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その10 教育・研修の視点

隔週刊「医療経営最前線 経営実践扁」(産労総合研究所) VOL.295・2004年3月20日号
連載:恵寿総合病院のIT戦略


 CS( customer satisfaction )やCRM( customer relationship management )を強調すればするほど、ITによるシステムとともに、それを使いこなしていく人の問題が大きくなっていく。そこに、教育・研修が重要な意味を持ち、また、それなくしては、システムがどんなにすばらしいものであっても前に進まないものと考えられる。そもそも、教育・研修の分野にITが向くかどうかという議論がある。多くの場合は、フェイス・ツー・フェイスの場というものが必要であると思われる。したがって、ITはそれを補足し、必要な情報を必要なときに取り出すことができることを目的とすべきかと思われる。
 まず、IT化の進展とともに、初歩的にはITを使える人と使えない人の溝(デジタルデバイド digital divide )の問題が存在すると考えられる。さらには、その後のより高度な作業の場における教育・研修での利用を図る必要がある。また逆に、教育・研修計画におけるIT利用法も検討する必要があろう。

デジタルデバイド克服への道

 電子カルテを含むIT化を紹介する時に、必ずといっていいほどコンピュータに慣れていない職員に対する教育・研修について尋ねられる。
 結論から言うと、「案ずるより産むが易し」の一語に尽きると思う。ここで、当院のIT化、特にオンラインコンピュータ導入の流れとともに、その時々のIT研修について触れてみたい。

  1. 臨床検査LAN化
     平成7年5月から、臨床検査機器のオンライン化と外注委託会社を一社化する計画のもとで、院内で検査結果を参照するためのコンピュータ端末を設置した。これが院内LANの第一号となった。ちなみに、外注一社化は集中によるコスト削減と、外注検査結果と内製検査結果を同一サーバーに落とし込み、一つの端末でシームレスに閲覧することを目的としたものであった。
     それまでは、臨床検査の至急検査は、院内に張り巡らしたエアシューターを利用して、紙情報で検査室から各診療部門に届られる仕組みとなっていた。エアシューターのためのパイプをそのままLAN回線の通り道としたわけで、まさにエアシューターの代替として電線を通したことになった。
     検査依頼伝票としてOMR(マークシート)を利用してオーダーし、検査結果を各科、各病棟の端末で閲覧できるものであった。当時はMS-DOSを使ったシンプルなものであったが、それまではレセプト処理のための医事システムとしてのワークステーションは存在したものの、現場の不特定多数の職員が使用し得る仕組みとしては当院では初めてのものとなったのである。
     現場での検査結果照会業務を通して、初めて触れるコンピュータの便利さを職員が知ったこととなり、これがこの後の本格的なコンピュータ導入に向けて、コンピュータアレルギーを最小限にくい止める、いわば「減感作療法」となったものであった。さらに、この時のバーコードを利用しての検体IDの確認作業は、後のバーコードを縦横に使用することで効率化を目指す仕組みの先がけとなったのであった。
     この仕組みの段階で、職員に対するIT教育は、検査結果照会に必要なファンクションキーのみの教育であり、数分を要するのみであった。
  2. オーダリングシステム
     パソコンを利用した本格的なクライアント・サーバーシステムとして平成9年1月に導入した。また、当時、ようやく一般に広がりつつあったGUI( graphical user interface )であるMicrosoft Windows 95(R) を利用したオーダリングシステムであり、おそらくGUIオーダリングシステムとしては本邦初であったと思われる。また、導入経費以上に、維持管理経費を重視した結果、当院では、システムエンジニア(SE)を院内に常駐させると提案してきたベンダーを断り、SEを常駐させず、電話線を利用したリモートメインテナンスを提案したベンダーと手を結んだ。
     このような背景のもと、導入に向けて実際にはソフトウェアの開発状況を睨みながら、その2ヶ月程度前から教育活動を開始した。検査結果照会システムに比べて、関係する職員が多いのはいうまでもなく、しかも医療職は例外なく全員がこのシステムを触らないことには仕事が進まないという事実があった。だからこそ、マウスが使えればある程度の仕事をこなすことができるGUIにこだわり、また患者や職員の識別、定型的な指示や指示受けはバーコードを多用することとし、職員の負担を軽減させる方針をとった。
    1. KISSチームの結成
       SEは自院職員としても、外部のベンダー職員としても院内には置かないという方針とした。先に記載したように、ソフトウェアベンダーからの保守は、リモートコントロールとしたものの、多部署間でのオーダリングシステム使用時の意見調整、教育、保守などに担当者が必要になる。そこで、タスクフォースとして、オーダリングシステムに名付けたKISS(Keiju Information Spherical System )チームを組織した。このチームは、公私共にコンピュータに興味のある比較的若手職員を中心に組織した。リーダーは30歳台前半の医事課出身者で、それまで業務上でコンピュータを担当していなかった職員とした(後の情報管理課長)。その他、事務関係以外に、医師、看護部、医療技術部、施設管理部門からもメンバーとして参加させた。教育ばかりではなく、導入に際しては、メモリーの増設、LANボード増設などといったハード的なことにも対応させた。さらに稼動後は、きわめて初歩的なミスとしての電源の入れ忘れから、配線の逸脱、プリンタ用紙の詰まり、インクの補充などにも対応し、現場を教育した。
    2. ゲーム大会
       稼動1ヶ月前までに、コンピュータを各部署に設置した。受付や病棟ナースセンターなど人目につくところであっても、終業後30分程度、マウスを使ったゲームのプレイを推奨した。ゲームは特殊なものではなく、トランプゲームや地雷ゲームなどWindowsに標準添付されたものであるが、マウスの操作訓練としては有用なものであった。
    3. OJT( on the job training )
       次に示す電子カルテシステムも含めて、担当職員を一同に集めて行う系統的な集合教育は、導入時のみである。稼動後は、新人教育として初歩的な運用法と、守秘義務など運用上の規則の教育が存在するが、その他実践は、その部署、その業務に関して必ず存在する「先輩」からのノウハウを含めたOJTに依るところが大きなウェートを占めた。
       また、オーダリング作業の発生源である医師に対しては、新人医師や非常勤医師の場合、原則、赴任直後にのみに事務職員が診察時に同席するが、最低限の仕事は1日以内で理解してもらうことができ、応用問題は同僚・先輩医師や、日常業務の中で他職種からOJTで学ぶことで事足りるようであった。同様に、導入時に危惧された年輩医師に関しても、必要な業務のみであるならば、OJTを通してなんら問題なくこなすことができた。
  3. 電子カルテ
     導入時期が平成14年5月ということで、オーダリングシステム導入時に比べて世の中ではインターネット利用等が急速に進み、デジタルデバイドが少なくなりつつある状況であると思われた。そうは言っても、オーダリングシステムまでは、先に述べたように、多くの職員の業務はマウスやバーコードの利用のみで事足りた。しかし、全ての患者記録のペーパーレス化と情報の共有化などを目指す電子カルテでは、テンプレート等を使用したとしても、全くワープロ入力できないというわけにはいかないのである。
    1. 貸切コンピュータ教室
       病院として地元の短期大学のOA教室を借り切り、同大学の講師によるワープロ講座を複数回にわたり開催し、自信のない職員は、自己申告により何回でも無料で講座を受講することができるようにした。
    2. オンラインゲーム大会
       オーダリングシステム導入時よりも、病院側も職員側も真剣である!そこで、院内LANを利用したオンライン上でタイピングソフトを導入し、各職員が、ワープロ打ちの正確性と速さを競うこととなった。数期に分けて大会を開催し、1等にはデジタルカメラなど豪華(?)賞品を供出した。タイピングの問題は、一般的な文言ではなく、例えば、「右季肋部に疝痛発作あり」などといった、よく使われる医学用語とした。これにより、遊びながら、また競い合いながら上達を図ったのである。
    3. マニュアルのビデオ化
       OJTが重要であるという点では、オーダリングシステムと同様である。しかしながら、電子カルテシステムでは、初任時のオリエンテーションでの基本的な概略説明も膨大なものとなってしまう。そこで、オリエンテーションの模様をコンピュータ画面とともにビデオ化し、自己学習に供することとした。

暗黙知の表出としての教育・研修

 本連載の「ナレッジ・マネジメントの視点」(VOL.279・2003.6.20)で述べたように、病院には各専門職員のもとに、数多くの経験知や暗黙知が存在する。それを形のあるもの、すなわち手順書や業務文書に落とし込む過程こそが、教育・研修の場となり、さらにそれらを他の職員に理解させる過程が教育・研修の場となると考える。
 資料1は、地域連携室とコールセンターの入院患者に対する業務フローの例である。関連部署が密接に連携するための手順を図示したもので、作成時には協議の場で、作成後は教育・研修の場で関係者を教育することとなる。
 ここでの、教育の柱は、どのような時に何が必要で、その情報がどこに行けば得ることができるかというノウハウの伝授が重要なこととなる。

教育・研修の場におけるITの利用

 冒頭で述べたように、基本的な教育・研修はフェイス・ツー・フェイスの場をよしとし、現時点ではオンラインチュートリアル( online tutorial )などといったITを利用した個別教育プログラムは開発していない。しかしながら、情報の共有化を目指し、階層化した文書サーバー内には法人として計画的に行っている研修内容のほか、研修後のアンケート資料など、その後の研修に役立てることを目的に文書を蓄積している(資料2)。
 また、法人全体のものとは別に、各部署における研修計画は、別途、各部署のフォルダー内に収納され、部署間が互いにベンチマークすることで、互いのよい所を取り入れるよう、勧告している状況である。

おわりに

 医療の質の向上、安全など、われわれが取り組まねばならない領域では、基本的には職員個々の資質が大きなウェートを占める。職員の資質を少しでも上げ、全職員が共通の病院理念に向かってベクトルを合わせていくために、教育・研修はなくてはならないものであろう。ITもその中の1つの強力な道具であるという認識に立って、計画を病院組織全体で立てていく必要があることを改めて強調したい。


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