医療経営Archives

どうなる21世紀の医療改革と医療保険制度

解説:池上直己氏 (慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授)
(What Comes Next 21 Vol.1 No.1 1999年9月発行)より

registration date: 1999.9.9


What Comes Next 21

1997年に提示された抜本的改革案の課題

  我国の最大の医療問題は、しばしば人口の高齢化に伴う医療費の高騰にあると指摘されていますが、人口の高齢化は先進諸国には共通してみられる現象であり、日本だけが特に強力な医療費抑制策が求められているという考え方は適当ではありません。高齢者の医療費が日本で特に問題になっているのは、高齢者が財政基盤の最も弱い国民健康保険に多く加入し、また高齢者が増えれば増えるほど他の保険者が老人医療のための拠出金を増やさなければならないという構造があるためです。また加入者の所得水準が低い保険者に対して、国が保険料の不足分を税金から投入しなければならないという問題があるためです。さらに、診療報酬体系によって医療費を抑制しようとしても、現状でも医療サービスの価格は低く押さえられている以上、この考え方には自ずと限界があるとみなければなりません。1997年に厚生省ならびに政府与党が提示した改革案は、このような現状を抜本的に改革することを目的としたものでした。

政府改革案の理念と問題点

  その第1が1997年9月に早速実施された自己負担額の引き上げです。自己負担額の引き上げによる受診抑制が、医療費全体の支出抑制効果につながることが期待されたわけですが、これによる保険者負担の減少、医療費抑制効果は現実的にはあまり期待できません。というのは、医療費の大半を占めている高額な患者に対しては「高額療養費」という救済処置があるため、自己負担割合を増やしても効果が相殺されてしまうからです。また、患者が受診に対するコスト意識を持つことにより必要な受診を遅らせ、逆に治療が長期化し医療費が増大する可能性も無視することはできません。

  第2は、すべての高齢者から保険料を徴収してこれを賄うという、高齢者のための独立した医療保険制度の創設という案件ですが、まず現実に保険料の支払能力のない高齢者から保険料を徴収することが難しいという問題もあります。また、そもそも高齢者からの保険料だけで高齢者の医療費のすべてを賄おうとするのは非現実的であり、そのこともあって件も市町村も保険者になることを尻ごみしています。

  第3は、出来高払いから包括化への移行です。包括化自体は老人病院などで既に一部導入されていますが、1997年からは国立病院を中心とした10のモデル病院で、DRGによる新しい支払方法の開発のための研究が開始されています。DRGとは、急性期入院医療において同一の医療資源・費用を要する患者群をグループ分けし、それに対応して入院1回あたりの包括的な料金を設定しようという試みですが、これを実現するためには、診断、合併症、治療法などを正確に記録した「退院時サマリー」や入院期間中のコストのデータベースを作成しなければなりません。ところが実態は退院時サマリーのある病院は全体の40%にすぎず、厳格なコストのデータについては皆無に等しいのが現状です。このような事情を考える限り、DRGはたとえ導入されたとしても、一部の病院に限らざるを得なくなるでしょう。

  第4は薬価制度の改革です。改革案では類似した薬効を持つ薬剤をグループ化し、分類された薬剤に対して保険として支払う「基準額」を設定するというものです。医療施設が給付基準額を下回る金額で購入した場合は、その額を保険から補償することによって薬価差益を解消しようというねらいがあります。しかし薬効の微妙に異なる薬剤をグループ化し、高価な薬剤しか処方できない患者には差額を負担させるという制度にはそれ自体問題がありますし、一方では医療機関の購入金額を正確に把握することは非常に難しいという問題もあります。1998年の薬価改定では薬価差はすでに大幅に縮小されていることもあり、給付す基準制度を新たに導入する意味はなく、こうした背景もあって白紙撤回されています。

医療改革の展望

保険料を平準化することによって、
はじめて可能な「日本型マネージドケア」

  以上のような問題点を踏まえた上で、21世紀へ向けて医療改革のあり方について考えてみますと、方向性としては、ヨーロッパ諸国のように国民に対して平等な医療を提供するという基本原則を堅持しながら、競争原理を導入していくのが妥当な選択になろうかと思います。

  現在の医療保険制度の最大の問題は、高齢者の医療費が国民健康保険に集中している点ですが、企業の健康保険組合の保険料にもかなりの格差があります。これについて抜本的な改革を行うためには、まず国から県への権限の委譲が必要です。県単位の制度に改革するためには、まず被用者保険を徐々に県単位に再編し、国は各県に対して、加入者の性別、年齢、所得水準などで財政調整を行うのです。県内の各被保険者の保険料が財政調整によって平準化した時点で、そのまま県内を一つの保険者に統合するか、あるいは2〜5の保険者の中から県民が選択できる体制にもっていきます。財政調整などによって保険料が平準化してはじめて、平等性を損なわずに効率化を進める「日本型マネージドケア」が現実的なものとなるでしょう(図1)。

包括化はまず高次機能病院から

  包括化については、高次機能病院から改革していく必要があります。高次機能病院には構造的な不採算による赤字を生めるために補助金が交付されていますが、これが結果的に病院の経営努力を低下させることにもなっているからです。これら病院では、支払いを包括化してもコストのかかる患者を別の医療機関にたらい回しにするなどの弊害が起こりにくく、また医療サービスのデータベースなどからモニタリングがしやすいという事情もあります。

  高次機能病院の改革について具体的に言えば、あらかじめパフォーマンス目標、たとえば構造的に不採算となる医療の提供を見る指標、紹介患者など医療機関の機能分化を見る指標、平均入院日数やDRGなどの生産性をみる指標に基づく達成目標を個別に設定し、これを達成しないと包括料金が上がらない仕組みを作ることが大切です。目標値の設定、達成度の評価などは、すべて県の権限では行い、県はこれら情報を県議会や住民に広く公開することによって、不透明な補助金行政からの脱却をはかります。最終的な段階としては、高次機能病院はすべて第3セクターにすることによって、公私間の格差を解消し、公正な競争環境を整備する必要があると考えられます。

将来に向けての介護保険とは

  さて、以上の医療保険改革とはまったく別のルートで運用されるのが平成12年4月から実施される介護保険制度です。一般に介護保険という用語はこれまで福祉の対象であったヘルパーや老人ホームを連想させ、病気そのものを治療する医療とは完全に別の制度と認識させているようですが、介護サービスを提供する場合、「障害の原因を客観的に分析し、それに基づいて改善、ないし少なくとも現状より悪化させない」という医療のアプローチと切り離して考えることはできないことも理解しておくことが大切です。介護保険の課題は、医療と福祉を融合させた新しいサービスとしての位置づけを確立しつつ、介護保険によって給付されるサービスと、従来から家族が行ってきたサービスを、今後どう融合させていくかということであると考えられます。

  介護保険制度については、医療保険との境界をどう定めるかなど、すでに多くの問題が指摘されていますが、この制度はある程度の改善を経ることによって、高齢社会における医療と福祉が融合した新しい社会保障の形として国際的にも注目される制度になりうることが期待されます。将来の介護保険には、次のような改革が必要でしょう。(1)第1にサービス(給付)が不十分と判断されたら保険料を引き上げる原則を確立する。(2)一度要介護認定を受けたら、状態が悪化しない限り再認定を受ける必要がないようにする。(3)自治体職員だけで認定の業務に対応できない場合は第三者的な病院や施設の職員に認定業務を委嘱する。(4)「要支援者」については、リハビリや指導などの医療サービスに限定する。(5)将来的には各要介護制度に対応してサービスを購入できる金券を交付し、利用者に課せられる1割の負担金も撤廃する。(6)介護保険の給付に対する年齢制限を一切廃棄する。以上の提案のなかには法改正を必要とするものもありますが、いずれも21世紀の医療改革の重要な課題となるはずです。


医療経営Archives目次に戻る