少量頻回、バーコード管理)で約2億円の効果があったと評価していただきました。
 また、コジェネ(自家発電)も導入しています。そもそも病院には非常用発電装置が必要なのですが、「それが大きくなったら、発電所と同じじゃないか。それなら、それで発電してしまえ」という話から、コジェネを入れることにしました。これで年間2千間円程度の導入効果があったそうです。
 さらに、今、環境問題が盛んに言われています。血の付いた注射器の違法廃棄がよく問題になっていますが、私どもでは感染性廃棄物を油にする機械を入れました。これも全国1号機です。一応重油ができますので、それをコジェネに使い、「これで循環社会です」と格好いいことを言っています。そのうえ、廃棄物処理経費を4分の1ほど削減することができました。

(7)コンピューターシステムの整備
 そういうことを進めながら何とか経費を浮かし、コンピューターシステムの整備を始めました。今、私どもの全法人で645台のコンピューターがオンライン上で稼動し、どのクライアントコンピューターでも2,700のソフトが使えるようになっています。

@電子カルテ
 また、ペーパーレス化を進めており、もう紙のカルテはありません。電子的に記録しており、内視鏡やレントゲンの写真も貼り付けることができます。
 電子カルテで面白いのは、各職種の人間、例えばリハビリのスタッフ、医者、看護婦などがとにかくどんどん記録を入れていきます。今までのように、医者の記録、看護婦さんの記録、リハビリの記録などという区別はありません。ただただ記録を入れていくと、情報の共有化ができると同時に、検索機能で自分の欲しいものだけ取り出すことができます。コンピューターが最も得意とする機能を利用し、電子カルテは非常に有用なものになりました。

A誤認防止のためのバーコード管理
 安全に関しても有用です。例えば患者のリストバンドのバーコードと、点滴のバーコードを照合し、合っていることを確認するだけでなく、職員の名札に付いているバーコードをピッとやると、「何時何分に誰がやった」という実施入力を終わらせることもできます。これは私どもの病院のオリジナルです。安全プラス省力という両面作戦で、効率化を進めています。

Bコールセンター
 2000年6月、院内に「コールセンター」というものも作りました。5人のオペレーターが専属で運営に当たっており、連携している診療所や介護保険の事業所、そして患者さんなどを結んでいます。
 私どもには32の介護保険絡みの事業所がありますが、その中には医療も、介護も、あるいは福祉もあります。いろいろなところで患者さんが関係しているので、何とか一元管理ができないかと考えたわけです。
例えば、私どもは介護保険サービスの訪問時間の確認に使えます。さらに利用者からの予約やクレームなどはすぐにコンピューターに入力されますから、苦情や問題は、より把握しやすくなり、2週間に1度の全体会議で徹底的に話し合われます。
 一方、利用者は、コールセンターの電話番号だけを覚えれば、それで事足りることになりました。
 さらに、実際の介護に携わっているケアマネージャーや訪問介護のヘルパーさんは、その日の介護実績についての書類作成から解放されました。パソコンやコンピューターに慣れていない人にとって、事後報告はかなり重荷だったそうですが、このコールセンターの稼動後は負担が半分くらいに軽減されたとのことです。介護の専門の方は介護に徹していただいて、事務作業やコンピューターのインプット作業はコールセンターでやることにしたのです。その結果、本来の仕事にかける時間と、精神的な余裕が生まれました。
 そして、このシステムにはもっと大きな可能性があります。寝たきりの老人をモニターで監視することにより、本人も家族も大きな安心を得られるのです。
 今では、コールセンターは御用聞きであり、通販もやっています。しかし、なかでも一番大きいのは業務改善効果です。IT化を進めていくと、お客さんの声の情報や紙の情報を、デジタル情報にしなければいけません。そこの橋渡し役、患者さんと病院システム、職員と病院システム、紹介してくださるドクターと病院システムの間の橋渡し役でも、このコールセンターが非常に大きな力を発揮しているというのが現状です。

Cセントラルキッチンシステム
 もうひとつ、今年6月に「セントラルキッチンシステム」というのを立ち上げました。私どもの法人全体で日食3,500食ほど消費しておりますが、それを各厨房で、朝早くから夜遅くまで作っています。それを統合すれば、効率が上がるだろうと、セントラルキッチンという給食工場を作りました。料理は真空あるいはチルド保存して各事業所へ運び、そこで再加熱して盛りつけるという仕組みにしたわけです。ここも全部オンラインで工程管理をしています。HACCP準拠の給食工場です。
 今は、私どもの施設や病院向けに作っていますが、工場自体は5千食作れますので、まだ1,500食の余裕があります。さらに、2交替にすれば1万食の供給も可能ですから、外販や糖尿病食、高血圧食、心臓病食等の宅配事業も視野に入れています。

おわりに

 今後の戦略としては、地域の医療・福祉に関する民活事業の請負の可能性は絶えず模索していかなければなりませんし、国立病院等が売りに出されたときの対応も考えなくてはいけません。
 さらに、病院ブランドという資産を利用した「安心」産業という展開もありうると思います。先程申し上げました給食などもそうですし、あるいは介護ショップなども、病院が売っているというだけで、インターネット通販でわざわざガーゼなどの注文があるのです。
 ネットワークを利用したサービス提供が地域における今後の戦略になりますし、少しおこがましい話ですが、今までやってきたビジネスモデルを紹介、指導することもあり得ます。
 さらに、「逆さ日本地図」というものがあります。北陸を中心にしまして円を書きますと、稚内よりもソウルのほうが断然近いわけです。実は、この地図を見て、先のお示しした高額医療機械を使った検診をソウルで受けてもらえば、日本よりも安いお金で受けられるということを思いつきました。
また、今後、先程のコールセンターなどは別に七尾にある必要はなく、電話回線さえしっかりしていれば、どこにあってもいいわけです。そういった視野に立つと、医療が地域に貢献するということについても、いろいろな可能性が広がると思います。

 ご静聴、ありがとうございました。

【神野氏のプロフィール】
 1980年日本医科大医学部卒業。86年金沢大学大学院卒業(医学博士)。92年恵寿総合病院外科科長就任。93年同病院院長就任(現任)。


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