ソフトの時代

My Articles

ソフトの時代

月刊「日本病院会雑誌」(社団法人日本病院会) 1998年8月号
特集銷夏随筆


日本病院会雑誌98−8 さる5月22日、厚生省は医療保険福祉審議会に1998年度の国民医療費が前年比1.1%(約3000億円)減の28兆8000億円になるという推計を報告した。あくまでも推計であり、「とらぬタヌキの・・・」の感はあるが、いずれにしても毎年ほぼ1兆円のペースで伸びてきた国民医療費の推移が、日本経済同様に右肩上がりの成長の時代から決別し、マイナス成長に陥るということになる。医療費を収入の原資とするわれわれ医療機関は構造不況業種へ転落することになるかもしれない。

そこでは、「赤信号、みんなでわたれば恐くない」から、みんなが赤信号をわたっている時に、確実に青信号を探し出して安全にわたりきる目が必要になってくるものと思われる。すなわち、現制度上の問題点を声高らかに批判していても始まらない。いち早く制度、技術、市場に「したたかに」適合して前に進まなければならないように思う。

そして、われわれは「医療は特殊な業種である」という認識を捨て去り、「特徴はあるが、民間サービス業と同じである」といった認識を強くして運営していかなければならないと思われる。

このような背景のもと、施設の拡大、増床で収益増を図るといった、いわば、漫然とハードさえあればどうにかなる時代は終わったように思う。これからは、頭を使う時代、「ソフトの時代」に突入したといえるのではないだろうか。モノがなくとも、頭でビジネスチャンスをつかむことができる時代となってくるのではないだろうか。

近視眼的にみると、ここ数ヶ月から1−2年の間に、介護保険制度への対応が第一に挙げられる。同保険制度には多くの民間企業の参入が報じられている。介護保険に向かって、企業、医療、福祉関係者が入り乱れてパイを奪い合う図式が想定される。そこに果敢に見を投じるべきか、それとも介護保険の対象から漏れた人々のニーズに対して付加価値を持ったビジネスチャンスを模索すべきか、自らの戦略というものが試されるの時ではないだろうか。

第二に今年の4月から、特別医療法人制度が誕生した。設立要件でハードルは存在するものの、医療費削減で疲弊した民間医療機関に対して初めて収益事業で救いの道が示されたわけである。ここには、特にソフトの面での各医療機関における戦略の優劣が問われてくる分野が存在する。医薬品販売、医療用具販売、医業経営相談事業、情報サービス業が可能となった。病院内における装具、衛生材料や市販薬の販売から始まって、他の医療機関を対象にした薬剤・材料販売やそれらの運用システムのコンサルティングサービスまで可能なことになる。また、飲食業、配食サービス、患者搬送サービスの解禁は、介護保険制度導入へ向け、民間企業と最も競合する分野である。従来、医療の供給者として蓄積してきた患者情報と医療福祉情報を、ここで最大限に活用することが可能となると思われる。

さらに、もう少し将来を見据えると、必然的に情報ネットワークの時代が到来する。ここでも、昨今のビル・ゲイツ率いるマイクロソフトと米司法当局との間のブラウザをめぐる争いなどソフトの話題に事欠かないが、めざましく進歩する情報機器(ハード)に関する話題の影は薄くなっている。ハードの進歩はあたり前ということになる。その使い方、すなわち「何をしたいのか」(ソフト)を明確にするならば、そのための道具に関して何ら危惧することは必要なくなったという感がある。

コンピューターは、情報の蓄積、検索、抽出、さらに並び替えに優れている。これにより、従来の患者を取り巻くカルテを含めたさまざまな独立したファイルは必要なく、患者にかかわるすべての職種が自分にかかわる情報を無作為に格納(インプット)していく。そして、その共有情報の中から自分にとって必要な情報のみを必要な時に、取り出し(アウトプット)、ファイル化していく。これにより、たとえカルテ開示を求められたとしても、患者情報の取り出し方さえ規定すれば、容易なこととなると思われる。

また、ネットワークの発達により、医療機関と患者間の情報の共有による在宅医療の推進、医療機関相互の連携の道が広がってくるように思われる。特に後者においては、患者情報の共有化のみならず、各医療機関における運用情報をオンライン化し、情報サービスとして管理することが可能になってくる。いわば、医療機関が主導権をとったフランチャイズチェーン、ボランタリーチェーン化も可能になってくると思われる。

新しい制度を批判するのではなく、その制度の中で何が実行可能か選択肢を広げていくことが必要な時代となったのではないだろうか。医療だけではなく、自信を無くした日本の経済全体でもハード中心という旧い考えを捨てて、「ソフトの時代」に対応できれば強いニッポンは再び訪れるものと確信している。


My Articles 目次に戻る