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その1 今なぜITなのか

隔週刊「医療経営最前線 経営実践扁」(産労総合研究所) VOL.275・2003年4月20日号
連載:恵寿総合病院のIT戦略



 日本経済の不況とデフレの中で、医療や介護・福祉にかかわる費用ももはや聖域ではなく、今後ますます削減圧力がかかってくるものと推察される。しかしながら、同時に医療の質や安全といった面で行政やマスコミから医療機関側に大きな圧力が加わり、質や安全の取り組みに多大な経費負担を強いられてきているのも事実である。さらに、患者自己負担増という流れは、患者にとって医療費はインフレベクトルであることを忘れてはならない。医療消費者である患者は、自らの経済的価値観の中で対価に見合うだけのサービスと質を医療機関側に求めてくることになるのである。
 すなわち、医療機関側は安い費用の中で、質、安全と患者満足を追求していく必要があるという大変困難な体制を整備しなければならないことになるのである。
 人員を増やせば、サービス面は改善する。しかし、人件費負担や教育研修のための負担が大きくなる。ならば、ITに対してさまざまな業務の改善・効率化から情報共有、サービス向上までを担わせようという戦略は時代の流れにマッチしたわれわれがとるべき道となるように思えてならない。

ITは金食い虫?〜原資はどこにあるのか

 確かに、ITには多額の導入経費を要する。補助金として補填される国・公立病院ならばともかく、民間病院においてはその経費捻出に頭を悩ませることになる。
 一般に医療のITイコール電子カルテという発想をとりがちである。しかし、後に述べるように電子カルテの無からの導入に過度の期待を担わせることは、経費負担の割に導入効果は得がたいと思われる。しかも、電子カルテのシステムは、数億から数十億円と値幅も広く、価格体系もブラックボックスに入っていることが多いようである。
 そのような中で、IT導入に目的を明らかにした緻密な戦略と順序が必要であると思う。以下に、ITが医療に貢献するであろう項目について列挙してみる。

@オーダリングシステム
A部門システム
  検査
  放射線
  薬剤
  手術室   など
B医事システムと診療報酬請求
C電子カルテ
D病診連携
E情報開示
F安全対策:誤認防止、転記ミスの防止
G物品購入・物流・在庫管理
H経営管理システム
I情報の共有

 これらシステムを同時に導入すれば、すばらしいことは重々承知である。しかし、それができる医療機関は残念ながら、まったく損益を考えなくてもよい医療機関であると思われる。しかも、同時導入時にはそれにかかわるユーザーである職員の多大な労力とストレスが必要になることであろう。
 この中で、どのような順序でITを導入していくか・・・各々の医療機関の戦略策定のプロセスが問われてくるものと思われる。

恵寿総合病院のIT導入概観

 IT導入の戦略に当然のことながら、正解はないと考える。
 われわれの行ってきたIT化の戦略を示したい(表)。
 これは先の項目における順序として、

 GHI → @ABC → DEF

というような大まかな流れとなろう。すなわち、われわれはG物品購入・物流・在庫管理として院内のモノの流れから導入し、そこでIT化の原資を調達することから始めた。
 実際ITはあくまでも道具であり、ITという道具は思考するということよりはむしろモノの管理に一番適したものであるとの判断からである。現実的には、診療材料、臨床検査、薬剤の管理からIT化を進めてきた。そして、それらの情報と患者情報を連結することによってH経営管理システムへ進化させてきたことになる。
 さらに、ここでモノの情報と患者情報を直接発生源からつなげるものとして@オーダリングシステ導入となり、A部門管理システムの拡充から、C電子カルテへの流れとなったのである。
 平成15年に入り、われわれの進むべき道は医療の質や安全への本格的なITの導入であることは自明となった。D病診連携、E情報開示、F安全対策:誤認防止、転記ミスの防止への取り組みが、まさに今始まろうとしている。

      表: 恵寿総合病院のIT化の流れ

平成 6年12月 診療材料院外SPD化
平成 7年 5月 臨床検査LAN稼動、外注会社一社化
平成 7年10月 薬剤在庫管理システム、納入卸一社化
平成 8年 3月 インターネットホームページ開設
平成 8年10月 事業所内PHSシステム導入
平成 8年10月 放射線デジタル画像処理システム導入
平成 9年 1月 統合オーダリングシステム導入
平成 9年10月 イントラネットサーバー稼動
平成10年 9月 病院−直営診療所間オンライン化
平成10年10月 電子化クリニカルパス運用開始
平成11年 9月 特養オープン、老健・特養−本院間オンライン化
平成11年 9月 特別医療法人化
平成12年 4月 恵寿鳩ヶ丘病院(療養型143床)開院、本院とオンライン化
平成12年 6月 コールセンター開設
平成12年 7月 CAFM( Computer Aided Facility Management )導入
平成12年10月 鹿島デイサービスセンター運営受託、本院とオンライン化
平成12年11月 放射線デジタル画像サーバー稼動
平成13年 4月 患者別原価管理システム稼動
平成13年 7月 医療福祉ショップでインターネット通販開始
平成14年 5月 電子カルテ運用開始
平成15年 2月 患者誤認防止システム導入

特に電子カルテの意義について

 電子カルテに経営改善の意義を見出す考え方が昨今取り上げられている。しかし、モノの管理、患者待ち時間の短縮、会計処理の迅速化、診療報酬請求の簡素化、発生源入力による転記ミスの改善、薬剤の重複投与の防止、クリニカルパスとの連動、さらに原価管理などといった問題はオーダリングシステムで十分であり、改めて電子カルテ化は必要ないと考える。
 しかし、電子カルテは紙情報を保管する場所の必要がなくなる点はもとより、医療の質の担保として透明性(ピュアレビュー・監査)、検索性、情報の共有化、情報開示、ネットワークによる連携にきわめて有効であるものと考える。
 したがって、目的を明確にしないまま万能薬として電子カルテの導入計画を策定するならば、労多くしてその導入効果は薄いものであると考える。
 経営上や業務効率のメリットとサービスの迅速性だけを目指すならば、オーダリングシステムで十分であろう。それに加えて医療の質へ踏み込むならば電子カルテという選択になってくるものと思われる。しかも、医療の質の担保としての電子カルテのほうが導入経費は高いということも銘記すべきであろう。

本連載にあたって

 本連載は、あくまでも一モデルケースとして、私の病院で行ってきたIT化の考え方と、その時々で悩んだことや決断を要したことなどを時系列に示していくこととする。そういった意味で、本号は全体のサマリーと理解していただきたい。
 一部で本誌の前身である「病院経営新事情」時代に11回にわたった「病院経営から見た業務改善事例」という私の連載(Vol.219〜245)と重複する点はご容赦いただきたい。


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